雲の司~渦潮の門
タイトル通りの内容ですが、最初にミーティング入ります!
廃棄都市レゾンドのサルベージの翌日、一行は天宮のチカゲの部屋の、食べられるハーブ類やミニ野菜の鉢がたくさん置かれたリビングに来ていた。
全員、歩夢も含めてスリッパを履いてソファに座っている。小型軽量簡易仕様のカニーラ3号は莉子の隣の位置に座っている歩夢の側で畳まれた状態で置かれていた。
服装は、リピンは帽子を取っているくらいで後は変わらず星の様な装飾のローブとジャンプスーツの中間の様な格好をしていた。
マリガンは大昔のリカド風の貴族服の上着を脱いでスリッパを履いた格好。ニョルは背にザックリ切り込みの入った新しいアーミーウェアを着ていたが鎧や銃は外していた。翼は座り難いので消し、頭上の輪のみ出していた。
莉子は帽子を取り、甲羅の鎧と銃は外していたが、後はいつものオレンジ色の服を着ていた。歩夢も帽子を取り、胸当ても外していたが服は変わらずモスグリーンの分厚い生地の服を着ていた。
休暇明けでまだ本調子ではないチカゲは髪を下ろし、パジャマにカーディガンの楽な格好をしている。
外はまだ昼前だったが、天宮の強烈に神聖な日光はマリガンには毒である為、部屋のカーテンは閉められ、電球の代わりにほぼ透明な鉱石を使った少しオレンジ掛かった照明が部屋を照らしていた。
座の中心には立体映像を映す機能がある水晶玉が置かれており、ネブラ大陸の立体地図が表示されていた。
「・・現状は、ネブラ大陸東部の神殿を攻略し、三姉妹精霊の長女メリアサが復活。大陸の東部、中部、東南部、南部の環境は回復しつつある。まぁ中部は元々砂漠だし、それ以外も端の方以外は乾燥してるけどね」
チカゲの解説に合わせ、デフォルメされた東部の神殿に髑髏マークが重ねられ砂漠化が進み中部は炎上マークが表示されていた該当エリアの立体映像が、髑髏マークが解除され雨が降る映像が暫く表示されると、炎上マークが中部の中心エリア以外では消え、中部以外の東部、東南部、南部の砂漠化表示が後退していった。
「変質した地形の回復には巨人達の力を借りてる。荒野の巨人達の説得で、いずれも穏健派限定だけど中部の砂漠の巨人達、南部と東南部の先に居る草原の巨人達の協力は一応得られた」
炎上マークの中心エリア以外の中部の砂漠と、南部と東南部の乾燥草原と、その先の草原で何やら元気良いマッスルポーズを取るデフォルメされた巨人達の表示が、実際の荒野の巨人と砂漠の巨人と草原の巨人の画像と共に立体地図上に映された。
「それでも、元々敵対的だった東部の先の岩山の巨人達と東南部の草原の先の湿地の巨人、それから距離が遠過ぎて荒野の巨人達では上手く交渉できてない南部の端の森林の巨人達の協力は得られていない」
東部の先の岩山エリアと、東南部の草原の先の湿地エリア、南部の草原の先の森林エリアの上に莉子や歩夢にはNOと読める文字の書かれた看板を持ったデフォルメされた巨人達の表示が、これも実際の岩山種、湿地種、森林種の巨人の画像と共に映された。
「しかし、砂漠化は大陸の端までは及んでいなかったはず。少なくとも早期の地形の回復まではしなくても良さそうだが?」
歩夢が作ったコーラを一口飲んで未知の味に困惑しつつマリガンが言った。
「まぁね。特に遠い南部の端の森林地帯の間接的な被害は限定的だよ。東部の岩山はわりと中部近くまで食い込んでるから砂と礫を結構被ってるし、東南部の先の湿地帯も水量が減って少し湿地が縮小したりはしてたみたいだけと、岩山の巨人と湿地の巨人は敵対的過ぎるからお手上げ。魔軍に味方してないだけマシってことで取り敢えず置いとくわ」
