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グリフィンクエスト~2人は勇者~  作者: 大石次郎


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メリアサ神殿攻略戦 前編

大規模戦闘がチラリと入りつつの回です。

「アクティブマジック・マテリアルフュージョンっ!」


ニョルは地下室の精密な魔方陣の上に正確に配置されたスカーレットジェム、甘露杯、山盛りの最上級の明星の砂を錬成しだした。

3つの素材は逆巻き閃光を放って1つに合わさり、砂海王の聖杯・朱に変化した。


「スゲーっ」


「できたね!」


「この精密さ、しつこい性格が仕事に反映された仕上がりだよ」


「ふんっ、陰湿だからな」


「リピーっ!」


「・・・・」


ジト目でチカゲとマリガンを振り返るニョル。2人は知らん顔をした。

先程「リピーっ!」と奇声を発したのは人の拳程度の大きさの頭に葉の生えた一応顔のある球根の様な姿をした種族未分化な魔物だった。

チカゲの頭の上に乗っている。

一同は温泉島のとある宿に来ており、ニョルと服を着ていないチカゲの頭の上の小さな魔物以外は浴衣を着ていた。

莉子と歩夢はその上から陣羽織を、チカゲとマリガンは茶羽織を羽織っていた。ニョルは鎧は脱いでいたが作業しやすい様にいつものアーミーウェアで、煤まみれになっている。


「ま、錬成も済んだし、取り敢えずもっ回お風呂入って島の夏のエリアに移動して、お蕎麦屋さんにでも行っとく?」


「リッピ~っ」


「おっ蕎麦っ!」


「我輩少食故、半盛りで十分だ」


「でもこの温泉島、海無いから天麩羅がなぁ」


ニョル以外のメンバーはドヤドヤと話しながら地下室を後にしようとした。


「ちょい待てぇ~~~いっ!!!」


砂海王の聖杯・朱を拾い上げ、半泣きでツッコむニョル。


「ん?」


「リピ?」


「何だ鳥女?」


「急に何だよ?」


「耳当てのボリュームあんま下げてなかったから耳、キーンってした・・」


「わたくしだけっ! このわたくしがっ、朝一で来てから温泉にも入らず準備していたんですよっ? 労いが無いじゃないですかっ?!」


「お疲れ」


「お疲れニョルちゃん」


「お疲れッス」


「リピッスっ!」


「恩着せがましいヤツだっ。鳥女めっ!」


一同は軽く言って、ニョルを残し地下室の階段の登り始めた。尚、歩夢が駆るカニーラ3号はアーム歩行モード。


「何か薄くないですかっ? 薄い薄~いですよ? 耐え難い存在の薄さっ! というかその小生物は何です?? 見たこと無い種族ですが?! あと鳥女とは何ですかっ!」


翼で羽ばたいて皆に追い付くニョル。


「鳥女っ!」


「また言ったっ!」


「この子はウェブンの曾孫のリピンだよ」


「可愛いよねぇ」


「・・いや、よく見ると何かよくわからない形してるぞ?」


「リピ?」


「履歴書を出しなさいっ、君っ!」


「ピっ!」


一行はそのまま温泉に向かい、ニョルの機嫌が直るまでやや長湯することになった。

何にせよ、オアシスの精霊3姉妹の長女メリアサ復活に必要な砂海王の聖杯・朱の確保に成功した。



が、ここからが中々厄介だった。メリアサの封じられているメリアサ神殿の魔軍による警備は厳重で、神殿近くに住まう交渉可能な勢力を口説く必要があった。

失敗すれば未明騎士団本隊の人員を多数呼ばねばならず、神側の全体の戦力バランスが崩れかねなかった。

交渉対象は、魔軍に縄張りを荒らされて激怒している荒野の巨人族、1度は魔軍に敗れているが神殿の守護をしていた荒野種のケンタウルス族達、国が神殿から近く影響の大きい大国ズィーベ、そしてオアシスの精霊達を信仰する砂海教の信者達、の4つの勢力。

