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グリフィンクエスト~2人は勇者~  作者: 大石次郎


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マリガン家の修理

冒頭はアレですが、ドラマパートメイン回です。

かつては乾燥草原地帯だった礫砂漠を、津波の様に進行するハードウォームの大群。地響きが起こる。

ドラム缶程度の太さと電柱程度の体長の極めて硬い身体を持つミミズの様な魔物で、1体であっても初級冒険者のパーティーを軽く全滅させる攻撃性があった。しかし、


「撃ち方構えぇっ!!!」


筒の先端が紡錘型になった容器の爆薬が100基余り、台座に据え置かれていた。ほぼ全て5基1組で砲手がトランク程度の大きさの有線端末で調整する。


「撃てぇえええぃいいっ!!!!」


指揮官の号令で筒状爆薬は一斉にハードウォームの大群に放たれた。筒状爆薬は正確に大群に命中し、青白い鱗粉のような光を放ち炸裂し、ハードウォームの大群を一瞬で壊滅させた。


「命中ぅううっ!!!! 殲滅だぁあああーーーっ!!!」


吠える指揮官。兵達も雄叫び上げた・・・。

一連の戦闘を土で錬成して作った物見櫓から莉子、歩夢、チカゲ、ニョル、それから荒野の街リカドの、耳の長い亜人エルフ族の荒野種の商工会会長と、莉子と歩夢の世界で言うところの東南ヨーロッパ風の風貌の人間のその秘書が見ていた。

視力がいい莉子と、千里眼の力を持つニョルは裸眼で見ていた。


「・・アレ、ミサイルだよな? チカゲ」


「まぁミサイルだね。あの発光からすると実体の無い魔物も殺れちゃうね」


「ミサイル強いねー」


「・・・」


ニョルは複雑な表情だった。異世界アマラシアは文明の暴走を危惧している神が、過剰な工学発達を制限していた。


「まぁですねっ! 確かに神様の文明禁忌には違反しておりますがっ。有事でございますしっ。この鱗滅誘導榴弾は今やネブラ大陸全域で使用されておりますっ。当方の自警軍としましては誠に遺憾ながら、やむ無し。といった次第でございまして・・」


商工会会長は秘書と共に冷や汗をかきながら揉み手をして弁明した。


「魔物が溢れ、人口が減少した現状では致し方ありません。しかし、この地の呪いを勇者御二人が平定した後はこの様な過ぎた兵器は我ら未明騎士団が全て没収しますっ!」


完全に天の兵士モードで話すニョル。


「没収・・せめて買い取りという形では・・」


「何ですか?! 今、ここで塩の柱にしましょうか?!!」


翼を拡げ、頭上の光の輪を光らせて威嚇するニョル。


「ひぃいいっ!! ま、前向きに検討させて頂きますっ!」


タダで渡すとは言わない商工会会長。


「ニョル、その辺で。それより会長さん。新型の鱗滅誘導榴弾に鱗光石が1、5倍いるっていうのはどーなってんの? 火力はそう変わらないでしょうに」


「俺ら明星の砂ってのを創るのに鱗光石が結構沢山いるんだよ?」


荒野の街リカドで素材集めしたところ、鱗光石が殆んど手に入らず、市場価格も5倍近くに跳ね上がっていた。


「開発メーカーが競い合っている様で、高く売れますし・・合理的かどうかはさほど重視していないのかもしれませんね。ハハハ・・」


取り敢えず笑ってやり過ごす構えの商工会会長。


「他の街で買うか、どっかの浮遊島で採集できないの?」


時折冷静なことを言う莉子。


「大陸全域で不足状態の様です、莉子様。浮遊島でも商売気を出す者が多くて。天宮まで戻れば採集可能かもしれませんが、強い兵器の材料になるというのであれば天の富は残しておくべきかと」


「じゃあどうすんだよニョル? 大体、事前にもうちょっと調べときゃいいのにさ」


詰めに掛かる歩夢。


「5年前の調査ではそこまで高騰していなかったので・・」


「5年前てっ」


呆れる歩夢。


「まぁ歩夢。天使は時間の感覚が違うからね。あたしも魔工師の職能持ってるのに呑気にし過ぎてたわ。あんま地上の兵器工学の動きとか興味無かったからさ・・」


「いかが致します? チカゲ様? 少々加工し辛いですが、この者達所持している鱗滅誘導榴弾を9割程度接収すれば必要量となりますが」


「9割っ?! そりゃああんまりですっ。再購入も難しいんですっ。売却しても元の防衛力を保てませんっ! 今回のハードウォームの襲撃も、直接交戦していたら自警軍は壊滅していましたよ?!」


半泣きの商工会会長。


「どうしよチカゲちゃん、何か可哀想」


泣いてる人は見過ごせないタイプの莉子。


「再購入できないって、どの道長く持たないんじゃないか?」


この場の大人は全員気付いているが触れずにいたことをサラッと言ってしまう歩夢。重い空気が立ち込めた・・。


「他に鱗光石の当てはないの? 確か、ネブラ大陸南部辺りでは昔、鱗光石を使った工芸品が盛んだった時代もあったでしょ?」


「あ、それ資料で呼んだ。何だっけ・・ティンクルグラスだっ!」


100年以上前に上流階級や宗教者やマフィアの間で鱗光石を使ったガラス工芸品がこの辺りで流行ったことはあった。


「ああ・・それでしたら、心当たりは無いでは無いです」


商工会会長は目を逸らし、何やら気まずそうにした。



ネブラ大陸南部にある荒野の街リカドの外れに、奇怪な館があった。その名もマリガン家。広大な敷地にある館に増築に増築を重ね、最早迷宮の様になった館。

マリガン氏族その物は100年以上前の市民革命を切っ掛けに滅びており、今はもう、マリガン家に生きた住人はいない。生きた、住人は・・


「莉子っ! 歩夢のフォローっ!」


「わかったっ」


チカゲの指示で莉子が歩夢を囲もうとしていた、死霊が取り憑いた鎧、リビングメイルの集団をドッズジャベリンで蹴散らす。


「今、反撃しようと思ってたところだってっ!」


「わたしに怒んないでよー」


助けたのに逆ギレされて戸惑う莉子。


「キリが無いですね。ただのアンデットの吹き溜まりに見えますが??」


右手に拳銃、左手にモーニングスターを持って、マリガン家内を走り回るダチョウの骨の様な姿の、スカルランナーに応戦するニョル。


「街中にあるワケだし、それはそれで放置できない感じもあるけど・・とにかくっ、アンデットになった当主がどっかいるそうだから、探すだけ探すよ? 何か召喚して家捜しさせてもいいけどっ」


