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《 悪魔憑き悪役令嬢 》

転生したら悪魔憑きの悪役令嬢だった

作者: 新 星緒

 ◇1◇



 ズキンズキンと頭が痛む。まずい、これはただの頭痛じゃない。脳の血管が破裂したとかそんなレベルの病に違いない。もしくは頭がぱっくり割れているか。誰か救急車を呼んで。早く。


「救急車っ!!!」


 叫び声を上げた拍子にはっと目を覚ます。見慣れない天井。

 ……いや、知っている天井だ。


 なんだか頭がモヤがかかっているようで、ボンヤリしている。脳天が異様に痛い。

 そうだ救急車。


「……大丈夫ですか、お嬢様」

 掛けられた遠慮がちな声に目をやると、白髪の紳士が身を乗り出して不安そうに私を見下ろしていた。

「私の言葉がお分かりになりますか?階段から落ちて頭を打たれたのですよ」

「そうなの?ルードヴィヒ」

 自分の口から自然に漏れたセリフに仰天する。そう、この紳士はルードヴィヒ。我が家の執事だ……。


 なんだ、執事って?

 やはりぼんやりしていて、頭がうまく働いてくれない。


「ああ良かった!いつものお嬢様だ!」叫んだルードヴィヒが振り返る。

「そうでしょうとも」新しい声と共に中年の男が寄ってきた。飾りのない黒い衣服。胸には十字架。「私に祓えない悪魔はいません」


 悪魔……?


「何を言っているのだか」

 また新しい声。ルードヴィヒとは反対側だ。

「少しばかり休ませてやっただけなのに、アホなエクソシストだ」

 痛む頭を苦労してそちらに向ける。タールのような色でどろどろに溶けかけのスライムみたいなものが8つの赤く光る目を私に向けていた。


 悲鳴をあげることもなく、私は意識を手放した。




 ◇◇



 次に目を覚ましたときには、だいぶ頭がはっきりしていた。私の名前はデボラ・カザレス。18歳の公爵令嬢。王太子のティエリー・レルミットと婚約中で再来月に挙式予定だ。


 だけど突然現れたミミ・ボーランシェとかいう子爵令嬢にティエリーは惑溺した。彼女を愛しているから私との婚約は解消したいと毎日泣いて懇願してくる。


 どう考えたって理不尽な話なのに、私の家族以外の世の中全ての人がミミの味方だ。婚約解消に応じない私のほうが、冷酷非情で私欲に執着する悪人ということになっている。


 追い詰められた私は、それなら本当に悪人になってやる、と悪魔を呼び出した。その力でミミを呪ってもらおうと考えたのだ。


 偶然手に入れた悪魔の書を頼りに行った儀式。だがそれは大失敗だった。呪文も必要な贄も魔方陣も全て間違っていたらしい。


 悪魔は現れたが、それは適当な儀式に激怒し、私を懲らしめるためだった。

 その後の私は思い出すもおぞましい、悪魔憑きの状態に陥った。

 奇声を上げて暴れまわり、屋敷の人間に暴力をふるい家具を破壊。口からはヘドロを吐きながら人間としてあり得ない体勢で動き回る。


 ルードヴィヒは『階段から落ちた』としか告げなかったけど、私はしっかり覚えている。ブリッジをしながら階段を駆けおりていて、手を踏み外し(変な表現だがそうとしか言い様がない)脳天を角にぶつけたのだ。なんて無様なんだ。


 本当ならば愛しいティエリーとの結婚を控えて幸せな日々を送っていたはずなのに。





 だけど。私は悪魔に憑かれたせいなのか、頭をぶつけたせいなのか、大変なことを思い出してしまった。

 いわゆる前世の記憶だ。


 そちらでは、ここはマンガの世界で私は悪役令嬢だ。ティエリーを奪われた嫉妬で狂い、悪魔に憑かれてヒロインミミを殺そうとする極悪人として描かれている。


 つまり現状と一緒。

 どう考えても他人のものを奪うミミが悪者なのに、なぜ私が悪くなるのだ。あんまりだ。


 しかもマンガの結末はすさまじい。実はミミには天使が加護に憑いていて、悪魔を殺し私も火刑にして、聖女と崇められる。最後のシーンはティエリーとの結婚式だ。


 おかしいよね。自分がデボラの人生と精神を壊しておきながら、火あぶりにして聖女認定って。でも世間はそれを歓迎するのだ。


 これで私が本当に嫌な女だったならともかく、ミミが現れる前まではティエリーに好かれていたし、親しい友人もいた。教会のボランティアもやっていたから、市民とも交流があって慕われていた(と思う)。


