3.魔物よりもよっぽど手強い敵
次回は21時予定!
(……あいっかわらず眠い講義だ……)
突っ伏す寸前の所で組んだ腕の上に顎を乗せて眠気を誘う講義を聞く。
正直眠気を誘う魔術でも使ってるんじゃないかと思うくらい眠い。
(まぁ俺自身が重度の睡眠不足ってのもあるだろうが……周囲を見る限り俺じゃなくても眠いだろ、これ)
周囲を横目で見ると右隣に座るフランは背筋を伸ばして興味深そうに講義を聞いているが他は大体勇人と似たり寄ったり、もしくは既に夢の世界へと旅立っているかだった。
だが講義を行う教授が気にしないところを見ると毎年こんな感じなのだろう。
睡魔に負けたものから板書は遅れていく、そして期末考査のために数少ない完全なノートを求め大慌てで準備をすることになるのだろう。
人脈はこういう時重要だ。
完全なボッチには人を頼るという方法が出来ないため、完全なる自己責任となるため、リア充と呼ばれるリアルを充実させるために身だしなみ、喋り方等に努力を重ねた者……とまではいかないまでもある程度人付き合いが上手くなければ不利になるだろう。
勇人にはフランがいるためあまり問題ないが友人との交換条件でノートを見せ合うことはある。
稀に金銭や昼食代を条件に……というのもあるがどちらにしろ対価を支払えば結果が返ってくる人材は数人いる。
と別の事に思考を割いているといつの間にか講義の時間は終わっていた。
板書は不完全だが後でフランに頼んで見せて貰うことにして二人で講義室を立ち去った。
◇◇◇
「フラン、昼飯の後って確か休講だったっけ?」
「はい、日本史の教授が夏風邪による体調不良のため休講になっています」
「よし!じゃあ一講分とはいえ寝れるな!近場のネカフェに行くぞ」
「畏まりました」
さて、当然のようにフランを侍らせているが周囲にそれを不思議に思う人間はいない。
それは何故か。答えは簡単、ノイル様に頼み込んだ内容にこれも含まれているからだ。
異世界から人一人を引っ張ってくるのに必要なのは戸籍、言語能力、常識、その他にも色々とあるが、まず従者を連れてる大学生など全く一般人ではない。
だからその辺の事情を神様が使う魔法によって解決して貰った。
魔術は単に体の中にある魔力を術という形にして理論上可能な現象を起こす物だ。
しかし、魔法は世界の法則を魔力によって書き換える物だ。
起きる現象の規模が違う。
そういう意味では勇人やフランがノイルによって与えられた空間魔術は空間魔法とも呼べる代物だろう。
物質が突然消え去って別の場所に現れる、ましてや次元が違う全く別の世界へ移動する技術など現代において実現不可能なものなのだから。
ノイルが発動させた魔法は勇人とフランが常に一緒にいて、主従関係であることに違和感を感じないようにする魔法。範囲は太陽系全体という破格のものだ。
逆に二人がバラバラに行動してると違和感を感じる人達が出てしまう、という思わぬ弱点があったもののこの魔法がある限り勇人がフランに命令してても誰も何の違和感も持たずに過ごす。
それがさも当たり前かのように。
「おーおー、今日もフランちゃんは可愛いね~、うちの彼女ほどじゃないけど」
「あ?……修二か、なんだ、彼女自慢しに来たのか?」
突如その辺の女子とフランを比べられた事に若干の苛立ちを覚えたもののいつも通りの友人の姿があって一瞬でその苛立ちは消える。
黄金修二。髪を茶色に染めてる如何にもチャラそうな見た目でこの大学内でトップクラスの美女と称される学生と付き合っている俺の中学時代からの親友だ。
ちなみにその付き合っている美女も同じく中学時代からの仲だが俺はあまり目立ちたくないため最近は表立って近寄らないようにしている。
(まぁ修二と一緒に居るときは避けて通れない状況になるけど)
フランも有名だが常時俺の近くにいるため声をかけられることは少ない。
何せ俺の見た目はキッツい度が入ってそうなメガネに目の前が殆ど見えなそうな前髪を垂らした俗に言う陰キャと呼ばれる存在、ノイルによる魔法が働いていなければフランはあっという間に俺から遠ざけられたことだろう。
「外に出ようとしてるっつーことはこれから暇か?」
