モーネン神殿攻略戦
神殿攻略回ですが、他にも色々です。
ネブラ大陸南西部沿岸にあるモーネン神殿から乾き切った山を2つ越えた先の礫砂漠に魔軍の拠点の1つがあった。
元はモーネン神殿の監視と魔軍の貴人達の居住を目的とした、警備は厳重でも軍事拠点という程の物ではなかったが、状況が変わっていた。
魔族達はエルアルケーの幸運の糸の効果で状況認識を狂わされていたが、何も対策しないわけではない。
テレポート等を使わずとも軍用飛翔船なら10分と掛からずモーネン神殿に駆け付けられる距離にあるこの拠点は大幅に見直された。
かつてモーネン神殿を守護していた要塞都市国家を上から押し潰す様にして蟻塚状の建造物が多数そそり立つ街を覆う、障壁結界は強化され、急拵えながら軍勢も拡大されていた。
ここでは絶望が支配し、人や亜人種や妖精族等は奴隷や食料として消費された。ただの家畜との違いは主たる魔族達に積極的に奴隷や食料の心身に苦痛えるという明確な意思があることだった。
ただし、精霊メリアサの復活でネブラ大陸における魔族の支配域が一気にほぼ半減した影響は如実に現れていた。
行き場を失い正規軍からも外れた半端者達まで大量にこの拠点に流入し、やむを得ず挿し木と同じ要領で殖やす方法を多用して必要量の糧食を確保していた。
目下、食の質の低下と規律及び衛生の低下が在来のこの地の魔族達の悩みの種であった。
・・蟻塚の比較的高層に有る貴人用の厨房の1つで、魔族の料理人が挿し木栽培とは無縁の、口を塞いだ高級食材を手際良くよく調理していると、突如警鐘が鳴り始めた。
1級警鐘だった。すぐには解除にならずほぼ確実に自分達貴人向け厨房で働く料理人達も直に召集される。厨房中の料理人達がザワついていた。
料理人は溜め息を吐いた。
「鮮度がもったいないが、一旦締めて、保冷しておくか・・」
料理人はバケツを置いてからそちら側に食材に包丁の刃を入れて、処理をした。
「おいっ! こっちに来るぞ?! 警備隊何やってんだっ?」
窓側が誰かが怒鳴った。
「来る? 今、警鐘が鳴ったところだぞ??」
痙攣しだした食材を置いて、料理人は自分も窓の方へと歩きだした。瞬間、窓から閃光が差し込んだ。
「あっ・・」
料理人はこの時世であってもたまの贅沢と、今朝、粉が吹くまで熟成させた老いた食材をしっかり煮込んだシチューを早起きしてじっくり時間を掛けて皿に3杯も食べておいてよかったと思い、同時に、料理人である自分の最後の客が自分であったことは何か哲学的だ、とも思った。
貴人用厨房を含む、蟻塚の1つが熱弾の連射による遠距離攻撃で叩き折られ、その上部が落下を始め、慌ててそこから飛行して逃げ出した魔族の貴人達が遠距離攻撃の第2波の的にされて塵にされていった。
「1つ落とされたぞっ!!」
「魔障壁の内側かっ??」
「状況はっ?!」
魔軍の拠点は突然の強襲に混乱に陥った。
襲ったのは雲の司が放った戦闘用土偶兵800体だった。
特殊な仕様の中型ゴーレムで気配を消し、礫砂漠と一体化して地中を進み、拠点を球形に覆う負の障壁を3日も掛けてジワジワと透過して無防備な内側に侵入。
そのまま索敵されるギリギリの距離で中空まで飛び出し、各障壁発生装置を破壊、障壁を解除。
後は一見デタラメな突撃だが、事前に念入りに定めたルートとポイントを選んでひたすら砲撃し、或いは特攻して自爆していった。
拠点にいた魔軍は魔族の下位個体が大半であったが、殆んど正規兵扱いされていない流入魔族と合わせれば10万を越える勢力。
それでも奇襲と高火力、機動性の高さで一時的に制空権を完全に奪う状況を作りだすことに成功していた。
「遮断障壁を復旧される前に急げっ」
「・・くそっ、予定と違う動きをしてるヤツらがいるっ!」
「全員は助からないっ、飲み込め! 急げ!」
「罪の街に御雷がくるっ!!」
決死の覚悟で先に潜入していた天界の手の者達は、騒ぎに乗じて救出可能な人々を次々と魔法や能力や魔法道具を用いたテレポートで救出していった。
争乱の中、蟻塚の尖塔の1つに巨漢の魔族が足場を軽く踏み潰しながら飛び乗った。
「何だ? これっぽっちの戦力でカチ込んできたのか?? しかもゴーレムっ! 殺る気あんのか?!」
探知した背の後ろの光輪で編隊を組んで飛行する中型土偶兵の数体が、両目から高出力の熱弾を巨漢の魔族に放ってきた。
魔族は虚空からその巨軀の数倍は有る大剣を発生させて、熱弾を受け切った。
「アクティブマジック・・」
熱と力を吸収して真っ赤になった巨刃を振りかぶる巨漢の魔族。
「ヘイナスミラーッ!!!」
剣が振り抜かれると、斬撃は攻撃した個体達のみならず周囲や背後の合わせて数十体を一撃で両断して焼き払っていった。