「起きたのか」


 聞こえた声。主はアレだ。勇気をふりしぼって目を向ける。そこにいるのはドロドロスライムの悪魔。

 他には誰もいない。ベッドのそばに椅子があり私の額には濡れたタオルが乗っているから、もしかしたら看病のメイドが洗面器の水を取り換えに行っているのかもしれない。


「……悪いことを言わないから、地獄へ帰ったほうがいいわ。ここにいたら滅ぼされてしまう」

 誰もいない今のうちにと、悪魔に話しかける。

「はっ。あんなへっぽこエクソシスト。私にダメージなど与えられぬわ」自信満々の声。

「違うわ。天使がいるの。その加護を受けた子があなたを滅ぼし、私を火炙りにする。本当よ。未来を見たの」


 そう言って天井に顔を向けて目をつぶった。

 こう言ったって、悪魔は信じないだろう。さっき『少し休ませただけ』と話していたからすぐにまた、私に奇行をさせるに違いない。


 ティエリーの前でヘドロなんて吐きたくないのに。


 だが

「……天使?」と悪魔が聞き返してきた。「そいつの名は分かるか」

 再び目を開け、考える。

「ええと、確か。噛みそうな名前で……。ムニエル?ムルムル?エルエル?……マルマルだったかしら?」

「マルムエルか?」

「それ!」

「くそっ!」


 心底腹立たしそうな声に悪魔を見ると、ドロドロスライムが更に溶け、重力に逆らって噴水のように湧き上がった。

 と、次の瞬間、そこには見目麗しい青年がいた。やや古めかしい貴族の礼装をしているが、なかなかのイケメンだ。


「あいつは悪魔よりたちの悪い天使だ。貴様も私もはめられた!」

「……誰?」

「スポンジ頭か、マルムエルにだ!」

 イケメンは盛大に顔を歪めて怒鳴る。

「そうじゃなくて、あなたは誰?」

 青年の顔から怒りが引く。

「貴様が呼び出した悪魔侯爵、ボヌムスム様だ」

「……さっきまでのドロドロは?」

「驚かせるための形態のひとつに決まっているだろうが」

「そのイケメンが本当の姿?」

 よく見れば肌は青白すぎるし、瞳は漆黒の闇のようで人間離れをしている感があるけど、悪魔と知らなければいたって普通のイケメン青年に見える。


「『イケメン』とは何だ?」

「美青年のこと」

 ふむ、とうなずき腕を組むボヌムスム(様?)。

「貴様はミルトンを読んでいないのか」

「なに、それ?」

 赤ちゃんのミルク関係にそんな名前があったような。


「まったく最近の人間はダメだな。貴様は貴族令嬢だろう。文学を嗜まないのか」

「読むわ。流行りの流行小説を」

「なんと嘆かわしい!」悪魔は額に手を当て天を仰いだ。「読書はするのに、我ら悪魔のバイブル『失楽園』を読んでいないとは。それで悪魔を呼び出そうとはどういう了見だ」

「はあ」


 よいか、とボヌムスムは私をねめつけると指先を向けた。

「我ら悪魔は元は天使。姿が美しいのは当然のこと」

「そうなの」

「それをミルトンが世間に周知してくれたのだが、貴様は読んでいない、と」

「ごめんなさい。というかみんなが知っていたなら、おどろおどろしい姿で現れても誰も驚かないような……」

「うん?」


 悪魔は1本立てた指を顎に当て天を見上た。

 なんだかひとつ一つの動作が大仰だ。演劇でもやっていたのだろうか。


「まあよい。私が言いたいのはマルムエルだ!」

「……あなたがミルトンとか言い出したのよ」

「悪魔に口答えをするな。またヘドロを吐かせるぞ」

「ごめんなさい。ヘドロはイヤ。ではそのマルムニエルというのは」

「マルムエルだ!」眉をつり上げて叫ぶ悪魔。

「『マルムエル』」

「よろしい」悪魔はふうと息をついて、一房垂れた前髪を手で払いのけた。


 ……ちょっとこの悪魔、おもしろいな。


「我ら悪魔は人間を堕落させ魂を奪う。時たま憑いて奇行をさせ、人々に悪魔に対する恐怖心を植え付ける。なぜそんなことをするのかというと、それが我らの存在意義だからだ」

「存在意義のために私はヘドロを吐かせられたの?」

「その通り」

 なんだか納得できないな。怒りに触れたのほうがいい。


「ところがあのマルムエルは趣味で悪魔狩りをしている」

「趣味!?神様の命令ではなくて?」

「それならまだ我らも納得するのだ!だが完全に趣味!酷い話だろう!」

 確かにとうなずくと、悪魔は満足そうな表情になった。


「しかも悪魔を狩るために人間を利用する。それが善良だろうが悪質だろうが、死のうが酷い目に合おうがおかまいなしだ。あまりに手段が悪魔的だから神に注意を受けている。警告として天使の輪も神預かりになっているらしい」


 天使なのに悪魔的。恐ろしい。

 それにあの輪っかは取り外しができるのか。


「貴様、もしかして悪魔の書を偶然手に入れなかったか?」

「ええ、そうよ」

 神妙な顔で重々しくうなずく悪魔。

「ヤツの手口だ。精神が参っている人間の元にわざと置く。本物の書が手元になければ適当なものを自分で作る。お前のものは後者だな。まんまとはめられたのだ。天使に。貴様も私も」


