30.災害
「オラッ!」
ディアブロの拳が雪熊の額を突く。衝撃に踏ん張ることのできなかった巨体が宙に浮いて背後の魔獣を巻き込み飛んでいく。
「ケェ!」
巨大な鶏のような亜竜である蛇尾鳥が横手より襲い掛かる。
「ウザい!」
突き込まれる嘴はしかし、ディアブロによって無造作に握り潰された。さらに、そのまま振り回して辺りの魔獣諸共に蹂躙する。
無理矢理につくった空白地帯でディアブロは視線を巡らせる。止まることを知らない狂奔鹿が数体迫り、狡猾な蛮犬どもが隙を窺っている。
「チッ」
ディアブロは振り回していた蛇尾鳥を放り投げる。その先に待つのは蛮犬どもだ。僅かに怯むその隙に地を駆ける。向かう先には黄金に輝く角を突き出す狂奔鹿の群れ。
「シッ!」
姿勢を低く加速したディアブロは、串刺し凶器の下を潜り抜ける。最も長城に近い側の狂奔鹿に接近し、その勢いのままにその狂奔鹿の横面を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばされた狂奔鹿は、並走していた同類たちを巻き込んで斃れ伏す。ディアブロがとどめを刺すまでもなく、ギムレーの精兵たちが魔砲台を撃ち込んだ。
それを見届けることなく、ディアブロは襲いくる蛮犬どもを迎え討つ。
白雪に目立ち、夜闇に紛れる漆黒の獣どもの鼻面を殴り飛ばした。
「ザコだな」
粗方を斃してディアブロは先へ進む。すぐに長城へと攻めかかる魔獣の一群が姿を現した。
「こっちだ、デカブツ」
近場の雪熊に殴りかかり、ディアブロは再び蹂躙を開始した。
尽きぬかの如く押し寄せ続ける魔獣の群れであったが、ディアブロとブリュンヒルデの参戦によってようやく終わりの兆しが見えた。
だがそれは、迫る災害の到来を意味する。
地が揺れる。激しい戦闘に紛れるように、だがそれとは異なる規則的なそれは足音だった。
魔獣たちの猛攻が激しさを増す。抗うことの赦されぬ暴虐よりの逃亡を果たさんがために。炎壁に灼かれることも厭わずに抜けたモノから突き進む。
夜闇にあって、護国の長城は女魔道士の敷いた炎壁の結界に照らされている。その明かりの元に、のっそりとその巨躯が顕となる。
「デカい」
誰の呟きか。その音は、騒々しい戦場にあって染み入るように鮮明に聞こえてきた。
その魔獣は、余りにも巨大だった。護国の長城を軽く超え、魔道具によって展開される結界の高さとほぼ同等。横にもひたすらに巨大なその躯は、比喩でもなんでもなく事実として都市と同じだ。
一本一本が神代より生きるのだろう巨木を超えた太さをした六本の脚によって、たった六本の脚によって熊に似たその魔獣は大地を踏み締め、その巨躯を支えていた。
白氷領域に相応しい純白の毛皮が、炎壁の光を反射して輝いている。
その魔獣の名を、百掌熊と呼んだ。
巨人種の成れの果てとも伝わる災害指定魔獣。特殊な魔眼によってその領域と定められた蛇天獅怪とは一線を画する、ただその巨大さをもって災害とされるモノである。
「 」
咆哮。威を示す轟音が衝撃波となって吹き抜ける。
大地を染める白雪を巻き込んだそれは、雪崩のようだった。
「あ……」
白く染まる視界のなか、一人の兵士が驚愕に音を漏らした。
彼の視線先で、ブリュンヒルデが猛然と駆けている。百掌熊を目指し、迫る雪崩を吹き飛ばして。
あまりの巨躯に錯覚するが、かの魔獣と長城との距離は未だ遠い。しかし、それ以上に距離を縮められれば、もはや長城は崩壊するだろう。
ブリュンヒルデは、恐ることなく立ち向かう。
兵士の見つめるなか、ブリュンヒルデの大槍が突き出されようとする瞬間、彼の視界は白く染まった。
「止まれぇえ!」
渾身の一撃であった。
小さなブリュンヒルデに全く意識を向けないのを良いことに、全力を注いだ最高の一撃だった。
百掌熊の左前脚に突き込んだ大槍は、皮にさえ届かなかった。剛毛の層はあまりにも分厚く、ブリュンヒルデは間合いを間違えた。
「……!?【嵐襲】!」
本来ならば傷を抉る嵐を、穂先よりも奥へと放出する。
「グゥウ?」
その衝撃をもってようやく、百掌熊は自らに挑む矮小に意識を向けた。
「っ!?」
百掌熊が煩わしげに払った。ただそれだけの動作で、ブリュンヒルデは衝撃に苦鳴することもできずに吹き飛ばされた。
【嵐の加護】の天稟がその衝撃を和らげてなお骨を折ったその衝撃は、魔闘術をもってしても一般的な人類種では潰れた肉塊と成り果てたであろう力だった。
「くっ、ははは!なるほど、災害だ」
ブリュンヒルデが見上げる怪物は既に前を向いていた。
痛む体を御して立ち上がる。
「狙うべきは急所か。それでようやく、敵として認められる程度かもしれんな」
ブリュンヒルデは心を落ち着けるように深く呼吸する。
魔力を高め練り上げ、天稟に方向性を示す。
嵐に荒れ狂う紫電が迸り、大槍を渦巻き飾る。
大槍を逆手に投槍の構えをとる。
「愛すべきギムレーを蹂躙されては困る。こっちを向け、怪物め」
――【雷迅】
大槍は一筋の雷霆となって駆け抜ける。
狙い過たず銀狼姫の牙は、怪物の瞳を貫いた。




