再度の頭痛
魔術師団の拠点に戻ったばかりの馬車から降りて来るレナートの姿に気付いて、セレスティーヌは足取りも軽く彼に駆け寄った。
「レナート様、遠征お疲れ様でした。ご無事でよかったです」
ほっとした様子で笑みを浮かべるセレスティーヌに、レナートも穏やかな表情を向けた。
「ありがとう、セレス。……クリフ、少し抜けるよ」
レナートは、馬車に同乗していたクリフォードに視線で合図をすると、彼もレナートの前にいるセレスティーヌの姿を認めてにっこりと笑った。
「承知しました、レナート様。……セレスティーヌ様、今回もレナート様は大変なご活躍だったのですよ」
「まあ、そうなのですね」
尊敬の眼差しでセレスティーヌがレナートを見上げる様子を見て、クリフォードは楽しげに続けた。
「セレスティーヌ様の存在が、レナート様にとっての大きな原動力ですからね。早く戻ってセレスティーヌ様に会いたいからと、レナート様は最上級の氷魔法で、魔物たちを次々と容赦なく……」
「クリフ、もういい」
レナートは微かに頬に血を上らせながら、クリフォードの言葉を途中で止めると、そのまま馬車に背を向けてセレスティーヌの手を引いて歩き出した。
「あの、よろしいのですか?」
馬車にいるクリフォードの姿を戸惑いながら振り返ったセレスティーヌに、レナートは頷いた。
「ああ、構わない」
「……でもさすがですね、レナート様は。今回もそのようなご活躍をされていたなんて」
きらきらとした瞳でセレスティーヌに見つめられて、レナートは少し恥ずかしげにふいっと顔を逸らせた。
「いや。だが、君の回復薬はとてもよく効いたよ。ありがとう」
「本当ですか!?」
セレスティーヌは、レナートを見上げて嬉しそうにぱあっと顔を輝かせた。レナートはセレスティーヌをじっと見つめた。
「ああ。……君の魔法の力は、格段に伸びているのではないだろうか。何かあったのかい?」
「実は、あの馬車の事故に遭った時に、上官の言葉を借りると、どうやら覚醒が起きたようなのです」
「覚醒だって?」
瞳を瞬いたレナートに、セレスティーヌは頷いた。
「はい。私も、自分でもよくはわからないのですが、命の危険に晒されたあの時に咄嗟に身を守ろうとして、潜在能力が目覚めた部分があるようです」
「そうか……。いずれにしても、あの事故の中で君が無事でよかったよ」
セレスティーヌは頬を染めながらレナートを見つめ返した。
「私、そろそろ魔物討伐の前線への同行が認められそうです。そうしたら、レナート様のいらっしゃる第二魔術師団にも同行させていただけるようになるでしょうか」
レナートは、みるみるうちに表情を固くした。
「駄目だ、考え直して欲しい」
レナートの言葉に、セレスティーヌの顔ははっとしたように強張った。
「今、第二魔術師団が主に戦っている相手は、水魔法と相性のよい火を扱う魔物たちだ。奴らは獰猛だし、もしその炎を浴びることがあったなら、君も無事では済まない」
「……私では、やはり力不足でしょうか。先日も、ワイバーンを前にして動けませんでしたし、ご心配いただくのもごもっともかもしれませんが。もっと魔法の練習を重ねて、経験を積んでも難しいですか?」
「……」
レナートは言葉が見付からない様子で、答えあぐねて黙り込んでいた。
「ジリアン様はよくても、私は駄目なのでしょうか」
思わず嫉妬のような言葉が口から零れてしまい、セレスティーヌははっと口元を押さえると表情を翳らせて俯いた。レナートが困惑気味に口を開く。
「それは……」
なかなか次の言葉を紡がないレナートに、セレスティーヌは小さく息を吐いた。
「わかりました」
ほっと表情を緩めたレナートに向かって、セレスティーヌは続けた。
「では、第二魔術師団以外の魔術師団に同行したいと思います。せっかく上官にもお話をいただいていますし、私ももっと魔術師団のお役に立ちたいのです」
セレスティーヌの言葉に、レナートの顔が苦しげに歪められた。
「だが……」
セレスティーヌは、すうっと冷たいものが胸の中に下りるのを感じていた。
(レナート様は、回復魔法の使い手としての私に期待してはくださらないのね)
セレスティーヌは覚醒する前から、回復魔法の使い手として人々の役に立ちたいと、誇りを持って懸命に仕事に取り組んできた。レナートと比べたら、覚醒した今でも魔法の腕は雲泥の差だとしても、レナートに心惹かれ尊敬もしているからこそ、彼に認めてもらえないことがとても寂しく思えたのだ。
「レナート様。……私の回復薬は、本当に貴方様のお役に立ったのでしょうか」
セレスティーヌは、悲しげにレナートの顔を見上げた。回復薬には、作り手の魔力のレベルが端的に現れると言われている。よく効いたというレナートの言葉を信じてよいのか、セレスティーヌにはわからなくなっていた。
セレスティーヌの瞳が浮かべた失望に気付いて、レナートは必死に言葉を探している様子だった。
「ああ、それは間違いない。だが、セレス……」
「……っ!」
しばらく収まっていた頭痛が、再びセレスティーヌを襲って来た。ずきずきと激しく頭の奥が痛み出し、頭を押さえてふらりと倒れそうになったセレスティーヌの身体を、慌ててレナートが支えた。
「どうした、大丈夫か?」
セレスティーヌは、青ざめた顔のままレナートに向かって頷いた。
「はい。……お時間いただいてすみませんでした、レナート様。私、そろそろ仕事に戻ります」
「待ってくれ、セレス! 俺は、ただ君のことが心配で……」
このままレナートといたら、さらに頭痛が悪化するような予感を覚えたセレスティーヌは、レナートに向かって一度深く頭を下げると、彼を振り切るようにして急ぎ足で第五魔術師団の仕事場へと戻った。眩暈のするような酷い頭痛は、その日中収まらなかった。
自分がなぜか過度に頑なになっているように感じながらも、セレスティーヌは体調が悪いことを理由に、その日はレナートの誘いを断って一人で家へと帰ったのだった。