「雑魚がよっ! この魔将オザケラの砦にちょっかい掛けるなんざ1億年速いっっ!!」
「・・様子がおかしい」
「ああっ?」
オザケラの足元の影から細身の魔族が1体、首だけ出してきた。
「ナスネンダっ! 勝手に俺の影に入るんじゃねぇっ!! 殺すぞっ?!」
「・・違和感がある。なぜ、俺達は支配域の多くを失ったのに対応できない?」
ナスネンダは淡々と、しかし瞳の奥に猜疑心の暗い炎を滾らせて呟いた。
「対応してるじゃねぇか?! 残りの精霊どもの神殿の守りも前より固めた。ここも質は悪いが戦力は増やした。目立つ地上の抵抗勢力もいくつか潰した。普段関わらねぇ他の大陸の魔軍とも情報交換してる。俺ら超仕事してるぜぇっ?! まだ仕事しろ、てか? ああんっ??」
「・・違うっ! 全て後手だ。いや、一連の動きを我々がサポートしている様ですらあるっ! 何だ? 何かがおかしい・・こんなことが過去にも何度もあった気がする」
「何言ってんだお前? ポエムか? おっ、また来やがった。カスばっかりだからまともに対空できてねぇっ」
オザケラは面倒そうに土偶兵の別編隊に巨刃を投げ付け全て撃破した。投げた巨刃は旋回してオザケラの元へ戻ってきた。高速回転するそれの柄を、オザケラは当然の様に片手で受け止めた。
「・・オザケラ、我々は既に攻撃されているのではないか?」
「はぁあ? 今、戦闘してんだろ?? ナスネンダ、お前、一発キメてんのか?! いい加減にしろよっ」
「・・チッ、話にならん。私はこれから認識の外にある選択肢をいくつか調べてみる。砦はお前が勝手に守れ」
ナスネンダは言い捨てて、オザケラの影の中へ潜り、さらに影だけの姿でオザケラの影から出て素早くいずこかへと消えて行った。
「何だアイツ? 規律がなってねぇっ! ったく魔王様も四天王様方もお亡くなりになられ、俺達が気張らなきゃならねぇのにっ。・・あ、そうか、俺が新しい四天王になってもっと上で仕切ればいいんじゃね? ギヒヒっ! よしっ、これが片付いたら食料ファームの生きのいいのを2000人くらい喰って景気付けしとくかっ! ギヒヒヒヒっ!!!」
その時、オザケラの砦の上空を覆う暗い雲海の底の全てが爆ぜるように放電しだした。
「なっ?!」
次の瞬間、罪と苦しみに塗れた魔族の拠点の全域に、天の雷が降り注いだ。
この雷により拠点とそこに居た魔軍の大半は壊滅。雷撃後、ダメ押しに砂漠の巨人達が遠距離から焼け付く砂の嵐を砦に放ち、全てを焼き払いだした為、僅かな生き残り達も慌てて退散していった。
当初予定では7割を救出する予定であったが、雲の司の介入によって9割弱を救出し、拠点その物を完全に落とすことに成功した。
一方、モーネン神殿を守る魔軍勢力は、いずれも神殿を覆う負の障壁の外に、中型魔工機兵が約3万機配置。地表探知型中型魔工機兵が約4000機配置。上空探知型中型魔工機兵が約900機配置。これらの機体は全て電撃耐性仕様となっていた。
その他、岩の様な巨大蛙ロックギガントトード等の砂漠化の進む荒野の環境で長期間待機状態をキープ可能な魔物達が、さほど強くはなくとも14万数千体は配置されていた。
対する天の勢力の攻略部隊は、山向こうの魔軍拠点に下された雲の司の雷撃の光を合図に進撃を始めた。
最初に攻撃を始めたのはやはり地中に潜んでいた荒野の巨人と草原の巨人の連合部隊だった。
「始末の悪い小虫どもめっ!」
「枯れた草原の代償を払わせるっ!」
メリアサ神殿攻略時と違い、魔軍側は探知型の中型魔工機兵を地表と上空に配置していた為、攻撃力の高い遠距離攻撃を当てられる距離まで近付いてから奇襲することは不可能であった。
この為、草原の巨人は地の衝撃波を神殿の全方位から放ち、戦闘型魔工機兵の耐久性の高い球形待機形態を解除し、地表探知型魔工機兵を損傷させ、その他の地表の居た有象無象の魔物達に致命的なダメージを与えた。
荒野の巨人達も全方位から、熱轢弾の散弾を比較的耐久性の低い上空探知型魔工機兵とに狙い定めて放ち、全機を撃墜した。射線上にいたその他の浮遊系下級モンスターも多数倒したが、これは上空の方々に散らばっており、減らして尚、2万体以上いた。
続けてステルスモードに探知ギリギリまで接近していた人や亜人種族の諸国連合の飛翔船団が神殿を取り囲む形で姿を表した。
「オイっ! どこの国の船だっ、陣形を守れっ」
「ええいっ、神殿に近いというだけで駆り出されてしまった・・」
規模はメリアサ神殿攻略時に協力したズィーベ国軍の4倍はあったが、前回の交戦と移民対応で使える国費の底を突いたズィーベ国軍は不参加であった。
今回の初撃は上空探知型が駆逐されたとはいえ、接近が不十分な上に火力の高い戦闘型魔工機兵3万がほぼ無傷であり、対空支援できる地表探知型魔工機兵も未だ多数いる中となる。
