第三話
一日目(月曜日) AM8時20分
駅前ではシャッター商店街が出迎えてくれ、見る者の心を寒くさせる。
その商店街を抜ければ、そこにはもはや住宅一つなく、目の前には急勾配の坂が一つ。
周りはもちろん山で、植物達がいっぱいで、坂の途中でしばしば見かける開かれた土地は畑にして有効活用。まさしく田舎。中途半端にアスファルト。いっそのこと電灯一つない避暑地じみた所なら諦めがつくが、ここまで中途半端に文明の息吹を感じると、もう少しどうにかならないかと思うものである。
最寄駅から幽斐高校への通学路。
幽斐高校に赴くために避けて通れない、心臓破りの上り坂。
幽斐高校が“お山”という別称で呼ばれている理由がここにある。小高い山の上。その上に立つ校舎へと生徒たちをいざなう急勾配の坂。そこには、始業ベルを目前として高校生の姿があった。新入生はハアハアいいながら、上級生達は何事もないそぶりで、雑談しながら坂を上っていく。
そんな中に、克己もいた。
憔悴しきった様子をそのままに、克己は幽斐高校への通学路を歩いている。
陰気さを感じさせるその姿。それは普段どおりにも思える。
げんに克己の周りの人間は、克己の姿を見るにサササっと方向転換し、疫病神に近づかないための努力に余念がなかった。
「…………」
しかし、現在の状況が普段どおりであるはずがない。
克己の横で、ニコニコと普段では考えられないような上機嫌さで歩いている決戦兵器。
自分にまとわりつくかのような感じでついてくる美里の姿を見るに、克己は珍しくもタメ息を吐いた。
「君、どうしてついてくるんだね。変態プレイがご所望ならば、他をあたってくれないかね。私はそんな見ず知らずの人間と接吻をしたいなどと訳の分からない思考を有していないのでね」
「なんだつれないな。さきほどはあれほどまでに夢中だったというのに。ふふふ、よもや街中で犯されるとは思ってもいなかったぞ」
「……君は何か勘違いしてないか? 犯されたのは君ではなく私のほうだろう。気の済むまで人の唇を啜りまくりおって、なんの恨みがあるんだね、君は」
「恨みだなんて……心外だな。私はお前のためと思って、自分自身の欲望に忠実になっただけだというのに……何が不満なんだお前は」
「……狂っている」
美里のあまりに自分勝手な物言いに、克己は怒りを覚える前に絶句した。
なんという自分本位な言葉。街中で軽くレイプされた感のある自分に、よもやその動機が「自分の欲望に忠実になっただけ」などとよく言えるものだ。痴女だ。やはりこの女は痴女だった。
―――フン、まあ確かに、気持ちよくはあったがね……。
そんな感想を抱くに、克己はブンブンと頭を振るう。思い出したらいけないと、口先に残った軟体物の柔らかさを記憶の彼方へと押しやろうとする。それとともに、隣の美里を無視して歩き出した。
「…………」
「カッちゃんどうした急に黙って……腹でも痛くなったか?」
「誰だねそのカッちゃんというのは。あとついてこないで欲しいね。私は学校に行くのだから、君のような変態を我が学び舎に入れることはできない」
「カッちゃんというのはお前のあだ名だ。お前の名前は克己というのだろう? だからカッちゃんだ。どうだ、すばらしいあだ名だろう」
「……一ついいかね」
「なんだ?」
「だから君は、いったいどこまでついてくるつもりなのかね。ほら見たまえあそこを」
克己は目の前に見えた建物を指さした。
年季の入っているのが一目で分かる学校の校舎。
「あそこが私の高校、幽斐高校だよ。さすがに、あそこの校門から先は入れないよ君。腐っても私立高校。守衛さんが優秀だからね」
「それくらい私だって知ってるぞ……というかお前、まさかとは思うが、私が幽斐高校の生徒ではないと思っているのではないだろうな?」
「ん? どういうことだね」