「暇じゃない、ネカフェに行く予定がある」
「あ?もしかして休講だからって昼間っから致す気か?」
親友は下品な笑みを浮かべるも俺は首を横に振る。
「ちげぇよ。俺が常に寝不足なのはお前も知ってんだろ。百分とは言え寝るのと寝ないのじゃあ大きな違いが出てくるんだよ」
「ほう、それは好都合だな。……その睡眠時間を二百分に増やす取引がある、と言ったら?」
「……内容は?」
睡眠時間が増やせると聞けば乗り気になるもの、さっさと言うように先を促す。
「次が休講、だがその次には『憲法Ⅱ』が待っている筈だ。そこで、さっきの『現代政治学』の時のフランちゃんのノート貸してくれねぇか?代わりに俺が今回の『憲法Ⅱ』のノートの都合を付けてやる。勿論、質は保証しよう」
「乗った。じゃあ明日は二講スタートだからその時にでも交換しよう」
「しっしっし、交渉成立だな」
お互いに黒い笑みを浮かべながら握手をする。
恐らく修二は彼女のノートを借りてくるのだろう、彼女は勉学にも精通している万能人だ。
こうして見る者によっては不快感を覚えるだろう交渉は終了し、それぞれの目的地へと足を進めることになった。
◇◇◇
「三時間で、部屋は……ここでお願いします」
「畏まりました。ごゆっくりどうぞ」
ネカフェの店員に退出予定時間や部屋番号等が記入された紙を渡され、フランと共にその部屋へと足を運ぶ二人で過ごすには多少狭いが特に問題はない。
「んじゃ、フラン、俺は寝るが……また漫画見るのか?」
「はい。ここにはご主人様の部屋にないジャンルのものもあるので……ダメでしょうか?」
「いーや、好きにしていいぞ。時間が迫っても起きなかったら無理矢理にでも叩き起こしてくれ」
ネカフェに行く最中に修二からスマホに『五講終了後にオカ研の定例会があるからお前も来いよ~?』という内容の連絡が入り、『分かった』と返信した以上遅れる訳にはいかない。
ちなみにオカ研とは俺や修二を含む数人が参加しているサークル、オカルト研究会の略称であり、昨年と同じように夏休みに誰かの所に集まろうという主旨の会議だと俺は予想している。
(五講、つまり『憲法Ⅱ』終了後に集まるのだからここに二百分丸々居ると遅刻する……三時間、これがベストな長さだろ……)
欲を言えばサボりたいもののオカ研は実は俺が半強制的にトップの座に祭り上げられているサークルであり、サボることは不可能、というか修二がさせない。
『神隠し』という現象を知っているだろうか?
一般的には神域である山や森などで行方不明となったり突如として街から失踪したりする事を神の仕業と捉えた概念とされている。
実際のところ山や森などの神隠しは大体クマなどに襲われて喰われた説が有力であり、クマの繁殖期である六、七月に多いことから頷けるだろう。
しかし、街中での神隠しは違う。人気のない環境に行ってしまった子供などが誘拐されることはあるだろうがこの現代、監視カメラの目を完全に欺くことなどそうそう出来やしない。
それでも突如として人が消える、カメラに消える瞬間が写る、そんな瞬間が世界各地で年に数回訪れる。
錯覚でもない、種も仕掛けも無いためマジックでもない、誰にも立証できないその現象、これこそ『神隠し』だろう。
そして俺はこれが本当に神の仕業だと知っている。
何せ俺はその神隠しに何度も遭遇し、そして何度も帰還した人物である。
有り得ない超常現象のため、全国に報道されたり、新聞に載ったりなどはしない。だが人の口に戸は建てられないものだ。
近しい人間から段々と広まっていき、今ではこの有り様。
何となく近寄りがたいのは外見もあるがこれが一番の要因だろう。
普通、何処に行くかも戻ってこれるかも分からない『神隠し』に好んで巻き込まれたくはない。
それを面白おかしく解釈し、物好きを集めて修二が俺に相談もなしに立ち上げたのがオカルト研究会だ。
我が親友ながら腫れ物のように扱えとは言わないがもう少し気を遣うという事はしないのだろうか……?
何故こんなデリカシーなしが幼馴染みとは言え彼女を落とせたのか少し興味がある。
こんなことに思考を割いているうちに眠気に襲われ、そのまま身を委ねる。
実に十日ぶりの熟睡は大変心地良いものだった……