15.仕上げ
翌朝、勇人とフランはエストノエラの王城…ハティル王の元へと再び足を運んだ。
シェスカに謁見を要請するとそれはすぐさま受理され、玉座の間にて数分待つとすぐに王は現れた。
形式上膝をついて頭を下げ、王からの許しが出るまで待機する。
(周囲に兵士が一二……全部で二十か)
前回はシェスカのみだった兵士や魔術師が何故か今回は大量に用意されていた、が、王が話しだしたため、意識をそちらへと戻す。
「面を上げよ。ふむ、随分と早いお帰りだな。はてさて、用件は?」
「サージュ討伐の報告です」
「ほう!まさかこの世界に来て三日程度で解決してしまうとは、実力を見誤っていたぞ」
それから勇人はサージュとの戦いの全貌を大まかに説明した。
魔物と共に引きこもっていたこと、魔物が全て消えると彼女自身が現れ、こちらに牙を向いてきたこと、そして、彼女の苦しんでいた様子を。
「彼女も我が王国の忠実な民、抗っていたのだな……」
「遺体を持ち帰れず申し訳ありません」
「いや、多くは望まんよ。さて、では報酬を渡さねばな」
さて、始めるとするか。
「っとここまでがハティル王、貴方の理想のシナリオかな?残念ながらそれはここで終わり。ここからは現実の話をしよう」
急に口調を変え、立ち上がる。
「なんだと?」
「まず、勝手ながらこちらを鑑定に出して調べさせて貰った」
ジャラッと宝石同士が触れあう音を出しながら先日前報酬として貰ったネックレスを懐から取り出す。
「価値を疑っていたのか、それで結果は?」
「いやぁ、価値なんて何もない、こうして黒魔術『術式阻害』をぶつければ、ただの土塊だ。しかもご丁寧に呪いまで付いてやがる。もし付けたらどんな目にあったのか、怖いことで」
「シェスカよ、これはどう言うことだ?」
「なっ!王よ、私は誓ってそのような怪しい物を持ち込んだつもりは!」
おいおい、ここで白を切ってシェスカを売るのか。
本当につまらない。
「さて、極めつけはこちらだ」
「っ!」
黒い首輪のような物を取り出すと王はそれを見て一秒にも満たない動揺が走り、すぐに平静を装ったがもう遅い。
「これはサージュの首元に付いていたが……どうも、これは隷属の呪いとかそんな感じの効果が付与されてるっぽいんだよなぁ、覚えは無いですか?ハティル王」
「……知らんな、何を言いたいのかさっぱりだよ、黒の勇者」
これでもダメか、なら最後に仕上げだ。
「ちなみに、ハティル王は邪神族の事を何処で知りました?」
「我が国の文献に記載があった。世界を闇へ誘い、破滅を目論む神だとな」
「おっかしいなぁ、邪神族に関する情報は限界まで絞られてて直接知り合うか『アルコンシェル』の勇者くらいしか知ってる人はいない。本に残すなど神界規定違反で即刻存在を抹消されるレベルの大罪だ。そんな事が書いてある本、是非見てみたいものですね?」
「……」
それを聞いて王は黙り込み、うつむく。
「フッフッフ……アッハッハッハ」
「ハ、ハティル王?」
かと思えば不気味に笑いだした。
次の瞬間、体を何かが通り過ぎ、事前に纏っておいた黒魔術等の抵抗用の魔力が剥がされた。
「勇者を殺せ!!」
「フラン!左!『……』黒炎!」
「『白銀世界』」
王の叫びに呼応した兵士達は左の十人は極寒の氷河、右の十人は灼熱の黒い炎に襲われる。
「おっと、死なれては困る『……』氷結」
そして黒い炎は一瞬で氷と化して兵士達の動きを止める。
「今俺達ごと兵士達にかけた……恐らく『精神混濁』の強化版、強力な呪いとも言えるレベルの黒魔術とこれまで並べた物証から見て……どんな結果が出ると思う?ハティル王、いや、砂の魔王!」
『精神混濁』とは肉体ではなく直接精神、つまり人間の根幹とも言える魂に干渉して意識に濃い霧を生み出し、考えがまとまらなくなる魔術。
しかし、今のはそんなレベルではなく、完全に意識を奪い操っていた。
魔王は黒魔術を使う者が多いがここまで強力なのは久しぶりだった。
「ちっ、おとなしく邪魔物を殺して去ればよかったものの、今さら後悔しても遅いぞ?黒の勇者!!」
「フラン、シェスカの救出と自分を最優先。俺は奴を叩く」
「畏まりました。『空間接続』、シェスカさん、こちらへ…『氷壁』」
こちらを煙に巻くのを諦めたのか、周囲から一気に砂が押し寄せて二人を兵士もろとも飲み込もうとする。
フランは空間魔術によってシェスカの近くに空間を繋ぎ、袖を掴んで無理矢理こちら側に引き寄せ、砂を氷の壁で阻むが周囲の水分量が少ないためか二人を守るにはギリギリだった。