「どうもこうもない。助けてもらったとき、真っ先に自己紹介したと思ったんだがな。それにほら、私の制服を見てみろ。今時、時代錯誤のセーラー服だぞ。私立高校なのにセーラー服だ。これを見ても、どういうことか分からないのか?」
美里の姿。それは確かにセーラー服で、古風な感じの漂う一昔前の制服。
ほとんどの学校がブレザーに移行している中、今だにこの形態に固執している変態的な高校といえば……
「ま、まさか!?」
「そういうことだ。まったく、ではもう一度自己紹介でもするかな。 ―――私は幽斐高校の2年生。1組の鵜飼美里だ。フフフ、よろしく頼むぞ、カツミ」
「な、なんだってええ!?」
●●●
克己の所属している2年4組の教室は、普段と比べて騒然としていた。
朝のホームルーム間近の時間帯。高校生活も半ばまで差しかかった今、生徒の中には始業ベルギリギリになって登校してくる輩も大勢いるので、普段もこの時間は騒がしいことこのうえない。
しかし、現在の騒がしさには、いつもとは別の趣が備わっていた。
普段は存在しないヒソヒソと囁きあう声。どこか怯えをもって噂しあうその様子は、教室中が何かに恐怖している感じさえする。
その原因をつくっているのは、一人の少女―――鵜飼美里だった。
彼女は2年4組の所属ではないにも関わらず、その教室の中で、生徒達を片っ端から捕まえて、なにやら大袈裟に話し込んでいる。
今も美里の目の前には一人の男子生徒がおり、怯えた様子をみせるその男に対して、満面の笑みをもってなにやら話し込んでいた。身振り手振りまでつかいながら、楽しそうに何かを語っている。
―――いったい、あの女は、何を話し込んでいるのかね。
そんな美里の様子を横目で見ながら、克己は自分の席に座ってうなだれていた。
やっとあの痴女から解放されると思ったら、なんと美里は同じ学校の生徒だった。さすがに同じクラスということはなかったが、何を考えているのか、どういう魂胆があるのか、美里はニコニコと笑顔のまま克己のあとをついてきて、そして今も2年4組の教室に陣取っている。
―――それにしても、何故に皆は、ああも従順にあの女の話を聞いているんだ。迷惑ならば、さっさと追い払えばいいものを……。
はたからみても、美里と向かい合っている生徒は、とっとと解放されたいと思っていることが分かる。
それにも関わらず、何故に皆は黙って話しを聞いてやっているのか……克己は、そこにこそ疑問をもつのであるが、
「おい、カツミ」
と、いつのまに話が終わっていたのか、美里が克己の近くに寄ってきて、話しかけてきた。なにがそんなに嬉しいのか、やはりニコニコと上機嫌。今朝に見せた鬼神のような表情は、今はない。
「……君、さっきから何をやっているのかは知らないがね。とっとと自分の教室に戻ったらどうかね。あと5分ほどでホームルームも始まる。そんな中で、君のような部外者がここにいられると迷惑なのだが?」
「なんだなんだ、私とカツミの仲じゃないか、それくらい大目に見たらどうだ」
「……一ついいかね」
「なんだ?」
「君と私が、一体いつ仲がよくなったというのだね。私達は今朝会ったばかりだったはずだが?」
「フフフ、時間なんて私達の前では壁にもならないさ。あれだけ互いの体を求めあったのだ。男女は、布団を同じくしてこそ分かり合えるというのは、どうやら本当らしいな」
「な!? だ、誰と誰が布団を一緒にしたというのだね! それに、互いの体を求めあったというが、それは君が一方的に私の口内を犯し……」
言葉の途中、克己はハッとしたように自らの過ちに気がついた。
周囲。そこでは、普段、克己に関わらないようにと、暗黙の了解のもとに無視をきめこんでいる生徒たちが、ヒソヒソと囁きあっていた。
「口内を犯すとか……こいつら朝っぱからから何をやってるんだ、一体」
「しかも女から一方的に唇を奪われたとか……男としてどうなのかしら」
