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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
中編 命の秘宝
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38.名もなき怪物

「ダンスもいいけれど、今は見世物の気分かしら」


「何だそりゃ、俺はサーカスの団員じゃねぇぞ」


「大丈夫よ。ちょうどいい子がいるの。ヴィクター・フランケンシュタインを知っているかしら?」


 道楽に付き合ってもらえると上機嫌にシェーラは語る。ディアブロの悪態にも笑みを絶やさず、問いを投げる。


 答えるのはこの場唯一の魔道士メイジ


「禁忌に触れた節操なし、完全なるヒトを追い求めた俗物、名もなき怪物の生みの親、欠陥術士ヴィクターのことですか?」


「そうよ。そのヴィクター。彼は確かに俗物だったけれど、それでも凡百たちからすれば優れた術士ではあったでしょう?だからね、魔道書を読むだけでは満足できずに、欠陥品とわかっていながら研究のためと実物を用意する俗物にも劣る愚物は後を絶たない」


「そうですね。我々の仕事のうちいくかは、そのようなモノの摘発ですから」


「ふふ、でもすべてを摘発することは難しいでしょう?私の手元にね、いるの。愚物に造られた憐れな名もなき怪物さんがいるの。その愚物は制御に失敗して死んでいたけれど、せっかく生まれたのですものね。あなたたちに見つかって処分されてしまうのは可哀想。だから、私の霧の中で飼ってるの。迷い込んだ人たちにじゃれつくこともある困った子がね?」


「どんなものであれ、あなたにとっては玩具にすぎないのでしょう?まるで自分で手を下したことがないかのように語るのはやめなさい。そもそも憐れんで飼っているのなら、我々の前に出すのはやめるべきでは?」


「言ったでしょう?困った子なの。いつまで経っても自我もないし、つまらないわ。私の憐れみで生かされているのですから、私の遊びに付き合って死んでしまったのなら、それはその子が弱かったというだけですものね」


 語ることの何が真実か。シェーラは享楽的に言葉を紡ぎ、役を演じる。


「さて、そろそろかしら」


 そう言ってシェーラが視線を霧の奥に向ければ、そこに浮かぶのは巨大なシルエット。


 欠陥術士ヴィクター・フランケンシュタインが世に生み出した人造生命体ホムンクルスの一種。ヘルメス教に寄りながら、ソロモン教死霊派の術理を取り込んだ継ぎ接ぎの巨人(フレッシュ・ゴーレム)


 屍混獣鬼ジャック・ザ・モンスター


 醜悪な怪物が唸りとともにゆっくりと姿を現す。


「デカブツだな」


「さぁ、運動の時間よ、ジャック」


「ボァアア!」


 怪物は天に向かって唸り吼える。ズタ袋のようなものを被り、籠った音声でなお大気を震わせるが如き雷声だ。


 一般人にすぎないアイフェとコンラが怯え身を竦める。


「遊んでやるよ。来い」


 余裕の態度でディアブロは、怪物を手招いた。


 怪物は遠慮なく、ディアブロに迫りゆく。豪腕は大きく振りかぶられ、間合いに入ると同時にディアブロに叩きつけられた。


「騎士様!?」


 その様子を視界に収めていたコンラが思わず呼び掛ける。


「騒ぐな、坊主。問題ねぇよ」


 怪物の巨大な拳はしかし、ディアブロの片手に容易く受け止められていた。


「すごい……」


 コンラは呆然とその光景を見る。


「ゥゥ?」


 怪物の困惑に待つことなく、今度はディアブロが拳を握る。


 魔力を集め、力を込める。


「これでくたばってくれるなよ? 【威虎イドラ】」


 名を紡ぎ、ディアブロの拳が怪物の腹に打ち込まれた。


「ボ、ボゥァァア!?」


 受け止めんと大地を踏み締めた怪物であったが、ディアブロの拳に込められた力は容易く怪物の巨体を破壊する。


 堪らず踏ん張ることをやめ、吹き飛んでいった。


「ァァ……ボォォ……」


 仰向けに斃れ伏す怪物の腹は、見るも無惨に皮が破られ、肉が抉り散らされ、赤黒い血が滴っている。


 しかし、傷口はのたうち蠢き、急速に再生する。


 欠陥術士ヴィクターの試みた、完全なるヒトとは似ても似つかぬ醜悪な不死身の術式が、怪物に終わりを許さない。


「再生か。メンドーだな」


「ふふ、すぐに終わってはつまらないもの。頑張ってね、ジャック」


 シェーラの言葉が虚しく響く。怪物はゆっくりと立ち上がり、ディアブロを唸り睨む。


 シェーラは、怪物に自我はないと言った。で、あるならば、怪物の反応は、唸りはただの呼吸であり、睨むような視線は標的を注視しているにすぎないのだろう。


 それでも、人間は怪物のしぐさに敵意を見る。憎悪、激情の敵意だ。そして、それこそが屍混獣鬼ジャック・ザ・モンスターの根幹術式。


 【虚像の確証ジャック・イン・ザ・ボックス】。


 本来、完璧な振舞いによって、完全なるヒトの虚像を達成するはずだった、単純明快な基礎魔術理論の応用式。人々の信仰を力に換える、人工天稟。


 だが、出来上がったのは怪物だった。


 そもそもヒトは完璧か。その前提が抜けていた。


 不死の素体に対して、ヒトはそれをヒトだと認めない。ヒトは死ぬものだ。

 無病の素体に対して、ヒトはそれをヒトだと認めない。ヒトは病むものだ。

 不老の素体に対して、ヒトはそれをヒトだと認めない。ヒトは老いるものだ。

 無傷の素体に対して、ヒトはそれをヒトだと認めない。ヒトは傷つくものだ。


 で、あるならば、それは怪物だ。


 虚像は、完全なるヒトではなく、怪物という焦点に結ばれたのである。


 怪物は、恐ろしい。たとえ、騎士が圧倒したとしても、不死身のその一点だけで恐ろしい。


 斃せないという虚像を結ぶ。


 敵意を失わない姿は、ここからが本番だという虚像を結ぶ。


「ボァアア!」


「【威虎イドラ】」


 拳がぶつかる。怪物の豪腕が、ディアブロの破壊を受け止めて歪み出血する。怪物は負けている。しかし、先程よりも明らかに強い。


 吹き飛んでいない。


 ディアブロの笑みが深まった。

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