15.呪宝『魔女の駒』
「「フフフ……」」
主人たる少年や最大戦力であろう蛇天獅怪と引き離された受肉悪魔たちは、しかし余裕の笑声とともにその場に唯一残ったスターを見下ろしていた。
「可愛いね」「美人だね」「私のモノにならない?」「いいえ、アタシのモノになりましょうよ?」「俺のモノになるよなぁ?」「みんなで大切にしましょう?」
妖竜たちが好き勝手に誘惑する。
しかし、精隷階級であり知能に劣る夢魔たちにはそのように愉しむのは焦れたかった。
「「アハハ!」」
笑ったような鳴き声とともに、次々とスターに突撃する。
「はぁ、的当ての訓練にもなりません」
溜息とともにスターは指を弾く。ただそれだけで無数の魔法陣が周囲に展開され、火炎の魔弾を召喚する。
魔弾は獲物を見つけた猟犬のように一斉に飛び出した。
夢魔たちとて馬鹿ではない。迫る魔弾を避けて飛ぼうとしたが、魔弾は軌道を変えて追いかけた。
逸り先行した全ての夢魔に魔弾は当たった。爆発の轟音が空を覆い、耐えきれなかった悪魔の器が黒い塵となって風に攫われていった。
「雑魚と戯れる程暇ではありません。派手にやらせてもらいます。【焦熱砲】」
スターが魔術名を宣言すると同時に魔法陣が展開されたのは、受肉悪魔たちが浮かぶ空のさらに上。太陽に重なるようにして巨大な幾何学模様が赤く輝いていた。
虚仮威しではない。それは込められた魔力からも明らかだった。
受肉悪魔たちの霊感が絶望を知らせる。
「やめて……」「あた、アタシだけは助けて?」「死にたくない……死ぬのは嫌……」「綺麗だなぁ、ハハ……」
「太陽は万人を愛するもの。あなたたちとはお似合いだと思いますよ?」
スターはそう言って笑って、指を弾いた。
膨大な熱量を孕んだ極太の無数の光線が正確に受肉悪魔たちを貫いた。恐怖に竦む彼女たちに光の速さから逃れる術はなかった。
一方、ディアブロに打っ飛ばされた少年禁術師の元にはモースがいた。
「痛てて……なんなんだよ、もう。サディスティックにも程があるよ。僕の可愛い可愛い玉肌の顔を思いっきり殴ってくれやがった」
「どれだけ見てくれを取り繕うと、醜悪な本性が透けて見えるものだ。悪魔よ、断罪の刻だ」
「ダンザイ?なんだいそれ?オジサンさぁ、ダサいよ?」
どこまでもわざとらしく少年禁術師は己の魅力を賛美する。反省などない。思慮などない。彼はそのように堕落している。
「聖霊よ、我が聖戦を見ろ【神前決闘】」
モースが短く詠唱して魔法陣を展開する。それは地面に広がり、少年禁術師を逃さず弱らせる蒼き聖域となった。
「退魔術師か。オジサン、マジホントウザい」
悪魔祓いの聖域にその身を苛み痛苦を感じているはずだが、少年禁術師の口調にも表情にも、焦りや危機感、警戒が感じられなかった。
「【聖銀呪】」
少年禁術師の言葉に一切頓着せず、モースは握る十字剣に蒼き輝きを宿した。
「浄化を開始する」
「舐めないでくれる?僕はこれでも魅王の器だ」
攻撃を開始しようと踏み込むモース。それに対して少年禁術師は腰にある赤い長鞭を手に取った。
撓る電光石火の横薙ぎが即座に振るわれる。
「魅王だと?……っ?!」
少年禁術師の言葉を反芻しながらも、モースは正確に長鞭を打ち払った。しかし、僅かな痺れに硬直してしまう。
「どうだい?赤雷鞭の刺激は?気持ちいいだろう?」
距離を取るモースに対して、少年禁術師は悠長に語り掛けた。
「フールフール?悪魔の名のついた魔道具だと?……貴様は何だ?」
身体を半身に十字剣を突きつけてモースは問い掛けながら、身体に隠した方の片腕の袖口より小瓶を取り出していた。
「呪宝。僕も赤雷鞭も、偉大なる御方の作品さ。もちろん、オジサンたちが連れていた、飼い慣らそうとしてる駄犬よりもずっと洗練された傑作だとも」
「……『狂宴会』の構成員か。貴様は、いつもの捨て駒ではなさそうだな?」
じっと隙を窺いながらモースは情報の引き出しを試みた。
かつてディアブロが所属した禁術指定魔術結社、ソロモン教魔王派、通称『狂宴会』。悪魔術によって安易に力を手にしようとする彼らの魔術思想は、欲望の解放とされている。そのために、社会秩序の崩壊を目的としているともされるが、その活動は散発的だ。計画性があるようには思えないただの小悪党たちの破壊活動、すぐに解決される程度の魔術犯罪でしかなかった。しかし、だからこそどれだけ鎮圧し、捕縛し、処理しようと大元を断つことも、中核となっている存在を知ることもできていなかった。
「その通り!僕は偉大なる御方の傑作!お気に入り!『魔女の駒』の一人!魅王アスモデウスの器!いや、魅王そのもの!僕こそが色欲の解放者だ!」
よほど心酔しているのか、少年禁術師、改めアスモデウスが高らかに答えた。
「それで?貴様は、此処で何をしていた?」
「教えてやんないよ?綺麗なお姉さんならともかく、なんでオジサンに僕の私生活を教えなくちゃなんないの?キモいよ?」
「そうか。では答える気になったら教えてくれ。【聖水鏡】」
嫌に冷静にアスモデウスは情報を吐かなかった。それをあっさりと流して、モースは小瓶を投げて十字剣で割りながら踏み込んだ。
割れた小瓶から溢れる液体が、蒼く輝き宙に留まる。それは円盤を象りモースに付き従った。