薄暗く、荒廃したマリガン家のデタラメに組まれた階段ばかりのフロアで身軽に飛び回りながら、鋏を持つドレスを着た幽鬼、ジャックロンド達に手裏剣を乱打しているチカゲ。


「こんなボロボロのお化け屋敷にお宝がどっさり何てあるのか? あの商工会会長いまいち信用できないぞ?!」


さっきは強がったが、自分で調整したカニーラ3号のアーム歩行モードの調子が悪くて、襲ってくる複数の屍鬼の集合体、グールコープスの群れへの対応に四苦八苦している歩夢。


「お宝だと?! やはり盗っ人かぁーーーっ!!!」


無秩序な階段フロアの中空に黒い稲妻と共に、東南ヨーロッパ風に見えないではない古めかしい貴族服に身を包んだ、青い肌の、肥え太った怪人が現れた。


「マリガンっ! アーシア・ウル・マリガンかっ?!」


ジャックロンドの1体の首を小太刀で跳ね跳ばしながらチカゲが叫んだ。


「うん? いかにも、我輩がこの忌まわしいマリガン家の当主だっ!」


と、莉子がリビングメイルの頭を踏んで壁の生きた様に蠢く鹿の首の剥製の上に乗り、当主マリガンに近い位置に上がった。


「ティンクルグラスを売ってほしいっ! それもたくさんっ。オアシスの精霊を復活さいたいんだっ!」


「何ぃ?」


マリガンは妖しく光る凶眼で莉子を睨みつけたが、神とエルアルケーの幸運の網、さらにグラングリフィンに守護された莉子には通じず、何より莉子は恐れず、真っ直ぐマリガンの目を見た。

それは形だけの誠意の視線ではなかった。


「・・嘘ではないようだな」


マリガンが片手を上げると、館のアンデット達は潮が引く様に素早く館の暗がりの向こうへ引き下がっていった。

1度は交渉するつもりでいたチカゲ達は多少手加減しており、身体をバラバラにされたりしたアンデットの手下達も自分で自分の身体を回収して撤退していった。

莉子が乗った鹿も狂った様にもがくのを止め、目を閉じて穏やかに眠り始めた。


「勇者か。こんな子供を連れ去って兵に仕立てて・・相変わらず神は無慈悲だ」


「何ですとっ?!」


「ニョルっ」


「くっ、この風船ゾンビめぇっっ・・」


チカゲに鋭く制されて、歯噛みするニョル。


「リカドの商工会会長から聞いたのだが、マリガン。お前はこの家ティンクルグラスのコレクションを大量に所持しているらしいな。それを売ってほしい。錬成用の鱗光石の成分が必要なんだ」


武器をしまって、チカゲは呼び掛けた。


「・・ティンクルグラス等、珍しくもない。なぜ我輩から買おうとする?」


「館の外の世界に感心が無いのか? 今、新しい兵器の材料としてネブラ大陸全土で鱗光石の需要が過剰に高まっている。まるで手に入らない」


「武器?」


呆れた顔をするマリガン。


「既に価値の低いティンクルグラスは潰して武器に変えられているようだ。文化的に価値の高い物は高過ぎてとても必要量買えない。明星の砂の加工に必須なんだ。全てとは言わないが、必要量売ってくれっ」


まくし立てたチカゲをマリガンは暫く冷然と見下ろしていた。


「・・外に出入りのある配下がいる。念話で確認する」


数十秒程度、マリガンは目を閉じていたが、やがて赤い目を開いた。


「確かに馬鹿げた爆薬の材料にしているようだ。オアシスの精霊が封じられたというのも確からしいな」


今度はチカゲとニョルは呆れた。


「そこから?! あんた外の世界に興味無さ過ぎでしょっ?! 30年は前だよっ?」


「いやっ、確かにちょっと寒暖差激しいな、とか。やたら砂とか小石が敷地に溜まるな、とか。敷地の井戸も次々枯れるから庭園維持するの大変だな、とか。たまに新しい使用人アンデットの募集掛けるとやたら砂漠地帯系のアンデットばかり面接に来るな、とか・・。ちょっと変かなぁ? とは最近思ってたぞっ?!」


「面接とかあんだ」


「お庭、大丈夫かな?」


「そのまま砂に沈めばいいのです・・」


「とにかく持ってるなら売ってっ! あんたもこのまま街ごと砂漠に呑まれたり、そこら辺の砂漠系野良モンスターの大群に蹂躙されて、アンデットライフを終えたくないでしょ?」


