19.神獣
ディアブロは仰け反ることで回避した。
体勢を戻す一瞬、視界が捉えるのは通り過ぎた光翼が急制動で戻ってくる様。
「くそっ!」
跳ぶ。宙に身を置き逃げ場を失うわけにはいかず、横へ。
身を縛る鎖に掠り、一拍の快音が響いた。
「なるほど?秘宝だったな、これも」
その気づきに呼応するかのように、『貪食の縛鎖』が拳を覆う。
「あぁ?」
「何ですか、それは?」
「テメェにわからねぇなら俺にわかるかよ。ま、ありがてぇこったな!」
ディアブロに助力するかのように動いたそれに、管理者であるはずのスターまでもが疑問を口にする。
なれど、この瞬間に解明する余地はない。
迫る光翼に、ディアブロは拳を合わせる。
衝撃が空気を揺すった。一撃、二撃、三撃、合わせるたびにそれは大きく強くなり、爆風となって森の大木までも撓りだす。
「さて、砕けたとしてここが更地になっちまいそうだぞ!ホントにどうすんだよ!?」
「あなたはそのままで、モース卿をこの地に留める楔となっていなさい。こちらでなんとかします」
「ちっ、ならさっさとしやがれ!」
聖霊の行動故か。モースによるスターへの攻撃行動は一切なかった。
迎撃するディアブロの傍で、スターはじっくりと手段を模索する。
ディアブロの攻撃を完全に防ぐ時点で、生半可な魔術は無意味。
仮説属性を『純潔』と見たとして、その性質はどのようなものであるのか。
純潔とは、穢れなきことを指す美徳。
なれど、そこにあるのは穢れを浄める光ではなく、穢れを拒絶する盾。
折れず曲がらぬ一貫性のある正義。他者を感化し導くカリスマとしての純潔ではない。
孤独に閉じ籠り、敵を排除する正義。行き過ぎた自衛、心を凍てつかせる純潔だ。
「そう、彼の心は凍てついている。この解釈ならば、溶かせばいい」
スターは淡々と魔道士としての結論を呟いた。
「詠唱します。決して、妨げなきようお願いします」
「わかったから、早くしろ!」
六枚の光翼に縦横無尽に攻め立てられるディアブロは、指示を出すスターに顔を向けずに声を張って了解を告げた。
余裕の無さか、不毛な争いへの苛立ちか。
礼儀に欠けたその態度に、今更に目くじらを立てることはない。ないが、スターは薄く笑う。
詠唱の一声は、殊更に澄んだものだった。
「古き盟約に基づき世界に遍く賢王ソロモンの門徒が一人が希う」
それは、ソロモン教に於ける奥義。召喚体系の基礎を築く始祖にして、人類種の最初で最後の統一王であった故に、賢王の称号を授かるソロモンが『世界』の精霊種と交わした盟約。
「我は『火』を友とする者 我は『火』を灯す者
此処に灯す『火』に王位を授けることを赦したまえ」
形而上に生きる精霊種は確かに存在する。しかし、カタチのない存在はひどく曖昧で、ヒトが定めるまでその意味に覚醒することはなく、思想ではなく現象であれば尚のこと、揺蕩うモノが思惑を有することなどない。
そもそもとして、形而下の世界は物理法則に支配され、それは形而上であっても『世界』の精霊種の権能たる〈物理法則〉によって定められた最優事象。
凡百の魔法使いにとって、魔力が過程を歪曲することがあっても因果は不変とされる魔力法則は、物理法則の内にあるモノなのだ。
故にこそ、ソロモンは讃えられ、畏れられた。
『世界』との盟約は、魔法を魔術に変えた。
神秘科学という全く新しい法則体系が赦された正に奇跡であった。
冥府の法には特例が追記され、心象が独りでに歩き出し、星の記録は開示された。
そして、ただの現象に命を与えることさえ可能とした。
スターの魔力が極限まで研ぎ澄まされ活性化する。
既に魔法陣は広大に空に展開され、様々に赤く輝いている。
異変に、世界の法の歪曲に、善性の具現は既に気づいている。
濫りに乱すそれを悪と捉えることに迷いはなく、標的の優先順位は疾うにスターに移っている。
「嗚呼 汝こそは脈動する星の血潮」
なれど、ディアブロの庇護に身を任せ、スターは淡々と詠う。
「情動の檄を喩えるに足る赤き元素
闇を祓う光 敵を滅する力 幸福を呼ぶ焔
灼熱の化身よ 語り継がれた神話より転び出でよ」
空間が震える。森の木々が怯えるように身を揺らす。
光翼で邪魔者を抑え込み、受肉体そのものをようやく動かす聖霊王。
なれど、もはや遅い。
可憐なる女魔術師の鈴の如き美声が、最後の鍵言を紡ぎ詠う。
「【神獣召喚】“炎鬼帝”」
空に展開されていた魔法陣が下降する。
召喚に応じた神獣のカタチが徐々に頭頂より顕れる。
二つの大角が天を衝くように生え、面貌は般若の如き凶相である。
黄金に燃ゆる瞳に睨まれては、聖霊王とて容易には動けず。
全容が世界に曝け出され、魔法陣は焼き消える。
燃え盛る巨躯は、巨人種に匹敵するだろう。
巨体は威容となって佇み、空気を焦熱している。なれど、その熱気はどこか安心する暖かみをも感じさせる。性別なき精霊種ゆえに、頼もしくも恐ろしい父性も、優しくも厳めしい母性も感じる。
それが、熔岩を骨として炎熱を肉とした『火』の精霊王であった。




