10.異世界攻略に必要なもの
勇人達は空間魔術によって持ち物の制限がほぼない。
しかし余計なものは持っていかないようにしている。
理由は単純明快、魔力の無駄だからだ。
現在空間魔術による収納には現代日本だと違法になりそうなもの……例えば剣などの銃刀法に違反するものや科学的には説明できないものの魔術を用いて爆弾になるような危険物等が常に収納されている。
これらは普通に置いておいて見つかっても困るので容れてあるがここからあまり増やすのは望ましいことではない。
まず一度に放出できる魔力量は個人差はあるがある程度決まっている。
鍛練によって伸びるとして言っても限界はあるのだ。
よって勇人やフランは空間収納を維持するために常に魔力をそこに割かなければならないため、戦闘に使える魔力が若干ながらも削られている。
無論、一度に放出できる魔力量が削られているだけなので継続戦闘能力にはそこまで影響はない。
しかしながら空間収納も決して万能なものではない、というのは分かっただろう。
「えーっと、これはズボンのポケットにでも入れとくか……あ、剣も一振りくらいは手持ちにしとくか。あとは……」
なので追加の持ち物は基本的に身に纏っておくことが多い。
中身を置いて異世界に出る事ができない以上、こうするしかないのだった。
「よし、こんなもんか。フラン、そっちは大丈夫か?」
「問題ありません。いつでも異世界へ出立できます」
「んじゃ、行こう。とりあえず今日は『砂の魔王』とやらを一目見ることを目標としよう」
「畏まりました」
準備ができ、勇人が空間魔術によって空間を異世界へと繋げる。
一度行ったところのため、座標を使う必要はなく想像した場所、エストノエラへと移動することが可能になっている。
そして繋げた瞬間、勇人はその行為がミスだったと知る。
「よし、繋がっ……げ、ヤバいヤバいっ!!」
急いで閉じたものの部屋の中に砂が大量に舞い込み、掃除が決定した。
「……まぁ一徹くらいなら余裕だ……」
「私も手伝います」
「あぁ、帰ってきたら頼む。……あーあ、めんどくさがらずに最初から転移使えばよかった……」
別の空間に行くのにも種類がある。
今のように空間を直接繋げて穴を空ける方法と直接別の空間へ物や人を飛ばす方法だ。
勇人は前者を空間接続、後者を空間転移と呼んでいる。
ようは『どこで○ドア』と『リレ○ト』の違いのようなものだ。
後者はダンジョン限定だが。
「はぁ……行くぞ」
「畏まりました」
気分は憂鬱な中、今夜の勇者活動が始まった。
◇◇◇
「南の砂丘を進んでいけば魔王の居る場所が分かるって行ってたがよぉ……この規模の砂丘を登るのってなかなかキツい運動だよな……」
「足場が安定しない、というのは不便ですね。ですがこんなところで魔力を使うのも得策ではないかと」
空間転移は実は目に見える範囲に飛ぶこともできるため、頂上目掛けて転移することも可能ではある。
だが間違ってはいけない、空間魔術はただでさえ魔力を浪費するのに異世界内の、それも目に見える場所程度で使っていては魔力がいくらあっても足りない。
「それにしても魔物が見当たらねぇな……。準備運動したいんだが」
「今回は魔王を一目見ることが目標では?」
「目標はあくまでも目標だ」
何とか出来そうならすぐに殺すか半殺しか判断する、と付け加える。
ハティル王は殺し一択だったかもしれないがシェスカは生かす方法もあるかもしれないと勇人に頼み込んだ。
「やはり助ける方法も考えていたのですね」
「ん?言ったろ、出来ることは全てやるって」
前例もないわけではないし、と加えて言う。
「……その前例は例外中の例外だったと愚考します」
「まぁそうだなぁ。でも今回もその例外の可能性が高い」
「はぁ……」
「お、そろそろ頂点だ」
頭の中に?が浮かんでいるだろうフランを置いて少し速度をあげ、一足先に砂丘の頂点へと辿り着く。
「おー、砂……いや、これは暴風の要塞とでも言うべきか?」
眼下には巨大な竜巻の内側に古びた城が建っていた。
恐らくは魔王によって滅ぼされた国の一つだろうその場所からは若干血の匂いが漂ってきた。
「なるほど……この巨大な砂丘のお陰で血の匂いがこっちにこないわけか」
「強力な魔力と血の匂いで魔物がこちら側に引き寄せられているようですね」
フランはそう自分で言いながらも疑問点があったのか首を傾げる。
「妙ですね。何故魔王が人間を襲わせずに自らの元へ魔物を誘導するような行為をして居るのでしょうか?」
「さてね。じゃあ答え合わせをしに行こう」
そう言って勇人は砂丘を一気に滑り降りるために空間収納からスノーボードのような板とゴーグルを二組取り出した。
「フランも確かボード出来たよな?」
「スキーの方が得意ですが一応。しかし砂と雪は勝手が違うのでは?」
「厳密に言うと違うかもな……でもまぁその辺は臨機応変に、だっ!」
ゴーグルと外套で巻き上げられた砂を防ぎつつ滑り降りる。
後ろを一瞬見てフランも同様に滑り降りていたのを確認し、再び前を向く。
(まだ姿は見えてないが魔物の気配の数が半端ないな……良い準備運動になりそうだ)
魔力で生み出されたであろう竜巻のせいで魔力による探知が上手くいかないが気配はまた別の問題だ。
竜巻を睨み続けている者が多いがこちらに気づいたのか狙いを変更した魔物の視線が複数突き刺さる感じがした。
「フラン!分かってるな?」
「把握しております、目の前に現れ次第、殲滅でよろしいでしょうか?」
「あぁ、サージュ以外は問題ない」
「畏まりました」
魔物の気配を感じながらも無事に砂丘を滑り降り、用意した板を空間収納に戻しながら周辺を観察する。
(ここまで見えない、となると警戒するべきは下と上か)
しかし、暴風の影響があるため上に大量の魔物が居る可能性は低いと勇人は予想していた。
そして少し進んだ先でその予想は正しかった事が判明した。
地中から巨大な蛇……というよりはイモムシのような魔物が大量に出現した。
ちょうど勇人とフランを囲むようにして……。
(へぇ?隙を窺ってたんじゃなくて囲んで叩こうと考えてたのか)
大抵この類いの最初姿が見えない魔物は奇襲しか脳がない。
勿論、勝つために手段を選ばない相手に嫌悪感を抱いたりしない。
しかし、それはそれ、これはこれで正面からぶつかってくる相手も回りくどくなくて好ましく思う。
一番嫌いなのは遠くから何もしないで目標の自滅や撤退を待つタイプだ。
そう、今回のような……。
「フラン、そっち側は任せるぞ」
「畏まりました。ご主人様もお気をつけて」
「おうよ」
それはさておき、お互い背中を預ける形になり、周囲を囲う魔物凡そ二十体を均等割りして一人十体を相手取ることになった。
『砂の魔王討伐依頼』二日目の夜に最初の戦いが始まる。