9.砂の魔王攻略準備
この辺の時間帯で行ってみよう
「ほれ、品物のお届けだ」
「おう、じゃあこっちと交換だな」
次の日、同じ講義を受ける際に前日に約束したノートを修二と交換する。
俺の渡したものは昨夜異世界から帰った後にフランから借りたノートを写したため、俺の物だが修二から渡されたものは奏のノートだった。
「お前……毎回彼女のノート丸ごと持ってくるなよな……」
「あ?だって勇人だって俺が不正確に写したノートを渡されるより秀才のキレイなノートの方が良いだろ?」
そう言う問題ではない。奏のノートを持っていることによって彼女のファンに闇討ちされる危険性を僅かながら孕むことになるのが問題なのだ。
「彼氏のお前が持ってる分には問題ねぇが同じサークルってだけの俺がファンクラブ作られるほど人気の女のノートを持ってることで俺の身に危険が迫るとは思わないのか?」
いくら中学時代からの友人と言ってもそんな事は過激派にとって些細なこと、武力行使も辞さない連中もいるのだ。
「まぁまぁ、勇人がさっさと写せば良いだけだろ?今回も講義中にお前の方へ目がいきづらくしてやるからさっ!」
そう言って修二は少し離れた所で不満げな表情を浮かべながら腕を組んで立っていた奏の方へと駆けていった。
「はぁ……、フラン、ないとは思うがちょっと周辺警戒もしといてくれ。……地球に影響が出ない程度に魔術使うがな」
「畏まりました」
◇◇◇
魔術…それは地球には存在しない魔力と呼ばれる普通目に見えない気体のようなものを使って様々な現象を起こすことができる技術だ。
神によって異世界に呼ばれた勇者はその神に魔術を与えられる。
勇人が与えられた魔術は闇魔術と黒魔術だ。
ノイル様によると勇者は赤、青、黄、黒、白と五人いるらしいが前半三人はそれぞれ火、水、風と一つしか魔術を与えられないが白と黒はそれらとは別に色と同じ名の魔術、白魔術と黒魔術を与えられる。
これが何故なのかは知らないし大して興味もないが五年過ごしてきて流石にある程度の推測はついている。
ちなみに白の勇者が使えるのは光魔術だ、実に一番勇者らしい属性だと思う。
そして俺がこれから少しだけ使う魔術、それがこの黒魔術だ。
黒魔術と聞くと呪いや邪悪なイメージを持つだろう。
実際呪いの魔術もあるが死ぬレベルの重い効果を持たせようとするととてつもない量の魔力が必要になる。
俺が今回使う魔術は混乱、それもかなり軽度なものだ。
そもそも魔力が存在しない地球で魔術を使おうとすると全て体内の魔力で構成しなければならない。
そして地球では魔力が勝手に霧散していくため、使いたくても軽度なものしか使えない。
(まぁやろうと思えばもっと強力な魔術も使えるけどな……)
とは言えあまり目立った魔術を使えばこのご時世、すぐにネットで情報が伝わり、色々と面倒なことになりかねない。
なので効果としては勇人を見覚えはあるまでも勇人と認識できない、というレベルの混乱……受けても物忘れ程度にしか思えないほどの魔術だ。
これによってこの講義中勇人が奏のノートを持っていようが写していようが誰にも気づかれない。
範囲はこの講義室全体、ただし勇人のノートには僅かに魔力を纏わせておいたのでこの程度の魔術なら抵抗出来る程度の魔力が修二の周辺にあることになり、後で『お前何処行ってたんだ~?』とか言われないで済むようにしてある。
と、このように黒魔術はただ魔力を纏うだけで抵抗できてしまう欠陥がある。
その魔力を貫通させるか気づかないうちに食らわせるのが基本だがそれがなかなか難しい。
我らが勇者様が使う魔術は有名なのだ。
多少脳がある魔族……言語を解する魔物のような相手なら勇人が黒の勇者と分かればすぐさま全身に魔力を纏わせる。
勇人は相手のことを知らないのに相手は勇人のことを知っているなんていうのは日常茶飯事だ。