「アンデットにライフ等無いがな・・まぁ、いい。求めているのは・・これか?」


マリガンが指を鳴らすと、中空に大量のガラス工芸品が出現した。陰火の灯された館の照明を反射して、妖しく、やや暗い色調の虹色に輝き周囲を照らした。


「ティンクルグラスっ! 受けた以上に光を反射していますね。魔力、いや、エネルギー全般を光に変換する性質。これを爆薬に転用していたわけか・・」


錬成師の顔で宙のティンクルグラスを見るニョル。


「凄ーいっ。綺麗っ!」


「チカゲっ! これだけあれば足りるんじゃないか?」


「量より純度だけど、申し分無さそう。マリガン。ここにある7割から8割を売ってほしい。市価の1割増しまでなら払える。悪いけど値段の交渉には」


「我輩は今更金等いらん。それより別の条件があるっ! ・・クックックッフハハハハッ!!!」


突然、哄笑するマリガン。


「なに~っ? 怖いよっ?!」


「魂を寄越せっ、とかならお断りだぞ?!」


「代金は置いてゆきますが、天の正義の為ならばお前を滅しても手に入れますよ?!」


「あまり欲張らない方がいいよ? マリガン。勇者一行の使命は、殆んど殺しの仕事でできてんだよ?」


「フンっ! 死など飽き飽きだ。我輩の条件は・・・」


一同は固唾を飲んだ。


「館の補修と掃除、及び庭が荒れてるからどうにかしろ」


呆気に取られる一同。


「それでいいの?」


「普通じゃん?」


「おちょけているのではないでしょうね?」


「あたし達としたら願ってもないけど、いいの? あんたが生きていた頃と今じゃ価値が全然違うんだよ?」


マリガンは僅かに苦笑する様な顔をした。


「我輩が生きていた頃と、この館の有り様もまるで違う。それに、混沌を極めるこの館の修復がどれだけ面倒な物か? 見くびらないことだな? フッハハハハハッ!!!」


マリガンは再び哄笑し、やみくもに周囲に暗いスパークをほとばしらせた。



一同は古典的な使用人服に着替えさせられ、それぞれの最初の持ち場に通された。案内役はマリガン自身の分体で人魂とややデフォルメしたマリガンの頭部の中間の様な形状をしていた。

使用人服の莉子が通されたのは舞踏会用等を開く為に作ったという八角形と円形と三角形を組み合わせた奇妙な形のホールだった。

しかし、ホール全体が物置の様で埃まみれ、砂や割れた窓から入った砂と小石まみれ、さらにアンデット系に加え器物に霊が宿る等して変化した家具調度品系モンスターもワラワラといた。

魔物達はマリガンの命で襲っては来ないが、放し飼いの動物の群れが室内に放たれている様な物だった。

山の様な掃除用具を与えられ、取り敢えずモップを持った莉子は唖然とした。


「まずはここから掃除しろ。家具や調度品の魔物どもは1度清潔に片付けられれば場所を覚えて鎮まる。莉子よ! 我輩が支配するこの館は途方も無く広い。ノロノロやっていると何ヵ月もここで掃除婦の真似事をすることになるぞ?」


「えーっ?! わたし、勇者だからっ。早くミッションに戻らないとヤバいんだよぉっ」


「ならとっととすることだなっ!」


「よーしっ」


莉子は洗剤水入りのバケツにモップを浸し、床に置いて構えた。


「アクティブマジック・クイックムーヴっ! やっほーっ!! あっ?」


莉子は魔法で加速し、床を拭きながら高速移動を始めたが、自分で洗剤で濡らした床に自分で滑って転び、そのまま回転して家具調度品系モンスター達の群れとホールとガラクタの山に突っ込み、モンスター達から非難轟々となり周囲に埃と砂と小石とガラクタをバラ撒いただけだった。


「もう~っ。まただぁ~っ!!」


「散らかしてどうする? 大丈夫なのかお前??」


むしろマリガン分体の方が不安げな顔をした。



歩夢が通されたのは第一ボイラー室だった。巨大かつ歪な形状の、かなりの年代物で錆び付き明らかに無用な所から蒸気があちこち漏れだしたボイラーが設置され、周囲にはここもアンデット系に加え、様々な工業製品が魔物化した小さなモンスター達がワラワラしていた。

歩夢は使用人服は着ていたが、普段帽子に付けてるゴーグルを目に掛け、スカーフで口と鼻も覆っていた。


「チカゲにガスマスク借りりゃよかった・・」


ボヤく歩夢。


「ここに限らずこの館の機械設備はことごとくイカれているっ。歩夢よっ! お前は全て修理するのだっ。足りない材料や工具は経費で落としてやるっ。ただしチョロまかしは許さんぞっ?! 我輩は生前この街の財務局の局長であったからなっ?!」


「いや、サブクラスて魔工師取ったし、やるけどさ・・。こういうのは俺よりチカゲの方がスキル高いと思うけど?」


「あの小生意気なホビットには別の仕事を任せた。お前の持ち場はここだぁっ!!」


「ほんと、変なヤツばっかだよ・・アクティブマジック・シェードピープル」


歩夢は自分の影から影の小人を7体造り出した。頭に1から7まで番号のマークを付けている。


「1番と2番はメモ渡すから材料と工具の買い出し。3番から5番は周りでワラワラしているヤツらが邪魔だから取っ捕まえてお手伝いロボットに改造しろ。6番と7番は俺をサポートしろ。よしっ、GOっ!」


シェードピープル達は一斉に指示通りに動きだした。


「歩夢、お前シレっと我輩の配下を改造する気だな・・」


「どうせほったらかしだろ? 今より高性能にしてやるぜっ?!」


「勇者の台詞じゃないぞ・・」


若干引く、歩夢担当のマリガン分体だった。



ニョルは蛇行し、上下しながらカーブしつつ傾く廊下の崩れた壁の前に通された。周囲には例によってアンデット系に加え、蜘蛛、鼠、ゴキブリ等家屋に潜む小動物系モンスターがワラワラいた。


「くぅうう~っ、滅したいっ! 小気味好く魔物どもを滅したいですっ!!」


魔物に囲まれるのがストレスらしいニョル。


「凶暴なヤツだなっ。・・まぁいい。天使ニョルよ。お前は錬成師の職能を持っているのだろう? この館はあちこちガタガタだ。機械類は小僧の方の勇者に任せたが、それ以外はお前がやれっ!」