この内、砂海教団のスカウトはチカゲがマリガン家のクエスト中に済ませていた。元々精霊信者なのでここは容易であった。

残り3つの勢力は一行はショートカットの為、3班に別れて交渉に向かうことになった。

・・歩夢とニョルは荒野の巨人族のスカウトに向かっていた。


「もしも~しっ! 話しを聞いてくださーいっ!!」


翼を広げて飛行するニョルの背に乗った莉子は必死で呼び掛けた。それは礫砂漠を掻き分け、大地を泳ぐ様に進んでいる。半ば地と一体化している様でもあった。

話し掛けているのは荒野の巨人族の族長。背後に数十体の荒野の巨人達が続いている。


「ンンンンンーーーーッ!!!!」


唸りながら、怒りの表情で礫砂漠の中を進んでゆく巨人の族長。ニョルの方がしびれを切らした。


「荒野の巨人の族長っ! ディロフっ!! わたくしは未明騎士団の・・見習いの・・ニョル・ムッキです! この御方は莉子・上谷っ!! 新たに来訪された勇者様ですっ! よいですか? 神殿の攻略には貴方方の協力が・・・」


「ンンンンンーーーーッ!!!!」


進行を止めず、蝿でも払う様に地から出した手で莉子達を払い落とそうとする族長。ニョルは素早く空中で回避したが、乗ってる莉子は慌てた。


「わぁっ?!」


「莉子様っ! おのれっ」


「ニョルちゃん待ってっ!」


即死の職能を持つニョルが回転拳銃を抜き出したので莉子がニョルの両頬を引っ張って止めた。


「ムギギ・・りこ、ひゃまっ??」


「ディロフさんっ! コレを見てっ」


莉子はニョルの頬から手を離し、ウワバミの腕輪から三角錐に蛇が巻き付いた装飾の宝珠を取り出した。族長ディロフは僅かに顔を上げ、視線を向けた。


「地脈のトパーズか・・」


「ここに来る前に蟻のモンスターの巣から盗ってきた。これで巨人の人はパワーが出るんでしょ? あげるから協力してっ。神殿のミッションに、あなた達が必要みたいっ!」


ディロフは地脈のトパーズを見て、続けて泥塗れで疲弊した様子の莉子とニョルを見た。


「・・神の他に、グラングリフィンの祝福を感じる」


ディロフは地中の進行を止めた。後続の巨人達も止まった。


「小さき勇者よ、お前の善と対価を認めよう」


「やったぁっ! はいコレ」


莉子が地脈のトパーズを差し出すと、宝珠はディロフの額に吸い込まれた。額に三角と蛇を組み合わせた紋様が印され、巨人の身体から凄まじい魔力が漲りだした。

後続の巨人達の力も高まり、雄叫びを上げだした。


「ヌゥウウウウンンンッ!!! 力を貸そうぞっ?!!!」


大地から上半身を出し、力を誇示しまくる巨人達。


「上手くゆきましたけど、ちょっと暑苦しいですね。男子チームが担当すべきだったかもしれません・・」


「フフフっ、でも皆、元気そうっ!」


莉子とニョルで若干温度差はあった。



歩夢とマリガンは荒野のケンタウルス族との交渉に向かっていた、のだが・・

歩夢は装飾された石の柱が立ち並ぶ谷底の暗がりにいた。カニーラ3号に乗り、大型のケンタウルス族の骨で組まれた白骨の騎士と対峙していた。

騎士からは凄まじい負の魔力が放たれ、谷底に充満していた。


「歩夢っ!」


谷の崖にかる階段の中程に展望台の様になったスペースがあり、日陰とはいえ昼間であった為に蝙蝠傘を差したマリガンが荒野種のケンタウルス族の幹部達と共にそこにいた。

身を乗り出すと、即座にケンタウルス族の兵士に槍等を差し出されて押し止められるマリガン。


「邪魔をッ」


マリガンの肌が蒼く変わり始め、力が高まりだした。


「よせっ! マリガンっ。俺、1人でやれるっ。本物の勇者だって、証明したらいいんだろ?!」


谷底の歩夢は途中からマリガンの近くで自分を見下ろしている女のケンタウルス族の女に向かって挑戦的に叫んだ。


