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レナートの後悔

 クリフォードはごくりと唾を飲み込むと、心ここにあらずといった様子のレナートに恐る恐る尋ねた。


「それって、どういうことなんですか?」

「俺にもわからない」

「でも、今までセレスティーヌ様は、どう見てもレナート様のことが大好きなご様子でしたよね? そんなセレスティーヌ様が、どうしてレナート様のことを忘れてしまったのでしょうか……」

「さあな」


 レナートはどこか遠い目をして続けた。


「それから、彼女に婚約を解消して欲しいと言われた」

「ひえっ……!!」


 クリフォードは勢いよく後退ると、馬車の内壁にドンと背中をぶつけた。


「こ、壊れてませんか、レナート様? 大丈夫ですか……?」

「どうだろうな」


 相変わらずの無表情だった顔を少し歪めたレナートは、ふっと一つ息を吐いた。クリフォードは心配そうにレナートの顔を覗き込んだ。


「まさか、本当に彼女と婚約解消なんてしてませんよね? ご存知だとは思いますが、セレスティーヌ様、各魔術師団内でもとても人気があるのですよ? 気立てがよくて優しくて、回復魔法の使い手でもある上に、あれだけの美人ですからね。もしレナート様との婚約を解消したなんて噂が広まったら、あっという間に誰かに攫われますよ」

「わかっている。当然、婚約解消する気はないと伝えた」

「……もう少し、レナート様の気持ちは言い添えなかったのですか?」


 どこか興味を滲ませた瞳でレナートを見つめたクリフォードに、彼はぐっと詰まりながらも口を開いた。


「俺にはセレスティーヌが必要だと、そう告げてきた」

「ああ……」


 クリフォードは、声にならない声を漏らした。


「その言葉、レナート様を忘れる前のセレスティーヌ様が聞いたなら、きっと涙を流して喜んでくださったでしょうに……。で、レナート様の言葉に、セレスティーヌ様は何と?」

「何も。彼女はただ、困った顔をしていたよ」

「……本当に、セレスティーヌ様はレナート様のことを覚えてはいらっしゃらないのですね」


 クリフォードは残念そうに眉を寄せた。レナートは青い顔のままクリフォードを見つめた。


「クリフ。今俺が話したことは、ここだけの話にしておいてくれ」

「もちろんわかっていますよ、レナート様。……今更ではありますが、僕なんかのことをクリフと呼ぶよりも、セレスティーヌ様のことを、早くセレスと愛称で呼んで差し上げればよかったのに。レナート様にも諸事情あることは承知していますがね」

「……君は、前にも俺にそう言っていたな。後悔先に立たずとはよく言ったものだと、今になって思うよ」


 クリフォードは、励ますようにレナートに向かって微笑んだ。


「でも、レナート様が婚約解消に同意せずに、セレスティーヌ様のことが必要だとお伝えになったことは、何よりだと思いますよ。そのうちに彼女の記憶が戻れば、またお二人も元通りになるでしょうし」

「それは、わからない」


 さらに苦しそうに歪められたレナートの顔を、驚いた様子でクリフォードは見つめた。


「えっ?」

「彼女が記憶を取り戻したとしても、俺は婚約解消を望まれるかもしれない。……いや、その可能性が高いように思う。正直なところ、彼女が今、俺のことを思い出す方がいいのかどうかも、俺にはよくわからない」

「……あれだけあなたを慕っていらしたセレスティーヌ様に対して、いったい何をなさったんですか、レナート様は……」


 レナートは、クリフォードの問い掛けには答えぬまま、事故の直前に最後にセレスティーヌに会った時のことを思い返していた。


(あの時のセレスティーヌの表情は、忘れられないな……)


 レナートは、胸の奥が刺すように痛むのを感じながら、紺色のローブの内ポケットに入ったままになっている、彼女に渡しそびれた小さな箱にそっと触れた。クリフォードは、気遣わしげにそんなレナートを見つめた。


「部下の私がレナート様のプライベートに首を突っ込んでとやかく言うのも、おこがましいとは思いますが。……セレスティーヌ様が、婚約者であるレナート様の記憶を失くしているともし知ったなら、我先にと機会を狙ってくる者も出て来ることでしょう。レナート様が本当にセレスティーヌ様のことを望まれるなら、彼女のお気持ちを得られるように、早く素直に向き合ってくださいね」

「ああ、そうだな」


 浮かない顔をしているレナートの肩を、クリフォードは元気付けるように軽く叩いた。


***


「セレス、起きているかしら? マティアス様がいらしたわよ」


 母マリアの声と部屋の扉をノックする音に、セレスティーヌはベッドから上体を起こした。


「ええ、起きております。どうぞお入りください」


 そっと扉が開かれ、艶やかな黒髪に優しげな緑の瞳をした、端整な顔立ちの青年が姿を現した。


「マティアス様」


 セレスティーヌの声に微笑んでから、マティアスはベッド脇までやって来ると、彼女を見つめて安堵の表情を浮かべた。


「セレスティーヌ、よかった。君が目を覚ましたとビクトル先生から聞いて、急いでやって来たんだ」

「お忙しい所、わざわざありがとうございます。それに、私がこうして無事でいられるのも、マティアス様が私に回復魔法を掛けてくださったお蔭です」

「僕の魔法で君を助けられるなら、本望だよ。……ところで、君に一つ聞いても?」


 マティアスは、じっとセレスティーヌの瞳を覗き込んだ。

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