「ふーむ・・」
「こっちは世界の為にやってるのに、敵でもないのに味方しない、って意味わかんないヤツらだな。協力した方が暮らし易くなって得なのに」
自作の○ールを食べながら、うんざり顔の歩夢。
「地球の国際紛争でもそんなもんだったでしょ? 例え敵じゃなくても、味方じゃないってことはどこまでも味方じゃないわけよ」
諦め顔で歩夢が作った不○家ネクター風のピーチジュースをストローで一口飲んでちょっと笑いそうになったが堪えるチカゲ。
「何が気にくわないんだろ?」
「森林の巨人は単に交渉できてないだけな気もするけど、後の2つは話し掛けられること自体気にくわないんでしょ? 得かどうかなんて関係ないよ」
「めんどくさっ」
顔をしかめてカー○を食べるペースを上げる歩夢。因みにドリンクは自作ファ○タグレープ。
「・・この間サルベージしたレゾンド以外もモンスターでまだ結構多いんでしょ?」
「レゾンドね」
ぬいぐるみの様にリピンを抱えて座っている莉子に問われ、チカゲは水晶を操って巨人画像を消し、東南部のレゾンドと東部のズィーベを表示を現在の様子の画像と共に映させた。
レゾンドは復旧作業中。ズィーベでは移民の追い出し反対デモと、優先的に好条件で旧レゾンド住人を現地に戻す様に促すデモが盛んに行われていた。
旧レゾンド住人のデモに関しては、スライム老婆と交戦しているニョルは白けた表情を見せた。
「メリアサの支配域の魔物の類いは減って弱体化もして、人や亜人のテリトリーから離れてはいる。各地に駐留していた魔軍も早々に引き上げはしたね。ただ魔物は潜み易くて巣の様になってる所にはまだ結構溜まってる感じだよ」
レゾンドとズィーベの画像を消し、該当エリアで現状認識されている魔物の群棲ポイントが矢印で表示されたが数え切れない程あった。特に中部の中心エリアは多かった。
「うわ、多い・・」
軽く引きつつ、テーブルに置いていた歩夢製○ァンタグレープをストローで飲む莉子。
「これはキリ無いから砂海教団と地元の冒険者達、現地政府、あとは荒野のケンタウルス族の説得に応じてくれた野外拠点で暮らす各種族達に任せるしかないよ。本気でヤバいとこは未明騎士団から別動隊が出るでしょうけど」
「中部の真ん中が魔物だらけリピっ!」
莉子に抱えられているリピンが歩夢と同じくカ○ルを食べながら、矢印が集中しているネブラ大陸中部の炎上マーク付きの中心エリアに注目した。
因みドリンクは歩夢作三○矢サイダー
。といっても元の商品を知らないリピンからすると普通のサイダーだが、歩夢が香料の配合に拘っていた。
チカゲは水晶を操作して矢印と炎上マークを消し、地図の中部を拡大し、さらに現地映像も合わせて映した。
「残念だけどこれは以前ではなく現在の様子だよ」
焼けて殆んどガラス質化した大地の至る所から炎が上がり、火の属性の魔物達が跳梁跋扈していた。
「リピ~?? 全然魔物減ってないよぉ?」
「これでもマシにはなってるんだけど・・元々大陸でも一番暑い所だったから、30年砂漠化の呪いに晒されて大地が灼熱になってんだよ。地表の温度が高過ぎるのと火の属性の魔物達が雲を払うから殆んど雨を降らすこともまだできてない」
「魔軍以外の野生の魔物の活発具合でいったらここの処理を優先したいくらいですが」
歩夢に作ってもらったフルーツ牛乳を飲んでいたニョル。風呂上がりに飲む物と聞いて、気分を出す為に首にタオルを巻いていた。
