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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
27/42

27.嵐

 ブリュンヒルデは、ディアブロの魔力が流れる様を知覚すると、大槍を突き出した。


「テメェ!」


 跳びのくことで躱したディアブロの文句がカタチを成す前に、ブリュンヒルデの声が響く。


「取っ掛かりが掴めたのなら、後は実戦あるのみだ!」


 大槍が五月雨の如く連打される。


「ちっ!」


 舌打ちと同時、ディアブロは拳の連打を合わせた。


 轟く接触音は領主館を震わせて住人たちに驚愕を齎した。


 撃ち合いは瞬く間に百を数え超えて千に達するかと思わせるほど激しく長く続いているが、ブリュンヒルデの大槍に罅の一筋もなく、ディアブロの拳に擦り傷の一つもなかった。


「荒削りだが、及第点か。私の全力を見せてやろう」


「上等だ!吠え面かかせてやる!」


 ブリュンヒルデの挑発に、ディアブロが食らいつく。


 互い威力を高めた一撃を放ち合い、わざと大きく弾かれた。


 間合いが取られ、撃ち合いが終わる。


 睨み合い。互い気を高める。


 不思議なことに、ブリュンヒルデの周りを風が吹く。


 風は徐々に強まり、強風となって大槍の鋒に集まった。


 それこそが、ブリュンヒルデの天稟の発露。


 彼女の天稟に与えられた名は、【嵐の加護(ワイルドハント)】。


 嵐の如き暴力性で身体能力を強化し、そのまま嵐を自在に操る権限を齎らす。


「受け切ってみせるが良い」


「来いよ」


 互い微笑に歪む顔。踏み込みは、大地を砕いた。


「【嵐襲(テンペスト)】」


「【威虎(イドラ)】」


 名が結ばれる。最も単的な詠唱が事象を確立する。


 ブリュンヒルデの大槍が轟風を纏って突き出される。轟風は第二第三の刃となって触れる全てを斬り刻むために唸りを上げる。


 なれど、ディアブロより突き出された拳に瑕疵はない。


 今この場で学んだに過ぎないはずの魔闘術ミスティックアーツ。しかし、その身を満たす魔力は膨大だ。


 出力の高さで補われたその一撃は、愚直なまでに魔力が集中している。


「そこまで」


 遂に、二つの暴威が接触するその寸前、可憐なる女魔道士の声が響いた。


 互い止まり、魔力を霧散させる。


「命拾いしたな?」


「何を言っている。命拾いもなにもただの試合のはずだが?」


 ディアブロの挑発に、ブリュンヒルデは肩をすくめて受け流した。


「実に良い試合だった。娘の我儘に付き合ってもらって感謝する」


 シグムンドの声に二人が振り向けば、既に領主と女魔道士は側に来ていた。


「さて、スター卿とディアブロ卿は部屋に戻ってもらってかまわない。疲れを存分に癒してくれたまえ」


 シグムンドの言葉に従ってスターとディアブロは場を辞する。


「では、父上。私も失礼いたします」


「待て、帰参の挨拶もせずに早々に決闘とは我が娘ながら何をしている?」


「はて?決闘ではなく稽古試合です、父上」


 しれっとしたブリュンヒルデだが、まだ父には勝てない。


「説教だ。来い」


「嫌です」


「逃げるのか?」


「むっ……」


「そうか、逃げるのか。堂々と立ち向かうギムレーらしからぬことではあるが、我が娘も人の子であったということだな。喜ばしいことだ」


「逃げません!父上の説教、有り難く拝聴いたします!」


「うむ、では行くぞ」


 親子の姿は、執務室へと消えていく。




 ギムレー領主館、廊下。


「良かったのか?」


「何がです?」


「戦い方を学ばせたことだ」


 ディアブロの問い掛けに、スターは立ち止まって向き合った。


「問題ありません。『貪食の縛鎖(グレイプニル)』を破ることは不可能です。それにあなたは私に勝てません」


「そうかよ」


「えぇ、そうなのです」


 スターの澄まし顔に綻びはない。その様を見て、ディアブロが先に視線を外す。


「ふん、大した自信だ。だがな、お前が相手をするのは俺じゃねぇ。そんときは蠅王だということを忘れるな」


「おや、正気を保つことに疲れましたか?」


「まさか!俺は俺だ。お前に負ける日は永遠に来ない」


「そう願っています」


 攻撃的に笑うディアブロに、スターは淡々と言葉を告げた。


「帝国には今、より多くの戦力が必要なのですから」


「……お前のその愛国心はどこからくるんだ?」


「さて、生まれた国に愛着を持つのは変わったことではないでしょう。自身の生活基盤でもあるのですから。崩れては問題でしかありません」


「へぇ、なるほどな」


「興味なさげですね。あなたが尋ねたことでは?」


「模範的な答えだったからな。それが本音か?」


「そんなものですよ。私はこの国が好きなのです、ただそれだけです」


「生活のためにも、か?」


「えぇ。さ、部屋に戻りましょう」


 淡々とスターは答えた。


 歩き出したスターに、ディアブロのさらなる言葉はない。黙って後を追う。




 フィンブルヴェト大魔境、白氷領域ニヴルヘイム、奥地。


 ある断崖にぽっかりと空いた洞穴があった。


 地形の起伏に隠されたようにあり、運悪くギムレーの人間が把握していないそこで蠢く無数の影がある。


 洞穴は広く長く大きく、冥斧蟲エンプーサという魔獣種モンスターの巣として利用されていた。


 闇に紛れる黒い体色をした巨大蟷螂。鎌のような肢は鋭く狡猾にも正確に断首を狙い振るわれ、翅による飛行能力によって広く活動する獣害指定でも上位の危険度とされる魔蟲である。


 彼らはフィンブルヴェト大魔境の豊富な魔力によって大繁殖を遂げていた。


 しかし、巣としていた洞穴が震える。


 何を切っ掛けにしてなのか。崩落が始まる。


 危険を察知した彼らは、我先にと飛び出していった。

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