異界っ!
2人の冒険の始まりですっ!
上谷莉子と与田歩夢は共に小学6年生。2人は所謂幼馴染みだった。
本来なら少し距離を置き始める年頃なのかもしれなかったが、3年余り前の交通事故で歩夢の太股の中程から下の神経や膝や腱等がダメになってしまい、彼が生涯車椅子で生きてゆくことになり全て変わってしまった。
活発だが基本的に気が優しく、普段から妹の面倒をよく見ていた莉子は何かと歩夢の世話を焼こうとし、歩夢を面倒がらせた。
一方で、元々社交的とは言い難い歩夢が長いリハビリを終え、再び小学校に通いだした時に起きた様々なトラブルは、莉子のお節介抜きではとても切り抜けられるものではなかった。
歩夢は自分が不登校になったり、車椅子に対応したフリースクールの類いに転校していないのは莉子の存在による物だと了解していたが、この負い目が生涯続くのかと思うと鬱屈した物はあった。
いっそ自分を知る者のいないフリースクールに通いたかったと、思う日もあった。
「・・でさぁ、ミニバスでさぁ。私がね、ドリブル・・聞いてる歩夢?」
「ああ、というか1人で帰れるからついてこなくていいよ莉子」
「私、家隣だし。家に帰ってるだけだし」
「う~っ」
電動アシスト車椅子に乗って、不満気な歩夢。4月のある日、2人は塾帰りだった。歩夢は自分でハンドリムを漕いでいた。車道を挟んだ歩道が桜並木になっていた。
本当は2人共、遠回りして横断歩道を渡って満開の桜並木の方を歩いて帰りたかったが、互いに気を遣って言い出せなかった。
今日は本来は歩夢の母が2人を迎えに来る日であったが、持病のある次男が、歩夢の弟の具合が悪くなってしまい、病院に連れてゆくことになって急遽子供2人で帰ることになっていた。
と、歩道の段差の高い場所に通り掛かった。歩夢は段差の低い場所に周り込もうとしてやや車道側に近付こうとした。車の確認はしていなかった。
これに莉子は冷や汗をかいて普段触らないでくれと言われている車椅子のグリップを掴んでティッピングレバーを踏み、歩夢からすると大袈裟に車体を傾けて段差を越えさせた。
「声を掛けてからグリップを持ってくれ。俺は荷物じゃない」
「・・ごめん。でも車見てなかったし」
「今度から気を付ける。もう手を離して」
「うん。怒った?」
「別に」
2人は暫く気まずく桜のないけど歩道を進んだ。
途中、犬の散歩をしていた老人が犬が姿勢の低い歩夢にじゃれ付こうとして慌ててリードを引いたり、歩道に拡がって騒ぎながら歩いていた高校生グループが歩夢の為に道を開けねばならずすれ違い様に舌打ちしてきたりした。
その度に莉子は「犬、元気だよね!」「あの人達は受験に失敗して予備校に通ったら隕石が落ちてきて爆発するよっ」等と言ったりしたが、すっかり不機嫌になった歩夢はロクに返事もしなかった。
やがて莉子と歩夢の家のある住宅街への入り口にある神社の辺りまで来た。すぐ横に和風の屋根付きの自販機と公園がある。
公園のちょうど中央には焼けた様な跡のある桜の大木の切り株があり、鉄杭と注連縄で囲われていた。
先月の暴風雨の際の落雷で焼け落ち、残った部分もカットされて整理された。
歩夢はそれには構わず、ブランコに目を止めた。
殆どの遊具を使えなくなったが、実はブランコには乗れた。まだ莉子には伝えていないが乗り降りを介助してもらえば乗れる。
歩夢は子供にしては気難しい性格ではあったが、意地が悪いワケでもなく莉子が嫌いなワケでもなかった。むしろ足を悪くする前は可能なら大人になったら結婚したい、と思っていたくらいだった。
今の経緯で改めて介助を頼むはまた気まずいが、昔の様にブランコに乗って少しお喋りをして、家に帰る前仲直りしておこうと歩夢は考えた。
家庭の事情に関して、自分の足や弟の持病以外にも莉子が知らないことがある。
歩夢は定期検診やリハビリとは別に月1でカウンセリングにも通っていたが、医療関係者に自分の家庭問題を症状、として処理されるのは違和感があった。
誰か知り合いに知ってほしかった。ちょうど塾のコマの間で食べる為に持ってきていたクッキーが残っていた。莉子が好きな味の物だ。
ブランコでクッキーを食べよう、と言ってみよう。喧嘩したワケでもなかったが、仲直りしたいと歩夢は思った。
歩夢は膝の上に置いた、モスグリーンのランドセルからクッキーを取り出そうとし、口を開きかけた。その時、
周囲が暗くなった。日が陰ったワケではなく、歩夢と莉子の周りだけ光が弱まった。見れば空中で蝶が静止し、塀の上を歩いていた猫が静止し、前を走っていた郵便局員が運転する原付も静止していた。
「え?」
「何か、変だよ歩夢っ」
莉子が当然の様に歩夢を庇う様に前に立ってきて、また歩夢を少し苛立たせた。
「危ない危ない」
おどけた様な男の声がして、莉子と歩夢の前に青白い炎が燃え上がり、それが人の形を取り、身体が半分だけの燕尾服を着てシルクハットを被った細身の人形の姿になった。身体の残り半分は燃えて形を成してなかった。
「わぁっ?!」
「オバケ?! 何っ?!」
莉子は空手の構えを取った。不機嫌になりそうだったから歩夢には教えていなかったが、1年程前から月数回、駅前のカルチャー教室で警察系の空手道場が運営している護身術講座に通っていた。
