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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
24/42

24.巨狼

 ローゼンクロイツァー帝国、ギムレー辺境伯領、領都ゴルヴ。


 無骨な街並みが広がる城塞都市。それがギムレーの領都であった。見るからに頑丈な都市防壁、寒冷な気候に発展した熱を逃さない石材製の家屋。そして、区画整理された配置。


 主要施設も屋内とあっては、外をうろつく者はごく僅かであり、一見すれば寂れたようにも見えるが、喧騒がそこかしこで屋内から漏れ轟いている。


「ぬくいな」


 ゴルヴの発着場で呟いたのは、今回も火喰鳥イグニッション・ラプチャーに掴まれてきたディアブロであった。雪国とあって、支給された革の上着を着用している。


「都市結界の応用です。魔石は潤沢に確保できる土地ですから、何代目かのギムレー辺境伯の設備投資で設置されたとか。今に至るまで稼働しているのは、歴代のギムレー辺境伯が、領民の生活を気に掛ける仁徳を有する証ですね」


 淡々と語るのは当然、ディアブロの監視官たるスターである。こちらは魔術で防寒をしているため服装に変わりはない。


「ソール卿、いえ、今はスター卿でしたね。お久しぶりでございます。ご到着をお待ちしておりました」


 そこに駆け寄り声を掛ける人物はギムレー辺境伯麾下の地方官僚の一人であった。フィンブルヴェト大魔境の掃討作戦は、スターが『太陽ソール』であった頃にも担当した案件であり、顔馴染みである。


「ご苦労様です。今回は、これも参加しますが、どうぞよろしくお願いします」


「これとはなんだ、これとは」


「お初にお目に掛かります、ディアブロ卿。我らギムレー領は、戦力となる方であれば、どのような来歴であろうと歓迎いたします」


「あっそ、まぁ、暴れられるんならかまわねぇさ」


 スターのおざなりな紹介に抗議しようとするも、地方官僚の挨拶に毒気を抜かれるディアブロであった。


「それでは領主館の方へご案内いたします」


「えぇ、お願いします」


 スターの返事を確認して、地方官僚は領主の元へと歩み出す。『秘奥騎士アルカナイト』二人もそれに続いた。




 ギムレーの領主館は、館というより城と言った方が適切であった。


 ディアブロとスターは、すぐさま応接室に通される。


 僅かな間を待てば、貴族服を纏う野獣の如き大男が入室する。スターとディアブロは、それを直立して迎えた。


 後ろに撫でつけられた短髪は白銀に輝いて、理知的な黒瞳を宿すダンディな顎髭を整えたこの男こそ、ギムレーの現当主シグムンド・フォン・ギムレー辺境伯だ。


「久しいな、スター卿」


「お久しぶりでございます、シグムンド卿」


 見た目に受ける荒々しい印象とはチグハグな落ち着き払った声で、シグムンドはスターとの旧交に挨拶した。


「ふむ、貴殿が『悪魔ディアブロ』か。若いな」


「そう見えるか?」


「あぁ、娘と同じくらいであろう」


 観察するような視線。好悪のない駒を見る視線。シグムンドはディアブロにそれを堂々と向けた。

 言葉はそれでいて、当たり障りのないもの。どこまでも貴族的な態度にディアブロは鼻で笑って対話を切った。


「さぁ、二人とも掛けてくれ。本格的な話は明日、改めて。そちらの近況を教えてくれたまえ」


 気分を害した様子もなく、シグムンドは切り替える。勧めに応じて二人が座れば、シグムンドも対面に悠々と腰掛ける。間にあるローテーブルには、静かに佇んでいた使用人がテキパキと茶を用意する。


 帝国は西方随一の大国である。その辺境ともなれば、首都から遠く情報の遅れは一年を数えることさえある。大領主たるシグムンドは、勿論それなりの手段を用意して情報収集に当たっているが、その供給源は多面的であるに越したことはない。


 スターは、剛毅にして繊細な大貴族に快く情報を開示する。勢力図の流動、食糧生産の増減、各地の魔境事情、経済の流行などなど、およそ機密ではない殆どの情報が詳らかに語られた。


 軽妙洒脱に、にこやかな笑みと和やかな声で、ディアブロの腹が茶菓子と茶で満たされるまで続けられた。


「御満足いただけましたでしょうか」


「勿論だとも。スター卿の語りはいつもながら愉しいものだ。詩人の蜜酒を口にされたことでもあるのかな」


「まさか、シグムンド卿の御人柄に絆されただけですよ。帝国に雪解け水を齎らす太陽が如き御人柄に」


 最後は破顔大笑して朗らかに歓談は終わりを遂げる。


 なお、詩人の蜜酒は帝国ではもっぱら自白剤の隠語として、ギムレーの雪解け水は恵みとともに水難を誘うものであることを知らせておく。


 シグムンドが先に退室し、茶を干してからスターとディアブロは使用人の案内に従って客間に通された。もちろん、別々だ。


 ディアブロが早速とばかりに広い寝台に大の字に横たわり、スターが思考に耽るため椅子に深く腰掛けたところ、隠すつもりのない荒々しい闘気が接近する。足音を鳴らさないのが不思議なほどの気配である。


 闘気の主が立ち止まるのは、スターの客間であった。


 寝そべったまま警戒するディアブロに反して、スターは呆れるように背凭れに背を預けた。


 ノックもなく、扉は豪快に開かれる。


「久しいな、愛しき人よ!」


 演劇の如き呼び掛けを放つのは、美貌鋭い女性。


 何を隠そう『銀狼姫』ブリュンヒルデであった。

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