「偉そうにっ。くっ・・・」


使用人服のニョルは一回しゃがみ込んで膝を抱えた。


「わたくしは天使。天使の使命は絶対。未明騎士団の使命も絶対。絶対が2倍。やらなきゃダメ。わたくしはやればできる子やればできる子やればできる子やればできる子・・・はいっ!」


感情を殺した顔で立ち上がるニョル。


「お前、天使である前に1度牧師にでも話を聞いてもらった方がいいんじゃないか?」


分体同士は意識を共有しているので、段々この勇者一行はハズレじゃないかと内心思えてくるマリガン。


「余計なお世話ですっ! 館を直してゆけばいいんでしょ? ・・アクティブマジック・ストラクチャリストアっ!」


崩れた壁は福々しい微笑みを湛えた神のレリーフの刻まれた天宮的な技法の壁として復元された。


「完璧ですっ! お美しい神様っ」


うっとりするニョルだったが、これにマリガンが激怒した。


「・・・コラァーーっ!! 我輩は元通りに直せと言ったのだっ。違う物を作れとは言ってないっ! 何だこのっっ、くっそダサいっ!!」


「くっそダサいぃぃっ?! 神様に対して何足る言い種ですかぁああーーーっ?!!!」


血涙して怒るニョル。


「いいからっ、も・ど・せ・ぇーーーっ!!!」


「嫌ぁああーーーーーっ!!!」


ニョルはそれから小一時間、担当のマリガン分体と口論していた。


チカゲが通されたのは広大な館の中庭だった。砂漠化の影響で日差しが午前中でも強く、館のアンデット達で出てきているのは造園係らしい屍肉を組み合わせ作られたフレッシュゴーレムくらいの物だった。

マリガン分体も小さな蝙蝠傘を差していた。

砂と小石を被り乾燥しかかった中庭の庭園は荒れ放題だったが、一方で一つの森の様に生い茂ってもおり、さらに魔物化した植物も溢れていた。


「酷い有り様だね。これで庭だ、って言い張る面の皮の厚さに敬服するよ?」


「う、うるさいっ。とにかく、この庭をどうにかしろっ! 舘の周囲の植物も荒れている。それらもどうにかしろっ! あと、植物に覆われてわからなくなっているが、果樹園と温室と菜園もあるからな?!」


「野菜とかフルーツとかもう興味ないだろ?」


「食べられることは食べられるっ! 風情の問題だっ! 報酬は渡すんだっ。仕事をしろっ!!」


「わかったよ。じゃあ、使えそうな魔物を召喚するけど、幽体系の他のモンスターをすぐ食べちゃうヤツを呼ぶから一回どっか行っててくんない? 邪魔」


「何っ? ぬぅっ。ここは我輩の家だぞ?!」


「餌になりたいの?」


「ええいっ、後で様子を見に来るからなっ! その時までにはソイツを引っ込めておけっ!!」


「はいはい」


チカゲ担当の蝙蝠傘を差したマリガン分体は陰火のみ灯る暗い舘の中へと逃げ去って行った。


「・・・チョロいヤツだなぁ、ニヒヒっ」


使用人服姿で悪い顔をしたチカゲは、ウワバミの腕輪から魔力の電池の様な働きをする魔法石を3つ取り出した。


「アクティブマジック・コールウェブン、コールド・ス」


魔法石が2つ砕け散り、それを対価に2体の魔物が出現した。

1体はエルフの女性の様な姿を取った古代の大木の魔物、エルダートレントだった。

もう1体は巨大な3つ首の猟犬の姿をした冥府の魔獣、ケルベロスだった。


「ウェブン、身体の先が枯れてきてるよ? 手入れ足りないんじゃない?」


エルダートレント、ウェブンに気さくに話し掛けるチカゲ。


「歳を取り過ぎました。あと数百年で私は枯れるでしょう」


「そう・・。ド・スは元気そうね」


幾分表情を緩めてケルベロスのド・スにも話し掛けるチカゲ。


「ふんっ! お前は勇者を引退したのにまだ未明騎士団になぞ入っているのか? お前達が使えるアレは神、という名の魔物に過ぎないのだぞ?」


「完璧な存在だったら勇者だった頃から付き合ってられなかったよ」


「ぐぅうっ?」


「チカゲ。私達に何か用ですか?」


「ウェブン、この庭と舘の周りの植物を綺麗に整えてほしいんだ。魔物化した子達は暮らしてゆけそうな場所に移してあげて。ただ、あたしの仲間達は舘の中で仕事してるんだけど、まぁ4、5日掛かるだろうから、それに合わせてのんびりやって」


「あら、随分楽な仕事。私がもうお婆ちゃんだからですか? ふふふっ」


「別に。ただ、そろそろ戦闘はキツいならもう契約を解除してもいい。その代わり」


チカゲはウェブンに微笑み掛けた。


「今度あんたの郷に遊びに行くから、美味しいハーブティ淹れてね」


「あら、もったいない。どうしましょう?」


「ニヒヒっ」


笑い合うチカゲとウェブン。


「何を馴れ合っているっ?! 俺への指示を早く言えっ! まさかこのド・ス様にまで庭イジりをさせるつもりじゃないだろうな?!」


「ふふっ。チカゲ、ド・スが焼きもち焼いてるから構ってあげて」


「ふざけるなっ! クソババアっ」


「あら、酷いわ。ふふふっ」


「ド・ス、聞いてくれ」


「ああんっ?」


と言いつつ、しっかりお座りするド・ス。


「この館の主、マリガンはそれなりの経緯はあっただろう上位のアンデットにしては随分まともだ。何か良心を失わない理由が有った気がする。1度冥府に行って探ってきてほしい」


