28.急報
ギムレー辺境伯領、上空。
寒風に斬り裂かれたかの如き快晴を飛翔する勇猛禽が一羽。
青みがかかった灰色の羽毛に覆われた梟のようなこの魔鳥は、ギムレーの領軍で飼われる従魔。
格上の魔獣種にも怯えぬ勇猛さ、優れた視力や飛行能力などの猛禽としての特性、そして何より人語を理解する知能の高さを有しながら共生を選ぶ温厚さから、高空からの索敵や緊急の連絡を届けるための運び屋として活用されている。
今、飛翔するこの個体は、後者の役目を負っていた。
護国の長城より飛び立ち、領都ゴルヴを目指す伝書鳥だ。
「キュア!」
勇猛禽の脳裏を過るのは地獄絵図。それを現実のものとしないため、一際強く羽ばたき速度を上げた。
領都ゴルヴ、ギムレー領主館。
「キョォォオオ!」
その日の夜中に、勇猛禽は到着した。『秘奥騎士』が到着した当日の夜である。
存在を知らせる大鳴きに館中の住人が目を覚ます。
「何事だ!?」
そんな中でいち早く窓を開けて確認を図ったのはブリュンヒルデだった。
「キュア!」
「ミネルヴァ!緊急連絡か!」
そこに飛び込む勇猛禽、個体名ミネルヴァ。その姿にブリュンヒルデは事態を把握する。
ミネルヴァの脚に括られた小筒から小さな連絡書を取り出し、目を通す。
「何だと!?……緊急連絡!護国の長城に大規模な魔獣種の襲撃!敵影の多くは冥斧蟲だ!繰り返す!長城への襲撃!敵は冥斧蟲だ!」
轟く大声が館中を駆け巡った。
「良くやった、ミネルヴァ!お前は休め!」
「クゥ」
ミネルヴァを一撫ですると、ブリュンヒルデは部屋を出てすぐ隣の部屋に入る。そこがシグムンドの居室なのだ。
「父上!これを!私はすぐに長城へ向かいます!」
既に起き上がり身支度を整えているシグムンドに連絡書を押しつけ、ブリュンヒルデは慌ただしく飛び出そうとする。
「待て」
しかし、シグムンドは静止の言葉を掛ける。
「何ですか!?」
「スター卿たちを連れて行け」
「わかりました!」
端的にして正確な指示に了解を示し、ブリュンヒルデは今度こそ部屋を飛び出した。
「冥斧蟲か。発見できていない巣があったようだな。一番の問題は、何から逃げているのか、か。さて、会議室に向かわなくては」
シグムンドは懸念を呟き思考を整理し、己の役割のための行動を開始した。
冥斧蟲はフィンブルヴェト大魔境の奥地に棲息する魔獣種だ。通常ならば、滅多に出てくる種類ではない。しかし、彼らには厄介な性質があった。身に危険が迫ると大移動を行うのだ。だからこそ、掃討作戦では優先的に間引かれる。
逃走による襲撃である以上、それを食い止めることは困難だ。冥斧蟲には飛行能力があり、兵士たちを無視して広く散らばってしまう可能性が高い。
さらには、獣害指定でも上位の冥斧蟲にとっての危険とはほぼ確定的に災害指定魔獣である。執念深い性質のそれが運悪く、冥斧蟲たちを襲ったのであれば、護国の長城に姿を見せることになるだろう。
ギムレー領、上空。
ブリュンヒルデと連れ出されたディアブロとスターが、『護国の長城』に急いでいた。
「しかし、情けない恰好だな」
「うるせぇ」
【嵐の加護】を応用して空を駆けるブリュンヒルデの言葉に、力無いディアブロの罵倒が返った。
あいも変わらず、飛行中のディアブロは、スターが召喚した幻獣、火喰鳥の鉤爪に掴まれている。
「ブリュンヒルデ卿」
「なにかな、スター卿。この戦いが終わったら結婚するかい?」
「お断りします。そんなことより、砦の状況はどのように推測できますか?」
ブリュンヒルデの軽口を切って捨てつつ、スターが状況を問い掛けた。それにブリュンヒルデの表情も引き締まる。
「そうだな。長城は結界設備によって実体よりも高く防壁としての機能を有している。飛行する冥斧蟲であっても軽々と越えることはできない。備えられた軍用兵器も、魔獣種を想定した魔砲台が主体だ。配属されている兵たちも魔闘術を修めた精鋭ばかり。陥落していることはないだろう。だが、長城の全設備が稼働している場合、その状態を維持できるのは、せいぜいあと半日。相手の数次第でもあるが、我々が到着するくらいに結界を破られ、領内への侵入が始まるだろう」
「厄介ですね。一箇所に集まっているなら全滅させることはできますが、バラバラに動かれては漏れが出ることを避けられない」
「おい、前見ろ」
状況の厄介さに思案する二人の耳にディアブロの言葉が届く。
前方には夜闇が広がるばかり、僅かな星灯りに照らされた濃紺に曖昧に浮かぶ影が一つ。
ここは上空。命なきモノが在るはずもない場所。ならば、影の正体は飛行する魔術師か、夜行性の鳥類か。
否。僅かに耳を伝わるキチキチという音。金属を擦るような不快な音にその正体が結びつく。
「冥斧蟲!既に侵入したのか!?」
驚愕を言葉に乗せて吐き出したブリュンヒルデは、しかし瞬時に翔び出した。
影に接近。その正体が確かに長城を襲ったのと同種の魔蟲で在ることを認めながら、大槍を突き込んだ。
強敵と評価されるはずの魔蟲は、それを躱すことなく頭部を呆気なく破壊される。
惰性と慣性でいくらか飛行を続け、冥斧蟲の躯は力を失い墜落していった。
「運の良い個体だったというだけか?他にはいないようだが」
「急ぎましょう。貴女も乗りなさい、ブリュンヒルデ卿。魔力を贅沢に使います」
「わかった」「ん?」
スターの言葉にブリュンヒルデは思案をやめて火喰鳥の背に身を預ける。ディアブロは嫌な予感に僅かに唸るも、その予感が具体化する前に現実は進む。
「爆進です、ラプチャー」
主の命令に、幻獣は即座に応じる。
羽ばたきとともに爆炎が轟いた。




