チュートリアル? 後編
チュートリアル完了っ! クラスチェンジっ!!
大型の魔物3体を倒した莉子と歩夢にエイダスは上機嫌だった。
岩壁の上に上がった莉子と歩夢は少なからず困惑したまま、エイダスから与えられた、蛇の様な腕輪からだしたなぜか焼き立ての状態の骨付き肉を齧っていた。
岩壁の上は爆発の跡がいくつもある屋外の広間で、瓦礫の陰を岩と甲殻類の中間の様な生き物達がカサカサと動き回っていた。
「だっはっはっ! よくやったっ。基本的な戦い方や種族の特徴がよくわかったろう?」
「俺はこの蟹車椅子に乗ってたから微妙だよ?」
「ふんっ、普通の人間子供では耐えられんぞ? 自分の服を見てみるといい」
「え?」
改めて見ると歩夢が着ていた麻布の服が随分傷んでいた。
「ストーンマンの身体は硬い。石の破片にそれだけ当たっていても、気付かないくらいになっ! まぁもう少し、状況を見た方がいいだろうが」
「あ~・・」
「エイダスは何なの? コーチ??」
取り敢えず何の肉か知らないが肉が旨いと思いつつ、莉子が大雑把に聞いてみた。既に耳当てのボリュームは下げてあり、エイダスの大声に対応できている。
「私はこの天宮を守る未明騎士団の副団長だっ!」
「ミメイ・・偉いの?」
「多少なっ! だぁっはっはっはっ!!!!」
「あんたの方が俺達より強そうだから、俺達必要ないんじゃないか?」
「いやっ! 私はそう簡単にはここを離れられん。それに勇者の使命は何も戦うことばかりではない。お前達の様な子供が呼び出された時は特にそうだ」
長身のエイダスは屈み込む様にして2人を見た。莉子も歩夢も大きな動物に見下ろされた気分だった。
「・・ふむ、お前達は勇者の資格がありそうだな。ふふふ、希に話にならない者が呼び出されることもある。今回は当たりだ」
「わたし達が強かったから?」
「でもそれって、そっちがどれぐらい戦える力を与えるか、ってことじゃないのか? こっちはやれたからやった、って感じだよ」
エイダスは屈めていた姿勢を戻し、両手を腰に置いた。
「いや、そうでは無い。善は行動と、善を見ようとする姿勢に現れる。私はお前達に、悪しき物を見なかった。それで良しっ! だぁーはっはっはっ!!!」
エイダスまた上機嫌で高笑いをした。莉子と歩夢は顔を見合せるしかなかった。
と、莉子の嗅覚が天宮全体に漂う甘い香りとよく似た、しかし女性の香りと、薄めの化粧と香水の香りを捉えた。
「エイダス様ぁ~っ!!」
1拍遅れて上空から声がした。見ると、背に翼を生やし、頭上に光の輪を持つ10代中盤くらいの娘が飛来してきた。
半袖にショートパンツだがアーミーウェアの様な物を着ていて、その上に白銀の軽量鎧と額当てを身に付け、装飾された小剣と回転式拳銃も腰のベルトに差していた。
左腕にはエイダスが付けている物とよく似た蛇の様な腕輪も付けている。
エイダスが北欧系の白人とするならば、この娘は南欧系の白人と東洋人のハーフの様な風貌だった。切れ長の目をしている。紫色の巻き毛がかなり豊かでもあった。
「おおっ、ニョルっ! 来たかっ」
「来たかっ、ではありませんっ!」
ニョルと呼ばれた娘は着地するなり眉を吊り上げた。
「またチカゲ様と結託して、勇者様方を試す様なことをしていたのでしょう?! 勝手に間引きされては困りますっ。あの悪魔に対価を用意するのがどれだけ大変なことかっ!」
「だっはっはっ! ・・さて、あとはニョルに任せて私は神の御元に戻るかな」
「エイダス様っ? まだ話が・・」
説教される気配に、エイダスは素早く撤退を決めたらしく、背中に翼竜の様な翼を生やし、右腕を爬虫類の様な形に変化させて握り締めてみせた。
「莉子っ! 歩夢っ! 気合いで頑張れっ!! だぁーはっはっはっ!!!」
「エイダス様っ、逃げないで下さいっ! 他にもありますよ? 食糧庫の今月分が在庫が足りなくなっているのですが・・昨日の午前9時頃、どちらに居られましたか?」
エイダスの腕を掴んで逃さないニョルと呼ばれた娘。
「さらばだぁーーーーっ!!!」