「弱味でも握るつもりか?」


「いや、どうも引き際を考えている様な気がした。結果的にあたしらの訪問がそうさせたなら、もらう物だけもらってハイさよなら、っていうのは後味が悪い」


「・・このド・ス様の仕事の方が面倒そうだな。ワリに合わなねぇっ!」


「もう1個やるよ」


残りの魔法石をド・スに投げるチカゲ。ド・スは真ん中の首でそれを素早くそれを咥え、左右の首達から羨ましがられながら噛み砕いた。


「フンっ、散歩のついでに行ってきてやるっ! アクティブマジック・タナトスゲートっ!!」


ド・スは中空におどろおどろしい冥府の扉を開くと、溢れ出ようとした冥府の亡者達を喰い尽くしながら冥府に飛び込み扉を閉じた。閉じられた扉は搔き消えていった。


「相変わらず、ド・スは忠犬ですね。ふふふっ」


「ニヒヒっ。じゃあ、あたしは温泉島で骨休めしながら色々魔軍の状況とか探ったりしてくるよ」


「チカゲ」


「うん?」


「今度の勇者達はどうですか?」


「うーん・・可愛いねっ! ニヒヒっ。スペルマジック・エアポーターっ!!」


チカゲは旋風に包まれて、街の近くに停めて隠してある蛍火号へと飛び去って行った。



3日後、莉子は加速を使いこなし、館のモンスター達と仲良くなって掃除を手伝ってもらい、順調に作業を進めていた。

歩夢は歩夢自体がこの世界の機械整備に馴れてきたのに加えて、館の工業製品モンスターを改造して造ったお手伝いロボットが増え、やはり快調に作業を進めていた。

ニョルは修復錬成に馴れはしたものの作業範囲に対して負荷大き過ぎて疲弊し、結局自腹で街の錬成師を数名雇って手伝わせ何とかノルマを達成していた。

ウェブンは、井戸用の地下用水路の整備にはやや手こずったものの、彼女にしてみれば小さな箱庭に過ぎない中庭の整備はゆっくり行ってもすぐ終わってしまい、館の周囲の植物の整備も終えてしまった。

いよいよ手持ち無沙汰になるとマリガンの許可を得て、新たに生け垣やハーブ園や農園を造りだしたり、今後も館の植物が維持できる様に、いずれも街の周囲にいた野生の水の小精霊ウンディーネ達や植物の小精霊ドリアード達を手懐け、館に住まわせたりもしていた。

温泉島にいるチカゲとはスマホ代わりの通信石という魔法道具で連絡は取り合っていた。

歩夢はサボってるなら手伝ってくれと再三文句を言ったが、チカゲはのらりくらりと聞き流すばかりだった。

その日の昼、すっかり綺麗に片付き随分ゴテゴテしいが電気式冷房と電気式加湿器まで稼働している、くの字型の大食堂で莉子、歩夢、ニョル、錬成師達、ウェブン、マリガンは昼食を食べていた。

と言ってもウェブンはハーブティとクッキー数枚のみ。マリガンは茹でた豚の血入りソーセージに蒸したクスクスを添えた物に塩とオリーブ油とレモン果汁を掛けただけの料理を1皿と、後は何かの目玉を漬け込んだ葡萄酒だけだった。

マリガンは目玉葡萄酒を飲みながら、それとなく一同を見回した。食べられているのは概ね莉子と歩夢の世界で言うところのアルバニア料理だった。

莉子は大盛りのタフコーシ、羊のヨーグルト煮込みをモリモリ食べていた。歩夢は大盛りではないがスフラキ、ピタの中にヨーグルトソースを掛けたサラダとフライドポテトと焼いた鶏肉を挟んだ物を元気良く食べていた。

ニョルは疲労で据わった目でタスチェヴァプ、とろみの無いレモン風味のビーフシチューをブイヨンで炊いたライスで掛けた物をモソモソと食べていた。彼女が雇った錬成師達はパンとタフ・ヂェウ、牛モツとニンニクと青唐辛子とカッテージチーズを煮込んだ料理を一応食べていたが、こちらは疲労とストレスで今にも倒れそうだった。

マリガンは溜め息を吐いた。

「作業は後一息で終わるだろう。今日はもう午後から休みにしてよい」


「ええっ? 俺はまだ全然余裕だぜっ?」


「わたしも~」


「大人は楽しいばかりでは続かないのだ」


「ええっ?」


「そうなんだぁ・・」


「大して疲れていませんが、休めるというなら休まないではないですよ?」


あくまで利いてないアピールをしてくるニョル。


「我々、家に帰っていいんですね?!」


切実な一般錬成師達。


「明日、来なかったら迎えにゆくぞ?」


「ヒィイイっ! 勿論朝一で来ますぅっ」


無駄に怯えさせるマリガン。


「私は何も疲れていませんし、ここのお庭にいる方が落ち着くのでこのまま居てもよいですか? マリガン卿」


「好きにしろ。それよりお前の親分はどうした? 初日から一貫してサボるとは大したヤツだ」


「マスターには様々なお考えがありますから。ふふふっ」


「お考え、な。まぁいい、食事を終えたら全員さっさと居ね。ここ数日、館が騒がしくて落ち着かなかった」


「ねぇ、マリガン」


「何だ莉子? 気安いぞ?」


「分体でいいから、夕方、日差しが弱くなってから街に出てみようよ? ずっとここに居るんでしょ? 楽しいよ?」


「莉子、おっさんにはおっさんのスタンスがあるんだ。無理強いはよくないぞ?」


「えー?」


ニョルは知らん顔でスプーンで汁の染みた米を口に入れていた。

ウェブンはクッキーを噛り、ハーブティを啜るばかり。

マリガンは、少し黙り、顎髭を触り、目玉葡萄酒を飲み干し、ニヤリとした。


「日が落ち出せば、我輩がこの街の王だ。たまにはいいだろう」


「いいのかよっ?」


「やったーっ!」


「物好きですね。今は貴方の時代より後退していますよ?」


「それは楽しみだ」


マリガンは骸骨の給仕に目玉葡萄酒のおかわりを促した。



砂と時折小石も降る、荒野の街リカドをオレンジの夕陽が差していた。乾燥し、焼けた様な気温が急速に下がり始め、今は涼しさすら感じさせる。

街の人々は仕事や用事が無い限りは出歩かない為、今の時間帯からようやく街に活気が出始め、あちこちに人混みが発生しだしていた。

野良猫や野良犬、害の無い野良小型モンスター等も物陰から姿を表し始める。

文明の発達に制限のあるアマラシア世界であったが、天然ガス資源が豊富なこの地域では当たり前にガス灯が普及していて、表通りや公的施設、商業施設、裕福な家等では点灯夫によって根気よく明かりが灯され始めていた。