「大陸中部の中心エリアは人や亜人達の拠点は既に全て壊滅っ! 解放して効果の期待できる我々側の施設等も残っていません。回収すべき秘宝の類いはそれなりにあるはずですが・・この環境で自由に戦える者も少ないですし、魔物が好き勝手していても優先度は低く一先ずスルーというのが最適解です」
見た目は風呂上がりでも口惜し気な顔をするニョル。
「今、未明騎士団の他の団員が、ネブラ大陸の北にある大陸の寒冷地で、力を貸してくれそうないくつかの勢力と交渉に行ってくれてる」
チカゲは水晶を操り画面を切り替え地図を一気に俯瞰させ、ネブラ大陸から海を挟んで北にあったタデオン大陸と読める表記の大陸が映した。その北部に3ヶ所マークが示された。合わせてその3ヶ所の現地画像も映される。
機械化されたスノーボードの様な乗り物に乗った黒人のエルフ族の女と白人の小柄で童顔なホビット族の女のコンビのチーム。
吹雪の中を飛行する地球で言うところのアラブ系の男性天使と風の小精霊シルフのコンビのチーム。
氷塗れの洞窟で体長2メートル強くらいの白毛で毛むくじゃらの野人イエティの群れと交戦している、地球で言うところの中国人か台湾人風のハーフエルフの娘と、地球で言うところのインド人風の小柄だがずんぐりとした体型のドワーフ族の男と、モヒカン状の髪と眉毛は有るが体毛は無い犬人間の様なコボルト族の男のチーム。
これら3チームがチカゲ達とは別のクエストに挑んでいる様だった。
「おおっ、他のパーティー初めて見たかも? ・・氷で熱を冷やす、みたいな?」
カー○を食べる手を止める歩夢。
「そゆこと。まぁこれに関してもあたしらのチームでできることは、無いね」
すっぱりと言って、チカゲは画面を切り替え、ネブラ大陸の拡大立体地図に戻した。
「話、戻すよ? 残るオアシスの精霊二柱が封じられた神殿は北部と南西部」
大陸の南西部沿岸エリアと北部のやや内陸寄りなエリアに髑髏マーク付きのデフォルメされた神殿が表示された。
「北部が精霊三姉妹の次女アバリッヒが封じられてる神殿、南西部が三女モーネンが封じられてる神殿」
筋肉質な女装した大男の精霊アバリッヒとスレンダーな男装の麗人風の精霊モーネンの画像が表示された。2人とも褐色の肌で長女のメリアサ同様、下半身は逆巻く水の姿をしていた。
「相変わらず、画像だけでもアバリッヒ濃いな」
「髪型可愛いと思うっ!」
「伝承ではアビリッヒは恋多き乙女らしいぞ?」
「好みはそれぞれです。ストライクな人もいるのでしょう」
「リピーっ!」
「はい、ガヤガヤしないっ。元々はメリアサ神殿程は魔軍の警備は厳重じゃなかったけど、今はどっちも中型魔工機兵換算で8万機ぐらいの戦力が周囲を守っている」
2つの神殿の周囲を多数の小さなバツ印が覆う表示がされた。
「例えこっちの素性が知れなくても、メリアサ解放がまず天界側の勢力の仕業で、他の二柱も狙ってくるのは目に見えてるからね。連中の活動域が狭まったってのもあるけど、比較的近い所に魔軍各隊の拠点を起きだしてもいる」
ネブラ大陸の中部中心エリア、北東部、北部、北西部、西部、南西部に点在する形で大きなバツ印が表示された。確かに北部のアバリッヒ神殿近くに2ヶ所、西南部のモーネン神殿の近くに1ヶ所にも大きなバツ印が表示されていた。
「実際、どっちの神殿にカチ込んでも先遣隊が増援と現状確認に来る。エルアルケーの幸運の網はあたし達の活動や正体や位置の看破に関する因果をねじ曲げる効果があっても、さすがにすぐ来れる状況をひっくり返せていられるのは精々・・アバリッヒ神殿は30分程度。モーネン神殿は70分程度ってとこだね」