「その魔物は魔軍に敗れた我等一族の無念の化身っ! 勇者と名乗る者よっ。真に光の力を持つのならその光で打ち破ってみせよっ!!」


ケンタウルス族の女は叫び返した。


「・・・許さぬ許さぬ許さぬ許さぬ。この痛みっ! 屈辱っ! 晴らさでおくべきかっ!!」


白骨の騎士は喚きながら歩夢に襲い掛かった。カニーラ3号をアーム歩行モードに切り替えた歩夢は素早く躱した。

空振りになった骨でできたハルベルトの一撃は谷底の地面を易々と切り裂いた。

間近で擦れ違うと、白骨の騎士が纏う負の力が粘り付く様で不快極まりなかった。


「ったく、こういうのは莉子の方が得意なんだよな。・・ただヤバい時、莉子が居てくれたら、っていう考え方は俺的に無しって決めてんだっ! よっとっ」


歩夢は左手に持ったサンダーロッドの稲妻で、白骨の騎士の両前足の足首を正確に打ち据えた。転倒まではしなかったが、つんのめる白骨の騎士。


「グラングリフィンっ! ただ倒すだけじゃダメっぽいからちょっとよろしくっ」


カニーラ3号で距離を取りながら歩夢が叫ぶと、歩夢の周囲に光と共に熱せられた砂が逆巻きだした。白骨の騎士も体勢を立て直した。


「スペルマジックっ!」


アーム歩行のカニーラ3号を急停止させ、ドリフトさせて反転させる歩夢。右手に持ったマグネットロッドを構えている。

白骨の騎士も骨のハルベルトを構えて迫る。


「ギロンスターっ!!」


光と熱い砂の旋風を取り込んだ高密度の魔力でできた十字を放つ歩夢。

光の十字は白骨の騎士が打ち出したハルベルトを4つに切断して焼き払い、白骨の騎士本体も4つに分割し、光の炎で焼き払った。


「オオオオォォォ・・・ッ!!!!」


燃え尽きてゆく白骨の騎士から無数のケンタウルスの戦士達の霊達が浮かび上がり、穏やかな表情で天に昇り始めた。

その内の1つが展望台スペースにいる件の女のケンタウルス族の前まで浮かび上がってきた。


「兄様・・・」


女のケンタウルス族は泣いており、側まで来たケンタウルス族の戦士の霊は微笑んで昇天していった。


「歩夢っ! 見事だっ!! うっかり我輩まで昇天しそうになったぞ?!」


「何でだよっ? それより、族長代理っ! これで文句無いだろ?! もうこれ以上俺、何もできないぞっ!」


「ああ、・・・十分だっ。お前を勇者と認め、協力しよう」


「よっしゃーっ!!! マリガンっ! 俺のこと褒めてもいいぜっ?!」


「偉いっ! 賢いっ! 天才児っ!!」


「えっへっへっへっ!!」


谷底で他愛無く調子に乗る歩夢だった。



リピンを連れたチカゲは、神殿に1番近い大国、ズィーベに来ていた。

元々はそれ程大きくもないが、軍事国家で間接的に神殿の守護を担っており、一定の存在感はある、という程度の国だったが、精霊封印後は立ちゆかなくなった近隣の都市国家から人々が集まり、リカドと違い統制が厳しかったこともあり、大国化していた。

ただ国民の自由は少なく、物資も不足していたが、ネブラ大陸東部で他にこれ程の規模で安定して武力の高い国は現在無かった為、この地域の人間と亜人種達にとっては貴重な安住の地となっていた。


「条件がある、チカゲ殿」


地球風に言えば中央アジア風の風貌の人間のズィーベの宰相は神経質そうな顔でいった。同室には将軍と財務長官、飢饉対策長官、ズィーベ王の弟の貴族議会長がいた。


「何? 水と野生の魔物対策ならメリアサが復活すれば、この地に関してはほぼ解決できるよ? メリアサはすぐ天宮で保護するから、魔軍もあんた達にちょっかい出してくることも早々無いわ。向こうは向こうでカツカツでしょうしね。資金の提供も事前にある程度はする。まだ何か必要?」