エイダスは肩関節を外して、ニョルと呼ばれた娘の捕獲から逃れ、空中で関節を戻しながら、翼竜の翼で飛び去っていった。
「エイダス様ーーっ!! 泥棒ーっ! ・・・ほんっとにっ。関節まで外してっ」
ニョルと呼ばれた娘は暫く、エイダスが飛び去った方を睨んでいたが、不意に莉子と歩夢の方を振り向き、即座に跪いた。
「勇者莉子様っ! 勇者歩夢様っ! とんだ頓痴気な所を御見せしましたっ」
「いや、別に・・」
「いいよぉ」
「わたくしは未明騎士団が見習い騎士、ニョル・ムッキと申しますっ。本来ならわたくしが御二人をお迎えする手筈だったのですが、何やかんやありましてっ」
「何やかんや、て・・」
「ニョルちゃん何か飲み物ある? あと、立ちなよ、膝、痛いよ?」
「ありがとう御座います! 飲み物はこちら、天界林檎100パーセント果汁で御座います!」
ニョルは立ち上がりつつ、蛇の腕輪から冷えた液体の入った蓋の付いたフラスコの様な物を取り出し、2人に差し出した。
「さっきの林檎かぁ・・酸っぱいんだよね」
「そんなでもないだろ? ・・酸っぱぁーーーっ?!!」
悶絶する歩夢。既に知っている莉子はちびちびと飲んだ。
「では、ちょっとお行儀が悪いですが、お食事をされながらで結構です。先へ進みましょう。槍と杖は取り敢えずわたくしが預かっておきます。実質、クラス無しの状態から、クラスチェンジしてもらわなくてなりません。チカゲ様が英霊の樹の所でお待ちです」
ニョルがさっさと進み出した為、2人も飲み食いしながら後に続いた。
「・・というか俺達、あんまり状況わかってないんだけど?」
「誘拐されて、兎人間にはなったよ!」
2人はこれまで部分的に聞いたことをニョルに伝えた。
「なるほど、全体的には詳しくは知らされていないのですね。わかりました。使命の内容以外はこのニョル・ムッキがサクッとお教え致します!」
フンっ、と鼻息を吐き、ニョルは話しだした。
この世界アマラシアでかつて魔王が暴れていたが既に倒されていること。
この数百年、魔王が率いた魔軍残党の掃討にアマラシアの住人は苦労してきたこと。
必要に応じてこれまで多数の勇者が召還され様々な使命を担ってきたこと。
中には不適格な勇者もいたこと。
神は魔軍に壊された世界の修復で現在疲弊していること。
神の使徒である未明騎士団も現在100名足らずの状態で、それが世界中で使命に当たっている為、現在神の住まいである天宮には7名しか残っておらずかなり厳しいこと・・・。
「と、いった感じですね」
「大変なんだね、ニョルちゃんとこ」
「倒産ギリギリの会社みたいだな、ニャル」
「倒産ギリギリの会社ではありませんっ! それからニャルではなくニョルですっ! あ、この果樹園の中ですね」
3人は崩れかけた建物に囲まれた奇妙な果樹園に来ていた。木々の陰に大きなカタツムリの様な生物や、擬人化したキノコの様な生物が多数いる。
「色々成ってるよ? 美味しそう」
「食べていいか、ニュル?」
「ニョルです。わざとですね? あと2回言ったら怒りますから。・・そこら辺に成っている物はダメです。必要以上に賢くなってしまったり、怪物になったりしますよ?」
「ええ~っ?」
「どこ行ってもヤバいなぁ」
ニョルは果樹園の果実に興味津々な莉子と歩夢が食べてしまわない様に警戒しつつ、案内を続けた。
程無く果樹園の中心まで来ると、そこには機械で補強された3本の巨木が生えていた。いずれも僅かに輝く果実をまばらに実らせていた。
巨木の根元にある装置の所で何か作業していたチカゲが振り向いた。
髪を纏めて服装も変わっていた。忍者の服と巫女の服の中間の様な格好をして、左の腰に小太刀を差していたが靴はショートブーツで、右の腰にはガスマスクを提げていた。
「ニヒヒっ! エイダスのテストに合格したようだねっ」
「酷い目にあった!」
「その服、可愛いねっ」
「チカゲ様、勝手にテストしないで下さいねっ。多少難があっても教育できますからっ!」
「良いヤツは多少難があっても最初から良いよ」
「わたし、最初からドリブル上手かったぁ」
