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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
中編 命の秘宝
34/42

34.魔女の戯れ

 ローゼンクイツァー帝国、帝都ターリア、帝城宮殿、魔法省魔術管理局禁術指定執行部、司令室。


 最高級の品々で構成された空間で、見劣りすることなく部屋の主として堂々と存在するメイガスは今日も今日とて書類仕事に追われていた。


『報告。特級秘宝(アーティファクト)の魔力波長を感知。波長パターンより、識別号「黄泉の琥珀(ドラウプニル)」と推定します』


 静かに淡々と響く機会音声。


 気品さえも薫る空間に、唯一似つかわしくない無骨な魔術演算機『運命の輪(フォルトゥーナ)』の無情な機能だ。


「次から次へと、今度は魔女の戯れだと?東方の思想で言えば、これは厄年というのかしら?」


 メイガスの明快の頭脳は、すぐさまに蓄積した知識より必要な情報を取り出した。すなわち、現在における『黄泉の琥珀』の所在。


 帝国北西部、ダンスカー辺境伯領にある治外法権、魔女の庭と化した魔境『黒鉄の森(ヤルンヴィド)』。そこに棲まう魔女の手にこそ、人類種ヒューマンに不相応な秘宝がある。


「……状況は?」


 鎮静の吐息を一つして、メイガスは歯車仕掛けの魔道具に問い掛ける。


『現在、『黄泉の琥珀』の反応はダンスカー辺境伯領内を移動中。予測ルートより、目的地を小村と推定。補足事項として、小村にて疾病状態の村人を感知。観測魔術の反応多数。状況を把握している可能性のある魔道士メイジの人数は、最少でも百人を超えます』


「うん、最悪だわ。手隙の『秘奥騎士アルカナイト』はあの二人しかいないのに、あの二人は護衛向きじゃないわよ……」


 メイガスの脳裏に浮かぶのは、先日のフィンブルヴェト大魔境の魔獣災害に対処した二人。厄介な事案を解決してくれた優秀な執行官ではあるが、それとこれとは話が別だ。戦闘力に文句はないが、そのスタイルはどちらも攻めだ。


 秘宝の確保のみならず、その使用者までも保護する必要が生じるのが、『黄泉の琥珀』の問題点だ。


「魔女は契約を破らない。その村人が治療されるまでは、在野の魔道士たちにも手出しはできないでしょうけど、時間がないのは変わらないわね。取り敢えず、二人は派遣するしかないわ」


 思考を巡らせながらも処理を続けていた万年筆を置き、メイガスは立ち上がる。


『……』


 足早に部屋を去るメイガスをフォルトゥーナだけが静かに見送った。




 ローゼンクイツァー帝国、ダンスカー辺境伯領。


 上空。燃え盛る火炎の色をした巨鳥が飛んでいる。


 その背には可憐な女魔道士スターが乗り、鉤爪には相も変わらずディアブロが掴まれている。


 フィンブルヴェト大魔境での一件により、空中移動手段を持ち得たディアブロだったが、自らの脚で駆ける形式のため疲労しやすい、すなわち、燃費が悪いために、不服ながらも掴まれた餌の如き状況に甘んじていた。


 やがて、一行は『黒鉄の森(ヤルンヴィド)』の近辺に差し掛かる。


 そこに飛来する無数の群影。


「歓迎のつもりでしょうか?」


 スターの呟きに応えるモノはいない。


「何してんだ。このまま突っ込むのはやめてくれよ」


 啄かれたくないディアブロが声を上げる。


「言われずとも、この程度の対処もできないと帝国の威信を疑われては赦されませんので、ね」


 言葉の終わりに合わせて、スターが指を弾けば数多の火炎弾が射出される。


 炎の魔弾は狙い違わず、飛来する群影と衝突し爆発した。


 鏃鳥スチュムパリデスと呼ばれる魔鳥の群れが、あっさりと全滅した。


 甲冑さえも貫く嘴を備え、毒糞を撒き散らし、羽を針のように飛ばして攻撃する厄介な渡り鳥で、東方では鴆とも呼ばれる獣害指定魔獣であったが、導師階級マスター・クラスの前には有象無象に変わりなかった。


 一匹残らず灰となって降り散るところに、今度は黒鉄の槍が無数に迫り来る。


 それはよく見れば、黒鉄の森に繁る木々の枝が元であることがわかるだろう。


「続けますか」


 淡々と述べながらスターは、迎撃の魔弾を無数に放つ。


 枝槍と魔弾が次々と衝突し、魔弾の爆裂が枝槍を雨に変える。


「悠長に続けてたら、脳筋が槍に乗ってくるぞ?」


「脳筋?此処の魔女と知り合いなのですか?」


「言ってなかったか?……ぐっ!?」


「脳筋呼ばわりするとは躾が足りないんじゃないか、ヘカテの弟子よ。ん?」


 魔女がいた。ディアブロの言葉の通りに、槍に乗っている。そして、その槍はディアブロが穂先を咥えることで空中にあった。


 スターは、目前にした漆黒ののドレスに身を包む魔女に驚愕する。


「……失礼致しました。『黒鉄の森(ヤルンヴィド)』の魔女スカサハ様。しかし、貴女様と帝国は不可侵の条約を契る隣人です。先ほどの歓迎はどのような由がございましょうか?」


「へぇ、度胸はあるようだね。魔道士メイジの質が落ちていないようで、先達としては嬉しいかぎりさ」


「ぐぅ!」


「離すんじゃないよ、馬鹿犬」


 ディアブロの抗議に、魔女スカサハは罵倒で応じた。


 そして、スターに覆い隠された目を合わせ、その問いに答える。


「由などないさ。歓迎だよ、其方の言葉のままだ。契りは領域の不可侵だ。力比べをするなではない。まぁ、其方の目的はわかっている。猶予はまだある。私がそのように図るからな。その馬鹿犬について色々と、其方も気になろう?」


 魔女はディアブロを指して怪しげに微笑んだ。

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