「リピーっ!」


「資金はありがたい。だがそれより厄介なのは食糧と移民だ。水が手に入っても食糧はすぐ作れない。いくら統制しても我が国はもう限界だ」


「可能ならメリアサ様復活前に食糧の提供をいくらか願えませんか? いくら配給を整えても、下位国民は小麦に干し草の粉を混ぜてパン焼いている現状です。結果、家畜も飢える始末」


話に割ってきた痩せた飢饉対策長官は悲壮な様子で、チカゲはポーカーフェイスを維持するのに苦労した。


「・・いいよ。食糧に関しては天の浮遊島でいくらかは融通する。海辺から海産物も運ばせる。加工できる?」


「リピる?」


「岩塩なら掃いて捨てる程ありますっ! 是非、よろしくお願いいたしますっ!!」


「わかった。で? あとは移民がどうしたって?」


「リピ~」


これに貴族議会長が口を開いた。


「我が国は統制が厳しい。以前より厳しくなった。今は有事であるから抑えが利いているが、精霊が復活し異変が平定されれば移民や国内不穏分子が内乱を起こす兆候がある」


「天宮は地上の争いまでは関与しないよ。

1つの国が滅んでもそれが地上の人々による物であるなら、それは人の営みの範囲だ」


「リピピリリピっ、ピリリ、ピピっ!」


室内の空気が張り詰めたが、猪人間の様な姿をしたオーク族の荒野種の財務長官が咳払いをして、切り出した。


「わたくしが言うのが適当か否かは置いて置くとして、このズィーベ国の近くには廃棄された都市国家が3つ程あります。いずれも今は魔物の巣窟となっておりますが、メリアサ様が復活されれば少しは勢力が衰えるはず。どうでしょう? 余剰な移民の再移住先として、廃棄都市の魔物の掃討に協力願えませんか?」


物腰は柔らかいが、一歩も引かぬという意思も感じさせる財務長官に、チカゲはしばし沈黙した。


「・・廃棄都市の内、1つの掃討には協力するよ。ただし後は自分達で。食糧に関しても水と良い土があれば豆とハーブくらいなら相当量錬成できる。精霊復活後、それも提供する。これでどう?」


