21.『狂宴会』
某所、禁術指定魔術結社ソロモン教魔王派、通称『狂宴会』本拠地、万魔殿。
どことも知れぬ領域にて、ひっそりと佇む禁忌の神殿。冒涜の感性でもって、踠き苦しむ生命の彫刻や絵画でもって飾り立てられ、通路は捻れ、流れを澱ませている。
正気を失くすための配置。東方の言葉を借りるのであれば、風水による凶相である。
それは、誰もが想い描く禁術師の根城であろう。
そのような場にあるモノが真っ当であるはずもないが、現世に現れる以上はそれなりに整えられた外見だけは有している。
万魔殿の一室。その部屋の主は、女であった。
背は高く、豊かな胸に括れた腰つき、脚はすらりと長い抜群のプロポーション。相貌は正に美貌なれど、緑の瞳はギラギラと欲望に燃えて吊り上がり、うねる長髪は荒波の如く溟い紫紺に染まっている。
その身に纏うのは、パンツスタイルのスーツとなれば、女の印象は気の強いことが第一となろう。そして、偏見の目は次いでこんな妄想に囚われる。女嫌いの男嫌い、高望みの行き遅れ。
「あら残念、魅王のマセガキが死んでしまったわ」
台詞に反して、女は嗤う。悦ばしげに、歯を剥き嗤う。
女の名は、蝕王レヴィアタン。
『競争』の悪性である。
「偉大なる御方にご報告しなければならないわ」
レヴィアタンは足取り軽やかに、部屋を出る。
そして、廊下にて不意の遭遇をしてしまった。
「何故いるのかしら?」
「悲しいナァ、俺が何をしていようと俺の勝手だ、レヴィ」
「名を略すことを許した覚えはないわよ、クソ野郎」
邪険にするレヴィアタンの態度に、その男はカラカラと笑って流してしまう。
男もまた、背が高く、体格に恵まれている。ボサつく赤髪は無造作で目元までも覆い隠す。ニヤつく口元だけが窺い知れる表情だ。そして、目に痛いほどの極彩色の衣装とくれば第一の印象は、道化師か道楽者か。
「誰が死んだ?」
「マセガキが死んだわ」
「悲しいナァ、悲しいナァ!」
男が声を張り上げる。苛立たしげに、芝居掛かった悲嘆の声だ。
男の名は、禍王サタン。
『自由』の悪性である。
「嗚呼、俺は自由が欲しいだけなのに!俺は、仲間とともに好き勝手に面白おかしく暮らしたいだけなのに!なんでアスモデウスは、死んでしまった!そんなことなら、俺が殺しておけばよかった!俺の選択肢がまた一つ勝手に減った!悲しいナァ!」
「アンタの独白に付き合う気はないわ。アタシはもう行くわよ」
サタンの妙な台詞はいつも通りのこと。レヴィアタンはすっぱりと別れを告げる。
しかし、サタンはそれを遮った。
「まぁ、待て、レヴィ。我が同胞よ!共に友の死を悼んでからでも、偉大なる御方への報告は遅くはあるまい!」
「嫌よ。何故アタシが、マセガキの死を嘆くわけがないでしょう?」
「おぉ、悲しいナァ!俺たちは、血を分けた同胞ではないか!俺はお前と嘆くと決めたのだ!さぁ、輪になって踊ろう!踊ろう!」
「ちょ、やめなさい、やめろ!このクソ野郎!なんて馬鹿力!巫山戯ている暇は、アタシにはないのよ!」
「あははは!悲しいナァ!悲しいナァ!アスモデウスが死んで悲しいナァ!レヴィに拒まれて悲しいナァ!」
手を掴まれて、レヴィアタンは強引に回される。
抵抗しようと無意味であった。既にその足は地より離れて遠心力で宙にある。もはや、サタンが飽きるか、私闘に意識を切り換えぬ限りこの回転は止まらないだろう。
「さっさと降ろせ!このアホ!」
「悲しいナァ!悲しいナァ!なれど仕方ない!それならこのまま、投げてやろう!偉大なる御方の元に投げてやろう!」
「はぁ!?アンタはバカァァ……!」
「おう、凄まじい絶叫であるな!」
レヴィアタンの罵声の中途にあって、サタンはあっさり手を離す。慣性に従ってレヴィアタンは暗がりの廊下の先へと飛んでいく。
「あははは!いやしかし、悲しいナァ!ホントにホントに悲しいナァ!俺たちの計画を邪魔するか!偉大なる御方の偉業を邪魔するか!悲しいナァ!」
レヴィアタンが飛んでいく方に背を向けて、サタンは歩く。ビリビリと空気が縮み上がる。男の怒気は絶頂だ。
「帝国め!帝国め!」
巫山戯た様子でニヤつく口元。しかし、言葉に憎悪が宿る。ドロドロとした黒い石油に激情の業火が燃える。
「復讐だ!報復だ!お前たちにできて俺にできぬことなど一つもない!殺そう!潰そう!壊そう!あははは!悲しいナァ!悲しいナァ!どうするか、どうしようか?死にたくはないからなぁ!選択肢は狭まるばかり!悲しいナァ!」
軽快な足取りでサタンは廊下を駆けていく。考えをまとめながら駆けていく。
『自由』の悪性。自身の属性にどこまでもどこまでも縛られた憐れな悪魔が、独りで駆けていく。
「悲しいナァ!悲しいナァ!早く自由になりたいなぁ!」
万魔殿を飛び出して、禍王サタンが駆けていく。
『自由』の悪性を制御できるモノなどいないのだ。
衝動のままに駆けていく。果たして、サタンは何処へ行くのか?それは誰にも分からない。帝国が何処かなど彼は知らないのだから。
「悲しいナァ!悲しいナァ!」
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