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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
中編 命の秘宝
33/42

33.御伽噺

デス→モースに変更。なんとなく。

サン→ソールに変更。なんとなく。

ウルヴルヘジン→ワーロックに変更。

 ローゼンクロイツァー帝国、ダンスカー辺境伯領、黒鉄の森(ヤルンヴィド)


 帝国の誇る版図の北西。オケアノス外海に接する大領が、ダンスカー辺境伯領である。オケアノス外海の開拓を目的とした長期航海技術の開発をはじめ、様々な研究が実施されていると噂される実験場。それは外敵なき大領であり、防諜のしやすさからも導き出される公然の秘密であり、だからこそ最も重要な機密を護るための囮だともされる。


 そのような曰く付きの地を治めるのは、『帝国の杖』と名高き魔道士一族ダンスカー家。魔法省に根を張り、中央政治にも食い込む名門大家だ。


 そんな大領の一角には、『黒鉄の森(ヤルンヴィド)』と呼ばれる魔境がある。


 固有の名を持つこの魔境は、その環境を異質に変貌させた異境であった。


 繁る木々の全てが金属質な鉄臭い森。重く鈍く暗く、閉塞したこの森に棲む魔獣もまた、鉄を食らって生きるような異質なモノがほとんどであり、そうでなければ、鉄を食らって硬くなった彼らをものともせずに食い破る凶悪な魔獣である。


 そんな危険地帯にしかし、何の変哲もない子どもがいた。


 ビクビクと怯えた様子で歩みを進める彼は、近隣の村落で暮らす普通の少年だ。度胸試しに足を踏み入れた阿呆ではないし、何者かに脅されたわけでもない。


 ただ病床に臥せる姉を救うべく、御伽噺に縋った勇ましき子どもである。


 御伽噺に曰く、黒鉄の森は魔女の庭。戦士を求める魔女の庭。勇気に応える魔女の庭。


 野蛮悪行は赦されぬ。血染めの槍で串刺し刑。


 違えるな、違えるな。野蛮と勇壮、違えるな。


 それは、どこにでもある子どもたちが無闇矢鱈に危険地帯へと遊びに向かわせないための脅し文句。大人たちとて魔女がいるかどうかなど知りはしない。


 けれど、少年は進む。


「カァ」


 バッと少年は上を向く。カラスによく似た鳴き声にしかし、視界は翳り肩がなにかに挟まれる。


「え……」


 絶望が痛みを忘れさせる。肩を掴む凶悪な鉤爪を呆然と見つめる。もう少しだけ力が込められたなら、少年の柔な肩肉を突き破るだろう。


 もはや、地上は遠く空の上。暴れて落とされたとしても生は繋げまい。


 短い空の旅は、始まりと同じく唐突に終わりを告げる。


 巣で待つ雛の餌にでもされるのかと子どもの想像力で涙を流していた彼を、人攫いの怪物は軽く放る。


 未だ遥か上空よりの自由落下。


「ごめん、お姉ちゃん」


 零れ落ちた謝罪は、少年の心根をよく表していた。


「どうしたんだい、坊や」


 免れぬ死を前にしていたはずの少年を、柔らかく抱き止める腕がある。中性的なハスキーボイスが少年の耳朶を心地良く震わせる。


 いつの間にか閉じていた目を少年が開けば、目の前にあったのは目元を黒いヴェールで覆い隠す白磁の女の貌だった。


 目元は見せず、鼻と口元だけが見えている美貌の女は、長い黒髪を艶やかに腰元まで伸ばしている。


 女は、白磁の肌を露出しない真っ黒なドレスでその身を飾っている。指先までも手袋で覆い隠しながら、惜しげもなく均整なプロポーションを晒し、大きく広がるスカートのような飾り布はシルエットに立体感を生みながらも黒布に覆われた美脚を晒すスリットが大胆に開いている。


 女は、魔女だった。


「カァ」


 女の隣に人攫いの怪物が舞い降りる。


 カラスによく似た姿形。なれど、人を背に乗せられるだろう体躯を誇るこの魔獣は、黒竜鳥クエレブレと呼ばれる亜竜デミドラゴン


 魔女に顔を寄せるその姿は、懐く鳥そのものだ。


 魔女は片腕に少年を抱いたまま、もう片腕で役目を果たした使い魔を撫で褒める。


「ぁ……」


 少年の口から無意味な音が鳴る。


「ふふふ、怖いのか、恐ろしいか。大丈夫さ、ジェットは可愛いヤツさ。さて、勇ましくも私の森を訪った坊やの目的は、何だい?」


 闊達な口調で魔女が問う。


 魔女の笑みに、少年は拳を握って挑むように答える。


「お姉ちゃんを助けて。お姉ちゃんの病気を治してください」


「ほうほう、なるほど。姉君の死の運命を覆してほしいというのだな?わかっているか?知っているのか?運命の糸を撚り直そうと、大流は変わらない。余計な苦労を、それこそ死を望むほどの労苦に喘ぐはめになるかもしれんぞ?魔女に頼るとはそういうことだ。私に願えば、代償はあちらの方からやってくる。それでもいいと?」


 魔女は朗々と詠うように、運命の原則を語る。


 少年の幼稚な知性でどれほどのことが理解できただろうか。


 しかし、愚直に愛する姉を想う少年は、本能の鳴らす警鐘に耳を塞いだ。


「それでも、お姉ちゃんが助かるなら」


「ふふ、ふふふ。嗚呼、なんと勇ましい。震えるその身で精一杯に姉君を想うか。良かろう、好かろう。くれてるやるとも、過酷の運命!くれてるやるとも、救済の運命!」


 上機嫌に魔女は詠う。


「さぁ、これを持っていけ」


 そう言って、魔女から少年に手渡されるのは琥珀の嵌った装飾品アクセサリ


「姉君に握らせるだけでいい。それだけで人間ならば、たちまち快復する。あぁ、快復したら棄てることをおすすめする。あとは、なるべく月光に晒さないように気をつけろ」


「残るのなら、返すべきじゃ」


「ふふ、賢い坊や。返す必要はないとも。こんなものなくとも、私は常に快調だ。手元に届いたから持っているだけさ。さぁ、いいかい?姉君が快復したら捨ててしまえ。月光には晒すなよ?わかったなら、出口までジェットに乗せてやろう」


 少年は自身の掌に収まる琥珀を一拍ほど眺めてから、魔女の言葉に頷いた。


「ありがとう、魔女様」


 魔女は破顔の笑みを浮かべてみせた。

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