「リピ?」


ズィーベ国側の要人達は顔を見合わせた。


「軍としてはそれで良いかと。飛翔船団は神殿攻略に使用するとして、動かせる陸戦戦力だけでも廃棄都市をもう1つ掃討するくらいは可能です」


宰相が将軍を見て、貴族議会長を見ると、貴族議会長が頷き、宰相はチカゲの方を向き直った。


「それらの条件で了承できます。我等ズィーベ国は天宮に協力しましょう」


「あんたが決めていいの? 国王は?」


「ピ?」


「陛下はストレスで胃を痛め、寝込んでおられる」


貴族議会長がそう言っては肩を竦めた。チカゲは移民よりこの者が内乱の種である様な気もしたが、今は使命の為、忘れることにした。



砂海王の聖杯・朱を錬成してから5日後、夜明け前。交渉に成功して合流した一行は、オート飛行の蛍火号でメリアサ神殿へと向かっていた。

温泉島を出てからは休息らしい休息は取れていなかったが、自分達だけで動ける作戦ではないので予定を遅らせることはできなかった。

アンデッドであるからか、疲れ知らずのマリガンと要の作戦での連戦に慣れているチカゲは、資料を手に確認の打ち合わせをしていた。

ニョルは、交渉が終わるすぐに諸々の準備の為に天宮と一行の居留地をテレポートで行ったり来たりしていた疲れで船室の片隅で爆睡していた。

リピンは、真剣にリピリピ言いながら回復を促す為に魔法の植物を生成してニョルを包み込んでいたが、傍目にはニョルが食虫植物に喰われている様にしか見えなかった。

当のニョルは心地好いらしく微笑んでいたが・・・

莉子は、船室の端の方の壁際の床に大きな兎のぬいぐるみの様に座って、人参型音楽プレイヤーでぼんやり曲を聴いていた。

歩夢は、精密作業仕様のアームのカニーラ3号を使って、莉子の近くに置いたテーブルで何やら爆弾の様な物を作っていたが、ふと手を止めて小さく溜め息を吐いた。


「あー、目が疲れた」


そう言ってから車輪のロックを解除して、手漕ぎで莉子の近くまで移動するとオート操作でアームを使ってカニーラ3号に自分を持ち上げさせ、莉子の隣に座らせた。


「よいしょっと、小荷物ですっ」


音楽プレイヤーを止め、耳当てのボリュームを調整する莉子。


「何?」


少し聴こえた歩夢の軽口が余り面白くなかった莉子。


「いやぁ、まぁ・・疲れてない? 莉子」


「ちょっとね。歩夢は?」


「俺は槍持って駆け回ってるワケでもないし。・・というか、お前ってホームシックとかないのか? ほら、俺の場合は家が居心地悪かったし、こっちの世界の方が凄い車椅子あったり、ちょっと楽チン、みたいなとこあるんだけど」


ワーラビットになっている莉子は、ストーンマンになった歩夢を見詰めた。歩夢はずっと終わらない謝恩会の演劇の中にいる様な気がしてきた。


「わたし達は元の世界に帰るんだよ」


「それは、まぁわかるけど、今は莉子が大丈夫かな、って」


歩夢は自分でも酷く動揺しているのがわかった。ストーンマンで無ければ顔色や冷や汗で莉子を心配させたかもしれない。


「・・たぶんどっかにはあるんだと思う」


莉子は胸の心臓辺りを肉球のある手で静かに押さえた。


「でも、この世界に暮らしている人達がいる。わたし達が頑張らないと。それに、わたし達が失敗したらまた別の子達がこの世界に呼び出されちゃうんだと思う。他の子が失敗してる、て知ったら、その子達が怖いだろうし・・わたし、頑張る」


歩夢は目を見張った。


「いやいやいやっ、莉子。良くないと思う」


「え?」


「洗脳されてるんじゃないか? 確かにさ、こっちの人達もいい感じになればいいと思うよ。ちょっと信じられない様なことしてるヤツらもちょいちょいいるし。でも俺達は、こういう方法しかないから勇者やってるだけで、莉子、お前そんな、ほんとに勇者になるなよ?」