「……私、天使に加護された令嬢に婚約者をとられたの。天使の差し金?」

「それは分からない。その可能性もあるし、様子を知っていいエサだと考えて近寄って来た可能性もある」

「家族以外の人全員がその令嬢の味方をするのは?」

「マルムエルのやり口だな」

「そうなの……」


 なんだか分からない感情が内で渦巻く。

 少し前まであった、私の幸せで楽しい日々。よく分からない理由で全て奪われ追い詰められ仲の良い使用人まで傷つけ、人前でヘドロを吐いて。

 目をつむる。


「少し席を外してもらえないかしら」頼む声が震えてしまう。

「私を何だと思っているのだ。人間の惨めな姿は大好きだ。思うままに泣きわめくがいい」

「人前なんていや」

「ならば問題ないではないか。私は人でない」


 再び目を開いてボヌムスムを見る。そこにはドロドロスライムがいた。


 なんなんだこの悪魔は。


 しゃくり上げながら泣き続けた。

 途中で戻ってきたメイドが泣きじゃくる姿の私に仰天して、私が疲れて眠るまでずっと頭をなでてくれていた。




 ◇◇




 次に目覚めたとき、枕元には両親、ルードヴィヒ、数人のメイドがいて、みな一様に心配そうな表情だった。そして父が、ティエリーの言動について王室に抗議すると告げた。

 だがその後ろで人の姿をしたボヌムスムが首を横に振って、やめさせろと言っていた。どうやら彼の姿は私にしか見えないらしい。


 悪魔の言う通り、あちらに天使がいて私を利用しようとしているのなら、父の抗議は悪手でしかないだろう。懸命にお願いをして、抗議はやめてもらった。


 それから数人いたメイド。彼女たちは私がケガをさせてしまった人たちだったけれど、みな軽症だから気にしないでほしいと言ってくれた。悪いのは私でなくてティエリーだと言う。


 嬉しさと申し訳なさでまた泣きそうになってしまった。


 とにかくも悪魔が落ちたら気持ちも落ち着いたからもう大丈夫と言い張って、ひとりにしてもらった。


「ありがとう、ボヌムスム様」

「何がだ」

 両腕を組んでふんぞり反っている悪魔。

「色々とよ」

 悪魔はふんと鼻を鳴らす。

「地獄に帰らないの?」

「このまま帰っても何の解決にもならん」

「未来は変わらないで、あなたも私も破滅ということ?」

「そこまでの力、マルムエルにはない。だがお前の状況は何も変わらないぞ。よいのか」

「……火炙りになったらね、父様は爵位、所領、財産全てを没収されるの。だからそれを回避できるのなら、それでいいわ」

「私は良くない。ボヌムスムは罠にはめられておめおめと引き下がるような腰抜けだと、仲間に思われてしまう。この私がそんなそしりを受ける訳にはいかないではないか」ますます反り返る悪魔。「貴様はヘドロを吐くのが嫌なら協力をしろ」


「家族や使用人たちを巻き込みたくないの。それが可能ならば協力したい。私だってマルムエルを許せないわ」

「よし!巻き込まぬと約束をしよう!」

 悪魔は満面の笑みを浮かべると手を差し出した。

「……」

「なんだ、握手を知らぬのか?」

「悪魔の手を取っていいのか急に不安になったの」

「ふむ。理性が戻ったのだな」

「悪魔のセリフ?」思わず笑う。「でもいいわ。一度は決めた覚悟だもの」

 私は悪魔の手をしっかり握り返した。

 とたんに引っ張り上げられ、気づいたら鏡の前に立っていた。


「案があるのだ。だがその前に自分をよく見てみろ」ぐいと私の顎を掴む悪魔。「ひどい顔だ」

 鏡に映る私は頬はこけ目の下にはどす黒いくまがある。身体も棒切れのように細くなってしまっている。

「私の力を使えば一瞬で元通りにできるし、それ以上に魅力的な身体にもできる。だが不審に思われる。弱っている胃は治してやるから、自分で食べて寝て健康を取り戻せ。できるか?」

「がんばるわ」

「よし」悪魔は嬉しそうに笑った。「では作戦だ。恐らくあのエクソシストが話を聞きにくる。お前が自分で悪魔を呼び出したことはバレていないから話すな。何故あんなことになったか分からない、恐ろしいで貫き通せ」