そして勇人はどうしてるかと言うと……
「『魔力対消滅』……あれ、これ魔力以外も混じってる感じか、でも、」
砂の波を消そうとするも『魔力対消滅』は魔力にしか通らない、長い間展開されていた魔術は魔力が抜けてその場に質量を持って存在するようになることがある。この砂はエストノエラ周囲に展開されていた砂、つまり魔力によって指示は出されていてもその魔力的要素は限りなく少ないため、『魔力対消滅』が効かないと見た。
しかし、完全に効かないわけではない。
少なくとも指示には魔力が必要だ、だからその指示を消すことくらいはできる。
「じゃあこうだ。『……魔力対消滅』!」
もう一度勇人が『魔力対消滅』を使うと、荒れ狂う砂の波は勢いを失い、フランが作った氷壁も、兵士を凍らせていた氷も全て水に還った
きらびやかな装飾も全て茶色い味気ないものへと変化してしまった。
「……私の砂が止まっただと?どういうことだ」
「簡単な話だよ。黒魔術『魔力対消滅』をこの空間に展開した。それだけだ」
「『魔力対消滅』……?そんな同程度の魔力にしか効かない魔術を打ち消す黒魔術などに私の砂が止められただと!?」
そう、勇人は愛用しているがこの『魔力対消滅』は効果だけ聞くと強そうだが使い勝手は悪い。
ぶつけた魔力に負ければ効果を発揮せず、発揮しても消すだけ、攻撃にはまともに使えない。
しかし、勇人達五色の勇者は異世界人とは違って魔力をいくら使っても死なないしそれを生み出す魔力器官という存在は酷使すればするほど容量と魔力の質が上がっていく、役立たずの魔術でも規格外の魔力量と魔力質で使えば玉座の間を飲み込まんとする量の砂に出された指示だろうと止められる。
(……まぁ俺は少し別枠だがな)
そう思いながら懐からまたライターを取り出し、ハティルへと向ける。
「とりあえず焼けとけ、『……』黒え…あ、」
完全に止まっていたかと思った砂から小さい弾のような形の砂がライターを握る手に当たり、そのライターがハティルの方向に弾かれ、拾われる。
「ふ、フッフッフ。少しはやるようだが貴様の固有魔術と弱点は分かっているぞ?」
「へぇ?じゃあ答え合わせをしようか。言ってみろよ」
やっべ、あれ壊したらキャサリンに怒られる……と表情に出さないようにしながらも内心焦る勇人だったがあろうことか目の前の魔王は自身の固有魔術と弱点が分かったという。
後学のためにも話の続きを促すことにした、睡眠欲と早く終わらせたいという欲を抑えながら。
「実は私は貴様らの戦いを見学していた。砂で作った目を浮かせてな。驚くことに貴様は黒の勇者の癖に火と氷の魔術も使えた。しかし、手にはいつもこれが握られていた。察するにこれは火の魔道具だろう?」
「ほうほう、正解だ」
肯定の意思を勇人が示すと満足そうにハティルはニヤニヤとした表情を浮かべる。
「しかし、まだ氷の説明が付かない。ここで私は貴様が氷を使うときは必ずこの魔道具で炎を放っていた。ここから読み取れる貴様の固有魔術は……」
「固有魔術は?」
一瞬わざわざ溜めを挟むハティル。
ちょっとうざったくなってきた。
「ズバリ、反転魔術だ。貴様は火を反転させて氷を産み出していた。貴様は剣技は大したことないようだしこの強力な火の魔道具を奪ってしまえば氷も出せない。つまり貴様は私には勝てない!!ハッハッハッハ!!」
「ふーん、なるほど…ね」
高笑いしてるなぁ、きっと勝利を確信してるのだろう。
違うって言いにくいなぁ。
「分かったら死ね!黒の勇者、偽りの最強よ!」
ハティルがライターの蓋を開け、魔力を手に集中させながら火打ち石を擦り合わせて点火する。
「……は?」
ハティルはこれで勇人達の元へ火の手が回ると思っていたのだろう、しかし残念ながらそれは一般的なライターと変わらない。
手元を照らすだけのちっぽけな黄色い火がつくだけだ。
「ちょっと緑がかった黄色い火ってことは砂の魔術はやっぱり土混じりの風系統か。土魔術は珍しいなぁ、勇者の中にも使える奴いないし」
「ど、どういうことだ!黒の勇者!?」
うるさいよ、道化。
寝不足の頭に響く大声出してるんじゃねぇ。
「言ったろ?理想の時間は終わりだって、だけど今回は特別に、お前の想像と同じ使い方をしてやるよ」
本来黒魔術は目に見えない、だがわざわざ闇魔術を黒魔術に影響がない程度に混ぜ、それをハティルが反転魔術だと思った固有魔術で白魔術に変化させる。
「『不等価交換・黒魔=白魔』、『身体能力低下』」
さぁ、理想を現実に。
終わりを始めようか。