連合軍飛翔船団は撃墜リスクが高く、コスト高で積載負荷の大きい燐滅誘導榴弾の使用は取り止め、変わりに遠距離砲撃特化の大型砲台から砲撃可能な貫通型通常榴弾を採用していた。
メリアサ復活によって諸国の説得は天宮の文官天使達でも概ね可能な程容易となっていたが、一方で資金潤沢な国等ネブラ大陸に存在しない、という事情もあった。
諸々の地上の道理を踏まえ、構えられた砲門から、下位の魔物や、残存機がまばらでまともに狙えた物ではない地表探知型機体は無視し、敵陣後方から纏めて機動しだした戦闘型魔工機兵に向け、全艦一斉に砲撃が浴びせられた。
着弾により、戦闘型魔工機兵は1万3千機余りに減少させ、残存機の多くを損傷。流れ弾や射線にいる等してその他の個体も多数撃破した。
砲撃後、神殿の北西、西、南西の沿岸側の飛翔船団は通常弾による威嚇砲撃をしつつ即座に高度を上げ、その他の方位の飛翔船団は減速しつつ精度を上げた通常弾砲撃に切り替え攻勢を維持した。
「高度を上げては全然当たらんっ。運動性も落ちるっ、艦船等は戦闘機の的にされるぞっ?! クソっ、配置のクジで負けるとはっ」
「減速して当て易くなったってことは向こうも当て易いってことだっ! 障壁展開外すなよっ?!」
北と南以外の巨人達は再び地中に潜って神殿の北と南に別れて移動。北の南にいた巨人達は殺到する魔軍に対し、最大の力で燃える岩の塊と大地から発生する無数の岩の槍を放ち応戦をした。
「ぬぅううんっ!! 草原種より荒野種の方が優位ぃいっ!!!」
「そいやぁあっ!! 荒野種より草原種の方が優位ぃいっ!!!」
南北の巨人の攻撃の直後、沿岸の向こうの海から大型船を一呑みにする程の太さの数百の渦巻く海水の柱が神殿の西側を襲い、西部地表にいた魔軍をほぼ壊滅させた。
西側に溢れた泥含んだ海水は一転、地上で2つの逆巻く大渦潮となって神殿の北西部と南西部を襲い、地表の魔軍の大半を滅ぼした。
渦潮の炸裂を見送る形で、疲弊した北と南の巨人達は地中に潜って後退し、変わりに他の方位から集まった巨人達が一斉に突進を始めた。
北部と南部の上空にいた飛翔船団は同士討ちを避け、それぞれ北東と南東の部隊に合流した。
同時に東部部隊は北東と南東、水の柱を避け高度を上げた西部部隊は西部隊の孤立と或いは西部隊を見切った西部の魔物が自分達への集中を避け、合わせて高度を上げていた北西と南西に別れて合流していった。
この流れで西部と東部から新勢力が雪崩込んだ。
西部からは飛行する海魔型の魔物を駆る東の海王軍、東部からは後方に控えたメリアサ派の砂海教団の魔法の加護で姿で武器を強化した荒野種と草原種の砂漠種のケンタウロス連合軍が攻め立てた。
「者ども、マシラウ陛下への最後の奉公と知れっ!!!」
「ガストンっ! 元帥である私にも言及しろっ!」
「いえっ、あの、プリジガ王子っ! 前線に出て来られては・・」
「王子ではないっ、元帥であるっ!!!」
海王軍は何やら指揮系があたふたしていたが、ケンタウロス連合もやや混乱があり、全体を取り纏めるネブラ大陸極東の荒野のケンタウロス族の新族長である娘が慌てていた。
「コラっ! 3種族同士で速駆けを競うなっ!! 陣形が乱れるっ! 何しに来たつもりだっ?!!」
メリアサ派の砂海教団は安定していた。
「おおっ、メリアサ様・・推します推します推します推します推します推しますっ!! 単推しですが、3姉妹の箱も推せますぅ~~~っ!!!」
乱戦が続く中、高度を上げた北西と南西の飛翔船団は下方から攻められながらまた高度を下げるのも難しく、小回りの利く戦闘型魔工機兵と纏わり付く下級飛行モンスター群への対応に苦戦していた。
「ぐぅ・・、陸に上がった海王軍の支援砲撃はまだか?! 何を手間取っているっ、あの魚どもっ! 刺身にしてやろうかっ?」
これに、神殿西部を早々に完全制圧した海王軍が軍を2分して北西と南西の地表に残存する魔軍に攻勢を掛けつつ、遠距離攻撃が得意な別動隊を上空へと救援に出した。
「詰んでおるではないかっ。これだから陸の者どもは低能なのだ! 猿だなっ」
「元帥、その辺で・・」
同士討ちしない様に斜めの角度から海王軍別動隊隊は水の銛を連射する等の支援攻撃を行い、上下で挟み撃ちする形にして北西と南西の上空の魔軍を混乱させ、形勢を好転させた。
天の勢力が優勢が決定的となると、神殿南方の戦地から離れた高台に透明化魔法で隠れていたモーネン派の砂海教団の者達が姿を現した。メリアサ派と比べると女性の信徒がかなり多かった。
「・・いよいよ悲願を叶える時がきました。我らの美しき歌姫、精霊モーネン様っ、復活の時っ! さぁ祈りましょうっ!!」
