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優しい腕

本日2話目の更新です。

 突如として欠けていた記憶が流れ込んで来たことに、セレスティーヌは割れるように頭が痛むのを感じながら、瞳をぎゅっと閉じた。当時の胸の痛みまでもが同時に蘇ってきたようで、切ない思いが胸に広がる。


(でも……)


 記憶を失ってから改めてレナートとの時間を過ごす中で、セレスティーヌは彼に愛されていることをしみじみと実感するようになっていた。レナートがセレスティーヌの作った回復薬を使えずにいたことも、彼女が贈ったハンカチ一枚ですら使えずにいた彼の行動の背景がだんだん見えて来た今となっては、また見え方が違っていた。


(レナート様……また、お会いすることは叶うのかしら)


 セレスティーヌが視線を上げると、ジリアンが背中を向けて去っていく様子が見えた。

 何食わぬ顔で第一魔術師団に合流した彼女たちの話す声が、風に乗ってセレスティーヌの耳に届いた。


「コカトリスの毒で動けなくなった者がいる。すぐに回復魔法を頼む」

「ええ、わかったわ」

「今日、もう一人来ていた回復魔法の使い手は? 実践の場は初めてという話だったな」

「魔物を前にして気分が悪くなったようで、防御魔法を張って後方で休んでいるわよ」


(このままでは、下手をすると魔物討伐が終わるまで気付かれないわ)

 

 痺れたままほとんど動かない身体をもどかしく思いつつ、何とかできないものかとセレスティーヌは思考を巡らせていた。助けを呼ぼうにも声も出せず、視界には薄暗い森だけが広がっていた。時間だけが経つ中で何もできないまま、じわじわと胸に広がる焦りを感じていたセレスティーヌの耳に、がさがさと草をかき分けるような音が響いた。

 動いた茂みに向かってセレスティーヌがどうにか視線を向けると、黒光りする蜥蜴型の魔物と目が合った。セレスティーヌの全身から、血の気が引いていく。


(……!)


 セレスティーヌの身体の三分の一程度の大きさしかないその魔物は、防御魔法を使うことさえできれば敵にはならない下級の魔物だったけれど、猛毒の牙を持っていた。動けずにいるセレスティーヌにとっては脅威というほかなかった。

 獰猛な金色の瞳を見開いた魔物は、青い舌をちろちろと出しながら少しずつセレスティーヌへと近付いて来た。彼女の心臓はどくんと嫌な音を立てていた。

 頼みの綱の第一魔術師団もまだ森の奥での戦闘を続けている様子で、誰もセレスティーヌの元に戻って来る気配はない。


(いったい、どうしたらいいの)


 蜥蜴型の魔物と目が合ったまま逸らすこともできずに、セレスティーヌは息を殺すようにして、魔物が彼女の側に近付いて来るのをただ待つほかなかった。魔物がセレスティーヌの手の届く程の距離まで辿り着き、彼女に向かって飛びかかろうとした時、セレスティーヌは目を閉じて、心の中で思わず彼の名前を呼んだ。


(レナート様……!)


 瞳を閉じたままのセレスティーヌの頬を、ひんやりとした風が撫でた。彼女に襲い来るはずだった牙の痛みの代わりに彼女が聞いたのは、魔物の断末魔の叫び声だった。

 恐る恐る目を開けた彼女の身体は、温かく優しい腕に抱き上げられていた。澄んだ深い碧眼に見つめられ、セレスティーヌの瞳からは涙が零れ落ちた。


「セレス、無事か!? 魔物にやられたのか?」


 まだ声すら出せずにいるセレスティーヌの身体を一通り眺めたレナートの瞳には、激しい怒りが浮かび上がった。


「魔物の牙の跡すらないのに、全身に痺れがあるのか。これは魔法によるものだな……誰にやられた?」


 セレスティーヌを抱き上げたレナートが視線を前方に向けると、ばらばらと第一魔術師団の一行が戻って来る姿が目に入った。彼らはレナートの腕の中にいるセレスティーヌの姿を見て、何か不測の事態が彼女に起きていたことを察して、その表情を固くしていた。中でも顔を青ざめさせていたのは、怒りに震えるレナートの姿を見たジリアンだった。


「レ、レナート様。どうしてここへ……?」


 ジリアンの問い掛けには答えずに、レナートは射殺すような瞳で彼女を睨み付けた。


「ここにいる者たちの中で、麻痺の魔法が使えるのは第五魔術師団所属のお前だけだ。セレスを嵌めたのは、お前だな?」

「そ、そんな。私は何も……」


 動揺を隠せずに、さらに顔が紙のように白くなったジリアンは、レナートの元へと駆け寄った。


「お願いです。聞いてください、レナート様」


 ジリアンが、セレスティーヌを抱き上げているレナートの腕を掴む。レナートはすぐに身体を捻ると、彼女の腕を払いのけた。


「その手で俺に触れるな」


 ジリアンがレナートに触れて程なくして、彼の顔から首にかけて赤い発疹が浮き出て来た。はっとしたように後退ったジリアンに、レナートは吐き捨てるように言った。


「後で、全部吐いてもらうぞ。然るべき刑は受けてもらう」


 レナートは、セレスティーヌを抱く腕に力を込めた。


「戻ろう、セレス。怖かっただろう」


 セレスティーヌは、レナートの腕の中で、安堵に全身から力が抜けていくのを感じていた。セレスティーヌは視界がゆらゆらと揺らぐのを感じながら、そのまま意識を失った。

 彼女の左手薬指では、金色の婚約指輪にあしらわれた魔石が、内側から炎を映すように煌めいていた。

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