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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
中編 命の秘宝
37/42

37.誘蛾灯は霧中にありて

「えぇ、その通りです。そちらの回収と、あなたがたの保護に訪ねてまいりました」


 アイフェの言葉に応えて、スターは淡々と伝える。


「不安は当然のことではありますが、詳細は安全を確保してからとしましょう。まずはここを移動します、よろしいですか?」


「はい、よろしくお願いします」


 アイフェはコンラの肩に手を置きながら、了承の言葉とともに頭を下げた。


 それを確認して、スターは玄関扉に向き直り把手に触れる。


「待て、おかしい」


 ディアブロの警告を耳にするやいなや、スターはどこからともなく真珠の嵌った短刀を四本、取り出した。


 それを四隅に投擲して、手を合わす。


「貝は界を結びて 堅く閉じて身を護る【蜃気牢シェルヘイム】」


 詠唱の終わりに、四つの真珠が発光。家屋に結界を成した。


「失礼しました。どうやら少し遅かったようです。アイフェさん、コンラさん、結界を成しましたので家から出ないように願います」


「は、い、わかりまし、た」


 唐突な状況に、アイフェは困惑気味に了承する。しかし、少年はまだ幼い。


「ねぇ、助かるよね?お姉ちゃんを守ってくれるんだよね?」


「あぁ、そのために来たって言ったろ。心配すんな」


「うん……」


 不安に揺れる瞳に視線を合わせ、ディアブロが諭した。それだけで解消されるものではなくとも、コンラはただ頷いた。


「それでどのような異変をーー」


 スターが状況を確認しようと声を上げる最中に、異変は誰もが感じとれるカタチで現れた。


 ガタガタと家屋が軋み揺れ動く。


 地震ではない。地が揺れているわけではなかった。家屋だけが悲鳴を上げている。


騒霊鳴動ポルターガイスト?」


 スターの魔道知識が類似する現象を導き出す。


 地に縛められた未練の残響。死霊ネクロス派が専門とする魔法現象、死者の念が齎す原始の呪いの一種。


 今の時代には対策が確立され、稀ではあるが自然発生することは変わらない。しかし、状況は偶発を否定する。


 揺れが止む。


「いーれーてー」


 子どものような甲高い声が招きを望む。


「……」


 誰かが固唾を呑んだ。すぐそこに潜むモノの正体が決して尋常の存在ではないことを確信して、誰もが次の動きを躊躇った。


「いーれーてー」


 再び誘いを求む。


 無邪気に響く場違いさが怪しさを増幅している。


「いーれーてー」


 三度の呼び声。


「いーいーよー」


「わぁ、ありがとう!」


 それは誰の返答でもなかった。あるいは、家屋そのものの声だった。


 扉がゆっくりと開いてゆく。


 開いた扉の先に見える姿の些細を掴む間もなく、ディアブロが突撃する。


「あはっ!」


 漏れるような笑声のみを残して、訪問者は掻き消える。


「なに……?霧?」


 扉の外に広がる白い景色に、アイフェが困惑の声を上げた。


「熱烈な歓迎だね!人懐こいワンちゃんだね!」


 どこからともなく声が聞こえる。


「うるせぇぞ、姿を見せろ」


「ふふ、仕方ないなぁ、ちょっとだけだよ?」


 ディアブロの悪態に、声は楽しげに応える。


 霧の奥より現れるその輪郭は、小柄なツインテールの少女のそれ。幼少と言ってもいいほどだ。


「『霧隠れの亡霊ファントム・イン・ザ・ミスト』、十二死徒(ネクロフィリアダース)の道楽者が何故ここに?」


道楽あそびだよ?」


 スターの問い掛けに、道楽者はそのまま返す。


 十二死徒ネクロフィリアダース。ソロモン教死霊派、禁術指定魔術結社。所属するのは、古き時代から在り続ける不死者アンデッドのみの互助会。


 そこに所属する一体が、彼女『霧隠れの亡霊ファントム・イン・ザ・ミスト』。通称シェーラ。


 シェーラは、十二死徒のうちでも謎めいた存在だ。通常、不死者アンデッドは、魔道研究のために時間を確保した魔道屍リッチと不死そのものを求め朽ちる肉体を留めようと生き血を啜る吸血鬼ヴァンパイアの二種に分かれている。

 しかし、シェーラがそのどちらであるかは分かっていない。そもそも本体を見たものがいない。常に霧とともに現れ、霧によって輪郭を象る。気まぐれな妖精のようにときに助け、ときに殺す、そこに研究者としての合理性は感じられず、しかし、血の抜かれた死体もない。あるいは、誰かの実験体であり、霧そのものだとも噂される。


「あなたと遊んでいる暇はありません。退くのならこちらも手を出しませんが?」


「あはっ!誰も私を殺せないのに、お姉さんはおバカさんなの?」


 スターの説得に、シェーラはコロコロと笑って応える。


「あなたにとって琥珀はそこまでして欲しいものでもないでしょう」


「うーん……わかった。じゃあ、欲しがるね。それなら遊んでくれるんでしょう?」


 シェーラは少女の容貌を崩し、別の姿を象った。


 そこには妖艶な美女の姿があった。蠱惑的なしぐささえも本物で、少女を象ったモノと同一だとは思えぬほど。


「美しい物は、美しい私の元にあるべきよ?さぁ、それを寄越しなさい。それとも血のシャワーを浴びせてくれるのかしら?」


 嗜虐的な微笑を浮かべてシェーラは女吸血鬼を演じてみせる。


「彼女の霧は一種の異界です。小村とは隔離されていますので、加減の必要はありません。わかりますね?」


「あぁ、コイツとダンスしてやりゃいいんだろ?」


 シェーラの説得を諦めたスターの言葉を向けられたディアブロが戯けた台詞で返答する。


 道楽でしかないシェーラはそれをただ黙して待ち、期待の微笑を深くした。

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