モーネン派の砂海教団の者達が発動して浄めの魔法の効果でメリアサ神殿を覆っていた障壁より大幅に強化されていたモーネン神殿を覆う障壁は弱体化した。
一連の攻防を、千里眼の効果のある水晶玉を用いチカゲ達が見ていた。
場所は手練れの冒険者達に警備されたモーネン神殿から一番近いとある無人島で、一行はそこに仮設置した件の、上から見ると瓢箪型の祠の瓢箪の下部の発着場に着陸させた蛍火号の中にいた。蛍火号の下には魔方陣が描かれていた。
「よしっ、今だね! オウリニール、テレポートさせてっ」
チカゲは通信石で瓢箪の上部の祠本体に居るラポとはまた別の技官天使、オウリニールに呼び掛けた。
「本当にいいんですか? 現地の西部の制圧も済んだ様ですし、この島はすぐ近くですから、祠だけテレポートさせて皆さんは後から船で来て頂いても・・」
気乗りしない様子のオウリニールの通信音声。
「今更っ! 衝撃吸収の陣も張ったし、大丈夫だよっ」
「・・皆さんも祠の退避室に入られては? 手狭ですが天井まで詰めれば、小柄な方々ならあと4人くらいは入れます。マリガン氏とニョルはウワバミの腕輪にでも放り込めば問題ないかと」
「問題あるよ?! オウリニールっ!」
「我輩は別に・・」
「何でもいいから早く行こうぜ?」
「お腹空いてきた」
「リピーっ!」
土壇場で話が纏まらない為、ザワザワしだす一行。
「オウリニールっ! 時間無いからっ」
「賛同しかねますが、わかりました。舌を噛まない様に気を付けて下さい・・」
通信が切れると同時に祠はブゥウウンっ、と音を立てて転移準備態勢に入った。
「ったく、ラポとは違う感じでややこしい人だよっ」
「ラポ、今何してたっけ?」
「雲の司の所で連絡係、あそこ普通の通信石じゃ繋がんないから、あとは塔の機械類の補修してるよ。前に行った時、壊れてる所ほったらかしにしてたから」
「気ぃ遣ったんだ」
「別に」
「見た目お爺ちゃんだけど、チカゲのお父さんっぽかったよね」
「・・そろそろだから舌噛むよ?」
「へーい」
「はーい」
チカゲが真顔で眉を寄せたので、歩夢と莉子は扱いに困り、これ以上触れるのを止めた。
光に包まれた祠はモーネン神殿の駆逐済みの西部の負の障壁の直ぐ側にテレポートをしたが、かなり荒い転送で、異物である蛍火号にはフロアに張った魔法陣越しでもかなりの衝撃が走った。
祠の周囲に防御障壁を張り終わった先程通信していた技官天使オウリニールが慌てて祠から出てくると、ボロボロになった蛍火号のドアを蹴破って一行が飛び出してきた。
「ごめん、判断ミスだった。思ったより酷いテレポート・・莉子、マリガン以外回復」
「・・うん、スペルマジック・ヒールライト!」
癒しの光でマリガン以外の打ち身を治す莉子。マリガンは闇属性触媒のブラックジェムを自分に使い回復した。
「だから言いましたよね?」
地球で言うところのタイ系の女性の姿をした天使オウリニールは呆れ顔だった。
「はいはい私が悪かった! 歩夢、カニーラ壊れてない?」
「車輪はダメっぽいからパージしとく」
言いつつ、アームで座席を支えてから左右の歪んだ車輪を弾いて外す歩夢。
「ごめん、大丈夫?」
「軽く嵩張らなくなるし、アームも前より頑丈だよ」
「ならいいけど・・よしっ! さっさと結界解除に行こうっ」
気を取り直し、一行は祠の中の結界破壊用魔力増幅陣へ向かい、莉子と歩夢、そして2人の間にリピンが陣の所定の位置についた。
「モーネン派の加護と、御二人とグラングリフィンの力が増していること、今回はリピンを最初から陣に組み込んでいるので問題無いはずです」
操作盤で調整しつつ早口で言うオウリニール。3人の前方の中空には負の障壁で覆われたモーネン神殿の現在の映像が映されていた。
「3人共、サクっとやっちゃいなっ!」
「落ち着いてなっ」
「終わったらモーネンも温泉島に連れてゆきましょうっ」
陣の外から発破を掛け、応援するチカゲ、マリガン、ニョル。
「アクティブマジック・・」
声を合わせる莉子と歩夢。2人の周囲を対価用の11個の魔法石が浮き上がる。リピンも構えた。莉子と歩夢が光る熱せられた砂の旋風に包まれだす。
「グリフィンディスペルっ!!」
全ての魔法石が砕け散り、メリアサ神殿攻略時より大きな光の鉤爪がモーネン神殿を覆う負の障壁を切り裂き、障壁の近くにいた魔物達も引き裂いて滅ぼしていった。
結界解除の負の反動はリピンが受けきった。
「リピンっっんがっ!!!」
ダメージは受けていたが前回と違い一撃ノックアウトはしなかった。
除かれた負の障壁の代わりに、メリアサ派とモーネン派が協力して強力な光の結界をモーネン神殿の周囲に張り直した。
「ふぅ・・・、リピンちゃんっ! スペルマジック・ヒールライト!」
直ぐにリピンを回復させる莉子。