全員黙り込んでしまった。
「・・皆、強くはなってるけど、前回と同じ戦力と作戦じゃ厳しいよね? 特にアバリッヒ神殿は先遣隊が最悪2つの拠点から派遣されて来るからやる前から詰んでると言ってもいい。だからね」
チカゲは画面を切り替え南西部を拡大させた。
「あたしらは三女のモーネンの解放を優先する!」
宣言し、チカゲはさらに水晶を操作してネブラ大陸南部の先の洋上にデフォルメされた雲の上に立つ塔と、大陸西部の先の洋上にデフォルメされた渦潮マークを表示させた。
「勿論、前回とは違うやり方で攻略するよ? ニヒヒっ」
チカゲは不敵に笑い、ストローで歩夢製の不二○ネクターを飲むのだった。
蛍火号は昼間の雲海の上を延々と飛行していた。周囲の所々に浮遊島が点在していた。
暫くして、飛翔船の左舷と右舷に着いた発光する虫の羽根の様な翼が煌き、一段加速し、やがて雲海は続くも浮遊島は見当たらない空域に達すると、前方に人が1人どうにか通れる程度の小さな光る輪が見えた。
蛍火号は減速し、そのまま光る輪の前で静止し、船全体を薄く輪郭が輝く空気の膜で覆った。
その中の、50フィート級クルーザー程度のサイズの蛍火号の甲板にチカゲが単独で船内から出てきた。
以前の巫女と忍者の中間の様な格好ではなく、地球で言うところのアラビアン風のパンツタイプのドレスを着てサーリットを付けていたが、ドレスの内の鎧下の上には鎖帷子を着込み、忍者風の籠手と地下足袋状のブーツを履いていた。
左の腰の小太刀と右の腰のガスマスク、ウワバミの腕輪と砂海の腕輪は変わらず身に付けている。
チカゲは手にしていた宝石で装飾された鍵を掲げた。鍵が激しく輝くと、船の目の前の小さな光の輪は大きく、船が通れる大きさまで拡大していった。
光の輪の内側はシャボン玉の膜の様に虹色に揺らめいて、先は見通せなかった。
チカゲが満足気に頷いて鍵を手に船内に戻ると、船を覆った空気の膜は消え、蛍火号はゆっくりと再発進して光の輪を潜って行った。
輪を潜った先にもあった雲海は黄金で、陽光は七色の光を僅かに含み、忽然と姿を表した多数の周囲の浮遊島には結晶化した様な木々が島を飲み込む程に大きく生い茂り、様々な龍や霊獣の類いが空を飛び交っている。
そして前方には一際大きな浮遊島が出現し、やはり結晶化した大樹が覆っていたが、それよりも遥かに巨大な塔が聳え建ち、既に天上であった為、空を突き抜けるかのようだった。
今、潜った光の輪は後方で閉じつつあった。
船内では、莉子、リピン、なぜかいる天宮の技官であるラポが大騒ぎしていた。歩夢、ニョル、マリガンの姿は船内に無かった。
「わぁっ、凄ぉ~っ!」
「樹が結晶化してるリピっ! 存在が純化してるリピっ。ピピピピっ!!」
「俺、初めて来たYOっ! 天の塔、硝子の木々、初めまし、増し増し野菜ニンニク煮豚YOっ!! メンマはNoっ! orderっ!! セイセイっ!」
「あー、うるさいっ! 港のコンディションが良くないから接岸粗くなるよっ? 席に身体固定してっ!」
操縦席で既にベルトで身体を固定していたチカゲは神経質そうに言った。
「は~い」
「リピっ」
「固定される俺っ、縛られたライフ、YO、YOっ」
莉子達も大人しく壁際に出した折り畳み式の席にそれぞれ自分を固定した。
「でも協力してくれるかなぁ」
「買収リピっ!」
「え~?」
「マネーの誘惑マジ有効っ! セイセイっ」
「・・・」
チカゲは色々突っ込みたい衝動に駆られたが、今は操縦に専念した。