(知られていた所で俺は負けない……負けられない……)
己の利益のために行動しているとは言え勇人にも多少の正義感はある。
他の勇者達と比べるとそれは薄いかもしれないが……。
(砂……砂か……)
ノートを写し終え、講義を上の空で聞きながら異世界での行動方針を練り始める。
幸い、この講義は殆どレジュメに書かれていることの復習程度の話しかしない。
足りないところがあればフランに少し見せて貰えば良いだけだった。
(フランに水魔術を使わせるのはありだがあの砂漠だ。空気中の水分が薄くてあまり強力な魔術は使えない)
魔術は基本的に自然の魔力と自身の魔力を掛け合わせて使う。水魔術であれば空気中に漂う微細な水分に宿る魔力を操作し、そこに形状などの指示のために自身の魔力を注ぐ。
自身の魔力だけで魔術を成立させようとするとすぐに魔力が枯渇してしまう。
体の中から魔力が無くなれば普通の人間は死ぬ。
ただし、元々魔力が無かった地球の人間……つまり勇者達にはその制限はない。そもそも全身に魔力を宿しているのではなく神によって魔力器官と称した物を与えられ、そこから魔力を生み出しているのだ。
一度に生成できる魔力量には限りがあり、生成しても溜め込める量、期間もその勇者によって違う。
ただし、何度も魔力を生成、魔術を行使を繰り返すことである程度鍛えることはできる。
ではその魔力は何を元手にして生み出されているのか。
それは五年経った今でも分からない。
魔力器官を酷使したところで腹の減りが早くなるわけでも特別体調が悪くなるわけでもない……多少疲れるような気もするが精神的な物もあるかもしれない。
酷使してる状況はそれ相応の危険が迫ってる状況が大半なのだから。
(とりあえずいつも通りの道具は持っていくとして……、まぁ何とかなるだろ)
勇人はフランと二人で行くなら何が来ようと問題ないと思っている。
彼女は様々な属性の魔術を使えるため魔術を封じてくるような相手がいない限り無敵だ。
そして勇人は最強の勇者と呼ばれる存在、邪神族の息がかかった程度の連中に負ける気はない。
その後も楽に『砂の魔王』を討伐する策を練っていたがその姿も見たことないため考えるのにも限界があった。
そのうち、百分が経過し、講義が終了した。
「勇人~、終わってるか?」
「あぁ。奏、助かった」
「はい、どうも。……とりあえずこのバカには後でお仕置きをすることにしたわ」
「え~」
「え~、じゃないわよ!勇人はまだフランちゃんのを写して自分のノートを渡してるけどあなたは私のノートを丸ごと渡してるでしょ!?毎回失くしたかと思ってビックリするのよ」
なんと修二は事前に許可をとらずに奏のノートを俺に渡していたらしい。
過去に何回か同様の取引をしていたがこの口振りからその時も事前許可無しだったようだ。
「勇人~、助けてくれぇ」
「あー……それは庇えない」
「ほら行くわよっ!とりあえず最初にスタバで新商品でも奢らせることにするわ」
「げ、高いんだよっ!あそこの飲み物全部!今月そんな余裕ねぇぞ!?」
「あなたの財布事情なんて知らないわよ」
修二の後ろ襟を掴んで引きずるようにして奏は講義室を去っていった。
奏の力では修二を引きずることなど出来ないはずなので彼の方も甘んじて受け入れるつもりなのだろう。
「……フラン、俺に何かして欲しいことはあるか?」
「……いえ、私はご主人様の手となり足となるために居るので」
「そうか……まぁ、何かあったら言えよ」
それくらいの準備はある。と付け加えて言うがフランは何も希望を言わなかった。
その後の講義中にも夜のために色々と対策を練っていたが結局は普段通りの準備で問題ないだろうという結論に至り、全ての講義が終わった後に帰宅。
異世界へ行く時間となった。