「リピ~」
「大丈夫そうだな。・・マリガンっ! ニョルのテレポートでまたダメージ受けちゃうから、俺のウワバミの腕輪の中に入ってたらいいよ」
「うむ」
幽体化してシュルっと歩夢のウワバミの腕輪の中に入ってゆくマリガン。
「じゃ、テレポートするんで全員集まって下さーい」
「オウリニール、蛍火号、爆発するかもしれないからちょっと見ててくれる?」
「・・まぁ、見ますけどね」
「皆っ! 今、神殿をカバーした結界は前回より強力だし、今回は神殿周囲の駆逐も上手くいってる。敵の増援は取り敢えず近くの拠点は潰せたみたいだけど、一応今回も内部攻略は80分以内と見積もろうっ。中はメリアサ神殿より狭いから距離的には行けると思う」
「了解」
「おっけー」
「最適解で済ませましょうっ!」
「じゃ、オウリニール、行ってくるわ」
「はい、御武運を」
「・・・アクティブマジック・スプライトポーターっ!!」
魔法石2つを対価に、ニョルは一行を光の粒子で包んで張り直された障壁の内側のモーネン神殿へとテレポートさせた。
「無事、飛べたか?」
歩夢のウワバミの腕輪の中からマリガンがシュルリと出てきて幽体化を解いた。
「歩夢、腕輪の中が散らかっていたぞ?」
「この状態が一番わかりやすい状態なんだよ? ベストなバランス」
「自分の館は散らかり放題だったじゃないですかぁ?」
「うっ・・」
「言ってる場合じゃ無さそうよ?」
「リピっ」
砂礫が積もるモーネン神殿入り口にはメリアサ神殿同様、大型のゴーレムが配置されていたが、ポーセリン型より強力なカッパーゴーレムが6体もいた。
銅の拳を赤く高熱化させて起動しだした。
「まだ新しそうだけど、こんな沿岸に銅の塊配置するなんて向こうもだいぶ焦ってるね。と言いつつっ! アクティブマジックっ」
チカゲはウワバミの腕輪から取り出した魔法石8個を浮き上がらせた。
「コールラピススネークっ!! 甲殻ランサウルスっ!!」
今回も海嘯の様な瑠璃の蛇の大群を放ち、騎乗用竜を召喚するチカゲ。カッパーゴーレムは怯まずそれぞれ数十体の蛇を殴り潰したが、あっという間に蛇の波に呑まれ、全ての蛇が入り口の扉を突き破って神殿の中に吸い込まれて尽くすと、後には焼けてひしゃげて契れた金属片が残るばかりだった。
「魔物が前回より手強い。完全掃討を命じて短く使い切って、どんどん召喚してくっ!」
一行はカニーラ3号に乗っている歩夢と、莉子と一緒に乗ったリピン以外は全員ランサウルスに騎乗し、神殿内部へと突入していった。
神殿内にはモーネン像の外、デイジーの花のレリーフが目立っていた。
蛇達は完全掃討を命じられただけあって、掃討数討たれながらも通常進行で入り込める一階進行ルート上の魔物根絶やしにしていた。
「いい仕事ぶりだな」
「楽で良いです」
「この子達ってゴーレムみたいな物?」
「ヨルムンガンドっていう蛇の主からの借り物。進化させない限りは自我は無いよ?」
「魔法石、前より集め易くはなったけど、足りるよな?」
メリアサが復活し、解放された広大なエリアで探索難度が下がり、魔法石精製用の素材が集まり易くはなっていた。
今回、一行はモーネン復活に必要な砂海王の聖杯・蒼の獲得も未明騎士団の他の見習い騎士チームに任せている。
「結局最後のフロアを封じてる悪魔戦が本番だから、もう節約しない! 前回チマチマやって何回か危ないとこあったし、いけるとこはチートで押すことにしたっ」
チカゲによる物量ゴリ押しの殲滅対応の成果で、最初の一階の進行ルートでは一行は一度も戦闘せずに素早く2階へ駆け上がることができた。
「コールメタルレディバグっ!」
2階では全身鋼で出来た大型てんとう虫の大群を召喚するチカゲ。
「この子達はあんまり強くないけど、2階は進行ルート短いから何とかなる、と思う!」
魔法石の対価も使ったが、体力回復のポーションを1本飲むチカゲ。連続大量召喚は疲れるらしい。
一行は鋼のてんとう虫達の特攻進軍で死屍累々となった2階フロアを無傷で駆け抜け、再び一階に降りてきたが、直ぐに敵ではなく多重構成のパズル状の壁に行く手を阻まれた。
「わたくしなら解けそうですね。ふふん」
「パズル得意なの?」
「千里眼で近距離視認するんだろ? まぁ透けて見えてもそれで解けるか? って話だけど」
「負の魔力を感じる、おそらくミスすれば致命的なペナルティを受けるぞこれは?」
「隙間に木の根を生やして壊せそうリピっ!」
「どうする? リピンに壊してもらってもいいけど?」
「お任せ下さいっ! このニョル・ムッキっ。温泉も好きですが、サブクラスを錬成師にするかパズルマニアにするか迷ったくらいパズルも得意ですっ」
「そう、あんたの口癖、理系由来かと思ったらパズル由来だったのね・・ま、じゃあ、頑張って」