蛍火号は低速で塔のある浮遊島の飛翔船の港に入って行ったが、港は結晶化した島の大木の根に侵食されており、そのまま接岸するには木々の根を砕いてしまいかねなかった。
「出る時、面倒そうだけど・・・あそこ入れちゃうか。陸に直停めするよ?!」
「うえっ、港はぁ?」
「ボク甲板出た方がいい?」
「YOっ! YOっ!」
「リピン、そのままにしてなっ。皆、舌噛むよ?!」
チカゲは船をさらに減速させつつ、少し羽根を羽ばたかせ高度を上げ、港を飛び越え、羽根を畳みながら港のすぐ側の野原に強引に船を乗り上げさせて着陸させた。
野原の草花もガラス質の物が多く潰されるというより砕け散っていっていた。
すぐに船底からアームが4本出て船を安定させる。羽根の発光も止まった。
「上手くいったね」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
チカゲは笑顔で振り返ったが、激しく揺さぶられた莉子、リピン、ラポは上手く返事ができなかった。
下船した4人は島の塔に向かって歩いていた。港から少し入ると一応石畳で舗装された道があったが、ここもかなりガラス質の木々によって侵食されており、真っ直ぐ歩く、というワケもいかなかった。
「ラポ、ちょっと翼で一飛びして塔の入り口まで様子を見てきて」
「えっ? 1人は無理ッス。非戦闘員なんで 」
「あ~ん? 急に普通に喋ったかと思えば使えないねぇ」
「面目無いです。YO・・」
「でも、良い人なんでしょ? 大丈夫だよね? チカゲちゃん」
「買収リピっ!」
「あんたそれ好きね。お金じゃ無理だよ」
チカゲは身軽に道を侵食したガラス質の根を乗り越えながら微妙な顔をした。
「やっぱ厳しい感じの人ですかね?」
「YOって言わないの?」
「YOっ!」
「ニヒっ。ま、何とかなるでしょ?」
一行はひたすらガラス質の木々に侵食された道を歩き続けた。
並の人間と比べれば遥かに早いが、それでも30分は掛けて塔の入り口の前まで来た。
ガラス質の木々は塔のその周辺の建造物を侵食することは出来ないらしく、ここは全く無傷だった。
辺りには地球で言うところの土偶の様な姿をした小型のゴーレム達が数体、土や木の葉等で散らから無い様に淡々と掃き掃除をしていた。一行にはまるで関心が無い様子だった。
「全力スルーだYO??」
「・・よしっ! 思ったよりここまで早く着けたね。これからこの塔の最上階にいる雲の司、この世界の天候の運行をサポートしてる超偉い人に会いにゆくワケで、本当なら1階からチマチマ試練を乗り越えて最上階を目指さなきゃいけないんだけどあたしはこうするっ! アクティブマジック・コールド・スっ!!」
チカゲは魔法石1つを対価に冥府の三頭魔犬、ケルベロスのド・スを召喚した。
「ド・スちゃんだ」
「リピ~」
「んん?! 雲の司の塔か。ここはチリチリするからド・ス様は居心地が悪いぞ?」
「すぐ済むから、ちょっと全員乗れるサイズになって」
「ふんっ」
牛程度の大きさだったド・スは一気に象並のサイズになった。
「大っき過ぎっ。乗り難い、もうっ・・皆乗って。壁面を駆けて最上階まで一気に行く。出来れば船で横付けしたいくらいだったけど、万一墜とされたら帰りが大変だから」
「乗るなら早くしろっ、モブどもめっ」
「ド・スちゃん言い方強っ」
「リピっ」
「実際俺はモブだYOっ!」
やや大き過ぎたド・スに4人が乗り、毛に掴まると、ド・スは「ウオーンっ!!!」と3つの頭で一声吠えてから、黒い風の様に天を抜く様な塔の壁面を高速で登りだした。
