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最終話

エピローグ


 隙間風が吹きすさぶ古ぼけた平屋。

 たてつけがわるくてうまく閉まらない戸。フローリングというか、『木』といった感じの、歩くたびにギシギシと鳴る床。屋根はもちろん(かわら)で、伝統的な和型(わかた)(かわら)で、時代の流れの正反対をいく、一昔前の建築スタイルで建てられた一階建ての平屋(ひらや)。その表札には『新城』という文字があった。

 新城家の居間では、朝ごはんの準備に精を出す制服姿の女性がいる。

 色素の薄い茶色がかった髪をした少女と、ツヤやかな黒髪を伸ばした少女。

 茶色の髪をした少女は左手にギブスをしていて、黒髪の少女は胴体部分にバストバンドをしている。その2人が、ここ数日と同じように、新城家で朝ごはんの準備に明け暮れていた。

「……鵜飼さん。自分の茶碗にだけ、まるでギャグ漫画のようにお米を盛るのはやめてもらえませんか? というか、ここは新城くんの家なんですから、さすがに非常識でしょう」

「え? いや……しかし、貴子さんはいっぱい食べなさいと言ってくれるし、それに、これくらいでは私は、まるで足りないのだが」

「……ティラノサウルスですか、貴方は」

 右手一本で茶碗に米を盛っていく美里の姿。それを見て紫苑は、みそ汁をのせたおぼんを持ちながら、率直な感想を口にする。

 アバラ骨がステキに折れている紫苑は、腹部に痛みがはしらないよう、慎重な足取りで台所から歩いてくる。

 そして、心底(しんそこ)呆れたような表情を浮かべながら、紫苑はみそ汁を人数分、テーブルの上へのせていった。

 その動きにはどこか慣れている様子がうかがえ、実際、その味噌汁は紫苑がつくったものだった。

「……しかし、紫苑くんは随分と手際がいいね?」

 そんな家庭的な一面を見せる少女を、克己は畳の上から見つめていた。

 食事の支度を手伝おうとしたところ、大人しく座っていてくださいとむげもなく断られた新城家の長男。

 克己は、自分の家に美里と紫苑がいるという光景を、困惑したように見つめ続けている。


 ―――いまさらながら、なぜ紫苑くんと美里くんは、ここ数日、毎日のように私の家で朝食を食べているのだろうか……。


 幽斐(ゆうひ)高校の三番校舎が爆発炎上した事件から、すでに1週間が過ぎていた。高校の校舎が炎上したというセンセーショナルな事件は、地方(ちほう)新聞(しんぶん)にも大きくとりあげられたほどだ。

 さすがに安全性に対して、このままではマズいという思考が働いたのか、しばらく幽斐(ゆうひ)高校は休校になり、市の担当者が安全を確認するまで閉鎖となっていた。

 それがようやく解除されたのが、つい4日前のこと。幽斐(ゆうひ)高校の理事会に対する行政指導と、役員の辞任という波乱(はらん)はあったものの、今では普段どおりの日常が戻ってきている。

 ただ一点。美里と紫苑が、克己の家で朝ごはんを食べるようになったということを(のぞ)いては、今までと変わらない生活が戻ってきていた。


 ―――まあ、別に朝飯を私の家で食べようが何をしようが、別にかまわないのだがね。しかし、この2人はいつのまにこんなにも仲良くなったのだろうか。


 目の前には、茶碗に米を盛る美里と、それをテーブルの上に並べる紫苑という連携(れんけい)が見て取れる。そこには相手のことを邪険(じゃけん)にしているような(すさ)んだ雰囲気はなく、互いに信頼しあっているような一体感が生まれていた。それを見るに克己は、ブルっと、身震(みぶる)いを覚え、

「……天変(てんぺん)地異(ちい)の前触れだろうか、これは」

「おいカツミ、お前、さっきから何をブツブツと言っているのだ? ついに狂ったか。なに任せろ、私が一生介護してやるから。フフフ、ちゃんとオムツもかえてやるぞ」

「食事時にオムツがどうのと言葉を口にする君の脳味噌の具合を疑うよ、私は。あいかわらず規格外だな君は」

「いや〜、そう言われると照れるぞ」

 やはり規格外な女のたわ言を無視して、克己もテーブルに食材を並べるのを手伝っていく。

 ほとんど準備は完了ており、すぐさまテーブルには、みそ汁に鮭の塩焼き、漬物と卵焼きに、山のように米が盛られた茶碗が並ぶことになった。

「じゃ〜、いただきますね?」

「いただきます」

「いただきまガツガツガツ」

「……いただきます」

 克己の右隣に美里、左隣には紫苑という座席。

 とりあえず、右で米の摂取に心血を注いでいる美里は無視して、克己は漬物を食べながら紫苑のほうをうかがった。

 ゆっくりと卵焼きを口に運ぶ紫苑の姿。食物を飲み込むごとに激痛がはしるらしく、紫苑の表情は微妙にこわばっている。普段は、自分の痛みをさとらせまいと、無表情をたもっていることからすれば、相当な痛みを感じていることがうかがい知れた。

「紫苑くん、やはり、体が痛むかね?」

「……ええ、まあアバラ骨の第8から第12までのすべてが折れているので、当然といえば当然ですけどね。今も、バストバンドでなんとか、痛みを軽減して耐えているところです」

「やはり……」

「まあ、しかし鵜飼さんの左腕も骨折ということで、痛み分けというところでしょうね。日常生活に支障がでるということであれば、むしろ彼女のほうが負傷が大きいといえるでしょう。そうです。別に私は完敗したわけではないのです」

「……紫苑くん。一人で何を納得しているのか知らんが、それはあの木造校舎爆発事件の日のことを言っているのだろう? なにやら、私はのけ者扱いされてるらしいが、もうそろそろ、あの日なにがあったか教えてもらえないかね」

「それはダメだぞ」

 メシをガツガツとかきこみながら、克己の右隣に立つ美里が言う。

 何故か美里の目の前のおかずはほとんどなくなっており、この一瞬であの量の有機物の塊はどこに消えたのだろうかと克己は疑問に思う。

 美里は、尚もガツガツと白米をたいらげながら、

「私と紫苑の間には“休戦協定”が結ばれている。あの日にあったことはすべて、私と紫苑の間だけの秘密なのだ。いくら克己といえども、こればっかりは仕方ないな」

「秘密秘密というがね。それほどかたくなな態度をとるということは、それなりに秘密にしなければならないことがあるということだろう。厄介事はごめんだよ。問題が表面化しないうちに、その全容を知っておきたいのだが?」

「ダメなものはダメだ。おい紫苑。お前からもなんとか言ってやれ」

「……新城くんに隠し事をするのは不本意ですが、鵜飼さんの言うとおりです。すみませんね、新城くん。あの日のことは秘密です」

 どこか息ぴったりの2人である。

 そんな美里と紫苑の断固とした態度を見て、さすがに克己もそれ以上の追及をすることはなかった。

 のけ者にされているような気分はぬけないが、2人の強情さを知っている克己は、すべてを諦めることにして、目の前の朝食に集中し始める。



 片手には茶碗。

 湯気をたてる味噌汁をググっと飲み干す。

 右隣には鵜飼美里。

 左隣には白取紫苑。

 新城家の朝の日常は、まだ始まったばかりだった。




(終わり)

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