「御意っ! では、アクティブマジック・スプライトサーチアイっ!!」
ランサウルスに乗ったまま両目を激しく光らせてパズル壁を凝視しだした。戸惑うランサウルス。
「うおっ、目、光ったぞっ?!」
「凄っ」
「リピっ??」
「宴会芸の様になっておるぞ」
「スキルのテキストには載ってたけど、実際使う人初めて見たかも」
「・・見切りました」
両目の輝きを収めたニョルは、ランサウルスから降り、パズル壁の前の操作盤に手を置いた。
「これが・・最適解ですっっ!!!」
超高速で多重構造のパズルピースを操作し、次々と組み上げてゆくニョル。
「速過ぎっ!!」
「わわわっ??」
「ピピピっ?!」
「暇な特技だな」
「天使は地上の人々の欠片みたいなもんだしね。きっと過去に、こんな呑気な才能の人々がいたんだよ」
パズルピースは完全に組み上がり、悪魔のレリーフが出来上がると、しかし邪気は打ち破られ、パズルの壁は崩れ去った。
「完勝ですっ! 魔族のトラップ等、神の御力の前には無力なのですっ」
振り返ってふんぞり返るニョルだったが、すぐに片鼻から鼻血を出し、白目を剥いて昏倒した。
「相討ちじゃんっ?!」
「ヒールライトっ!」
「ポーション飲ませるリピっ」
「・・少し時間を取りそうだな」
「一旦休憩っ!」
一行は、頭と目を使い過ぎてのびてしまったニョルが回復するまで5分程、その場で休むことになった。
ニョル回復後、一行はチカゲ召喚したガラスの戦闘人形、グラスドール十数体を先行させ、二度目の一階フロアの進行ルートを無傷で進み、地下フロアへ来た。
グラスドールは戦闘力が高く、まだ6体残っていた為、チカゲは追加召喚はせずに引き続き地下フロアもグラスドールを先行させた。
グラスドールは地下フロア前半の進行ルートの掃討を終えた辺りで全滅した。
「後は後半だけね。事前の観測によればそこを抜ければモーネンが封じられている恩寵の園、の手前のフロア、ここを守護している悪魔の所までは戦闘は無いはずだよ」
マリガンはチラリとチカゲの顔を見た。
「・・ここまで23分といったところ。後半の掃討が済んだらまた少し休憩すべきではないか? 我輩が言うのもなんだが、チカゲの顔色が悪い」
「連発してるしな」
「大丈夫チカゲちゃん?」
「リピぃ・・」
「わたくしもまだ少しフラフラしますし、小休憩には賛成します」
「まぁ、そうだね。急いでズッコケてもしょうがないか・・」
一行はチカゲが改造魔工機兵7体を召喚し、地下フロアの進行ルートの魔物を掃討し、三度一階へと至る階段とほぼ崩れたスロープの手前まで来ると、9分程休憩をすることになった。
「・・・はい、スッキリした。魔法石の残数を振り分け直したら行こう。例によってどんな悪魔かは行ってみないとわからないよっ?」
「歌うことになるかもしれないので、ちょっと蜂蜜飲みます」
「休憩中に飲んでおけ」
「莉子、借りた新しい武器確認しようぜ?」
「うん」
歩夢はジュウロウ王子から借りたコーラルロッドを、莉子は雲の司から借りたミラージュジャベリンを取り出し、使用感を軽く確めた。
コーラルロッドは水、海水、結晶化した珊瑚の力を宿していた。
ミラージュジャベリンは霧の幻と、実体のある分身の手槍を発生させた。
一行は魔法石をそれぞれ十数個ずつになる様に振り分け直し、一階へと上がった。
上がった先は横長のフロアで向かって入り口側の扉は念入りに結界で封じられており、恩寵の園の手前のフロアへの扉は無造作に開け放たれていた。
チカゲはランサウルス達の召喚を解き、次の召喚の構えを取った。
「アクティブマジック・コールド・ス!」
魔法石1つを対価に冥府の魔獣を召喚するチカゲ。
「またクソ悪魔の気配がしやがるっ。チカゲ! ド・ス様は悪魔狩り専門じゃねーぞっ?!」
「あんたが一番使い勝手がいいんだよ」
「・・・お、おうっ。だろうよっ!」
チョロいド・ス。
「じゃあ、皆、行くよ?」
一行は頷き合い、悪魔が確実に居るフロアに入ってゆくと、背後で扉は硬く閉ざされた。
メリアサ神殿同様、モーネン像は打ち砕かれ、フロア奥の恩寵の園への扉は無数の人や亜人の骨を錬成した物で封じられていた。
フロアの中央には骨で作られた歪なデイジーの小さな花園が2つあり、その底からズルリ、と半身をそれぞれ赤と青に染めた2体の悪魔が出現した。
「スプリットファイアかっ! 赤は引き受けるっ。青を潰せっ」
ド・スは炎を纏いだした赤のスプリットファイアに躍り掛かった。
ニョルは青のスプリットファイアに回転式拳銃で銃撃しながら歌い出す構えを取った。
「炎を弱めますっ!」
夜明けの頃 野営の灯りは尽き 駱駝達も目覚める
