25.邂逅
「久しぶりですね、ブリュンヒルデ卿」
「相変わらずだな。ヒルデと呼んで構わないと言っているではないか」
互いに笑みを浮かべ合う。
遠慮なくブリュンヒルデは部屋に踏み入って、ベッドに腰掛ける。
脚を組み、堂々と口を開く。
「結婚してくれ、我が愛しの君よ」
「お断り致します、ブリュンヒルデ卿」
冷たいな、と呟いてブリュンヒルデは倒れ込む。
「お疲れですか、ならば、自室で休まれてはいかがです?」
「そう拒まないでくれ、愛する人よ。私とて傷つかないわけではないぞ」
「用事がないのならお引き取りを」
スターは素気無く退室を望んだ。ブリュンヒルデは再度、「冷たい」と呟くことになった。
それでも三年ほど続く関係である。ブリュンヒルデは、片腕で目元を隠して泣いた。
「はぁ、泣くぐらいなら諦めてください。さぁ、出て行け」
「つ、冷たい……」
スターは容赦がなかった。
ブリュンヒルデは苦し紛れに話題を転換する。
「そ、そういえば、『悪魔』はどうなのだ?」
「どうとは?」
「強いのか?」
腹筋だけで起き上がり問い掛けるブリュンヒルデの顔に浮かぶのは好戦的な笑み。
それを見ることなく、スターは顎に手をやり俯くように考える。
「そうですね。性能だけなら強いです」
「ほう、紹介してくれ」
「浮気ですか?」
「ち、違う!?てか、ズルい!狡いぞ、愛しの君!」
慌てふためくブリュンヒルデに、スターは微笑みを深くする。
「冗談です。あれは隣の部屋に居ますから、行きましょうか」
スターはそう言って立ち上がった。
ブリュンヒルデもそれに続く。
二人は部屋を出て、すぐ隣の部屋の扉を無遠慮に開け放った。
「なんだ?」
迷惑そうに眉を顰めながらディアブロがベッドに腰掛けた状態で迎える。
「紹介します。こちらはギムレー辺境伯の御息女、ブリュンヒルデ卿です。失礼のないように。さて、あれがディアブロです、ブリュンヒルデ卿」
「ふぅん?弱いな、お前」
「随分な挨拶じゃねぇか。噛みつかれてぇのか、変態」
スターの紹介で、互いが意識を向け合う。ブリュンヒルデの評価に、ディアブロは漏れ聞こえた隣室の会話から受けた印象を添えて返す。
「盗み聴きとは感心しない。私は、愛する人を口説いていただけだ。それとも、同性趣味を指しての形容か?」
「まさか、女の趣味が悪いと思っただけだ」
ディアブロの一言に、スターの微笑みが僅かに深くなった。
帝国は性愛対象について寛容である。貴族であれば、後継問題もあれど、性別転換の魔法薬で解決可能であるからだ。そもそも異性を受けつけないのだとしても、人工的に受精させる手段もある。
なお、そのために公衆浴場ではなく、洗浄サービスとして魔術師が、魔術で着衣のまま清める業務が公営されている。市民の清潔はそのようにして保たれている。入浴の文化は、一部の貴族と高級娼館に散見される。
「我が愛しの君を侮辱するのか?よろしい、ならば決闘だ」
「嫌だが?」
「そもそも私闘は禁止ですが、まぁ、戦力向上のための指導であれば問題ないでしょう」
血の気の多いブリュンヒルデの宣言を、即答で拒絶するディアブロ。しかし、スターの言葉によって彼の意思は無視される。
「よし、表に出ろ」
スターの援護に気を良くしたブリュンヒルデが満面の笑みで告げる。
ディアブロはスターを睨め付けるも、返ってくるのは深い笑みだけ。
結局、根負けしたのはディアブロだった。溜息を吐いて立ち上がる。
ギムレー領主館、中庭。
貴族の屋敷というよりも、軍事施設としての城であるそこには、典雅優美なる庭園ではなく質実剛健な砂地が広く敷かれている。主には、出陣式や論功行賞の場であり、時に余興として、あるいは、名誉と誇りを懸けた観覧試合なり決闘なりを執り行う場でもある。
今回の使用目的は一応は後者であろうか。
いつの間にか、領主たるシグムンドの威容の姿もあったのだから。
向かい合うのは、黒銀の美丈夫と白銀の美女。男は鎖が巻き付いているが素手であり、女は一見して細腕にありながら大槍を握る。
並べば似合いにも思える二人だが、交わす視線は火花を散らすが如く剣呑だ。
「良いですか、あくまで稽古試合です。お互いに御自分の立場をゆめゆめお忘れなく」
事務的に告げる可憐な女魔道士は、自分がこの事態に至る決め手となったことを噯気にも出さずに涼しい顔だ。
「……あぁ」
「愛しの君の言葉とあれば否は無い」
それぞれに肯く二人。
剣呑ではあれど、滲み出るのは殺気に近い闘気である。互いに苛立ちは募れども、冷徹な思考を失ったわけではないようだった。
これ以上、焦らす意味などない。それで殺気に心変わりされても問題だ。
「はじめ」
簡潔に女魔道士が試合の開始を告げる。
弓弦を引き絞るが如く、高められていた緊張と昂揚。それが一瞬で放たれる。
両者、待つようなスタイルではない。互いが互いに間合いを潰し、ほぼ最初の立ち位置の中間にて邂逅する。
なれど、ほぼである。僅かに速かったのは白銀であった。
「死ぬなよ?」
女傑が両手に握る大槍が、ブレることなく真っ直ぐと突き放たれた。