リカドに元々あった市街は概ね莉子や歩夢達の世界で言うところの東欧風の簡素な造りがベースだったが、都市国家であった為、至る所に低めの城壁や段差構造がある他、所謂トーチカ、円形塹壕に攻撃窓付きのドームを被せた防御陣地が多数あった。

段差や城壁が多いからか場所によって窓が多い建物が多かったが、砂漠化の影響でその窓の多くも開閉式の鎧戸が付けれれていたり、完全に雨戸で塞いでしまったりしていた。

この旧市街を4倍以上の面積を持つ主に砂漠地帯のカルチャーを持つ移民キャンプが取り囲み、キャンプの中でも発達したエリアはキャンプの範疇を越え、砂漠帯カルチャーの玉葱屋型屋根の建築物とリカド風の簡素だ無骨なカルチャーを合わせた様な街並みを形造りつつもあった。

莉子、小型化仕様のカニーラ3号に乗った歩夢、翼と光の輪を消したニョル、小さな蝙蝠傘を持った分体のマリガンは旧市街の市場に来ていた。

人がぶつからない様に歩夢の前を莉子が歩いていた。

古風な使用人服のまま出歩くと絡まれる確率が高い為、莉子達はフード付きのマントを着込んでいた。

マリガン分体は透けた姿を取って、並みの者達には認識できない状態でいた。

市場に並ぶ商品は十分とは言えず、値も高く、食品の7割余りはナツメ等の砂漠地帯の食品になっていた。飲料水もやや割高で販売されている。専門店街でもないのに武具販売店も目立っていた。


「貧乏人は干しナツメの小袋1つで7日は暮らすハメになりそうだな。砂漠の産品ばかり目立つ」


「ここは比較的マシな旧市街の市場です。周囲の移民キャンプの市はもっと酷いですよ。人の若い女の姿では1人で気軽に歩くのは難しいくらいのようです。まぁ物価は安いのでしょうが」


「宿で休んでいなくていいのか?」


ニヤリとするマリガン分体。


「勇者様達だけでお前の様な者と出歩かせるわけにはゆかないのですっ!」


「館ではバラバラだったろう? 今更ではないか?」


「ぐっ」


簡単に言い負けるニョルだったが、たまたま肩をぶつけてきたガラの悪い男を猛禽類の目で睨み付けて退散させ、溜飲を下げたりしていた。


「色んな人達がいるよね」


楽し気な莉子。リカド住人は莉子のいた世界で言うところの東南ヨーロッパ風や中東風の人間が4割、荒野種や砂漠種エルフやホビットといった亜人が5割、概ね人型であったりして共存可能な砂漠や荒野のモンスター達が1割、といった構成だった。


「ちゃんと街歩いたの初めてだ。ゲームみたいに1人1人話し掛けるタイミングが無いから変な感じする」


ゲーム感覚になりがちな歩夢。


「行き交う住人が昔とまるで違う、人間が少数派になっているのが滑稽だな。トーチカは相変わらすだ。何を護る? クククッ」


「オッサン、陰険だなぁ」


「すねちゃってるのマリガン?」


「すねて等おらんっ! ・・んん?」


マリガンは市場の向こうの低い城壁の先に見える4段の層になった主に宅地になったエリアの最上段にある城の廃墟の様な建物に目を止めた。


「あれは旧リカド議院会館を美術館兼ホテルに転用していた物だったようですが、こんな時世なので閉鎖しているようですね」


「あそこにゆくぞ? 我輩は役人である共に都市議員でもあった」


「役人辞めずに選挙出れんの?」


「選挙等無い。議員は名誉職だ。やりたくてやっていたワケでもない」


「何だそりゃ・・」


「マリガンは政治家だったの? 色々してたんだね」


「まぁ色々したさ」


マリガン分体は自嘲気味に呟いた。

視界に入っているから、すぐに着きそうに見えて、徒歩と歩行速度の車椅子で旧リカド議院会館までゆくには案外時間が掛かる為、路地に入ってニョルのスプライトポーターの特技で一同は纏めて議院会館の展望台までテレポートしてきた。

ちょうど旧市街の向こうの移民キャンプに夕陽が沈もうとしていた。


「どこまでもキャンプが続いている。あれだけ革命だと大騒ぎして我輩達の氏族を滅ぼしておきながら、天変地異1つでリカドの地は砂漠の民に飲まれたか」


「この地が平定されればまだ状況は変わります。わたくし達からすれば地上の出来事に過ぎませんが、真の苦難は、砂漠の民が元の土地へと帰ってしまった後、僅かに残った人々でこの地を滅ぼさず再び再興を図る時でしょう」


「でも皆、元気だったよ?」


「元気は大事だよな」


「莉子は元気っ!」


「おっ? 俺も元気っ!」


笑い合う莉子と歩夢を、ニョルは眩しそうに見詰めてから再びリカドの夕陽のリカドの街を見下ろした。かなり遠くに、住人から恐れられる異様なシルエットのマリガン館も見えていた。


