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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
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20.術理

 炎鬼帝イフリートのカタチで顕現した『火』の精霊王エレメンタル・ルーラーの双眸に未だデスは縛られている。


「彼のものの凍てつく心を熱して溶かせ」


 不遜なほどに強くスターが主人としての命を与えた。


 イフリートは言葉なくただ従う。それは我欲なき現象ゆえか。はたまた力の発露を恐れてか。表情もまた凶相のまま。


 暖かな火が燃える。


 暖炉に燃えるような、焚火に燃えるような、人類種ヒューマンに明瞭と越冬への安堵を齎らす火が燃える。


 炎熱を纏う腕を伸ばせば、ようやくモースが聖霊王グレース・ルーラーが動く。


 ディアブロの抑えを取り払い、六枚の光翼の全てを盾とする。花弁のように集合するそれを、イフリートはあっさりと溶かし破る。


 いつの間にか、イフリートの巨躯は縮んだ。人類種の平均よりもやや大きい程度の大躯に納まっている。


 モースは動けない。未だ黄金の双眸が捕らえて離さない。新たな光翼を出すことさえも、思考を焼き尽くされては叶わない。


 『純潔』に相対するは『火』。なればこそ、その権能は反しない。そも純潔は善悪の観念あってのモノ。善悪なき現象たる火に及ぶモノではなかった。


 イフリートは、モースを抱きすくめる。


 それは不器用に愛する父にも愛してやまない母にも思わせた。


「……」


 場は沈黙して、スターの回答への合わせが待たれる。


 王位なる精霊種は権能を有するならば、イフリートは火に限定される〈物理法則パーフェクトオーダー〉が本来のそれである。

 しかし、召喚術師コンジャラーの術理に成されたカタチは、古き盟約によりて形而上の影響さえも『火』の属性に取り込ませる。すなわち、それが神秘という新たな法則たる〈術理法則ミスティックルール〉として権能に変質している。


 故に、燃え盛る炎熱に抱擁されたにも拘らずモースの研ぎ澄まされた肉体が焦熱に傷つき爛れることはなく、纏う衣服でさえも焼き崩れるようなことはなかった。


 ただ、主人の命ずるままにイフリートは心を熱している。


 扱うのがヒトであればまだしも、厳格なる聖霊グレースの原理ではそれを拒む由がなかった。由のない理屈のないモノに神秘は力を貸さないものだ。


 スターが理屈を組み上げた時点で、決着は訪れていた。


 聖霊派は対人に向かない。これは王位にあっても横たわる特性であった。


「私、は……?」


 硝子細工の如きであった瞳は、やや芒洋としてモースが微かに正気を取り戻す。


「モース卿、貴方は人ですか?」


「あぁ、ヒト……私は、人である。はは、まさか父母の偏執がここまでとは、滑稽にすぎるな」


 言葉は神秘にあって力あるとは語らずとも察するところだが、此度は明確化の道具として使われた。


 人であることを確認することで、モースの人格が引き戻される。


 彼の父母が試みた、聖霊の心魂を育みて人とすることは果たして成功したと言えるのだろうか。この結果は、モースの精神が裏表となったことを意味する。人類種と精霊種の二面である。同居するディアブロとは別種の在り方ではあるが、受肉の危険性を排除できたものではないことは先の様子が示していた。つまり、失敗だ。


「はぁ、私がこの様ではそこな男を責めるわけにもいくまい。謝罪しよう、スター卿。すまなかった」


 未だイフリートに抱擁されているため動作はなけれども、モースは真摯な声でスターに言った。


「いえ、偶発的な結果とはいえ、魅王を炙り出したのです。私としては隔意もありません」


「私としては、か。存外、そこの男を気に入っているのか?」


 淡々と告げるスターの言葉を、モースはやや邪推した。当のディアブロは暇に負けて欠伸をしているところである。


「まさか。大事な帝国の戦力というだけです。まぁ、スペックを最大限に発揮させるには、多少の配慮も必要なのは事実ですが」


「そうか。では、君にも謝罪しておこう、悪かったな」


「さてな。俺が危険物であることに違いはない。正義を疑えば術理が鈍るぞ」


「ふふ、ははは!君も戦力の低下を危惧するのか!安心したまえ、私の正義に変わりはない。ただ、色眼鏡を外しただけだ。どちらかと言えば戦力は向上したと言える」


 朗らかに笑う青年は、晴れ晴れとして屈託がない。


 態度の急変にディアブロの表情が僅かに困惑の皺を刻む。


「さて、それでは帰還しましょう」


 スターの宣言に否はない。場は締まり、民知れず一つの災厄を退けた戦勝の静かな凱旋が為される。




 ローゼンクロイツァー帝国、帝都ターリア、帝城宮殿、魔法省魔術管理局禁術指定執行部、司令室。


「魅王討滅とは御苦労だった。スター卿、モース卿」


 黙して報告を聞き終えたメイガスの第一声は、そんな労いの言葉であった。


「帝国臣民として当然のことをしたまでです」


「……いえ、私は迷惑を掛けてしまいました。労われるような立場ではーー」


「いや、モース卿。其方もよくやってくれたよ。引き続き帝国と共に励んでくれ」


「……は、我が退魔術エクソシズムをもって夜に安寧を」


 モースの言葉はメイガスの言葉に中途で遮られ、その負い目に容赦無くより一層の働きを期待される。少なくとも、モースはそのように理解して『聖夜会シルバーダスク』特有の言い回しでもって了解した。


「さて、色々と気になる情報もあるが、どれも断片的だな。これの詳細が判明して進展でもあれば良いのだが」


 そう言ってメイガスが無造作に手に持って眇め見るのは、戦利品たる赤雷鞭フールフールである。


「こればっかりは開発局の管轄だな。あぁ、愚痴る話でもなかったか。退室してかまわん、ゆっくりと体を休めるといい」


「は、いえ、少しかまいませんでしょうか?」


 退室を許可するメイガスに対して、スターは気にかかることの解決を図る。


「あぁ、『貪食の縛鎖(グレイプニル)』の挙動に問題はない。気にするな。これで合っているか?」


「は、ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 察して答えるメイガスに頭を下げて、スターは退室する。モースも深く頭を下げてそれに続いた。

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