 ボヌムスムの話では魔方陣の痕跡は残っていないし、偽物の悪魔の書と贄は腹が立ったから焼いたという。床に焦げ跡はあるけれど、元が何かは分からないそうだ。


「エクソシストは絶対にお前の心の弱さに悪魔がつけこんだと言う。だからひたすら悔恨しろ。あいつの言葉を全て信じているふりもしろ。そして味方につけるのだ」

「エクソシストを味方につけてどうするの?あなたは困らないの?」

「困るものか。このボヌムスム様を罠にかけたことを、あのマルムエルに後悔させてやるのだ」


 そう言った悪魔はニヤリと笑みを浮かべた。

 それはいかにも悪魔らしい、おぞましいものだった。




 ◇2◇




 二週間程のち。王宮で園遊会が催された。

 私は出席を連絡していたけれど、ティエリーからくる手紙は婚約解消を乞うものばかり。父の話では社交界では私の噂で持ちきりらしい。


 曰く、悪魔憑きになった私は奇行を繰り返し、人血を飲み、淫らな服装で男性使用人をたぶらかしているとかなんとか。婚約も解消ではなく破棄になりそうな雲行きだという。

 ちょっと進みが早い気もするが、マンガそのものの展開だ。


 だけど私はマンガのデボラとは違うのだ。

 両親の心配をよそに、園遊会に向かった。


 王宮に到着すると人々が私を避け、遠巻きにこそこそと話す。共にいる両親には申し訳ない。だけどふたりは普段どおりに笑顔を向けてくれる。


 私はあまり堂々としてはならないので、やや伏し目がちであまり声を出さないようにした。


「デボラ嬢はもう何の問題もないのに。説明して参りましょうか」

 憤慨気味にそう言うのは、例のエクソシストだ。我が家の連れということでの参加だ。きっと国王やティエリーに悪魔に憑かれたことを糺されるので同行してもらった。……というていだ。


 これはボヌムスムの作戦だ。


「構いません、オクリス様。私の心の弱さが招いたことです。これも神の試練でしょう」

 そう言うとエクソシストのオクリスは満足そうにうなずいた。

「あなたは立派に試練に耐えている。きっと天国に行けるでしょう」

 両親も笑顔で賛同する。


 父様母様、ごめんなさい。デボラは地獄に行くのです。私は悪魔の手を取ったのです。

 そう心の中で謝る。


 皆が私たち一行を避けるので、あっという間に国王一家の元にたどり着いた。愛しのティエリーはミミの腰に手を回し、はしたなく密着して談笑している。そして私に気がつくと汚物を見るような目をした。


「よく恥ずかしげもなく来れたものだ」王が父に向かって言葉を吐き捨てる。「ここにお前たち悪魔憑きの居場所はない。すぐさま帰れ」

 父の顔が蒼白になる。と。


「まあ陛下。それはいかがなものでしょうか」と鈴を転がしたような可愛らしい声がした。ミミだ。「悪魔憑きだなんて、ただの噂ではありませんか」

 一点の曇りもない笑顔を浮かべているミミ。

 ティエリーも国王も王妃も、そこにいる私たち以外全ての人が相好を崩した。


「君はなんて寛大なのだろう。本当に天使のようだ」とティエリーはミミの額にキスをした。「あんな悪女一家にまで情けをかけるとは」

 うんうんとうなずく、その他の人々。私たち家族をそっちのけで、茶番が続く。


 マンガではこんな展開はなかった。この園遊会では、悪魔憑きと噂になっている私がミミに悪魔的な意地悪をするだけ。

 きっと私の事情が変わったから、マルムエルも方針を変えたのだろう。


 ミミを讃える三文芝居が一息つくと、王は思い出したかのように父を見た。

「では実際はどうなのだ。悪魔憑きは娘だけなのか全員なのか。ん?何故、聖職者を連れている?」

 王にとって、悪魔が憑いていることは揺るぎない事実らしい。ま、私に関しては事実だけど。


 父が、私に悪魔が憑いたがこのエクソシストのおかげですぐに祓えたのだと説明をする。皆の目にますます嫌悪が色濃くなった。

 それからオクリスの紹介。彼は携えていた書状を王の近侍に渡した。

 目を通した近侍はそれを国王の前に広げる。


 書状は教会の重鎮が書いたもので、内容はオクリスのエクソシストとしてのこれまでの業績と、彼が信用に値する聖職者であるとの口添えだ。

 この世界において教会の力は強い。重鎮は国王といえども無視できない位の人だし、無下にはできない。


 ちなみに書かれている業績は全て事実らしい。だがボヌムスムが言うにはオクリスが倒したのは全て、下級中の下級の悪魔だそうだ。ボヌムスムのような生粋の墮天ぐみ悪魔は人間風情が倒せるものではないらしい。


「ふむ」と国王。「してエクソシストが何故ここへやって来た」

「はい。巷ではカザレス家の令嬢が悪魔に憑かれたとの噂が横行しています。ですからもし本日の園遊会で彼女が糾弾されたならば、彼女は悪魔に打ち勝ったと証言するため参りました」

