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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
29/42

29.惨状

 ギムレー領、護国の長城。


 濃紺に染められた暗幕に翳るような夜闇の中、長城は魔道具の光源にて照らされていた。平時であれば、このような目立つ明かりを使うことはない。


 劈く轟音と閃光が幾つも軍兵たちの耳目を刺激する。それは城砦に備えられた軍用兵器、魔砲台マギカノンの放つ魔弾の着弾を示す快音だ。


 しかし、軍兵たちに喝采を叫ぶ余裕はない。照らされた城砦に迫る無数の影は、悍ましく感じるほどに夥しい。数発の魔弾に散る命よりも多くの命がひっきりなしに駆け込んできていた。


 その影は、冥斧蟲エンプーサをはじめとして多種多様であった。フィンブルヴェト大魔境の浅層を彷徨く雪熊イエティ白魔狼ヴァイスワーグは勿論のこと、奥地で棲まう蛮犬ガルム蛇尾鳥コカトリス狂奔鹿ケリュネイアまで、もはや大魔境に棲息する殆どの魔獣種モンスターが確認できた。


 軍兵たちは、結界に突撃する冥斧蟲たちを無視して、地上を駆ける魔獣に戦力を割かざるをえなかった。


「何だ、これは?」


 上空。文字通りに爆進して飛来した火喰鳥イグニッション・ラプチャーの背にて呆然と呟いたのはブリュンヒルデだった。


「冥斧蟲の大移動だけではないようですね。雑多な魔獣が殆ど争うことなく、城砦を越えることを目指しています。おそらく、冥斧蟲を刺激したモノは執念深く追ってくる性質だったのでしょう。他の魔獣まで巻き込まれた故の惨状でしょう」


 淡々とスターが状況から推察する。


 どこかで罅割れのような音が鳴る。


「……結界が!?」


 悲痛な叫びを発したのはブリュンヒルデだった。魔闘士インファイトマジシャンにすぎない彼女にそれに対応する手段はない。強者故の驕り、自身の手札のみを瞬時に検討しての言葉だった。


「ラプチャー、放り捨てなさい」


「は?」


 主人の言葉に忠実な幻獣はあっさりとディアブロを放り捨てた。限定解除ヨシを呟くものの、予期せぬ落下に絶叫する哀れな男にスターは一瞥もくれなかった。


「ブリュンヒルデ卿。結界はこちらでなんとかします。貴女はあれとともに城砦へ向かってください」


「わかった。頼んだよ、愛しの君」


 呆然とディアブロを見送っていたブリュンヒルデは、スターの言葉に我に帰るとそう言って自ら飛び降りた。


「さて、夜ですか」


 スターの見上げる空は星灯りばかりの夜である。夜明けまではまだ長い。


 『火』の精霊種エレメンタルと親しむスターにとって、青空に浮かぶ太陽は魔術触媒としての利便性が高い。彼女の行使する多くの魔術はそれによって、ローコストでハイリターンな代物となっている。


 護国の長城は、その名の通りに長大だ。昼間であれば、結界を維持しながら魔術支援も可能であっただろうが、流石の導師階級マスター・クラスと言えど結界の展開だけで大仕事となる。


「頼みましたよ」


 スターの瞳の先で、ブリュンヒルデとディアブロが城砦に辿り着く。


「護れ 通すな 弱者は要らぬ 乙女が欲しけりゃ勇姿を示せ 【灼熱城壁(ローゲウォール)】」


 詠唱は淡々と紡ぎ終わる。


 それと同時に城砦の結界は崩壊し、冥斧蟲の群れが飛来する。


 そして、その目前は突如として燃え上がる炎壁に阻まれた。


 勢い余る冥斧蟲たちは止まることなく突撃して、例外なく炭も残さず燃え尽きてゆく。




「ギムレーの勇者たちよ!」


 城砦に駆け寄ってそのまま跳び上がって屋上に着地したブリュンヒルデは大音声を張り上げる。それに合わせて、近場の兵士が伝声の魔道具を起動した。


「よく持ち堪えた!此処にブリュンヒルデ・フォン・ギムレーが辿り着く時間をよく稼いだ!さぁ、もう一踏ん張りだ!故郷に迫る魔獣を追い払うぞ!」


「「「おおお!!!」」」


 激励に応える鬨の声は雪崩を起こしておかしくはないほどの大音声となって駆け抜けた。


 ブリュンヒルデは士気の高揚に満足げな笑みを浮かべ、隣に着地していたディアブロに声を掛ける。


「私は右だ。お前は左。わかるな」


「上等だ」


 それと同時に、城砦の結界が砕け散り、スターの【灼熱城壁ローゲウォール】が展開される。


 二人は躊躇なく、大魔境側に跳び降りた。


 運悪く着地点にいた魔獣が踏み抜かれる。


 ブリュンヒルデが大槍を振るえば【嵐の加護(ワイルドハント)】による颶風が魔獣の群れを吹き飛ばした。


 ディアブロが一体の魔獣を殴ればその背後に群れていた魔獣たちを巻き込んで吹き飛んでいった。


 二人は事前の取り決めに従い、ブリュンヒルデが右に、ディアブロが左に、長城に沿って駆け出した。道中の魔獣は滑稽なほどにあっさりと蹴散らされていく。


 長城は小国を横断するほどの距離があり、それをブリュンヒルデも知っているはずだが動きに迷いはない。実際のところ、長城に対して満遍なく魔獣の群れが迫っているわけではない。推定される災害指定魔獣と言えど、小国と同等の横幅があるような種類は確認されたことがないのだ。せいぜい、大都市と同等の範囲が主たる戦闘区域であった。それでも通常の人類種ヒューマンが駆け抜けるような距離ではないのだが、極まった戦士とはそういうモノである。流石に時間は掛かるが、長城全域を駆け抜けることさえも可能なのだ。


 ちなみに、スターの敷いた結界魔術は、実際に小国を横断する距離で展開されていた。極まった魔術師というのは大雑把なところがある。精霊種エレメンタルの方が気を利かせてくれるようになるためらしかった。


 長城の結界は区画ごとに区切られており、全て破られたわけではない。しかし、破れた隙間に展開するカタチでは、炎壁であるために視界のなさや炎熱による兵士への影響があるため、さらに魔獣たちが横から抜けるのを塞ぐため、と考えてはいる。大雑把なのは間違いないが。

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