「急にバスケになったぜ?」
言いながら、莉子と歩夢とニョルはチカゲに合流した。
「これから2人にはクラスチェンジ・・」
「待ったっ!」
歩夢が両手を上げて断固、会話の流れを止めてきた。
「こんな身体になって、この流れで今更だけど、俺達、ほんとに戻れるのか? 上手くいって2~3ヶ月って言うけど、その間、向こうは大騒ぎじゃないか? 断ったらほんとに帰れないのか? 断われない、っておかしくないか? 俺らが命懸けで使命、とかやっても家に帰れるだけ、っておかしくないか? お前達の世界の問題ならお前達だけで解決するのが普通じゃないか?」
歩夢は一気に捲し立てた。冷えた血のストーンマンになっていなかったら、顔が真っ赤になっていただろう。
「歩夢・・」
幼馴染みが真剣に話したことで、莉子も現実感を抱いたらしく、不安げな顔をしだした。
ニョルは戸惑ったが、チカゲは真面目な顔で2人を見ていた。
「・・別の世界に渡るにはエネルギーがいるんだよ。あんた達が使命を果たしてこの世界の秩序が少し、戻ると神様の力が少し回復する。そうすると、エネルギーが溜まるんだ。直接お前達を連れ帰るあの悪魔に渡す対価、バスに乗った時の代金みたいな物も集め易くなる。あと、戻る時はこっちにきた数秒後くらいに戻れるから。ストーンマンもワーラビットも、人間より歳を取るのが遅い種族で、数ヶ月くらいならそこは問題無いよ」
歩夢と莉子はアイコンタクトをして、チカゲの方を向き直り、頷いて話を続ける様、促した。
「一方的に呼び出されたのは不満だろうけどさ、ちょっと頑張ればつなげられるくらい近い世界、ってことでもあるんだわ。この世界が魔軍に敗れたら、次はそっちの世界もヤバいことなる。この世界のことはこの世界でやれ、ってのはまぁそうだろうけど・・神が実在する世界だから、その摂理が通らないことには別の力が必要になるんだと思う。摂理云々は、ちょっとわかり難いかい?」
歩夢と莉子は正直わかりかねたが、2つの世界が近いらしいことは理解できた。
「大体はいいよ」
「失敗したらこっちに来ちゃうんだよね?」
「うん・・。言いくるめるつもりはないが、続けるよ? 使命に成功してもただ帰れるだけ、ってことに関してはそんなことない。この世界の神様は基本的に働いたら給料ちゃんと払うタイプなんだ。1つだけ、限度はあるけど、願いを叶えてもらえる」
「おお~っ、マジか」
「わたし、わかった。叶える願いを10個にして下さいっ、っていうのは」
「ハイ、ダメ~っ。どっちか言うと思ってたけど、無理だから。これって戻った秩序で増えた神様のパワーで願いを叶えることに使うんだ。パワー足りなくなっちゃうよ? まぁ、ささやかな願いを10個叶える、とかは有りかもしれないけど」
「ダメなんだぁ・・」
「そこカッチリしてんだ」
「あたしの答えとしてはそんなとこ。上手くいったら現実のままだと絶対叶えられなかった願いを1つ叶えられるかも? って思ったら、ちょっとは納得できるでしょ?」
「うーん、じゃあわたし、歩夢の足を治してほしいな」
「ダメだ。命懸けで叶えてもらうんだぞ? 借りを作りたくない。車椅子で余裕だし。莉子は自分の願い叶えろよっ。絶対駄目だかんな? 絶交するぞ?」
「ええっ?! 何だよぉっ。歩夢のそういとこほんとメンドクサイっ! わたし、他に別に願い無いんよ・・」
「・・チカゲ、俺は納得はした。その使命がめちゃくちゃだったらアレだけど、やるだけはやってみる」
莉子はピンときていない様子だったが、歩夢の方は明らかに表情が変わっていた。チカゲはそれを危うい、と思ったが、今は踏み込める物ではなかった。
チカゲは気を取り直し、装置の上に置いてあった紋様の刻まれた望遠鏡の様な道具を取った。
「納得されたのでは?」
会話の行方を見ていたニョルが、早くクラスチェンジを進める様、暗に促した。
「じゃあ改めて、クラスチェンジを進めるよ? クラス、っていうのは職能。普通に働く仕事のことじゃなくて、1つの生業に込められた魂の形みたいな物。それを身に付けることで様々な力を使うことができるようになるのよ」