「……ふむ」国王はちらりと私を見た。「打ち勝とうが、憑かれたのは事実。ろくでもない娘だ」


 オクリスの頬がピクリとする。彼は私の味方だからだ。


「彼女は心が弱っていたために、悪魔につけこまれてしまったのです。深く反省をしています」

 オクリスの言葉に私は無言でうなずく。


「騙されてはいけない」とティエリーが言った。「彼女は悪女なのだ」

 そう言う自分は婚約者ではない娘の腰を抱いている。その密着具合は未婚の男女の距離ではないのに、それは悪ではないのだろうか。


「陛下」とオクリスは地面に片膝をついた。「恐れながら申し上げます。私はエクソシスト。人が持たない不思議な力の存在を感じることができます」

 ほほう、と国王。

「この場にその力を持つ者がいます」

 その言葉に、皆の目が忙しなく動いた。


「悪魔がこの場に潜んでいるというのか!」

 騎士団長が剣の柄に手を掛け一歩踏み出す。

「悪魔そのものではないようです。だけれど確かに人ならざる魔の力」とオクリス。

「それは誰だ!」と王。

 オクリスは一度深く頭を下げてから、ティエリーとミミを真っ直ぐに見た。


「そちらの令嬢です。人心を操る力を感じます」


 ミミの顔が強ばる。だけどティエリーが

「無礼者め!団長!今すぐこやつを切り捨てろ!」と叫んだ。

「うむ、今すぐに」

 と王も命じ団長が剣を抜いた。


「お待ち下さい!!」

 立ち上がり叫んだオクリスが胸元の十字架を掴み、掲げた。

「私は神の僕であり、教会によって任じられたエクソシストです!私を信じざるは教会と神を信じざることと同じ!」


 剣を振りかぶっていた団長が怯む。教会に不信心者の烙印を押されたら、人生が詰む。不信心者は人間ではないというのが教会の見識だからだ。


 ティエリーも王も団長同様に怯えた顔をして周囲に視線を走らせた。

「あなた方がそのような態度をとってしまうことは理解できます」オクリスが先ほどとは打って変わって、穏やかな口調で言う。「操られているからです。仕方ありません。騎士殿は剣を下げなさい」