「いいよ、ド・スっ!」
「何か楽しい!」
「リピ~っ」
「俺、自分で飛べるYo・・」
一気に最上階のバルコニーまで駆け上がった。そこでは灰色の簡素なローブを着た、頭に角を生やし牙を持つ小柄なゴブリン族の老翁が午後のお茶を飲んでいた。
給仕は地上に居たのと同じ土偶ゴーレム。茶菓子はブリュレと煎った胡桃。土偶ゴーレムは一行の来襲に無反応だった。
「凄いのが来たね」
と言いつつ紅茶を飲むゴブリンの老翁。
「お久し振りです、雲の司」
「チカゲか。勇者を引退したのなら自分の世界に帰りなさい」
「ここが私の世界です。降りますね」
チカゲはド・スの上から跳び降り、他の3人も続いた。
「事情は御存知かと思われますが、我々は残る二柱の内、モーネン神殿攻略を先んじます。つきましては強襲の折、神殿近くの魔軍の拠点に御雷を落として頂けませんか?」
雲の司はティーカップを置いた。
「現地に糧や奴隷として捕らえられている人々がいるのでは?」
「助けられる状態でいる人々の内、7割程度は別動の者達とその協力者が何とか救ってくれる手筈です」
雲の司は溜め息を吐き、茶と茶菓子を土偶ゴーレムに下げさせた。
「7割・・そこまでか」
「多少増減はしても、天からの観測と手のの者の調べからすると、そこまでです」
「言い切る様になったね」
「続く者もいます。先達を務めます」
莉子の方は見ず、雲の司に対して挑む様にチカゲは言った。
「ムキになっているのではないか?」
「なりますよ。いけませんか?」
チカゲの物言いは、いつに無く子供っぽい様な気がした莉子だったが、雲の司も苦笑した。
「・・わかった。私も手を汚そう。ただし」
雲の司は手元に縦に小さな雲を集め、1本の杖に変え、手に取った。途端、バルコニーを含め塔の最上階を取り囲む形で雷雲が集まりだした。
ド・スは唸って威嚇を始め、ラポは莉子の後ろに隠れ、意外と積極的なリピンは小さな身体で格闘家の様な構えを取った。
チカゲは手で制して、ド・スの戦闘体勢を解かせた。
「3つ条件がある。1つ、この砂漠の三姉妹の使命が終わればチカゲよ、お前は未明騎士団員として天宮に常駐するのはもう辞めなさい。2つ、私は永く退屈だから何か私を楽しませなさい。3つ、天宮と連絡を取り易い様に事態が収まるまで誰か1人、この島に置いてゆきなさい」
チカゲと雲の司はしばし睨み合いの様な形となったが、チカゲの方が視線を外した。
「それで構いません。まだ魔軍全体との争いは続くでしょうが、神やエルアルケーにも再三一線を退く様に促されていたので、この使命が終われば私は天宮を出ます。・・連絡係にはこのラポを置いてゆきます」
「えぇーーーーっっ?!!! 俺、盛り上げ係じゃ??」
度肝を抜かれたラポ。
「無いよそんなの」
「今、雲の司様が楽しませろってっ」
「莉子やリピンを置いてったら意味わかんないでしょ? 大体あんた天宮の技官だよね? 何? ラッパー? 技官? どっち?」
「うっ・・・ラッパーで技官です」
チカゲは無言で手裏剣をラポの足元に投げ付けた。飛び上がってビビるラポ。莉子も近くにいるのでとんだ飛ばっちりだった。
「わ、わかりましたっ。頑張って居残ります・・Yo」
半泣きなラポの腕を軽くポンポンと叩いて慰める莉子。
「別に取って食ったりしないから安心しなさい」
「はい・・」
チカゲは軽く咳払いした。
「楽しませることに関しては、この当代の勇者、莉子は踊り子の職能を持っています。パピートレントのリピンも協力します。できるね?」
「う、うん・・」