「おい、お前ら、あまり新城に関わるなよ……呪われるぞ」
さまざまな声が教室から沸きあがり、さまざまな視線が克己へと降りそそぐ。
それらは克己にとって剣呑ではなかった。とくに、となりの席に座っている女性から向けられている視線が実にクレバーだ。
「き、君ぃぃ。もうそろそろ自分の教室に帰ったらどうだね。変な噂がたつと私も困るのでね。用がないなら、とっとと自分の教室に……」
「ん? 用ならあるぞ。私は崇高なる使命をもって、この教室にいるのだ」
「……その使命とは、いったいなにかね」
「フフフ、それはだな―――」
一呼吸。手を腰にやり、美里は堂々とした面持ちで―――
「私は今、お前の今朝の偉業をこのクラスの奴らに伝えてまわっているんだよ。そして、このクラスが終われば次は全校生徒だ。今日中には、お前がどんなにすばらしい人間なのか、この学校中の生徒が知ることになるだろう」
「な、なんだと!?」
驚愕。
克己は、驚愕するしかなかった。美里の言葉は、自分が絶対に許容することのできないものだった。今朝のアレが、全校生徒に伝わる。しかも、悲劇のヒロイン役の人間が、盛大に尾ひれをつけて、自分の行為を伝えていく―――
それは、やはりどうあがいたところで、許容することのできないものだ。
「君! 君! いったい、誰がそんなことをしてくれと頼んだのかね! そんなこと……そんなこと、私は望んでいないぞ」
「ん? なにかマズいことでもあったのか?」
「マズいも何も激マズだよ! そんなことをされれば、まるで私が学校での信用を勝ち取るために、君を助けたように思われるではないかね! それはどんな気持ち悪い人間なんだいったい……」
「おいおい、また何をわけのわからないことを……」
「……しかし、こうして自分の外形的には善い行為を皆に知ってもらえることによって、自分が少なからず誇らしい気持ちになっていることも確かだ。私はこの痴女に、『今朝の出来事を伝えまわるのはやめろ』と言ったが、実は心の底では伝えまわってほしくて、でもそんなふうに周りの人間にみられるのが嫌だからこんな邪険な態度をとっているだけなのではないかね!」
「…………」
「醜い! 気持ち悪い! ははは、こうして考えてみると、自分はなんて愚かな人間なんだ……と自分で自分の滑稽さを先回りして自認することによって精神的打撃を少しでも少なくしようとしているだけ……けっして、真実の意味で反省しているわけではない……なんなんだ。このバカさ加減はいったいどうい、げぼうヴぇええ!」
言葉の途中、ついに堪忍袋の緒が切れた美里が、克己のミゾオチに拳を叩きこんだ。長身長をいかして、おおきな軌跡を描きながら放たれた美里の一撃は、克己の体を『く』の字に曲げて、悶絶させ、それ以上の言葉の爆発を許さなかった。
「ふう、まったく、カツミには困ったものだな。いくら好きな人間のすることでも、我慢の限界というものがあるぞ」
「君は……げほうええ! ……何事につけても、やっていいことと悪いことがあるということを知らないのかね! 胃の中身が逆流するかと思ったよ」
「フフフ、そうやって痛みにたえているカツミも魅力的だな。目には涙さえ浮かべて……なんだか妙な気分になってくるぞ」
「……あらたな性癖に目覚めようとしている中で悪いんだがね。何度も言うように、もうそろそろホームルームの時間だから、君がここにいられると迷惑、って、ぐぎゃああ!」
言葉の途中で、克己はまたしても美里に殴られた。
まるで脈絡もなく、空気を吸うような自然さで放たれた一撃は、再度克己のボディーに直撃し、哀れな男を悶絶させた。
「君ぃぃぃ! いったいなんの恨みがあって私のことをタコ殴りにしてくださるのかね? しまいには訴えるぞ!」
「ああ、悪い悪い。なんだかカツミの顔を見ていたら、むしょうに殴りたくなってきたものだから……しかし、どういうわけなんだろうな。私は、日頃も人間の体に拳をめりこませているのだが、カツミに対するような快感は浮かばないんだ……どう思う?」
