16.最強勇者の固有魔術
固有魔術の御披露目会
『質量保存の法則』という物を知っているだろうか。
化学などにおいて「化学反応の前後で、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらない」などと言った説明がされている法則だ。
基本的に1の重さからは1の重さのものしか生まれない。水の状態変化から急に火が生まれたりはしない。
しかし、勇人の固有魔術はそれを一切無視し、全て魔力で解決することができる。
たとえば、1の質量の炎を同程度の質量の氷に無理矢理変換したり、ライターの火を1としてそれを無理矢理50に変えて周囲を炎に包んだり、と言った事が出来るようになる魔術、平等で成り立っている法則を不平等へとねじ曲げる、故に勇人が名付けたこの魔術の名は『不等価交換』。
◇◇◇
「っ!?速い!」
勇人は不等価交換によって黒魔術『身体能力低下』を白魔術『身体能力強化』へと変換し、ハティルに斬りかかる。
しかし、遠距離が得意でも魔王の身体能力は勇者に決して劣らない、むしろ勝っている。
だから強力な固有魔術が求められている、正攻法で勝てないなら常識外の力を持つ勇者を用意すれば良い。
勇人はこうして選ばれた人間の一人だ。
「舐めるなぁ!!『豪砂塵壁』!!」
これでは不味いとハティルは自身の周囲に一粒一粒の砂を鋭くした砂竜巻を発生させ、勇人を遠ざける。
「さて、これで終わらすか」
そう言って取り出したのは……『ゾウさんのジョウロ』だ。
「バカにしてるのか!?そんなオモチャで何ができる!」
「オモチャかぁ、こんな成りでも魔道具なんだ、舐めてると……痛い目見るぜ?」
魔力を注ぐと、『ゾウさんのジョウロ』は周囲の水分を集め始める、しかし、先程フランが使った『氷壁』の時点で足りないのは分かっている。
なので無理矢理増やす事にする。
「『水1=水200』、まぁこれくらいで良いだろ、食らえ、『大水流』」
『不等価交換』を使った瞬間、『ゾウさんのジョウロ』は嫌な音を立てたので後半は早口だ。
そして集めた水を解放した瞬間、明らかに増やしすぎた事を悟った。
理科室の水道のように強すぎる水圧で勢いよく出た水はあっという間に砂で出来た城を崩壊へと導き、敵味方問わず全員を津波の如く勢いで巻き込みながら二分程の間、水が止まらなかった。
止まった頃には兵士はあちこちに倒れ、ハティルも一番あの水圧をもろに受けたからか死んだように突っ伏している。
勇人とフラン、それとシェスカは咄嗟に空間魔術で城下町へと逃げていた。
町の人々は神の恵みだ、と水を喜んでいたが残念、それはゾウさんの鼻から出たとても人工的な恵みだ。
「くっ、こんなふざけた攻撃で私が負けるわけにはっ!」
「お、水圧で死んだかと思ったが……やっぱり魔王は丈夫だなぁ」
しかし、俺の役目はこれで終わり。
真打ち登場と行こうか。
「ハティル・エストノエラ……まさかこの手で貴様を殺す機会が得られるとはな。人生分からないものだ」
「っ!?き、貴様……何故生きてる!?」
そう、魔王への止めは今回彼女に譲ることにした。
魔王という濡れ衣を着せられた悲劇の魔導師、サージュに。
「シェスカさん、貴女の理想は現実に変えさせてもらった。ちゃんと彼女は生きて戻したよ」
「サ、サージュ!あなた、本当に生きて」
「すまない、シェスカ。先ずは奴を殺してからだ」
抱きつこうとするシェスカを手を前に出して制し、後で、な?と優しい顔で告げて背を向ける。
そして腰の鞘から大きく湾曲した刀を抜き、ハティルへと近づく。
「ちっ、『砂弾』!」
「遅い、子供でも避けれるぞ」
ハティルは少しでもサージュが近づくのを遅くしようと抵抗するも周囲の砂は全て湿って重くなっているため、先程のような速度はない。
「私が貴様から首輪をかけられなければ先代は死ななかったっ!少しでも先代の無念を晴らすためにも、貴様は、貴様だけはこの剣で斬らねばならないっ!!」
聞けば先代王は操られたサージュによって殺されたらしい。
そのショックで抵抗する気力が失われてしまい、気づけば自身が魔王として君臨していた。
「貴様を殺した後、私も後を追ってやる。地獄の底までなっ!!」
「ガッ!?」
ハティルは頭に蹴りを入れられ、軽く吹き飛ぶ。
「くっ、こうなったら……」
「無駄な抵抗はやめろ。貴様の死は変わらないっ!」
サージュは何度もハティルの体を斬りつけ、なぶり殺しにするつもりらしい。
だが、ハティルは何故か抵抗しない。
それどころか俯いて自分の罪を数え……て……。
(いや、違う!これは奴らの!!)
「サージュ!さっさとそいつを殺せ!でないと面倒な」
「もう遅い」
ニヤリと笑みを浮かべたハティル。
すると地面に禍々しい円が現れ、二対の竜が絡まる紋章……邪神族を崇める者が体の何処かに刻む紋章が浮かび上がった。
「出でよ!邪神の騎士よ!盟主の約定に従い、我らが神敵を葬れ!!」
そうハティルが叫んだ瞬間、黒い雷が円の中心を貫いた。
「くっそ!『黒魔=風魔。魔力対消滅』!あー、頭いてぇっ!!『風の揺りかご』!」
黒い雷を避け切れず、吹き飛ぶサージュに『魔力対消滅』を当て、それを風で包んで運ぶ魔術、『風の揺りかご』に変換する。
「フランドール様、どうしてノワール様は頭を抱えながら魔術を使っているのですか?」
「ご主人様の固有魔術は自由度が高い。しかし、変化が大きいほど魔力消費も多くなっていくのです」
量を少し増やす程度、似た効果、そっくり反対の効果などは容易く変えれる、しかし、今行ったのはただ魔力を消すだけの魔術を風魔術に変換し、さらに『風の揺りかご』という形にした。
普通に風魔術に変換すればそよ風が起こるだけのため、この変換は全て脳内で組み上げて一つ一つの操作に膨大な魔力を消費する必要がある。
影響力で言えば先程の水よりも少ないが実際はそれの倍以上の魔力を消費しているのだ。
「大丈夫か!サージュ」
「あぁ、すまない。仕留め損なった」
「いや、これは俺の読みが甘かった。邪神直下の四騎士を呼べる程度には力を与えられていたらしいな」
黒い雷が降った場所には身長は二メートルに及ぶだろう巨大な黒い鎧が立っていた。
「我を呼んだ魔王よ。望みはなんだ?」
「黒の勇者を殺し!この辺りの人間を全員殺してしまえぇぇ!!私の手に入らぬのならこんな国は要らない!」
それを聞いた黒騎士は……
「はぁ……」
肩を落とし、脱力した声をあげた。