今日の道行きが始まる どの様な想いもこれを止められはしない
逢うことも去ることもなく ただ旅は続く 私がその者を忘れた様に 次の者は私を忘れる
月日を経て我らがキャラバンはその街へ行き着く
もう夜ではない 薪に砂を掛け 想うことを止めよ
・・ニョルの歌の効果で、赤のスプリットファイアの炎は弱体化していった。
「チカゲっ! 大袈裟な伝承では読んだことはあるが、実際の能力は?!」
「戦闘では赤の炎はどんどん強くなる。青は赤の炎を必中にするっ! 戦禍の悪魔だよっ。莉子は青を倒すまでド・スの回復をっ!」
魔力を溜めながら叫ぶチカゲ。
「わかったっ! ヒールライトっ!!」
莉子は、弱体化した炎とはいえ無尽蔵に放たれる火球等の攻撃を一切回避不能で受け続けながら応戦するド・スを回復させた。
「厄介だがこの間のヤツに比べればわかり易いっ! スペルマジック・へビィキューブっ!」
青のスプリットファイアに重力球を放つマリガン。
「ド・スがステーキになっちゃうからなっ! スペルマジック・スタンハンマーっ!!」
重力球で動きが封じられた青のスプリットファイアに電撃を放つ歩夢。
「リピーっ! スペルマジック・ガイアランスっ!!」
無数の岩の槍を生成して青のスプリットファイアを串刺しにするリピン。
と、青のスプリットファイアは弾ける様にして身体を左右に分裂させ、重力球から逃れた。
そこから加速し、青い半身はマリガンに、もう片方はリピンに無表情のまま猛然と殴り掛かった。
マリガンは大剣を抜いて応戦できたが、リピンは慌ててシールドタクトで受け止めるのが精一杯だった。
歩夢は電撃や砂嵐は2人を巻き込んでしまい、速過ぎて影や念力では捉えられず、コーラルロッドの海の力は不慣れだった。
ニョルは歌いながらでは同士討ちのリスクが高く引き金を引けずにいた。
「チカゲっ! ヤバいっ、主にリピンがヤバいっ! 速いのと近過ぎて手が出せないっ」
チカゲは魔力を溜め終えた。
「アクティブマジック・コールオーロラレイピアっ!!」
虹色に輝く派手な装飾のレイピアを召喚するチカゲ。
「目がチカチカするんだよね、これ」
小声でボヤきつつ、レイピアを構えるチカゲ。次の瞬間チカゲは閃光の様な速さで、リピンに高速ラッシュを掛ける無色のスプリットファイアの半身に斬り掛かった。
そのまま半身を上回る速度で連撃を打ち込みだすチカゲ。
「リピンと歩夢はマリガンのサポートっ! 攻撃当てなくていいから邪魔をしてっ」
「おっ・・やってみるっ!」
「ちょっと、ポーション飲んでいい? 産まれてからこんなにボコボコにされたの初めてリピ・・」
愛されキャラだった為、魔力のシールド越しとはいえ無言で高速殴打され続けたのがショックだったリピン。
「大盤振る舞いだっ。アクティブマジック・シェードピープルっ!」
歩夢は魔法石2個を対価に子供サイズの影人間を100体余り造り出して、マリガンと高速バトルをしている青のスプリットファイアの半身にけしかけた。
シェードピープル達は全く無力であったが、何とか悪魔に纏わり付くことには成功し、その隙にマリガンが大剣の重い斬撃を打ち込める様になった。
「・・葉っぱ、ざくーんぅっ!!」
持ち直したリピンが狙い済まして青のスプリットファイアの半身の棍棒の様な片腕を斬り落とした。落とされた腕は塵と消えてゆく。
脚以外武器が無くなり、その脚も残り十数体のシェードピープルにしがみ掴まれ身動きできなくなった青のスプリットファイアの半身はマリガンの大剣で袈裟懸けに切断され、滅ぼされた。
「ハァアアアーーーっ!!!」
気合いと共に11連打の突きを放つチカゲ。無色のスプリットファイアを蜂の巣にして滅ぼした。
「ふぅ~っ、クラクラする・・」
加速を解き、ウワバミの腕輪から目薬を取り出して差すチカゲ。
「そっち倒したならもう、普通に戦っていいよね? ド・スちゃんっ、ありがとっ!! あとはわたしがやるからっ」
回復魔法連打を止め、耳当てのボリュームを調節し、ミラージュジャベリンを構える莉子。
「ちゃんっ、だとっ?!」
「アクティブマジック・クィックムーヴ2っ!!!」
オーロラレイピアで加速したチカゲを上回る加速で赤のスプリットファイアに襲い掛かる莉子。
さらに莉子の姿はミラージュジャベリンの効果で分身して見え、手槍の一撃の分裂した幻の槍の連続追撃が付加された。
「硬くない相手で、属性攻撃の必要も無ければチートだね、アレは」
「コーラルロッド、今回は使いところが無さそうだな」
「頼もしいではないか」
「速過ぎて何もできないリピ」
「・・誰か、ド・ス様を回復しろっ!」
「ああ、ごめんごめん、忘れてた。ポーション飲む?」
「飲むっ!」
まだ全身火傷まみれのド・スは一時スルーされて不満顔であった。