「マリガンよ、貴方を追い詰め、滅ぼした、市井人々の後先を知らぬ息遣いは、形を変えて今もそこかしこに蔓延っています。天上の我らからすると到底最適解とは思えませんが、貴方は頼もしいですか? 疎ましいですか?」


「・・お前の思う通りの回答等しない。飽きた。館の外はつまらん。我輩はもう帰る。明日朝から再び作業だ。最後の仕上げ、抜かるなよ?」


マリガン分体は黒いスパークを放って掻き消えていった。


「オッサン、ひねくれてんなぁ」


「でも何か嬉しそうだったよ?」


「長く退屈だったのでしょう。正気に戻った死霊は虚しい物です。我々も宿に戻りましょう。何だかまた疲れたので、もうテレポートはできませんが・・」


「ええっ?」


「こっから帰んの??」


3人もトボトボと宿に帰っていった。



同じ頃、温泉島の秋の季節が延々続くエリアにある旅館の夕暮れの広縁で、浴衣姿もしどけないチカゲが密かに地球から取り寄せている棒状ビスケットをチョコレートでコーティングした菓子をポキポキと噛りながら、通信石でウェブンと話していた。

テーブルには魔軍に関する資料と少女漫画のコミックが拡げられていた。


「・・そう、マリガンの分体と散策をね。らしいと思うよ、あの2人、というか莉子ちゃんね」


「しかしあの子も歩夢君がいなければ、必要以上に勇者として振る舞おうとしていたかもしれませんね」


「まぁ1人で勇者やるのは大変さね」


「あら、現役の頃は強がってたのに」


「ニヒヒっ。ま、ね」


「ふふっ・・で、ド・スの首尾はどうです?」


「ああ、さっき冥府から帰ってきたよ」


通話しながらチラリと振り返るチカゲ。和風の客室の端にド・スが寝そべって眠り、その側に人魂が1つ頼り無げに漂い、さらに食卓ではボロボロの格好をした子供が食事の作法も知らないまま、一心不乱に和食の会席料理を食べていた。



2日後の夜、マリガン家の全ての作業は完了した。広大かつ奇妙な館は完全に掃除され、建物も機械設備も完全に修理され、庭も生け垣も農園も美しく整えられた。

一般の錬成師達はニョルから報酬を受け取ると一目散に逃げ帰ったが、ウンディーネとドリアードが戯れる中庭に莉子、歩夢、ニョル、ウェブン、マリガン、は集まっていた。


「ああ、マスターが来ました」


「おーいっ!」


一応は使用人服に着替えたチカゲが、ド・スの背に乗って飛来してきた。宙を駆け、ド・スは中庭は降り立った。

チカゲの後ろに古風な貫頭衣を着た前髪の長い子供が乗っていて、その傍らには人魂も1つあった。

ド・スとマリガンの目が合った。


「何だ? 喰い応えのありそうな死霊がいるぞ?! チカゲっ!」


「ぬおっ?! ケルベロスかっ」


死霊を喰う性質があるケルベロスにビビるマリガン。天敵である。


「ド・ス、やめときな。伏せて、この子が降りられない」


「あ~っ、このド・ス様がっ、億劫なことだっ!」


ボヤきながらも伏せるド・ス。チカゲは先に飛び降りて、モタつく子供が庭に降りるのを手伝ってやった。人魂もそれに続いた。


「何だそのモッサリした子供とショボくれたウィスプは? 頼んだ覚えはないぞ?」


「アフターサービスだよ」


「何??」


「皆、作業終わったみたいね」


「チカゲちゃんサボり~」


「よく言うぜホントっ!」


「まぁ、魔軍の動向はわかりましたか? チカゲ様」


「それはね。ま、それはそれとして、マリガンっ! 仕事は片付いた! 報酬を貰うよ? 」


「いいだろうっ! 素材を取り出し易そうな物を見繕ってやった。持ってゆけっ」


マリガンは指を鳴らして中空に大量のティンクルグラスをテレポートさせた。すぐにニョルがチェックをした。


「問題ありません。十分量確保できます」


「よし。しまっといて」


「御意」


ニョルはティンクルグラスをウワバミの腕輪に吸い込んだ。

見届けたマリガンは大きく息を吐き、1度ゆっくりと館を振り返り、中庭を眺めた。


「契約は果たした。それでは我輩は・・」


「待った」


チカゲは片手を上げて、遮り、人魂と共に控えていた子供を手招きして近くに呼び寄せた。


「何だ?」


「わからない? 生前は結ばれなかった様だし、遠くの街で浮浪児をしていたこの子も産まれ変わる前のことは覚えていないみたいだけど、あんたの婚約者、ローザンヌだよ?」


「何っ? ・・目を良く見せてくれっ」


子供は困惑しながら前髪を上げた。ソバカスのある顔で、垂れ目がちの少女だった。


「おおっ?! 確かにっっ。何と・・そうか、貴女は正しく産まれ直せたのですね? 良かった良かった・・・」


マリガンは大粒の涙を流し、垂れ目の少女は唯々困惑していた。


「ううっ、・・ではそちらのウィスプは?」


「姿を見せてやんな」


「気が進まないな・・」


陰気に呟いて、マリガンと良く似た服装の、しかし肌の色は血色は悪くとも特に青くはなく、身体も特に肥っていない透けた姿をした痩せた男だった。


「っ?! 兄上っ!」


「お兄さんなんだぁ・・」


「痩せてるっ」


展開が読めない様子の莉子と歩夢。


「この者、辺獄で永く彷徨っていた物をこのド・ス様が、冥府の掟を噛み砕いて拐ってきたっ」


自慢気なド・ス。


「・・お前に今更会わす顔が無かった。私が不甲斐無いばかりに市民を鎮められなかった。お前はずっと家に居たんだな。そうか、やはりお前こそがマリガン家当主に相応しい。私は大人しく冥府に帰ろう」