 団長は戸惑い動かないがオクリスは気にせずにミミを見て、白い手袋をはめた手を向けた。


「あなたにも憑いているな、悪魔が」

 蒼白になるミミ。

「私にはそのような下等なものは憑いていません」

「ならば上等なものは憑いているのだな」

 ミミの表情が一瞬だけ変わった。そうよ上等なのよ、と言いたげな顔に見えた。


「……何も憑いていません」とミミ。

「ではこの他人を惑わす力はなんだ」

「彼女にそのようなものは、」ティエリーが自信のなさそうな声で割って入る。

「私はエクソシストだからな」とオクリスが言いながら、ポケットから小瓶を取り出した。「この通り、聖水を持っている」


 そう言うが早いか、オクリスは瓶のフタを外して中身をミミに振りかけた。

「熱っっ!!」

 水がかかった彼女の手はじゅうじゅうと音を立て火脹れになり、湯気が上がる。


「やはりな」とオクリス。「皆の者、これが証拠。彼女は悪魔憑きだ!」

 ざわざわと戸惑いが広がり、人々が後ずさる。父が私を守るかのように前に出て、母が抱き締めてくれる。


「せ、聖水と偽って劇薬を掛けたのだろう!」ティエリーが反論する。

「ほう!これでもまだ私を疑うか!教会を信用しないということか」


「教会を信用することと貴様を信用することは違う」

 とてつもない美声が割って入ってきたと思ったら、人間離れした超絶美形の青年が優雅な足取りでやって来てミミの隣に並んだ。

 柔らかく波打つ金色の髪。意思の強そうな目に深く蒼い瞳、通った鼻筋はまるでギリシア彫刻のような美しさだ。

「お兄様」とミミがすがりつく。

「私の妹を侮辱するな。お前こそエクソシストの皮を被った悪魔だ」


 場に漂っていた戸惑いが消え、変わりに絶対的な信頼感が生じている。みな、ミミの兄を信じきっているようだ。


「……誰だ?」と父。

「ミミの兄マルムエルだ」胸を張って答えるティエリー。

 黒幕堂々と登場、だ。固唾をのみオクリスの背を見る。


「……ボーランシェ子爵家の子息ということですか」

 父の言葉に皆が力強くうなずく。

 ただ、マルムエルだけがわずかに目を細めた。父、母、私に彼やミミの人を惑わす力は効かない。ボヌムスムにそのような術を掛けてもらっているからだ。


「あちらに男子はいなかった筈だが、養子に入られたということですか」

 父がそう言うと、ティエリーの顔に困惑が浮かぶ。ミミにも。国王にも。

「何を言う。子爵家の長男ではないか」と言いながらも戸惑い顔のティエリー。


 一方で遠巻きの人々から、そう言えばボーランシェ家に男子はいなかったぞなんて声が聞こえてきた。


 オクリスが一方踏み出した。

「お前は悪魔だな。人々を幻惑し、王族に取り入った。おかしいと思ったのだ。デボラ嬢の悪魔憑きは不自然だった。お前たちがそう仕向けたのだろう」

「悪魔に悪魔呼ばわりされるとはな」マルムエルは余裕の表情で構えている。


 オクリスは再び十字架を掴み掲げた。

「神よお力を。この悪魔の幻惑の力をお解き下さい」

 ビュオッと一陣の風が吹き、マルムエルがよろめいた。凄まじい殺気を宿した目でオクリスを睨みつける。


「……そうだ。確かにボーランシェ家に男子はいなかった」王が呟く。「お前は誰だ?」

 ティエリーもマルムエルから離れる。皆の幻惑が解けたらしい。


「だから悪魔だ!」オクリスが叫ぶ。「悪魔と悪魔憑きが宮廷を乗っ取ろうとしているのだ!」

「黙れ悪魔!」マルムエルも叫び返し、次の瞬間バサリと音を立てて彼の背に白い大きな翼が現れた。「私は天使、神の御遣いだぞ」


 人々から驚きの声が上がり、手を組み膝をつく者もいる。


「皆の者、騙されるな!悪魔は堕天使。容姿が美しいのは当然のこと。ミルトンの『失楽園』を読んだことぐらいあろう!」

 そういえばと賛同する声と、なんだそれはと尋ねる声が方々から上がる。

「見ろ、あの頭を。天使の輪がない。悪魔だからだ!」


 マルムエルの顔が歪む。

 人々が後退り、彼とミミの周りに誰もいなくなった。


「人に紛れるために神に預けてきたのだ」とマルムエル。

 ティエリーがほっとした顔をしてミミに歩みよる。

「悪魔め許さん」と手をかざすマルムエル。

 するとオクリスの体が後ろに吹き飛んだ。


「オクリス様!」

 駆け寄り、倒れている彼を抱き起こす。マルムエルが再び手をかざし、オクリスが私を突き飛ばす。その瞬間にまた彼は後ろに吹き飛んだ。


「皆の者、思い出せ!」叫ぶオクリス。「以前のデボラ嬢を!優しき友人ではなかったか!愛しい婚約者ではなかったか!それを忘れて何故彼女を糾弾する。悪魔に操られているからだ!」


 また吹き飛ぶオクリス。マルムエルは天使とは思えない形相だ。ボヌムスムの話では彼の放つ聖なる光の威力はかなりのものだという。下級の悪魔ならば一撃で消え去るらしい。


 オクリスに歩み寄るマルムエル。私は再びオクリスに駆け寄り、両手を広げる。


「対してそこのミミという娘」オクリスが必死に私をどかそうとしながら言う。天使が手をかざし、父が私の前に立ちはだかる。


「屈め!」

 叫ぶオクリス。私は父を引っ張る。私たちの頭上越しに十字架が飛んでゆく。天使はそれを手で払ったがジュッと音を立てて肉が焼け煙が上がった。歩みを止め、顔を歪める天使。手の火傷がみるみる間に広がっていく。


「そこの娘、他人の婚約者を奪い、あまつさえその女性の前で厚顔にも体を寄せあい無垢なふりをして微笑んでいる!これこそが悪魔の所業ではないか!」


 マルムエルは煙の上がる手を私たち三人に向かってかざす。

 オクリスはポケットから先ほどより大きな瓶に入った聖水を取り出すと、振り撒いた。かかったマルムエルからまた煙が上がる。同じくかかった父と私には何もない。


 騎士団長が剣をマルムエルに向け、他の騎士たちもそれに習う。

「たわけ!悪魔はそのエクソシストだ!」叫ぶ天使。「騙されるな、そいつは悪魔侯爵ボヌムスムだ!」


「う、うちの親戚が悪魔憑きになったとき、そのエクソシストに祓ってもらった!」

 遠巻きの群衆から声が上がった。

「悪魔が十字架を身に付けられるはずがない」また別の声。


 オクリスがまた新しい聖水を取り出し、天使に掛ける。マルムエルは後方に飛び退く。


 と、突然ミミがデロデロとヘドロを吐き出した。

 貴婦人たちから悲鳴が上がる。


 悪魔憑きだ悪魔憑きだとの叫び声。

「操られるな、悪魔はあのエクソシストだと言っている!」

 マルムエルがいくら主張しようとも、もうダメだった。彼の体からはブスブスと煙が上がり、火傷が広がっていく。オクリスのほうは僧服がズタボロに破れ、土に汚れている。


 私は首から下げていた十字架を外してオクリスに渡した。彼はそれを高く掲げる。

「誰か教会へ。エクソシストの増援を頼んでほしい。この強大な悪魔は私だけでは祓えそうにない」

 騎士がふたりほど走って行く。


「エクソシストさえ来ればどちらが悪魔か分かるな」ニヤリとするマルムエル。だがそれは到底、天使の微笑みには見えなかった。

「……そこのエクソシストが悪魔ならば、教会を頼るはずがない」国王がそう言うと、マルムエルに剣を向けていた騎士たちが前に進み出た。ミミも剣を向けられる。怒りの表情の天使は片手を天にかざした。


