2.神様のお言葉
次回は明日昼12時予定!
『はーい、お疲れ~。今回もまた早かったね~♪』
「あ?今大学の準備してるから後にしろ」
今日持っていく教材をまとめ、リュックに入れながら応対する。
その相手は俺を『勇者』という大変面倒な仕事に引きずり込んだ張本人、自称『神様』である。
『その後にしろって言うのは何時になるのかな?』
「今日の大学終わって明日は火曜日……土曜日の昼だな」
『ちょっ、ちょっと待って!?何で一週間近く待たなきゃいけないの!?』
慌てる声にうんざりしながら目を向けるとそこには絹のような素材のドレスを纏った長い黒髪の女性が立っていた。
「ったく、一般大学生の家に立体映像で出てくんなよ。まだこの世界じゃ発展途上の技術だぞ?」
『先にこっちの質問に答えなさいよ!な・ん・で!私を優先しないの!?私神様だよ!?』
「ご主人様、朝食が……いらっしゃっていたのですね。神様」
『あ、フランちゃんおっひさ~。五年経ったけどこっちの生活には慣れた?』
今度はフランにも絡みに行った。
彼女の言うとおりフランは元々異世界の出身、それも俺が最初に救った世界のだ
「はぁ……大体あんたの話は聞いてたら一時間はすぐに経つんだよ。お喋り神」
『お喋り神?私そんな呼ばれ方してるの?』
「他にもあるぞ。ブラック神、ポンコツ神、ダメ社長、ポッと出なんもしない神」
『ちょっとちょっと!私への敬意が足りてないんじゃない!?』
「……五年間一度も名乗らない上にフランをこっちの世界に渡らせる時にしか協力してもらったことないじゃねぇか」
『そんな事は……あれ?』
腕を組み考え事に耽る神様。
絵になるなぁ……と思ってしまうのが少し悔しかったが放置して朝食を食べに行くことにした。
『そういえば私、神様ってしか言ってなかったかも。ってちょっと待って!名乗るから少しくらい話を聞いてよ~!?』
ついに涙目になった神様。
ちなみにこの形で出てきた神様は移動が出来ないため、朝食を食べにリビングに行くと彼女は俺の部屋でボッチとなる。
「仕方ないか。フラン、こっちに朝食持ってきてくれ。この構って神を放置すると拗ねて更に面倒になる」
『また新しい呼ばれ方出てきたし!』
こうして騒がしい朝食になること間違いなしになった。
◇◇◇
『まず私の名前ね。私は神様の中でもエリート、全ての世界の治安を守る勇者を管理する神様達『アルコンシェル』の一人、黒の勇者担当のノイル。この機会に覚えておいて』
「まず『アルコンシェル』なんて聞いたことなかったし……五年勇者やってて上司が何処の誰なのか知らなかったとかありえねぇ……」
『ごめんってば~。君が優秀すぎてすっかり忘れてたんだよ』
神さm……ノイル様によると『アルコンシェル』は五人の勇者にそれぞれ一人ずつ割り当てて管理し、更に上に二人相談役として別の神が居るという組織らしい。
「勇者が五人居ることは知ってたが……まぁ確かにノイル様が全員管理するのは無理か」
『ちょっと、私の仕事能力を舐めないでよね!』
「え、仮に俺が五人に増えたとしてノイル様に全員管理出来るとお思いでしょうか?」
『……』
「目逸らすなポンコツ神」
『うー!あんたが仕事早すぎるのが問題なのよ!普通の勇者は年間五つくらいの世界を救う程度なのになんであんたは十日で一つ救っちゃってるのよ!?』
「俺は極力やる事を溜め込みたくないからさっさと終わらせてるんだ。次々と仕事を持ってきてるのはノイル様だ」
『しょうがないでしょ!?『アルコンシェル』には次々と異世界から救援要請が来るんだから。空いた枠は即座に埋めなきゃ文句言われるのよ』
「おい、待て。どういうことだ、それ」
今俺の生活習慣上無視できない事を言われた気がしたので聞き返す。
『え?だからぁ、仕事は当分無くならないわよ?今回だって次の世界からの依頼を持ってきたんだから』
「はぁ!?おまっ、やっと睡眠時間取れると思ったら明日からまーた夜に別の異世界行かないといけないのかよ……」
フォークを咥えながら食卓に顎を載せて頭の中で内容を整理する。
まず勇者を続けていく中で今のところ仕事が無くなることはない。
つまり収入や食料が枯渇することはそこまで考えなくて良いと言うことだ。
相当欲しいものがその世界に無い限り俺はこっちで売り払える貴金属と日々の生活のための食料を報酬に要求する。
次に、夜の時間が空白になることは当分無いという事態だ。
これは早急に何とかしなければならない。何故なら人は寝ずには生きていけないからだ。
五年前は置いておくとしてここ数ヵ月の中での最高値は十徹、つまり十日間は寝ずに動くことは出来る。
しかし、ここから先は前人未踏の領域、流石に寝ずに生活していくのは不安が残る。
突然死ぬのは御免だ。
「んで、内容は?」
『えぇっと……うわ、これ酷いわねぇ。通称『砂の魔王』によって世界が砂漠となってしまい、残されたオアシスで人類が生き残れる時間はごく僅か。早急に『砂の魔王』を討伐して欲しい。とのことだね』
「めっちゃ緊急性高いじゃねぇか……」
頭が痛い話だ……。
