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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
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2.太陽もまた星

 世界に知的生命体、人類種ヒューマンが誕生してより数千年。人類種は神秘科学を発展させ、応用技術として魔術を開発した。魔術の力は絶大な武力となって人類種は、その版図を押し広げてきた。広大な世界は未だその全容を明かすことはないが、それでも人類種の支配はほぼ確立されたと言って良いだろう。


 そんな現代で、列強国の一つに名を連ねるのが西方の魔術大国、ローゼンクロイツァー帝国だ。西方随一の繁栄を謳歌する地上の楽園。しかし、光があれば影ができる。繁栄の裏に潜む闇もまた根深い地上の地獄でもある。


 危うい均衡の元、その秩序を守護するための組織は帝国に多々あるが、その一つが対魔術犯罪独立機関、『秘奥騎士アルカナイト』である。


 ローゼンクロイツァー帝国、帝都ターリア、帝城宮殿、魔法省魔術管理局禁術指定執行部、司令室。


 最高級品質で揃えられた品のある執務室で、美貌の女魔術師が書類仕事に追われていた。それでも彼女の羞花閉月の美には一点の曇りもありはしない。


 一片の隙もない気品ある所作で、しかし、怒涛の勢いで執務をこなしていた。


『報告。ソール卿の来訪まで三十秒』


 品のある執務室にあって異質な歯車仕掛の魔道具が音声を発した。


 それに驚くことはなく、女は部下の来訪に身なりを軽く整える。


 きっかり三十秒。執務室にノックが響く。


「入れ」


 女の声量は平坦だったが、それでも扉の先の部下に届いたらしい。間もなく扉が開かれ、ソール卿なる人物が入室した。


 こちらも女魔術師だ。美麗なる部屋の主とは対照的に可憐な容姿をしている。ほとんどの人々がその美貌に視線は吸い込まれ、彼女の瞳が左右で紅と碧のオッドアイであることに気づくだろう。


「招集に応じ参上しました、長官」


「よく来た、ソール卿。まぁ、楽にしたまえ。コーヒーでもいかがかな?」


 ソールが長官と固い気配で呼んだ女は、気安く笑い掛けた。


「有り難く頂戴いたします」


 声は固く、しかし、ソールはほぼ無遠慮に簡易な応接のためにあるのだろうソファに腰を下ろした。


 その様子に微笑みながら、長官は自ら席を立ち備え付けの魔道具で湯を沸かしてコーヒーを淹れる。

 これは彼女の趣味であり、その所作も味も薫りも洗練されたものだった。


 長官。すなわち、『秘奥騎士』のトップ。『魔術師メイガス』の秘匿名を背負う人物である。


 メイガスは二つのカップを持って、ソールの対面のソファに腰を下ろすとカップの一つを手渡した。


「恐縮です」


 ソールは躊躇なくまだ熱いだろうコーヒーに口をつける。


 息を吹きかけて冷ますようなこともなく、しかし、ソールが火傷の危機に反射的な反応を示すことはなかった。


「温かったかな?」


「いえ、美味しいです」


「それは良かった。それで最近はどうかな?」


「どうとは?」


 メイガスはまるで久しく会わなかった親戚か知己のように世間話を始めた。固い気配を崩さぬまま、ソールは淡々と答えていく。


 やがて、すっかりコーヒーを飲み干したところでようやくメイガスは本題に踏み込んだ。


「さて、ソール卿の近況も直に把握できたことだし、本題といこうかな」


「拝聴します」


「本日をもって貴公の秘匿名『太陽ソール』を解任、並びに秘匿名『スター』に着任してもらう」


「スター、ですか?では、人狼風情を野に放つと?」


「流石だね、スター卿。そういうこと。『秘奥騎士』にあって秘匿名は、姓名照準を回避するための魔術防護の手段であるとともに、その役割を示す魔術補強ということをよく把握している」


「恐縮です」


 任の変更をもってソール卿改めスター卿を褒めそやすメイガスに、スターは形ばかりの謙遜で返した。

 それを受けてもメイガスは気にも留めずに説明を続ける。


「秘匿名『星』。その役割は秘匿名『悪魔』の監視。『悪魔』は陛下の勅をもって赦免された禁術師ソーサラーだから監視しないわけにはいかない。もちろん、全くこちらの命令をきかない馬鹿を登用したりはしないのだが」


「モース卿は反対されなかったので?」


「?彼に相談する必要があるか?」


 スターが必ず抗議するだろう同僚のことを訊けば、メイガスの返答は非常に強気だった。列強たる帝国に不穏分子など要らない。それが皇帝への忠誠と帝国への愛国を併せ持つメイガスの価値観だった。


「別に彼のことを疎かにするわけじゃない。でも、実際の情勢も『運命の輪(フォルトゥーナ)』の予測もこの先の魔術犯罪の激化を示している。使えるものは、悪魔だって使わなくちゃいけない。武闘派魔道士ウォーメイジは数が少ないし、それでなくとも『秘奥騎士』は職務の秘匿性から少数精鋭の規定だからな」


 『運命の輪』。この執務室に鎮座する歯車仕掛の魔道具のことだった。霊媒機構インテリジェンス・マシンナリと分類される魔術演算機。魔術開発局から提供された予算度外視の一品物ワンオフアイテム


 文字通りに武闘派魔道士のスターにとっては胡散臭い代物だが、その演算予測は正確であることが既に実証されていた。


 だからこそ、『秘奥騎士』の悲哀も持ち出されては閉口である。皇帝直属の独立組織といえば花形かもしれないが、軍属からすれば領分を侵すライバルだ。定員規定は軍務の反発からくる法でもあった。


「その任、謹んでお受けいたします」


「ふふ、ありがとう、スター卿。私は良い部下に恵まれたよ」


 頭を下げるスターの視界の外で、メイガスは綺麗に微笑んでいた。

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