「どう思うもなにもない! 怪しげな性癖は、ドMの人間でためしたまえ! 君の打撃は明らかに女離れしていて、一撃ごとに生死をさまよっているのだよ私は! これいじょう私の寿命を縮めないでくれたまえ!」
「――――」
「……なんだね。唐突に押し黙り、人の顔を見つめてきて……今度はなにかね」
「フフフ、いやなに、やはりカツミはすごいなと、そう思っていただけだ。惚れ直すぞ」
微笑とともに美里はそう言った。そしてそのまま、ドン引きしている克己に対して、ニコニコと笑顔のままで―――
「私が本気で殴ってるというのに、お前は愚か者のように突っかかってくる。これはなかなか出来ることではないぞ。とても特別なことだ。フフフ、好きだぞ、カツミ」
「……っ……」
雄の脳幹をとろけさせるような笑顔とともに言う美里。
そして、それを言い終わると、もはや気がすんだのか―――美里は「それではな」と言い残して、教室から去っていった。疾風怒濤という言葉がこれほど似合う状況は珍しく、クラスの全員は美里の退場に、呆然と佇むしかできなかった。
「ま、まるで嵐のような女だった……」
克己は、美里の退場を受けて、ホッと一息をついた。そんな克己の反応と同じように、教室には若干の落ち着きが取り戻されていく。ザワザワとした騒然さはまだ残っているが、それでも騒ぎの元凶がいなくなったからだろう。さきほどまで教室の中にあった、何かに怯えるような印象はなくなり、生徒たちは純粋に好奇心から、何故このクラスに美里が現れたのかについて噂しあっていた。
しかし、クラスの皆は、何故美里がこの教室に来たかということを、克己に問い詰めることはしなかった。
普通であるならば、事情を知っているらしい克己に、事態の説明を求めるのだろうが、誰もが無関心に、まるで邪険に扱うようにして、克己のことを無視するだけである。
しかし、そんなクラスメイトとは一線を画するような反応が一つだけあった。それは、女性の声色で、克己の隣の席から―――
「新城くん。さっきのあの人……いったいなんだったんですか?」
●●●
隣の席から声が聞こえてきた。
それは、無感情で氷のような声色で、思わず背筋が凍りつくような声だった。自然と克己もビクっと反応し、恐る恐る隣の席に視線をやる。
そこには、漆を塗ったような黒髪の少女がいた。ツリ目がちな瞳を持ちながら、その顔には無表情しか載っていない。理知的な面持ちと、触れれば切れてしまいそうな清廉に満ちた雰囲気。
克己は、その小学校時代からの付き合いのある女性に対して、申し訳なさそうにしながら口を開いた。
「すまないね紫苑くん。うるさくしてしまって……面目ないよ」
「いえ、私は別に構いません。それよりも、いつのまに鵜飼美里と知り合いになったのかということを、私は知りたいのですが」
「ん? 紫苑くんはあの痴女のことを知っているのかね? これは意外だな」
「……それは知っていますよ。2年1組所属の鵜飼美里。日頃から暴力事件ばかりおこす問題児です。何故あの女が今まで退学処分にならなかったのかというのは、この学園の七不思議のひとつでもあります。そして当然、生徒会としても彼女の存在はマークしているわけです」
「おお、さすがは幽斐高校稀代の生徒会長だな。学校のことは、すべて熟知しているというわけか」
「……私が生徒会長でなくとも、あの鵜飼美里のことは普通に知っていると思うんですがね。それで、新城くん。話は戻りますけど、いつのまに鵜飼美里と知り合いになったんですか?」
「あ、ああ、それはだね……」
途端、歯切れの悪くなる克己だった。あの朝のことは、自分の中に封印しておきたいのだが、それは無謀なことである。紫苑を目の前にして、嘘などつけるはずもない……克己はそう考え、紫苑に対して今朝のあらましを、かいつまんで話し始めた。
