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悪魔の蛮餐  作者: 龍崎 明
序編 魔の遊戯
14/42

14.遊び

 空に浮かぶのは巨影とそれを取り囲む小さな群影。まるで弱った獲物を待ち望むハゲワシのような有り様だが、しかし彼らのように行儀良く待つような存在ではない。


「探す手間は省けたな」


 皮肉ったディアブロだったが、モースは反応しなかった。


 次いで、スターが確かめるように呟く。


「彼の予感が当たりましたか。妖竜メリュジーヌに、夢魔リリム、そして、蛇天獅怪ゴルゴーン。受肉悪魔だけではなく、災害指定魔獣まで飼い慣らすとは狩人ハンターが派遣されていれば全滅でしたね」


 彼女の言葉の通り、空にある群影は、先の事件で遭遇した妖竜と、それと同じく魅王の系譜が蝙蝠に受肉した悪魔、夢魔リリム。局部は毛皮に隠され、腕には皮膜を広げた少女の姿をしている最下位の精隷階級レッサー・デヴィルだ。


 そして、巨影の正体は、災害指定魔獣、蛇天獅怪ゴルゴーン。全体像としては巨大な獅子。ただ、鬣は無数の蛇となり、尾にもまた長蛇を生やす。さらには、黄金羽毛の大翼を背負い巨体でありながら飛翔する怪物だった。

 巨体が縦横無尽に暴れるだけでも恐ろしいが、この魔獣種が災害指定とされる由来は瞳にある。魔眼ミスティックアイズなのだ。それも見たモノを石のように変える呪い、【化石呪メテュス】の魔眼を獅子の瞳に、その下位互換である見たモノを硬直させる【呪縛スタン】の魔眼を蛇の瞳が有している。魔道士でなければ為す術なく石像にされ、並の魔道士であっても撤退できれば及第点とされる、通常ならば通り過ぎるのを待つべき文字通りの災害だ。


「あれれ?僕のことは無視?あ、それとも僕のことが見えてない?あはは!ごめんごめん!今、僕のチャーミングな顔を見せてあげるね!」


 甲高い陽気で生意気な声が響いた。


 幼さを感じさせるそれは、しかし小国一つを滅ぼせる戦力を従える禁術師のもの。無視ではなく、警戒だった。


 蛇天獅怪の尾が己の背に近づいた。背に始めから乗っていたのだろう小さな人影が、その尾に立つ。長蛇の尾はまだまだ余裕のある様子で、自身の獅子頭よりも前面に主の姿を曝け出した。


 それは、中性的な少年だった。淡い桃色の髪は艶やかで、瞳はくりくりと丸く大きく愛らしい碧眼で、肌は儚くも美しい白皙だった。健康的で際どくてお洒落な半袖短パン、危険な香りの赤い長鞭がアクセントとばかりに腰にある。


「どう?どう?僕、可愛いでしょ?カッコいいでしょ?素敵でしょ?」


「【聖雷槍ホーリーランス】」


 返答は、モースの放った一条の蒼雷だった。


「うっざ」


 少年の姿の禁術師は、底冷えする声で無造作にそれを手で払った。


 モースの眉間に僅かに皺が寄る。


 小手調べの一撃ではあった。しかし、無造作に払えるような代物ではない。魔力は充分に込めた。そもそも退魔術エクソシズムは、悪魔祓いの魔術だ。十中八九、悪魔憑きであろう少年には相性の悪い属性となっている。


「子どもの姿に情が湧きましたか、モース卿?」


「馬鹿を言うな。その程度で迷うような覚悟ではない」


「そうですか。ところで中和剤などはないのですか。この状況、戦力は万全でありたいのですが?」


「そんなものはない。ないが、既に処分してある。香である以上は火を使うのでな。森で放置するものではない。しばらくすれば、自然と影響は抜ける」


「仕方ありませんか。限定解除ヨシ


 視線は少年に向いたまま、『秘奥騎士アルカナイト』は状況を整える。


「いいのかよ?」


 起き上がりながらディアブロが問い掛けた。何かを抑え込むように両手は胸を掴んでいる。


「暴れていた方が気も紛れるでしょう?あなたには魔獣を相手してもらいます。モース卿は禁術師を、私は雑魚の殲滅です」


「なるほどなぁ」「わかった」


 スターの配役の指示に、ディアブロは獰猛な笑みを浮かべ、モースは顰め面で了解した。


「ん〜?つまんないなぁ、もっとお話ししようよ?」


「するか、バーカ!」


 危機感のない少年の言葉に、ディアブロが罵倒でもって応答した。そのときには既にディアブロの姿は少年の眼前にあった。


「へ?」


「退け!邪魔だ!」


 一瞬にして跳躍で躍り出たディアブロの拳が少年を無造作に打ち抜いた。吹き飛ぶ少年には目もくれず、ディアブロは少年の立っていた長蛇の尾を鷲掴んだ。


「遊ぼうぜ、ネコスケ?」


「グギャッ!?」


 驚愕に吠える蛇天獅怪の重量をものともせず、踏ん張りの利かない空中でディアブロは怪物を放り投げた。


 木々を薙ぎ倒し土埃を上げ地を揺らして派手に墜落した怪物だったが、その瞳に浮かぶのは怯えではなく怒り。


「いいねぇ!」


 その瞳をしかと見据えながら、ディアブロは着地する。それと同時に駆け出した。怪物の魔眼は微塵も効いていない。


 そもそも魔眼とは神秘生理現象だ。


 神秘科学において、感覚はそのまま世界への支配権の影響範囲であり、視界という言葉があるように特に視覚はその認識を明確化しやすい感覚である。背後に恐怖を感じるのは視界の外、つまり、支配権が及ばないことに由来すると逆説的に理解してもいい。

 この支配権が強力な種族、あるいは、人類種であれば個人の無意識的な魔術発動が、魔眼なのである。発動の最低条件は視界内に対象が存在することだが、目が合うことでその効果は最大化する。それは感染呪術理論における簡易的な縁の形成であると同時に、対象の支配下に自身もまた置かれていることに対する防衛反応でもある。


 つまり、支配権で最低でも拮抗すれば、魔眼は効かないのだ。


 ディアブロに憑依した蠅王の権能は、厳密に言えばその支配権を強大化させ、侵入した魔術を分解して、その魔力を取り込んでいる。ただの現象にすぎない魔眼に負ける道理などありはしないのだ。

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