「・・そう、かもね」


莉子は俯いた。長い付き合いで、足の怪我のせいで色々なこともあっから、何度か見た顔だった。説得できない、と歩夢は思った。

話題を変えることにした。


「そういやさっ、莉子、上手くいったら願い何にするんだ? 俺の足以外だぞ?」


「あー、願いかぁ」


億劫そうにする莉子。


「歩夢は? 足は治さないんでしょ? わたし、意味わかんないけどっ」


「俺の意味は俺だけわかってればいいんだよ? へへっ。俺はなぁ・・やっぱ弟の病気、治してもらおうかなぁ。そしたら色々上手くいくと思うんだよ」


言ってしまうとシンプルな願いだった。歩夢は気恥ずかしくなる、と思っていたが、案外清々する様な気がした。


「・・うん」


歩夢の母のヒステリーは何度か莉子も見たことがあった。だが、歩夢の父の姿はもう何年も見ていなかった。


「与田さん家の旦那さん、もう別の所に家庭を持ってるみたい。酷いわ」


ある夜、喉が乾いてキッチンに行こうと2階の自室から1階の廊下まで降りてくると、ダイニングで父と話している母の声だった。


「歩夢君、気の毒に。まさか、今の奥さんに押し付けるつもりじゃ・・」


父の声は本当に哀れんでいて、莉子は恐ろしくなり、それ以上話を聞かない様に、音も立てない様に、慎重に階段を昇り直していた。


「莉子?」


話題を変えたつもりが、莉子が考え込んでしまった為、歩夢はさすがに焦った。

振り向いた莉子は両手で、戸惑う歩夢の両手を取った。


「わたしはずっと歩夢の味方。やっぱり絶交しても、わたしの願いであなたの脚を治すよ」


「・・何か重い。こっちはキャッチボールしに来たのに本気でストレート投げてくる感じだ」


歩夢は手を離したが、少し涙ぐんでしまい、顔を背けた。


「レイアップかと思ったらスラムダンク、みたいな?」


「バスケの例え、わかりにくい」


莉子が面白がって顔を覗くので、歩夢は身体を捻り過ぎて、ついには床に寝転がってしまい、益々莉子を笑わせた。



負の力を宿した暗雲を立ち込める空域に入る頃、蛍火号はステルスモードに移行した。

船内ではチカゲが一同を車座に集めていた。最終確認だった。


「メリアサが封じられている神殿の守りは3段階っ。まず神殿の周囲に2種類の中型の魔工機兵がおよそ5万体配置されてる!」


「リピ万っ!」


チカゲは投射球という映像を映す魔法道具を使って、神殿の周囲が球形の耐久待機形態の魔工機兵の大群に囲まれていることと、待機形態解除後の武装したロボット

兵器の姿を示した。


「もう俺達の世界でも戦争できるじゃん?」


「核とミサイルが無かったらそうかもね。はい、次っ! 神殿を覆う結界っ!」


映像の神殿が暗い紫のバリアで覆われた。


「これはこの間、蠍達と戦った洞窟で扉を塞いでたヤツと基本的に同じ物。ただし規模とパワーが強烈っ!」


「リピっっ」


「大変そう・・」


「まーね~。最後はコレっ!」


映像の中に多数の魔物達が表示された。


「30年余り、結界越しにコツコツ観測を続けて確認できた神殿の中に配置された魔物達っ! どれも待機型であったり緊急召還型の魔物達で劣化してない。場所は固定っ。コイツらより問題は・・メリアサを封印している恩寵の泉の間の手前の部屋の悪魔」


黒いカードの映像に莉子と歩夢にはNO DATAと読める文字が表示された。


「封印その物にこの悪魔も組み込まれていて、データが取れてないコイツを倒さないと恩寵の泉の間には絶対入れない」


「何も、交戦の記録も無いのか?」


「無いね。封印にここの悪魔が組み込まれてる、としかわからない。魔軍を探らせてる密偵でも探り出せなかった。だからここだけは出たとこ勝負なんだよ」


「リピー・・」


チカゲは眉を寄せた。


「悪魔が各々持っている職能は極めて強力です。余力のある状態で挑まないと、最悪初見殺しされかねません」


「うん・・魔工機兵の大群は、どうにか口説いた、ズィーベ国の飛翔船団と、荒野の巨人達、荒野種のケンタウルス族達、あとは砂海教の信者達に粗方引き受けてもらう」


飛翔軍船と巨人とケンタウルス族と砂海教信者の一例図が表示された。


「あたしらは、神殿までギリギリ近い所にタイミングを見てテレポート設置してもらう、結界破壊用の魔力増幅陣を組んだ小さい拠点に、この岩山上空を通って一気に突っ込んで着陸するっ!」


「リピリリっ」


神殿の北側に設置するという拠点が表示された。上から見ると瓢箪の様な形に見える祠だった。


「この着陸させるスペースは半径100メートルくらいか・・減速大変だぞコレ?」


表示の縮尺を見てやや焦る歩夢。


「歩夢が杖でやるしかないよねっ」


気軽に言う莉子。


「う~ん? 戦闘中なんだろ? ヤッベぇ・・」


「まぁ、ざっくりとした手筈はそんなもんだね。じゃ、細かいとこ擦り合わせをしてゆこう」


「リピピっ」


一同は時間が許すギリギリまで打ち合わせを続けた。



ステルスモードの蛍火号が、神殿の北から南東までを遠巻きに囲う岩山の北側の上空に到着して静止待機を始めると、通信中継役に雇われた冒険者達を介してそれを確認した4つの誘導勢力は各々動き出した。

