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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
中編 命の秘宝
35/42

35.魔女との茶会

 ローゼンクロイツァー帝国、ダンスカー辺境伯領、黒鉄の森(ヤルンヴィド)


 魔女の誘いに乗ったスターは、魔女の棲家に降り立った。


 森にぽっかりと空いた地に、魔女は軽やかに声を響かせる。


「ふふふ、ようこそ。改めて名乗ろう。『黒鉄の森(ヤルンヴィド)』の女主人、厄槍の魔女スカサハだ。さぁ、立ち話もなんだ。お入りよ」


 威風に似合わぬ木造小屋にスカサハは、スターとディアブロを招き入れる。


 小屋の内は明らかに広々として、空間の歪曲を示していた。しかし、偉大な魔女の棲家としては狭く、虚飾の暗喩が見当たらない。


「茶はいるか。薬草茶しか出せんが」


「お構いなく、スカサハ様。それよりも、こちらも改めて名乗りたく思います」


 急流の如く、ひと繋ぎに流麗と動くスカサハの調子に合わせざるを得なかったスターがようやく、それを堰き止めんと言葉を発した。


「名乗りか。しかし、其方の名は偽名だろう?帝国の臣官であることは知っているのだ。それでいいではないか。そう形式ばるな」


 スターの試みをばっさりと切り捨てながら、スカサハの手は棚の茶葉や食器に伸びている。断られたのは伝わったはずだが、きっちり三つのティーカップを用意していた。


「まぁ、座れ。先達の厚意は粛々と受け取るものだ」


「押しつけるな、ババア」


 ディアブロが暴言で反応すれば、覆われた目も向けずにスカサハは手元のナイフを飛ばす。


「危ねぇなぁ」


 危なげなく躱したディアブロを抜けて、ナイフはスカサハの手元に帰っていった。


「相変わらずの馬鹿犬だね。いちいち噛みつくな」


 火にかけた様子のないティーポットから湯気が揺らぎ出ている。溶け出す間もないはずなのに、ティーカップに注ぎ入れれば、色づいた薬草茶がそこにある。


 盆に載せて、魔女の手ずから運ばれた薬草茶が部屋の机に置かれる。


「まだ、座ってなかったのか。遠慮するな、魔女に示す礼儀なぞなかろう」


 椅子に座って述べるスカサハを見て、スターはようやく腰掛けた。ディアブロは薬草茶入りのティーカップを掴むと、離れた革張りのソファに無遠慮に腰を落とした。そして、グイッと薬草茶を傾ける。


「苦いな」


「薬草茶だからな」


 ディアブロを咎めることなく、淡々とスカサハは告げて自らも優雅にティーカップに口をつけた。


「さて、何から話すべきか」


「帝国としては無闇に琥珀を世に出した理由を問いたいところです」


「おや?馬鹿犬のことはいいのかい」


 問答の始まりを告げたスカサハに、スターが間髪入れずに問いを投げる。それに対して、魔女はにやりと笑みをつくった。


「俺のことはどうでもいいだろ?当時の調べに蛇足が付くだけだ」


「そうですね。あれを働かせるために当時の資料は閲覧しています。その中にスカサハ様との関係は何一つ記されておりませんでしたが、あれがある時、大人しく出頭してきたことは知っています。それ以前にしばらく活動がなかったということも。それを踏まえれば、あれが此処に潜伏していたと考えるべきでしょう。帝国は、魔女との悪戯な関係悪化を望みませんので」


「ふむ?私が魔王派とは考えないと」


「御冗談を。魔女となった御身に、宗派など無用の長物でしょう。あれが改心したのに関与したのならばともかく、逆はあり得ません」


 言い切ったスターは、薬草茶に口を付けた。態度としても信用を示したのだ。


「そうか。つまらんな、魔女といえば悪役の代表だろうに。衣装も黒いというに、白魔女扱いか」


「それとこれとは話が別です。世を乱す秘宝アーティファクトの安易な取り扱いについては御説明願います」


 溜息の一つも吐きそうな気怠げさで背凭れに身体を預けるスカサハに、スターはしっかりと本題を問いただした。


「やれやれ、大袈裟なことだ。琥珀は分け合えるというのに」


「貴女様は理解されておられるはず。分け合えることこそが問題なのだと。健康長寿を維持する効果は、あの秘宝の副次的な影響に過ぎない。その本質は、死者の蘇生が叶う代物なのですよ。そして、そのためには他人ひとに譲ることなどできはしないのです」


「ふふふ、死者の蘇生は世界の原理に反する。琥珀であっても、不完全であることがその証左だ。そんなモノを求めることが間違いだよ。死に損ないの不死者アンデッドどもの醜悪さと、琥珀で蘇ったモノの儚さは同じことだ」


 魔女は超然と微笑する。


 何故なら、魔女とは不老不死であるからだ。


 魔境の霊脈と繋がって、土地に縛られることを代償に時の流れより外れた悠久の探求者。


 それこそが現代における魔女の狭義的定義である。


「今を生ける者達からすれば、醜悪であることなど躊躇う理由とはならないでしょう。死後は黒闇に覆われた未明の領域。自らが死することも、大切な者が死することも受け容れられることはありません。死後に再会が叶うことを保証するものはなく、心変わらず待ち焦がれてくれているかどうかもわからない。ならば、現世に喚び戻すすべを求めずにいられるわけもありません」


「さらには、自意識が続くのかどうかさえもわからないとなれば尚更か?難儀なものだよ、生物というのは。死がなければ、大多数は生きようとしない。だからこそ、必要な機能だが、それに囚われた心は発展に寄与しない。繁栄のために共有することなく、自己保存のために独占しようとする。しかし、死が機能するならば、種の保存のために継承することこそ第一の命題とすべきことだ」


「失礼ながら魔女と哲学を論ずるいとまはありません。それとも、人類種繁栄のために、膿を集めるための餌だと主張されておられるので?」


「ご想像にお任せしよう。茶会は終いだ」


 茫洋と二人を眺めていたディアブロが、その言葉に立ち上がる。


 スターも魔女から言質を取るまで粘るなど無駄なことはしない。そもそも猶予は、魔女の機嫌次第なのだから。

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