これにド・スが反応した。


「貴様っ、連れてきたばかりで帰るだと? 気紛れかっ?! 喰うぞっ!」


「いや私は別に来たくて来たワケではっ?!」


怯えるマリガンの兄。マリガンは1度赤い目を閉じ、また開いた。


「兄上、修理は今夜、済みました。この館は元来兄上の物。兄上に引き渡しましょう」


「なっ? いやしかしっ!」


「良いのです。そして、ローザンヌ・・いや、君、今の名は?」


動揺する兄は一旦置いて、マリガンは垂れ目の少女に語り掛けた。


「名は・・無かったので、ローザと自分で付けていました。お姫様みたいだから・・・」


「そうですか。苦労されたのでしょう・・兄上っ!」


「んっ?! 何か?」


「このローザさんの後見人として、この館で大人になるまで見守って上げて頂けますか?!」


一瞬、一同は沈黙した。


「・・私が?! え、・・いや、お前が自分で後見した方がいいのではないか? 例え覚えられていなくとも」


「いえ、我輩・・私はこの世に飽きました。最後に成すべきを成し、見るべきを見て、逢うべきに逢えました。私こそ冥府に還りましょう」


「え? オッサンっ?」


「成仏しちゃうの?」


莉子と歩夢は戸惑った。マリガン兄も焦っていた。


「いやしかしっ」


「あのっ!」


ローザが精一杯の大声を張って割って入った。


「あのっ! 私は暮らしてゆけたらそれで十分ですっ。働きますしっ。こんな大きなお屋敷・・結構ですっ!! 分不相応ですっ」


「ローザさん、これは我輩の勝手なのです。どうか最後の我が儘を聞いて下さい」


「そんな・・貴方は勝手な方ですね」


「・・はい」


生前同じことをローザンヌに言われていたマリガンだった。


「はい、メロドラマはそろそろ終わりでいい? 自分でお膳立てしといて何か、痒くなってきたわ。ニヒヒっ」


チカゲはローザの肩に手を置いた。


「貰えるもんは貰っときなぁ? 拾った運の使い道は大人になったら考えたらいいよ?」


「・・はい、チカゲ様っ」


ローザは涙した。


「では、話が纏まった様なので、不肖、わたくしめがこの死霊の介錯をば・・ハァハァっ」


回転式拳銃を手に荒い呼吸でマリガンに忍び寄るニョル。


「お前の手等借りんっ! それに遥か昔から我輩には迎えが来ているからなっ」


言うや否や、マリガンの足元に冥府の扉が開き、中から多数の鎖が飛び出し、マリガンを捕らえた。


「正気を取り戻すまではそれなりの悪事をしていた。兄上、私は辺獄では済みそうにありません・・」


「お前、そんなっ」


「マリガン様っ!」


咄嗟に肩を掴んだチカゲの手を払ってローザが駆け出したが、ウェブンが無言で花咲く蔦を放って捉え留めた。


「歩夢」


「・・ちぇっ、何か悪さしてたっぽいからどうかと思うんだけど?」


「歩夢っ!」


目力で訴え、手を差し出する莉子に、歩夢は折れた。


「しょうがないなぁ」


歩夢は莉子の手を取り、2人は地獄に引き込まれ様とうするマリガンに近付いていった。2人の身体が光と熱い砂の旋風に包まれだす。


「こらっ! 捲き込まれるぞっ?! 下がらないかっ!」


「莉子様っ! 歩夢様っ! この者はこれで良いのですっ」


2人は構わず間近に迫った。地獄の鎖は2人も襲ったが、触れる前に塵と消えた。


「グラングリフィンもそれでいいって」


「あいつ、莉子に甘いよな?」


2人は声を合わせた。


「アクティブマジック・グリフィンディスペルっ!!」


光の鉤爪が地獄の鎖と門を引き裂き、全て掻き消した。その風船の様に膨らんだ身体も書き変えられた様に、二十歳そこそこくらいの細身の美青年の姿に変わった。肌も兄と同じ様な色合いだった。


「急に痩せたしっ、若返ったしっ」


「イッケメ~ンっ!」


「・・何というっ・・・」


マリガンは言葉に詰まった後、2人に跪いた。


「私はアーシア・ウル・マリガン。種族はミッドナイトロード、属性は闇、時、雷です。以後、地獄の罰を贖うべく、御二人に忠誠を誓いますっ!」


「えー? 一緒に勇者の仕事してくれるの?」


「勿論です、莉子様、歩夢様」


「いや、戦力的にはラッキーだけど、何か喋り方と態度がしっくりこないな。元の感じに戻してくれよ、オッサン」


「わたしも前の方がいい」


「・・それが御命令とあれば・・」


マリガンは跪いた姿勢から一気に黒い稲妻を放ちつつ宙に跳ね上がった。


「クックックッ! 子供達よっ、このマリガンがっ、忠義の限りを尽くし果たしてやろうではないかっ?! クハハハッ!!」


「いいねーマリガン~」


「いや、最初の登場以外はそこまでテンション高くなかったぞ?」


「クッハハハっ?! 兄上とローザさんも笑おうではないかっ?! この暗闇の門出をっ!!」


「ええっ? 笑うのか? わ、わははは・・」


「私もですか? わは、わはは・・」


ぎこちなく一緒に笑うマリガン兄と、蔓から解放されたローザ。


「わたくしは認めかねますっ! まずは未明騎士団の人事部に正式に履歴書を提出する所からですねっ!」


不満らしいニョル。


「・・良い力を持った勇者達ですね」


「甘っちょろい、うんざりだっ」


チカゲのそばでウェブンとド・スが一同を見守っていた。


「仲間が増えるのはいいけど、またやたら高笑いするタイプが来ちゃったね。ニヒヒっ」


チカゲは機嫌好く笑っていた。

アルメニア料理、ネットで検索したらどれも美味しそうでした。

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