まず、神殿の東と西の地中に潜んでいた荒野の巨人達が一斉に地上に出現し、地割れと巨人の異能で造り出した熱した岩の塊を投擲する攻撃で、ドーナツ状に神殿の結界の周りを守護する魔工機兵を強襲し始めた。

荒野の巨人の族長ディロフも吠える。


「魔族のデク人形どもめっ! 砕け散れぇいッ!!」


球形の待機形態を取っていた5万体の魔工機兵達は一斉に戦闘形態に変型し、固定配置設定されていない個体達は東部と西部に配置されていなかった個体も東西に出現した巨人達に殺到し始めた。

続いて結界の北西、北東、南東、南西にステルスモードで姿を隠して接近していたズィーベ国の飛翔船団が突如出現した。

北東と北西に出現した飛翔船はいずれも3隻ずつに過ぎなかったが足の速い、無人船だった。

進撃寸前に微調整を済ませた僅かな船員達が風の魔法道具で退避すると、通常弾と燐滅誘導榴弾を織り混ぜて砲撃しながら出し惜しみせずに砲撃し、撃ち切ると迷わず魔工機兵の地上部隊に向かって特攻して甚大な被害を与えた。

本命の有人船の南東隊と南西隊は前面に魔力障壁を張る大盾船で固めて陣を崩さず正確な砲撃を繰り返す慎重な攻撃をしていた。


「ええいっ、まだるっこしいっ! これだから艦隊戦はっっ」


後方の指揮艦にいるズィーベ国の将軍は不慣れな空中艦隊戦にやきもきしていた。

神殿の結界の北東と北西の魔工機兵が特攻無人船の足止めを食らい、東西、南東南西では膠着状態になり、南東と南西の争いに引っ張られて南部の守りが手薄になったタイミングで、背後に控える砂海教団の魔法の加護で姿を隠し、武具を強化された荒野種のケンタウルス族の軍勢が姿を現し、南部から一気に切り込み始めた。