「プロバスケット選手、のクラスになったらプロバスケット選手みたいなことできるの?」
「またバスケ」
「そゆこと。まぁ、ここに女子プロバスケット選手の果実、のストックは無いし、あっても使命に使えないから渡さないけど。・・これからあんた達にはメインクラス1つとサブクラス2つを身に付けてもらうから」
「わかった」
「そこのフルーツ食べるの?」
「そうだけどね、ちょっともう1度見るよ?」
チカゲは望遠鏡の様な道具で2人を念入りに見た。取り敢えず2人はピースしたり変顔したりした。
「・・・やっぱそうか。大体エイダスの言ってた通りだね。よしっ! メインクラスはあたしが選ぶからっ」
「えーっ? 自分で選ぶってぇ」
「わたしもぉっ」
「だーめ。どれが何だかわかんないだろぉ? 今、収穫できる果実も少ないから、カツカツなんだ。サブクラスは後で自分で選んでいいからっ」
「わたくしも意見をっ。勇者論に関してはそれなりの物だと自負しておりますっ!」
「ま、いいけど・・」
チカゲとニョルほ莉子と歩夢そっちのけでメインクラス選びを始め、数分後、巨木から採った2つの奇妙な果実を2人の前に差し出した。
「何か、恐竜みたいな形してるよ?」
「これは・・杖?」
「ニヒっ、莉子に渡したのは竜狩りの実さ。槍を扱えて、身軽に跳び回れるよ?」
「歩夢様に渡したのはオーソドックスなクラスですが魔術師の実です! 魔法をバシバシ使えますよ? これが最適解ですからっ」
チカゲもニョルも自信満々の様子だった。
「不味そうだけど、いくか?」
「・・いくでしょ?」
2人は奇妙な果実を手に取り、齧り付いた。
「っ?! 美味しいっ!」
「こっちはスパイシーだっ」
2人は夢中で大きな奇妙な果実をあっという間に食べ切ってしまった。
不思議なことに腹は全く満たされなかったが、代わりに、頭に、身体に、その実を成した歴代の達人達の意志と知識と技と体験が圧倒的な情報量で駆け巡った。
「ふぉおおおっ!!」
「ふぁわわわぁ~・・・っ」
身体を戦慄かせる2人。
「ニョル」
「はい、チカゲ様」
促されたニョルは蛇の様な腕輪から2人から預かっていたドッズジャベリンとマグネットロッドを取り出し、2人に軽く投げ渡した。
チカゲは頭上に片手を差し伸べた。
「アクティブマジック・コールアイアンキューブ」
果樹園の上空にキューブ状の浮遊する鉄塊が出現した。
「2人共っ! エイダスが出した亀よりすんごい硬いけどっ、メインクラスの力っ、試してみなっ!!」
「御二人共、頑張ってくださーいっ」
「よーしっ、歩夢っ!」
「やってやるよっ、莉子っ!」
莉子はドッズジャベリンを構え、歩夢はマグネットロッドを構えた。
「スペルマジック・ギロンスターっ!」
歩夢がマグネットロッドを振るうと、十字の形の強力な魔力の刃が熱したナイフでバターを切る様にして浮遊する鉄塊を4つに切断させた。
「アクティブマジック・ドラゴンハンティングっ!!」
ドッズジャベリンを構えた莉子が跳躍の動作をするとその姿は残る鉄塊の上空にテレポートし、宙を蹴って加速した莉子はドッズジャベリンで浮遊する鉄塊に大穴を空けて貫通していった。
地面に落下する前に交差する様にして横方向に宙を3度蹴って勢いを殺し、身を翻し、回転して着地する莉子。
「最初からこれだけ職能を引き出すとはっ、さすがですっ! 御二人共っ。やはり、わたくしの見立ては最適解でしたっ!」
「まぁまぁね。ニヒヒっ」
チカゲは笑って、召還していた鉄塊を別の空間に引っ込めた。
「凄いパワーだねっ」
「ああ・・まぁ、そういうシステムなんだろ?」
莉子はシンプルに興奮していたが、歩夢はどこか心ここにあらずな様子だった。
サブクラスは折を見てさらっと出してゆこうと思います。ちなみにクラスチェンジ前のメインクラスは2人共、学生。2つあるサブクラスの内の1つも2人共、ただの子供。残る1つは歩夢はペシミスト。莉子はバスケットボールプレイヤーでした。