砂漠化してるということは農作物に期待出来ないから報酬を食料で請求するのはその世界の人々は魔王の脅威が去った次の瞬間飢饉に襲われるに等しい。
百パーセント領地や地位、その地の金銭での支払いになってしまうだろう。
「……その世界の食料状況と貴金属製品の生産状況は……?」
『聞くだけ無駄だとは思わない?』
「……もう滅んだ方が早いんじゃね?そんな世界救う価値を見出だせないんだが」
『そういうわけにもいかないのよねぇ~。魔物側の上位存在、邪神族にあんまり力を付けられると面倒なことになるわよ?』
ノイル様が以前話していた事だがその世界の人類が完全に魔物側に屈服すると管理者が『アルコンシェル』ではなく邪神族と呼ばれる魔物側の神に変更されてしまうらしい。
この存在を普通の人間が知る手段はなく、俺のような勇者以外で知っているということは、かの存在と関わりがあったと認めているようなものだと言う。
これはこの世の理としてどうやっても変えることはできない。
無論、その世界に勇者を送り込むことも出来るが味方も殆どいない世界では楽に勝てるものではない。
自陣の勢力が残っているから悪状況をひっくり返すことができるのだ。
「はぁ……なんで『アルコンシェル』はここまで追い詰められた状態を放置してるんだか……」
『青の勇者だったら得意属性的にも少し楽なんだろうけどね。まだちょっと新人過ぎるから厳しい状況の世界へ送り込んで死なれても困るんだってさ』
「……あぁ、そういえば先代は一ヶ月前くらいに死んだんだったな」
新たな勇者の誕生と死はノイル様を通じて何度も伝えられてきた。
死んだ勇者の人数は三十を越えた辺りから数えるのをやめた。
「珍しく一年以上もった勇者だったのに、惜しい奴を失くしたものだ……会ったことないけど」
『一つ目の世界を救ったことで増長して二つ目の世界で調子に乗って死ぬっていうパターンが定着してるのが問題なのよ。その点あんたは勇者歴五年のベテラン、『アルコンシェル』史上歴代二位の生存日数よ』
「嬉しくねぇよ。ただ俺は真っ当に生きて真っ当に死にたいだけだ。間違っても戦いの中で、とか睡眠不足で、っていう理由で死ぬのは御免だ」
『んー、いい加減それ辞めない?大学にしがみついてるみたいだけど十分あんたは勇者やってるだけで良いと思うんだ』
その方がご所望の睡眠時間もしっかり確保できるし、とノイル様が付け加えて言うが軽く睨んで威圧する。
「俺はいつ仕事が無くなるか分からないこの不安定な状況下で何の備えもなしに生きていくのは嫌だね。いざ勇者引退!ってなったときに大学も出てないんじゃ働き先の自由度が狭まるじゃねぇか」
『だからぁ、当分は仕事無くならないって言ってるじゃん』
「その『当分』がいつ消えるかっていう点で信用ならねぇんだよ。信用されたきゃ『アルコンシェル』の本部がある場所にでも連れてけよ。直接ノイル様の上司に問い詰めてやる」
『あー……、それはごめん、多分一生無理』
「は?」
ノイル様は頬を指で軽く掻きながら視線を斜め上へと泳がせる。
「何か不都合でも?」
『うーん、あんたさぁ、異世界行くときに私が渡す座標を元に空間魔術で飛ぶじゃん?』
「あぁ、学業にも専念するために自分で気軽に異世界に行き来出来るようにノイル様から空間魔術を貰ったな」
黒の勇者の能力として空間魔術は始めからあるものではなかった。
しかし、高校時代に急に脳内に連絡が来て異世界へと飛ばされる事にぶちギレた俺にノイル様が空間魔術を与えて現在のスタイルに至る。
あぁ、フランの件以外にもノイル様が手を貸してくれたとすればこれか。
『それ、一度行った場所は座標無くても場所を頭に思い浮かべて魔力を一定量消費して飛べるじゃん?だから……その……』
「あぁ、つまり俺が突然『アルコンシェル』の本部に殴り込みに行くのを防ぐためか」
その言葉にノイル様が申し訳なさそうに頷く。
確かに『アルコンシェル』というノイル様の所属先が判明した以上、場所が分かるなら依頼内容の直談判をしに行くのも吝かではない。
『一応距離的に勇者とはいえ人間が保有する魔力量で行ける筈はないんだけど……あんた色々と規格外だから連れてくるの禁止されちゃったのよね……』
「……まぁ納得はした。信用出来ないって事は変わらないけど」
『うっ……まぁしょうがないわね』
そんな話をしているうちに朝食も済み、大学へ向かう時間となる。
やはり一時間近くは話をしていた。
「まぁいつも通り大学終わった後に異世界に行く。まぁ今回も十日を目安に『砂の魔王』とやらを倒すつもりだ」
『気を付けなさいよ?報酬に関しては上に掛け合ってみるから』
「あぁ、流石に何もないんじゃやる気も起きないからな」
「では、行って参ります、ノイル様」
『はいはーい、フランちゃんもその子の管理よろしくねぇ~』
「畏まりました」
「はぁ……こんな蒸し暑い中外に出るのだりぃ」
「日傘の用意はしてますがお使いになりますか?」
「あぁ、使う」
「ではどうぞ」
そうして二人で使うには少し広い家を出ていくフランと勇人をノイルは見送る。
『ホント、仲の良いことで……』
そう言い残して立体映像として映されていたノイルの姿も消え、家の中は静寂に包まれた。