「ダメなら買収リピっ!」
「それはもういいから。では、お楽しみ下さい」
「しかと拝見するよ?」
雲の司は椅子にリラックスした姿勢で座り直し、莉子とリピンは一旦額を寄せ合って相談を始め、ラポは半泣きのままながら空気を読んで後ろに下がり、チカゲはド・スの側まで戻ってその毛を一房強く握った。温かな湿り気がして、その掌が酷く手汗をかき、立ち方や自分への体重の掛け方が頼り無げであった為、ド・スは何も言わずただ近くに座っていることにした。
相談が終わり、耳当てのボリュームを調節した莉子は人参型の音楽プレーヤーをリピンに渡し、両足を肩幅に開き、臍の辺りで両手をクロスし、俯いて準備態勢を取った。
リピンは念じてから、魔法石1個を対価に特技を発動した。
「アクティブマジック・葉っぱファサっ! 実がキラーンっ! 揃う花っ!」
リピンは大きな葉の屋根を作り、バルコニーに影を落とし、ミラーボールの様な回転する明かりを灯す果実を生やし、最後に莉子のバックダンサーとして踊る花達を発生させた。
「リピ~っ、ミュージックは・・爆安スーパー竹蔵っ!!!」
リピンは人参型音楽プレーヤーの楽曲をスピーカーモードで再生した。音楽に合わせ、莉子と奇妙な花達が踊りだす。
た~けたけたけたけたけたけたけ 竹蔵っ! 君の街の竹っぞーう 愛しーてる 灯油も売ってるううう~~~
お爺ちゃんお婆ちゃんお父さんにお母さん 皆ニコニコ竹蔵スーパ~ 僕も君もニッコニコ 焼き立てパンも美味しいね お寿司も店舗製造ぅ~~ ちょっく送うう~~
安い安い安い安い安い安い 君だけの~ エル・ドラード~~
た~けたけたけたけたけたけたけ 竹蔵っ! 私の街の竹っぞーう 愛しーてる ジャージも売ってるううう~~~
・・主旨のハッキリとした歌詞の楽曲が鳴り響く中、莉子は全身の汗を煌めかせながら奇妙な花達と共に踊り通し、最後はバルコニーの床に伏した状態から竜巻の様に逆立ちで身を起こし、空中で複雑に旋回しながら踊る花達を交錯し、着地した。
「素晴らしいっ!! 歌詞も哲学的だっ」
翻訳はされていないはずの日本語の歌詞がわかるらしい雲の司は拍手をして絶賛した。
「ど、どうも、ありがとうございました・・」
職能で踊れる様になったが、学校のダンスの授業はむしろ気恥ずかしい方だった汗だくの莉子は、よく知らない相手に派手に踊って少なからず照れたようだった。
プレーヤーを止めたリピンは作りだした奇妙な植物達を幻の様に消し、そそくさと下がってきた莉子やノリノリになっていたラポとハイタッチをし合ったりしていた。
「雲の司、これでよろしいですか?」
「ああ、十分だ。協力するよ。いい子達だね」
微笑んで莉子達を見る雲の司。チカゲも緊張をいくらか解いて笑みを見せた。
「・・はい」
「御雷を落とす前に私のゴーレム達をそれなりの数、魔軍の拠点に攻め込ませて場を乱そう。少しは救助し易くなるだろうし、連中を屋外に誘導しておいた方が雷撃が通る」
「助かります。では、急ぎますので」
チカゲはいち早くド・スの背に乗った。
「そうかい。チカゲ、お前にも、この子達にも、光のあることを願っているよ」
「・・・勿論、ありますよ? ニヒヒっ」
チカゲは雲の司に笑って見せた。
一方、少し時を戻してチカゲ達がまだ雲海の上の小さな光の輪にたどり着かない頃、歩夢、ニョル、マリガン、そして・・
「あーっ! 見えてきたよっ? 久し振りに見たわぁ。目が回りそうだよね? アハハっ!!」
快活に笑っているのは宙に浮く、バスケットボール程度の体長のぬいぐるみの様にデフォルメされた精霊メリアサだった。