「罪のない人間を殺してはならぬぞ、悪魔め。これ以上悪事を働くとあとがないのではないか?」とオクリス。

 マルムエルがオクリスを睨み付け、手をおろした。

 騎士たちが更に詰め寄る。


「……つまらぬ!」マルムエルは叫んだ。「ここは退いてやる。この勝負、近いうちにつけてやるからな。首を洗って待っていろ、ボヌムスム!」


 そうしてバサリと羽根を羽ばたかせると宙に飛び上がり、あっという間に何処かへ消え去った。


 がくりと地に膝をつくオクリス。

 慌ててその体を支える。

「父様、オクリス様が!屋敷にお運びしましょう。私が看病いたします」

 うなずく父。すかさず騎士が彼を抱き上げてくれた。


 王やティエリーが何かを言い掛けていたけれど父が、まずは恩人を助けないとと制し、誰もそれを咎めることはなかった。




 ◇◇




 屋敷に戻り、意識のないオクリスに付き添った。一日ほどで彼は目を覚まし、驚くほど元気に帰って行った。


 それを見送り自室に戻ると、疲れたからとメイドを下がらせて扉の鍵をかけた。

 寝室に行きベッドを覗き込む。

 蒼白の顔をしたボヌムスムが眠っている。そっと額にふれると熱かった。水差しの水でハンカチを濡らし、彼の額にのせる。

 と、ボヌムスムが目を開いた。漆黒の瞳が私を見上げている。


「起こしてしまったわね。ごめんなさい」

「……いや。どれ程経った?」

「一日よ。本物のオクリスは元気一杯で帰ったわ。ちゃんと記憶も定着していたわよ」

「当然だ。私はボヌムスム、悪魔侯爵だ。失敗などしない」

 そう言う声は弱々しい。


 園遊会に共に行ったオクリスは、その姿を写し取ったボヌムスムだ。本物はうちのクローゼットで眠っていた。

 帰ってきたボヌムスムは彼と入れ替わり、園遊会での出来事を自分が体験したかのように思うよう、記憶を定着させた。


「体は大丈夫?欲しいものはある?」

 ボヌムスムは十字架を首から下げ、握りしめてもいたが、あれは悪魔を火傷させるらしい。胸元も手も焼けただれてひどい状態だ。だが人間の火傷薬は効かないという。

 マルムエルの攻撃も悪魔の体にダメージを与えている。下級悪魔のように消えることはないけれど、体の組織が破壊されるそうだ。


 私はてっきりボヌムスムの圧勝だと思っていたけど、実際はマルムエルの判定勝ちぐらいの勝負だったらしい。

 ちなみに聖水はただの水で、十字架も天使には何の効力もない。それを投げつけるのに合わせてボヌムスムが攻撃していたのだ。


「欲しいものか」とボヌムスム。「お前の魂。喰えばすぐに全快だ」

「食べられたら私はどうなるの?」

「魂の抜けた人形だ」

「微妙ね。ひと齧りではダメ?」

「……私の眷属になるぞ」

「構わないわ。私はあなたの手を取ったのだもの」

「……人ではなくなるのだぞ」


 傍らのテーブルに置いたばかりの手紙を取って、悪魔に見せる。

「園遊会からまだ一日。だけどティエリーから三通も手紙が届いているの。友人からも、王、王妃からも、私を苦しめて済まなかったって。私、この結果に満足しているわ。あなたがいなかったら、こうはいかなかった。あなたを助けるためになら、喜んで人をやめるわよ」


 ボヌムスムは目を天井に向けた。

「……愚かな人間だ。マルムエルの攻撃は人をも殺すと教えたのに私をかばうし」

「だって私たち、あのろくでもない天使に復讐をする仲間でしょう?」

「まあ眷属になっても人の姿は変わらない。あの王子と結婚はできる」

「なんて都合のいい、素敵システムかしら」

 マンガの世界だからうまくできているのだろうか。


「……私は上級悪魔だからな。魂を喰らわないでも自力で回復できる」

「だけど辛いのでしょう?熱を持っているもの」

 ボヌムスムが私を見た。

「これは気持ちがいい。頭にのっているやつ」

「濡れハンカチ?」

 そう、と悪魔。

「これを楽しむのも、良い。人間の病人というのは粥を口に運んでもらったり、果物を剥いてもらったりするのだろう?」

「……いくらでもするわ」

「うむ、頼む」

 悪魔は弱々しい笑みを浮かべた。

 手を伸ばし、悪魔の頭を撫でる。髪も瞳と同じ漆黒色だ。


「ああ、それも気持ちが良い」

 ボヌムスムはそう言って、目を閉じた。





 ◇3◇




 結局のところ、私はティエリーとの婚約を解消した。彼には赦してほしいと泣いて懇願されたけれど、私の気持ちは冷えきってしまったのだ。彼は謝罪をしてくれたけれど、全てを悪魔のせいにして終わりだった。私が傷つき追い詰められていたのも、悪魔のせい。私の気持ちを理解しようとはしなかった。