「この神殿は我等の聖域っ! 先に失われた同胞達の魂に報いる為にも、止まらず進めっ! 穿ち抜けっ!!!」


族長代理の女のケンタウルスは自ら光り輝くハルベルトを振るいながら叫んだ。

南部へのケンタウルス族の突撃がはじまって暫くすると、暗雲立ち込めるメリアサ神殿北部上空に雷鳴が轟き始め、続けて猛烈な雷撃が北部全域に降り注いだ。

この雷撃で北部に残っていた魔工機兵の3割が大破し、残りの大半も損傷し、一時行動不能になった。

その直後、神殿を覆う結界の北部のギリギリの所に光と共に祠が1つテレポートされて設置された。祠は設置せれてすぐに祠を覆う小さな結界を張った。


「・・・頃合いだね。皆、用意はいい?」


「ピっ」


操縦席で確りシートベルトを締めたチカゲが一同を振り返った。リピンは自分の蔓をチカゲの胴に巻いて、チカゲの鳩尾辺りに自分を固定していた。

他の一同も全員壁際の固定された座席にシートベルトを付けて座っていた。


「いいよっ、チカゲちゃんっ!」


「OKだっ」


「わたくしは問題ありません。翼も一先ず消していますっ」


「まぁ、我輩は幽体化すれば別にどうということもないのだがな・・」


「それじゃあ行くよっ! 蛍火号っ、全速前進っ!!!」


「リピィ~っ」


チカゲはステルスモードのまま中空静止状態の蛍火号を高速急発進させた。

当然Gが掛かる。


「うううっ」


「おおっ、あっ! 俺、身体硬いから結構大丈夫だ」


「わ、わたくしもっっ、こ、こここっ高速飛行にはっ、はははっ、な、慣れ慣れててて、いますからぁっわわわっ!!!」


「ぬぅ・・っっ。ふぅ~」


マリガンは一瞬踏ん張ったが、速攻で身体を幽体化させシートベルトをするり、と抜けた。


「フッ・・2秒でギブアップしてくれたわっ!」


なぜか尊大にするマリガン。


結界前の祠あっという間に接近したが、雷撃を免れた飛行型の魔工機兵の一群が行く手を阻もうと、蛍火号へ砲撃を始めた。


「マリガンっ!!」


操縦桿を操り、なるべく減速せずに回避させながら叫ぶチカゲ。


「承知っ! アクティブマジック・コールファングレギオンっ!!」


飛行型魔工機兵群の周囲に3体の牙を持つ巨大な死霊の塊が出現し、喰い散らかし始めた。

数を減らし、蛍火号への砲撃に集中できなくなり、陣形を乱した飛行型魔工機兵群を縫う様にして抜き去る蛍火号。


「よしっ! 減速旋回っ!!!」


虫の様な羽根を拡げ減速しながら祠まで追い越して旋回する蛍火号。虫の様な羽根が風圧で煌めきながら欠けてゆく。船室内も、幽体化したマリガン以外はシートベルトに翻弄されていた。

目標の祠自体が神殿の結界に近い為に、船底が軽く結界に触れて削られた。


「減速はしたっ。歩夢っ! 的が小さ過ぎるから着陸よろしくっ!」


「リピピィ・・・」


「あああっ、上か下かわかんないけど、わかった」


「歩夢、頑張っ、あわわっ」


「歩夢様っ、おぉ? ほほほぅっ?!」


「数が多い、レギオンどももそう持たないぞっ?!」


歩夢はマグネットロッドを構えた。


「まず・・スペルマジック・コンドルアイっ」


歩夢は千里眼の魔法を発動させて、俯瞰視点を確保した。上から見ると瓢箪の形に見える祠の瓢箪の膨らんだ下側が着陸ポイントだった。柱で囲まれていた。


「よしっ、スペルマジック・ミスティックハンドっ!」


念力の手でボロボロになっている蛍火号をなるべくそっと掴み、歩夢は蛍火号の推進力や慣性も考慮しつつ、小さな結界で守られた祠に近付けていった。

タイミングを合わせ、推進力を切るチカゲ。


「これ何か、こっちもバリア張ってるけどいけんだよね?」


「味方認証してればOK」


「ンピっ」


「ちょいちょいハイテクだよなー」


祠を守る結界をすり抜け、蛍火号は瓢箪下部に見える着陸ポイントに無事着陸した。


「スペルマジック・プラスヒールライトっ!」


マリガンと歩夢以外は体力を消耗していたので莉子の光の回復魔法で回復させ、一同は船外に出た。


「あれ? 以外と広い」


「半径100メートルはあるからね」


「敵、一杯来てるよ・・」


祠の結界のファングレギオンは既に2体倒され、敵の数は増える一方の様だった。音は遮断されていたが、結界の中に入ろうと、あるいは破壊しようとしている。


「マリガン、増やせる?」


「魔法石に限りもあるが、やらざるを得ない」


マリガンは今度は魔法石を5個、対価に使ってファングレギオンを13体追加で結界の外に召喚し、一先ずの迎撃に当たらせた。と、


「おおいっ!」


上から見て、瓢箪の上部に見えた丸い石の屋根のある祠本体からニョルとは別の男の天使が出てきた。地球で言うところのフィリピン系の姿をしていた。


「ラポっ! お前が担当だったのか?」


珍しく口語で話し掛けるニョル。


「人手が足りないんだよ、お前は騎士団見習いだけど、俺、技官だぜ? しかもコレ、絶対ヤバいヤツじゃん? ちょっと一回ラップ入れていい? ・・ヤバッ、ヤバッ、マジヤバッ、天使のビジネスマジブラックっ! 今日の俺の朝飯、マジロコモコっ、ロコ、モコ、ロコ、モコ、繰り返す目玉とバーグのランデブー、YOっ!」


ノってきた天使ラポは更にラップを続け様としたが、チカゲにガニ股の右足と左足の間の石畳にクナイを撃ち込まれて即座に止めた。


「仕事しな」


「すいません・・神殿の結界破壊用魔力増幅陣はこちらですっ!」


ラポはそそくさと自分が出てきた祠へと一同を案内しだした。

因みに天宮を出てから既に2週間くらい経ってます!

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