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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
26/42

26.魔闘術

 迫る大槍の鋒は心臓を狙い撃つ。


「ちっ」


 舌打ち一つ。ディアブロは左の裏拳を大槍の横面に当てにいく。


「ほう?」


 感心の声とも息ともつかぬそれを溢しながら、ブリュンヒルデは為されるがままに大槍を己の右方に弾かれた。


 無論、対応できなかったのではない。わざと受けたのだ。柄の握りをずらし、流される勢いを転化して石突の薙ぎを打つ。


 大槍を退けた勢いのまま右拳を見舞おうとしていたディアブロの無防備な胴が強かに打ちのめされる。


「ぐっ!?」


 ディアブロの肉体は、常人を遥かに凌駕する強靭に高められている。天稟に由来するそれは、生半な武器や魔術の悉くを無為にする。だからこそ、邪魔な刺突を払い除けながらも薙ぎ打つことには反応しなかった。


 しかし、ブリュンヒルデのそれはディアブロの剛体を超えて痛痒を齎した。痛痒以上の驚愕がディアブロの脳裏を数瞬、支配する。


 慣性惰性に打ち込まれる右拳は、石突に跳ね上がられた。


 無防備を晒すディアブロの胴に、ブリュンヒルデの鋒が向く。


「やはり弱い」


「上等だ」


 隙を突くでもなく、煽りの言葉を聞かせる女傑にディアブロは吠える。


 猛りのままに拳を突き出せば、鋒が寸分違わず合わせにくる。自身の頑丈さに任せてディアブロに怯みはない。


 かち合う拳と槍に、空気は震え金属音を鳴らす。


 両者譲らず弾かれるでもなく、合わさった間より鮮血が流れ出る。


「……」


 呆然と拳を引いて、ディアブロは流血するそれを顔に寄せて確かめる。出血はすぐに止まった。拭えば傷など見当たらないだろう。悪魔憑きとしての再生力だ。


「不思議か?物理現象(世界の理)に傷つく己が」


 ブリュンヒルデの問い掛けに、睨みつけるディアブロだったが、もはや格付けの済んだ負け犬にしか見えない。


「驕りが過ぎるな。竜種ドラゴンが如き頑強さとされていようと、その竜種を屠った英雄譚は数多あろう。極まったモノどもであれば特別な性質も不要だ。無論、私がそのお歴々に並ぶという話ではない。上には上がいるという話だ。私の場合は、もっと単純な理由だ。私も天稟持ち(ギフテッド)だ。事象の次元ランクが同じならば、後はどちらがより上手く使えるかという勝負になる。知性高き人類種ヒューマンに生まれたんだもっと工夫しろ」


「工夫だと?どうしろというんだ」


 建前に過ぎなかった稽古試合であるかのように、ブリュンヒルデは語る。態度悪く、なれど素直にディアブロはその教えを聞く。


 魔闘士インファイトマジシャンという魔術師の種別がある。流動的な身体強化を旨とする魔闘術ミスティックアーツの使い手のことだ。


 魔闘術は学ばずとも、才能のある者ならば自然と身につける原始魔術の一種。そもそも全身の強化であれば、多寡はともかく誰もが無意識に行なっていること。それを必要な部位に集中させることで密度を高める技法なのだ。


 ディアブロの場合、そもそもが圧倒的な身体強化である天稟のために、必要に応じた配分を行う必要性がなかったがために身につかなかった戦術だ。


「魔力操作は魔術師の基本。お前のような半端者であっても、意識すればすぐにできよう。曲がりなりにも長い年月を強い魔力とともに過ごしたのだからな」


「ふむ」


 ブリュンヒルデの言葉に、ディアブロは己の意識を内側に向ける。


 魔力は未だ解明されていない未知のエネルギーだ。しかし、熱エネルギーであれば熱感として、光エネルギーであれば色感として、音エネルギーであれば音感として、生物の肉体というのはいくつかのエネルギーを感知できるようになっている。


 事実、魔力は霊感として感じられるエネルギーだ。己の内側にまで探ることは簡単だ。ただ、それを操作するとなると難事である。


 魔力が未解明ながら、精神エネルギーとされる一端は操作の体感にある。魔力操作とは欲動の制御に他ならない。余所事を考えず、それだけを意識することによって霊感に感じる魔力もまた動く。言葉にすれば簡素に過ぎるが、思考の集中など余程に相性の良い物事でなければ不可能だ。それを魔術としてカタチにするとなれば、一つの事柄に集中するだけではなく、それを組み合わせた複雑な事柄への集中が必要だ。特に戦闘に用いるならば迅速な構築が求められる。


 魔闘術とて例外ではない。仮に、右腕を強化するとして、『右腕に意識を集中し』『強化し』『対象の状態を意識して』『殴りかかる』、基本の思考だけでも四つに分けることができる。さらに、『他の部位にも展開する最低限の強化』『対象の反撃』『狙い』など事細かに思考は複雑になっていく。


 自然に身につけるモノは、これを一つの思考として認識するものだが、意識して身につけようとするモノは、まず魔術に関する思考とそれ以外の思考を別にしようと試みる。思考分割は、もはや原始魔術を超えた技術だ。魔術的才能に恵まれなければ、学ぶこともなく顕現する事象ではない。


 しかし、ディアブロであれば才能を無視することも叶う。


『ほう、ようやく貴種の嗜みを身につける気になったのか。どうだ?私に委ねぬか?』


 内側より響くは蠅王の誘惑。精霊種エレメンタルたる悪魔デヴィルであれば、息をするのに等しい生理的な動作だ。


(五月蝿いぞ。ようは力めば良いんだろ)


 だが、正気を保つディアブロがこれしきのことで蠅王を頼ることはない。それどころか、あまりにもあんまりな結論で、成功しようとしていた。

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