今朝、美里のことを助けたこと。それが縁で、美里が自分に付きまとうようになったこと。今朝の出来事を簡単に説明した。
「なるほど、そういうわけですか」
「ああ、私もあの女には困っているんだ。ああして、執拗にストーカーしてきてね。どうしたものだろうか……」
「……まあ、じきに鵜飼美里も消えますよ。少しの間の辛抱です。それにしても、さきほどは驚きました。あの鵜飼美里が、ニコニコと満面の笑みで人に話しかけているのですから……天変地異の前触れかと思いましたよ」
「一つ聞くが、あの女の笑顔は、そんなにも珍しいものなのかね」
「それはもう……日頃の彼女は、周りの人間を憎んでいるかのような鋭い目付きで、人を睨みつけてきますからね。荒れている、というか……いや、あれは周りの人間に対する軽蔑でしょうか」
「ふむ、しかし、では何故あの女は、今日に限ってああもニコニコと頭のネジがはずれたように上機嫌なのだろうね? 今となっては、あの痴女が荒れている姿など、想像もできないが……」
「……それは、鵜飼美里があなたのことを好きになったからでしょう」
「ん? なにか言ったかね、紫苑くん」
「いえ、何も……ただ、ある人の鈍感さと、お人よし加減と、持病の思想について、ほとほと呆れているだけです。だいたい、線路に落ちた人間を助けるために、電車が目の前に迫っているのに線路に入るなんて正気とは……っと、こんなことは言うまでもないですね。貴方のことですから、いつものようにすばらしく自省にふけったのでしょう」
「まあ、そうなのだが……」
どうも、頭があがらない。こうして自分に話しかけてきてくれる人間が紫苑だけだとすれば、これほどまでに自分のことを理解してくれる人物も紫苑だけであろう。そこはやはり小学校時代からの幼馴染で、これからも自分は、一生目の前の少女には頭があがらないのだろうなと、克己はまんざらでもない気持ちで思った。
そんなことを克己が思っていると知ってか知らずか、紫苑は克己に対して、
「おそらく、鵜飼美里は貴方にまとわりついてくると思いますよ……腹立たしいことですが、私は創立祭の準備で忙しいので、フォローにまわることはできません。なんとか一人で、鵜飼美里から逃げ切ってください」
「なんだね、随分と物騒な物言いではないか……まあなに、あの女もじきに飽きるだろうから、それまではなんとか我慢してみるよ。おおかた、私のような存在が珍しくて、からかって遊びたいだけなのだろう。小学生の時分から、そういう輩には慣れているからね。心配は無用だ」
「……まあたしかに、貴方(、、、)の(、)そば(、、)に(、)いて(、、)無事(、、)で(、)すむ(、、)人間(、、)は(、)いない(、、、)でしょう(、、、、)から(、、)ね(、)。あくまでも時間の問題だとは思いますが……でも気をつけてくださいよ? なにか危険なことには首を突っ込まないでくださいね」
「ああ、了解したよ」
いい終わると、丁度、教師が教室の中に入ってきた。教師は、来週の日曜日にせまった創立祭の雑事を伝達し、創立祭実行委員会の面々に指示をとばし、クラスの催し物についての説明を、学級委員長の雁金茶織にたくした。
そんな中、克己の隣の席に座る紫苑は、生徒会長として、創立祭にむけた最後の仕事に奮闘していた。書類をめくりながら、誤字チェックと、計画立案の最終確認をすましていく。
そのあまりの仕事量に、克己は「手伝おうか?」と声をかけるのであるが、「これは私の仕事ですので」といつものように断られた。
克己は、集中している紫苑の邪魔にならないようにと、学級委員長―――雁金茶織の伝達事項に耳を傾け始める。その背中に、突き刺さるような殺意の視線が向けられていることに気付かないまま、克己は教師の話に聞き入るだけだった。