ニョルも話に加わりたかったが、既に戦闘開始からある程度時間が経っており、今、火を打ち消す歌を止めると、赤のスプリットファイアの炎が手が付けられない火力になってしまう為に歌い続けるしかなかった。
「ふぅぅっっっ!!!」
赤のスプリットファイアの身体の固さと、ミラージュジャベリンの攻撃力の低さに止めを差し切れなかった莉子は炎を1発喰らう覚悟で、回避を捨て、直線的な突進を敢行した。
火球を1発まともに喰らい、チカゲ達ギョッとさせたが、大振りの構えで接近できた莉子は悪魔の脇腹から心臓を貫通して肩まで槍を突き込み、遅れて幻影の槍が悪魔の頭部をメッタ刺しにした。
「・・もうこれ以上攻撃したくないから死んでほしい」
荒い息で莉子がそう呟くと、赤のスプリットファイアは頭部は吹き飛ばされたが、残された口元で奇怪な笑みを浮かべ、塵となって滅びていった。
悪魔の死と共に恩寵の園への扉の骨の封印も崩れ去って解けた。
「ヒールライトっ! あ~~~、疲れた。お腹空いた」
自分に回復魔法を掛けてから、その場にヘタリ込む莉子。
「よっしゃーっ!!」
「やったリピーっ!」
「蜂蜜飲んでおいて正解でした」
「相性の悪い悪魔とばかり戦わされているぞっ?!」
「それはごめんって。でも、全体としては安全なやり方ばっかり選んだけど、今回はやたら疲れたね」
「リソースを安全、に使ったからだろう」
「あー、それだ」
・・祝勝ムードの一行に忍び寄る、割れた床の溝の影を伝う黒い影に、誰も気付かなかった。音も無く、臭いも無く、気配無く影は溝から溝へと移動した。
「というか、コーラルロッドもそうだけど、天宮出る時にメリアサからもらったコレ、結局使わなかったな」
歩夢はウワバミの腕輪からサファイアでできた護符を取り出した。
「歩夢様、それは?」
「ん? 何の効果だっけ?」
「水の精霊であったから炎対策とかであろう」
「リピ~」
「そういうのは先に言っておけ、小僧っ!」
「いや、切り札だから皆に内緒にしとけ、って言われたんだよっ?」
「切り札ぁ? 嫌な予感しかしないよっ」
「何か食べていい?」
一行がワイワイ言っていると、密かに接近していた影から奇怪なナイフを持ったナスネンダが上半身を飛び出させた。
「キェエエエーーーッッ!!!」
奇声を上げて歩夢に襲い掛かったナスネンダにド・スが最も速く反応したが、即座に影の中に隠した鉤爪の様な尾で顔を斬られて牽制され、ナスネンダは誰にも邪魔されずに奇怪なナイフを歩夢の胸に目掛けて投げ付けた。
チカゲはまだ手にしていたオーロラレイピアの力で一拍遅れて加速し、奇怪なナイフと歩夢の間に入り、超高速斬撃で奇怪なナイフを叩き落とそうとした。
しかし、奇怪なナイフの力はチカゲの想像を超えて強く、オーロラレイピアは叩き折られ、勢いは大きく殺し、軌道は変えたものの、奇怪なナイフはチカゲの肩に深々と刺さった。
「あっ・・」
刺さった箇所から結晶化してゆくチカゲ。ド・スは牙を剥き出してナスネンダに襲い掛かったが、ナスネンダは身軽に跳ねてこれを躱し、一行から距離を取った。
「スペルマジック・スプライトケージっ!!」
「スペルマジック・タイムストップっ!!」
それぞれ魔法石を4つ対価として、煌めく光の檻で周囲を覆うニョル。マリガンは身体を半ば結晶化させられたチカゲの時間を止めた。
「取り敢えずの応急処置だっ! 早急に呪いを解いて治療しなくてはならんっ」
「上級魔族っ、確かナスネンダ。どうしてここに?!」
「チカゲ・・何やってんだよっ??」
「歩夢、しっかりしてっ。まだ終わってなかったっ!」
「御先祖様からチカゲを守る様に言われてたリピっ!」
「クソ魔族がっ!! 許さぬっ」
歩夢とマリガン以外は臨戦態勢を取った。
ナスネンダは影からフォーク状の武器を取り出しつつ嗤った。
「おかしいおかしいおかしい、・・とずっと思っていたのだ。だが、気付いてしまえばどうということはない」
ナスネンダはフォークを振るって自分に絡み付いていた見えざる蜘蛛の糸を断ち切った。
「エルアルケーの運命操作か。衰えた神から力を分けられたのであろう。小賢しいっ!」
憤怒の表情で背に隠していた翼を拡げるナスネンダ。
「光の檻で閉じ込めた。悪魔よっ! 逃れはしまいぞっ?!」
ナスネンダは銃を構えるニョルに唖然とした。
「お前は何を言っている? 状況を理解していないのか??」
細身のナスネンダは見る間に筋骨隆々の醜い魔物の姿に変わった。
「私は、お前達を殺し尽くしに来た。今、理解しろっ!!!」
ナスネンダは言い放ち、1匹の黒い竜の様にして咆哮を上げた。
チカゲがオーロラレイピアをサクっと召喚できなかったのは使いこなせていない武器だったからです。