 そのことに私は納得できなかった。

 今全てに目をつむり結婚したとしても、きっとどこかで爆発をする。そう考えての解消だった。


 国内の令嬢は私に気を遣ってなのかティエリーを敬遠し、近隣国の王女たちも悪魔に操られた王子なんてと軽蔑しているという。彼に新しい婚約者ができる気配はない。


 ミミは修道院に入れられたが、そこでも時々ヘドロを吐き奇行をするらしい。オクリスを含め、何人かのエクソシストが祓いに行ったが効果は出ていないそうだ。


 ボヌムスムがどうしているのかは、知らない。彼は一週間ほど私のベッドを占領していて、私は懸命に看病したつもりだったけれど、ある日突然消えてしまった。別れの言葉もなし。


 共闘した仲間だと思っていたのは、私だけだったらしい。




「デボラ、いらっしゃったようだ」

 父の言葉に我に返る。

 今日は屋敷に隣国からの客を迎える。五歳年上の若い侯爵。私の結婚相手だ。

 国内での結婚は難しいだろうと悩んでいた両親の元に、折よくあちらから申し込みがあったそうだ。


 私たちが屋敷の外に出ると、ちょうど馬車が到着したところだった。

 扉が開き、中から流行の衣服に身を包んだ美しい青年が降りてきた。やや肌が青白すぎて、漆黒の瞳に漆黒の髪……。


 ボヌムスムに瓜二つの彼は私と目が合うと満面の笑みを浮かべた。




 ◇◇




 顔合わせを終えると、彼と私で庭を散歩することになった。

 二人きりになると、すぐさま

「ボヌムスムよね?」

 と尋ねた。

「この美しい顔がふたつとあるはずがないだろう?」

 悪魔はふんと鼻を鳴らす。


「どうして黙っていなくなってしまったの!」

「マルムエルだ」とボヌムスム。「全快したあいつがこの屋敷ごと灰にしようとやって来た」

 思わぬ言葉に絶句する。

「急いで出たから、お前に告げる暇がなかった」

「……大丈夫だったの?あんなにケガをしていたのに」

「うむ。元より襲撃される可能性は考えていて仲間を呼んでいた。それに」


 さすがに神の堪忍袋の緒が切れたらしい。罪のない多数の人間を屋敷ごと灰はやりすぎだ、と。マルムエルは羽根をむしりとられ、人間界に堕とされたそうだ。

 かといって人間になった訳ではないので、永遠に地上を這いずりまわらないといけないらしい。


「マルムエルは神を恨んでいるだろう。反省するようなヤツではないからな。悪魔の間じゃ、今度は天使狩りを始めるに違いないと言われている」と、ボヌムスム。

「私と屋敷を守ってくれてありがとう」

「うむ」悪魔の顔がにやける。

「だけど何で戻って来なかったの!」

「すぐ来た!」

「いつ?」

「今」

「……一年経っているわよ」

 そうなのだ。あの事件から丸一年が過ぎている。


「たったの一年」と言い掛けた悪魔は額をペシリと叩いた。「そうか。人間には長いのか」

「それに、なんで、私の婚約者なの?」

 なぜだか胸がドキドキする。


「うむ。それは」ボヌムスムは私の手を取った。「お前にもっと看病されたい。どうすれば可能か、考えた。人間としてそばにいればいい、結婚すればあのアホウな王子の元にお前が行くこともない。違うか」

「……違わないけど、眷属にすれば簡単だったのではないの?」

「嫌だ。魂を齧ればお前は私の配下だ。私は対等が良い」

 ボヌムスムは私の手に口づけした。

「お前と共にいたいのだ。お前が生きている限り、人間として暮らす。それともデボラはあの王子といたいか」

 喜びが込み上げて涙が溢れ、頬を伝う。

「まさか。あんなアホウはいらないと、はっきり言ってやったわ」

「良かった!」


 悪魔は破顔した。まるで子供のように純粋な笑顔だ。そして手にキスを繰り返す。


「ひとつ、お願いがあるの」

「何だ?」

「私が死んだら、魂を食べてくれる?私は地獄に落ちる覚悟であなたの手をとったの。だけどそれよりも、あなたと共に永遠にありたい」

「喜んで食べよう。きっとどんな魂より、美味だろうな」

 嬉しそうなボヌムスム。

「約束よ」

 私は手を離そうとしない悪魔の手にキスをした。





 私は悪魔憑きの悪役令嬢。

 これが私のハッピーエンドだ。





お読み下さり、ありがとうございます。

こちらの作品には他に、


このあとのおまけのお話

《悪魔は恋を知らない ~『転生したら悪魔憑き悪役令嬢だった』幕が下がったあとの話》


マルムエルとミミのスピンオフ

《羽根をもがれた天使と聖女になりそこねた令嬢》


があります。

合わせてお読みいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ある意味メリバかもしれないですね。  でも二人が幸せなら素敵だなと感じました。 [一言]  読ませて頂きありがとうございました
[一言] お詫び。 間違えて、続編の方にレビューを書いてしまった。 レビューが気になる方。是非、続編へ。
[一言] 不思議な信頼と愛情でしたね。 最後に食べる魂は一齧り、ですよね。多分。 配下になったとしても多分、対等以上に彼女はふるまってくれると思います。 いつだって男は惚れた女の尻に敷かれるものなの…
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