一同は帆の無い30フィート級のクルーザー型の飛翔船、箒星号に乗り込んでいた。
船の窓の遥か前方の下方の海に巨大な渦潮が有った。
「いや、まぁ目的地だけど。メリアサ、あんたついてきてよかったのか?」
船内が蛍火号より狭いので小型軽量仕様のカニーラ3号に乗って、しかし船室の端で腿上げリハビリをしていた歩夢。
「大丈夫だって~っ。分体だから! 30分の1の身体だし、また捕まって封印されても大したことないよ?」
「メリアサよ、お前の支配域は広大だ。30分の1でも相当な面積になるぞ?」
陽光も海からの照り返しも全て眩しくて敵わない為、フード付きマントを被り、サングラスまでしたマリガンが言った。
「だって天宮つまんないんだよっ。神ちゃんは何か話合わないし、エイダスちゃんは面白かったけど何か忙しいみたいだし、騎士団長の人はあーしろこーしろ、降雨の加減が雑だとか何とか凄い言ってくるし、息、詰まるよね?」
「神様はとても話のわかる方ですよ?」
船室が狭く、天宮から離れているので翼も頭上の光の輪も消しているニョルは操縦席のニョルは不満気に言った。
「まぁいい人、いい神か、とは思うけどね! とにかく今回はついてくよ? 魔軍と戦うワケじゃないんだよね?」
「ああ・・腿上げもういいか。俺らの班は東の海王って人の説得だよ」
腿上げリハビリを切り上げ、歩夢は手近に置いておた瓶入りハーブ水を飲みながら他のメンバーがら集まっている操縦席の方に来た。
「ネブラ大陸的には西の海に居るのに東の海王ってややこしいよねっ! でも昔、本人に西の海王って呼んでいい? って聞いたらややこしいからやめてくれって言われちゃったんだよね」
「地図の見方の起点が違うのだろう。もう少し掛かるなら我輩は奥に居る。眩しくて敵わんっ」
マリガンは歩夢と入れ代わりに船室奥の窓の日除けを下ろしたスペースに引っ込んでしまった。
「知り合いなら神殿攻略に協力してくれ、って説得できるよな?」
「どうかな? そんな仲良くもなかったけど?」
「仲良くないのかよっ? 何でついてきたんだ、ったく。・・というかニョル、船、遅くない?」
海の向こうの大渦潮に箒星号は一向に近付かない様に見えた。
「歩夢様、近付くと風が強いんです。それに渦が大き過ぎるから近く見えますが、実際は結構遠いですよ?」
「そんなもんか・・」
歩夢は青い、珊瑚でできた様な鍵をウワバミの腕輪から取り出した。
「チカゲに渡されたコレ、こんなんであの渦の中にほんと入れるのかな?」
「あの渦は門だよ? 私はそのまま、わあああーーーって行けちゃうけど、皆は鍵が必要だね!」
「あんた、わあーって、行けちゃうのか?」
「うん。あ、でも今、分体だから無理かも? どうだろ?」
「俺に聞かれても・・まぁいいや、カー○あるけど食べる?」
「あの幼虫みたいな食べ物?」
「それ言ったらダメなヤツっ。マリガンも食べようぜ?」
「・・我輩は口がパサパサするから結構」
「わたくしの分も取っておいて下さいっ! カレー味を希望しますっ」
「オート操縦にしといたら? 前進むだけだろ?」
「風が強いのですっ! 凄い巻かれてますっ」
「ふーん?」
「チーズ味に乾燥パセリを振ろう!」
「粉を散らすなよ? メリアサよ、テーブルのここから先は我輩のテリトリーだっ」
「小さい人ね!」
「何っ?!」
まだ現地に着いていないこともあって、こちらの班は随分のんびりとした様子だった。
因みに雲の司は先代の神様です! 代替わり制ですっ。