「おや? ワケも知らずに戦い守る様子ですね。その愚かしさっ! さすが勇者の兆しを持つ者です」
「守る? 何言ってんだよ?!」
「わっ、歩夢??」
歩夢が莉子を押し退けて前に出た。
「莉子っ! 逃げろっ、俺、スタンガン持ってるからっ!!」
「ええーっ?!」
歩夢はランドセルからクッキーではなくスタンガンが取り出し、バチバチと放電させてみせた。
「カッカッカッ! 愉快ですっ。燃え尽きる前に2人を見付けることができてよかったっ。さぁ急いでゆきましょう! さすがに身体のもう半分を対価に差し出す義理はありませんからねっ」
半分だけの人形が愉快そうに笑って腕を振るうと、莉子と歩夢の足元に複雑な紋様の図形が発生し、光り輝いた。
2人は嵐の様な力の奔流に包まれた。
「今は驚きでしょうが、すぐに不満を抱くでしょうっ! 怒り、恨みもするでしょう。しかしこれも1つの運命。得る物と差し出す物は等価でもあります。悪魔とは選択を迫る者。貴方も、貴女も幼いながらにいつか気付いていたでしょう。選ぶことを未来とするならば、人は失い続けることでしか明日へとは進めない、とっ!!」
光は完全に2人を包み込み、足元の図形の中に吸い込んだ。
「うわぁあああーーーっ?!!」
「歩夢ぅっ! 手をっ!!!」
どこかへ吹き飛ばされながら、莉子は手を差し伸べた。歩夢は放り出されそうな車椅子から身を乗り出しその手を掴んだ。
2人は手に手を取り合って光の彼方へと飛ばされていった。
気付くと、2人は仄かな瞬くような粒子が無数に漂う空間にいた。2人の姿の輪郭は朧気で、光の様な煙の様な物になっていて、服も車椅子も無く、手を繋いだまま宙に浮いていた。
「何だ? 何で裸なんだ??」
「お風呂?」
「いやお風呂じゃないだろっ?! というか、死んだのか俺達?」
「え?! 死んじゃったのわたし達? どう?」
「どう?! 俺、わかんないよ」
「事故の時、こんなだった?」
「違う。何か、お花畑が見えて、川があった」
「お風呂は?」
「だからお風呂じゃないって! ・・え? お風呂、なのかな??」
「誰? 誰カイルノ?」
歩夢がここが風呂か否か不安になりだしていると、2人の頭の中に直接声が響いた。中性的な2人より幼い子供の声に聴こえた。
2人が辺りを見回すと仄かな粒子の中心に光集まった小さな目映い何かがいた。
「歩夢、行ってみよう」
「動けるのか?」
莉子は最初、歩夢の手を取ったままその場で走ったり泳いだりとしてみたが、ラチがあかず、少し考えて、進む様に念じてみた。これに朧気になった身体が反応し、スーっと光の中心に向かって直進しだした。
中々の高速であった為、それに引っ張られた歩夢は焦った。
「莉子っ?! ちょっ、待ってっ。何、飛んでるのか? お風呂じゃないのかよっ」
「着いたっ!」
2人は光の中心点に来た。莉子は止まれ、と念じて中空で止まったが、引っ張られていただけの歩夢は光の中心点にそのまま直進した。
「わぁっ」
莉子が手を持っていなかったら光の中心点にぶつかっているところだった。
「コレがさっき喋ってたのか? ええっ?」
「たぶんこの子だと思うけど」
「この子って・・ん?」
光の中心点は瞬きながら光でできた幼児の様な姿に変わった。
「・・異界ノ理ヲ感ジル。君達ガ新シイ勇者ナンダネ」
光の子は間近にいても2人の頭の中に直接語り掛けてきた。
「勇者? 俺達が?」
「君は誰なの?」
「僕ハぐらんぐりふぃん。マダ産マレルコトハデキテイナイ」
光の粒子が渦巻き、2人を押し返し出した。
「君達ガ此処ニ来ルノハマダ早イヨ。ソノ時ガ来タラ来テ。僕ハ待ッテイルヨッ!」
「うわぁーーーっ?! まただよコレっ」
「・・どーやったらまた来れるのっ?!」
光の粒子に再び吹き飛ばされた。
そして、再び気が付くと、2人は油臭い機械だらけの小部屋にいた。
2人共、服は着て靴も履いていたが、ランドセルや車椅子、スタンガンは見当たらなかった。
「臭っ。今度は何だよ? 莉子、・・おおっ?!」
「何っ?」
歩夢が驚いたのは小部屋の端の複雑な時折煙を出す装置に設置された2つの巨大な宝石と、その前で何なら両手で持つ程大きなプライヤーを使って作業する小柄な人物にだった。
その人物は薄汚れた法衣とも作業着ともつかない服を着て、安全靴らしき分厚い汚れた靴を履き、分厚い汚れたグローブを嵌め、何より物々しいゴーグル付きのガスマスクをしていた。
マスクの小柄な人物は2人が気付いたことに気付き振り向き、両手持ちプライヤーをガチガチと噛み合わせ火花を散らしながら2人に近付いてきた。
「コイツ、ヤバいぞっ!」
「歩夢、大丈夫っ!」
莉子は歩夢の手を離し、立ち上がって、空手の構えを取った。
「莉子っ、無理だってっ! 何か、武器は・・」
「わたし、ミニバスレギュラーだし、護身術教室で道場通ってる子から1本取ったことあるからっ」
歩夢は床を這って機械だらけの小部屋で武器になりそうな物を探し、莉子は拳を強く固めて半身で重心を落とし、小柄なマスクの人物は2人ににじり寄りながら、殊更に両手持ちプライヤーを掲げて打ち鳴らし火花を撒き散らした。
プライヤーをかち合わせただけで火花が散るのは仕様です。




