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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
3/42

3.日蝕あるいは白夜

「詳細は後日、連絡がくるだろう。下がってよし」


「はっ、失礼します」


 メイガスは用件の終了を告げてスターを下がらせた。


 ローゼンクロイツァー帝国、帝都ターリア、貴族街、飲酒店『白鳥の社交場』。


 最低限の照明によってボヤけた暗がりの店内は、上流階級の専門店だけあって瀟酒な内装で揃えられており、給仕の動きは木端貴族に優る一流の域にある。


 カウンター席の一角に腰掛けるメイガスは、本日の職務を終えての酒杯を傾けていた。ただそれだけで絵画に残したくなる美貌は、上流階級にあっても稀に見る高嶺の華だ。


「お隣よろしいですかな?」


 そんな高嶺の華に臆することなく声を掛ける紳士がいた。


「あぁ、かまわん」


 メイガスの応諾を受けて紳士は優雅に腰掛けた。


「それで?どうだったんだ、ジャッジ?」


「このような場でも秘匿名ですか。儘ならないものです」


 この紳士こそ、ジャッジメント。ディアブロを迎えた秘奥騎士の副官であった。


「仕方ないだろ。どこに耳があるかも知れない、魔術にあって不可能はないんだ。人類種には限界があるがな」


「とはいえ、愛すべき両親より賜った名を疎かにしているようで心が痛いのですよ」


「よくもまぁ抜け抜けと言えるものだな。そんなことよりも本題を話さんか」


 話を脱線させるジャッジメントに、その性質を知るメイガスは苛立つことなく応答したものの、結局、中身のない戯言を受けて早々に軌道修正した。


「まぁ、あちらさんも快く引き受けてくださいましたよ。恨み辛みがあるわけですし、当然ですね。もちろん、こちらにも恨まれる理由はあるわけですが」


「逆恨みでしかないがな。封印刑であるだけ恩情だ。悪魔憑きなど、それも魔王階級グレーター・デヴィルでは本来なら早急に破壊すべき特級呪物だ。猟犬としてしっかり働いてほしいものだな」


「呪物って……彼だって人間ですよ、メイガス。しかも正気は保たれているのですから、使い潰すのはやめてあげてくださいね?」


「ウチは人手不足が常態化した労働環境だぞ。平等に使い潰すつもりだ。わかってて言ってるな?」


 押し殺した笑声がジャッジメントの口から漏れる。


 その様子に眉を顰めながらメイガスは酒杯を傾ける。芳醇な香りが鼻を抜け、鮮やかな炭酸が舌の上で弾けた。


 一拍置いたところで、今度はジャッジメントが尋ねる。


「それで『スター』は彼女で良かったので?」


「何だ、私の判断に不服があるのか?」


「いえいえ滅相もない。しかし、彼女はまだまだ白いキャンバスです。それこそ染められるかもしれませんよ?」


「ふん、それならばそれまでの者だったということだ。それに、絵の具ならともかく、光ならば染め上げるのは白の方だ」


「そうかもしれません。結局、彼ら次第のお話でしたね」


「賭けるか?」


「貴女の愛をいただけるのであれば」


「では無理だな。私の愛は国のためにある」


「そうでしょうとも」


 ジャッジメントの断ることが前提の口説き文句に、メイガスは気分を害することなく拒絶した。


 互いに視線を合わせ、酒杯を掲げる。


「帝国に」「帝国に」「「乾杯」」


 夜は静かに深けていく。


 ローゼンクロイツァー帝国、帝都ターリア、魔法街、狩人ハンターギルド、応接室。


 翌朝。スターの姿がそこにあった。


 狩人ギルド。魔術結社の下部組織だ。


 数千年の人類史にあって様々に分派・統合された魔術思想に基づいて組織されたのが魔術結社である。帝国を含め西方諸国では、始祖の名をとって呼称されるソロモン教とヘルメス教の二大宗教を母体に様々な宗派に分かれている。

 それらとは別に組織されながら、全ての魔術結社の下部組織とされる狩人ギルドは、魔術研究にあって必要な試料採取の依頼を請け負うことを源流とする営利組織だ。


 魔術研究における試料の多くは、人類種にとって危険性の高い魔獣種モンスターの遺骸またはそれらが付近に棲息する地域でのみ採取可能な鉱物や植物であり、必然的にその役目には荒事における実力が伴う。その実力でもって、国軍の手が回らない市井からの小規模な魔獣種被害に伴う討伐依頼なども請け負うようになり、さらに、その影響力を危惧した諸国の干渉もあって貧民の受け皿として、業務拡大を建前に人材を広く募集するようになっているのが現在の狩人ギルドである。


 特例赦免によって釈放されたとはいえ、その危険性を看過することはできないディアブロを帝城宮殿に上げるわけにもいかず、便利屋として白羽の矢が立ったのが狩人ギルドというわけである。

 軍属にある衛兵詰所などは、秘奥騎士とは相性が悪いのだ。


 ノックの後に扉が開かれれば、姿を見せるのは哀愁漂う禿頭のギルドマスター。


「ディアブロ卿をお連れしました」


 そう言って頭を下げ入室するギルドマスターに続いて現れたのは、鉄鎖を全身に巻きつけた美丈夫。


完全拘束オスワリ


「ぐわっ!?」


 スターの唐突な宣告に、素っ頓狂な悲鳴を挙げながら倒れ伏すディアブロ。瞬く間に『貪食の縛鎖(グレイプニル)』により拘束されていた。


「何しやがる!?」


「動作確認です。一応、謝罪しておきます。限定解除ヨシ


 キレ気味に問いただすディアブロに、冷めた視線で軽く頭を下げるスター。最後に発せられた宣告が、ディアブロの拘束を現れた当初のものに戻した。

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