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なんにもある先

作者: 熊谷 友生
掲載日:2020/08/05

 またクソみたいな日が始まる。そう思いながら福水南は冷徹な音を出すスマホを睨みつけた。起きたとしても何も予定はない。生活リズムを崩さないために一応アラームをセットしている。

 いつものようにテレビをつけるといつものように坂上忍が怒っている。正直このおじさんのことが羨ましかった。僕は普段人前で怒りをあらわにすることはない。他人に怒ったとしても所詮他人なためどうにもならないと思ってしまうのだ。しかし、僕の中に怒りという感情がないわけではない。むしろ人より多いかもしれない。

 例えば梅雨の時期の洗濯物にイライラする。太陽の陽が出てこないため乾ききらず生乾きの匂いがついてしまい、また洗濯しまた乾かしの無限ループに陥ってしまうからだ。

 道路に面しているマンションの二階に住んでいるため洗濯物を干している時にガン見してくる通行人にも腹が立つ。一度通行人のおじさんと目があったらおじさんが会釈をしてきたので心の中で中指を立て窓を閉めた。そのくらい器の小さい人間なのだ。

 同世代で既に活躍している羽生結弦や藤井聡太にも嫉妬心なのか活躍をニュースで知るたびにイライラした。特に藤井くんが足も速いと知ったときにはやるせない気持ちになった。

 自分は何もやっていない。高校を卒業してから親の小言から逃げるために上京したのはいいもののコンビニのバイトしかやることはない。お金を使わないためにコンビニでもらった廃棄を冷凍し消費期限という概念を無くしたうえで貪り食い、夜遅くまでゲームをしてから寝るという不健康で怠惰な日々を過ごしている。

 大都会東京という街で何の目的もなく生きている僕とは対照的な人間がいた。高校時代からの親友の亘だ。彼は音楽で一花咲かせようと上京してきた。ロックンロールをやっている。亘は「音楽をジャンルで語る奴は嫌いだ。」とよく言っていたので深堀はしないでおく。

 亘とは高校の軽音楽部で知り合った。昔からバンドをやっていた兄の影響でロックが好きだった僕はなんとなく軽音楽部に入った。亘とは好きなバンドが一緒だった。中学生の頃からフジファブリックというバンドが大好きだった。僕が初めてそのバンドを知ったときには既にそのバンドのボーカルの志村正彦は二十九歳という若さで亡くなっていた。そのため当時中学生の間では流行っていなく知っている友達はいなかった。

 僕と亘はすぐに意気投合しバンドを組むことになった。亘は自分で曲を作ったりするほどの楽器経験者で自分は一度もギターを触ったことがないほどの初心者だった。

 初めは当時流行っていたバンドのコピーをすることになった。初心者にはなかなかの難易度でギターボーカルの亘がリードギターをして、ギターの僕がサブギターをすることになった。普通はその逆だ。リードギターの方が難しいのでギターが担当し、ボーカルは歌に集中するためサブギターを担当することが多い。

 初めての演奏会でサブギターの僕は始まってから一分くらいギターを肩にかけたまま何もせず立ち尽くしていた。サブギターの出番がほとんど無かったからだ。他の三人が一生懸命に楽器をかき鳴らしている中何もせず前を向いて立っているのはとても恥ずかしかった。顧問には「緊張して飛ばしたのかと思った。」と言われたが僕のサブギターは完璧だった。僕はその日の夜にバンドを辞める事を伝えた。理由はやりたい音楽が違うとそれっぽいことを言ってみた。亘はすんなり受け入れてくれて少し悲しかった。自分はギターをずっと練習することができず音楽は向いていないんだなと思い幽霊部員となった。

 けれど、亘とは仲が良いままだった。二人とも進学校に入ったはずなのに勉強をせず大学にも行くことを考えてなかった。亘は音楽をやるつもりで僕は特にやりたいことはないけれど何とかなると楽観視していた。

 亘はよく死について考えていた。

「死んだら人ってどうなるんだろうな。」

「どうにもならないだろ。僕は生まれ変わりもしないと思うな。魂はそこまで。」

「俺が死んだらさ、最初は『あ、死んだんだ』って思ってもらえるかもしれないけどさ、その後何世代か経ったら俺を知っている人なんていなくなるわけだろ。俺はこの世にいなかったってなる気がしてさ、怖いよな。」

「大体の人間はそうだろ。何か歴史に残るようなことができる人間は一握りだ。もし後世の奴らに知られたとしてもザビエルみたいに一生落書きされ続けなくちゃいけなかったりするんだぞ。」

「別に顔や名前は知られなくてもいいよ。ただ、こんな人間が居たんだぞっていうことを分からせたい。」

「それは大変だなぁ。後世で評価されるためにはある程度現世で評価されなくちゃダメだろ。」

「そうだよな。現世ノーマークだったのに後世で大注目なんてないよな。俺はやってやるぞ。とりあえずは現世だ。」

 亘は高校の頃から自分たちのバンドの音楽をレコード会社に持ち込んだり、YoutubeでMVを作ったりと精力的に取り組んでいた。その頃僕はファミレスのキッチンでバイトをし落としたごま付き団子をそのまま出したりしながらぼんやりと生きていた。高校の頃は特にお金を使うことも無かったので貯金をすることができ、今一人暮らしをすることができている。

 上京してすぐに僕には彼女ができた。バイト先の先輩で年は一個上だ。都内の大学に通っている。写真を撮ることが好きでコンクールに参加するほどだ。年上なのに子供っぽく、よく僕を北くんや西くんと読んでくる。そのたびに僕が「南ですよ。」と言うと大笑いして僕の写真を撮る。意味不明だが楽しい時間だった。彼女はとても優しい人だった。大型犬くらい優しい。以前彼女の一眼レフを借りて遊んでいたらカメラの蓋をなくしてしまった。しかし、彼女は一ミリも怒ることはなく「じゃあ、南くん蓋のモノマネして。」とふざけてくれた。僕は精一杯真似をしたが期待には応えられなかった。その一眼レフが亡くなったお父さんから貰った大切なモノだと知っていたから申し訳なくなった。

 そんな優しい彼女の「今日〇〇さんから前に撮った写真褒めてもらった。」とか「この間南くんといるときに撮った写真がコンクールで賞をとったの。」という彼女にとって嬉しい事を聞いて僕はイライラしてしまった。

 僕は以前彼女に聞いたことがあった。

「将来は写真家になりたくはないの?」

「写真をとることが好きなだけで普通に働いて趣味として写真を撮れればそれでいい。」と彼女は言っていた。

 彼女はとても良い写真をとることができる。素人の僕にでもそれがわかった。才能があるのに夢を目指さない。そんな彼女と夢も才能もない自分を比べてしまって焦っていたのかもしれない。

 東京に出てきて二年が経つ。その間僕は何もやってこなかった。だけどやりたいことも見つからない。もどかしく思った。

 地元の友達はみんな大学へ進学した。大体自分より勉強のできるやつはいなかったしみんな適当に大学に行っているだけだろうと心の中で馬鹿にしていた。しかし、大学生になったみんなの話を聞くと目標が決まってるやつもいるし目標が決まっていなくても課題をしっかりやっていたりサークルをしていたり“何か”をちゃんとやっている。何にもやっていない自分よりよっぽどすごいと思った。

 クーラーの効いた部屋でゲームをやっているだけの僕のもとにある知らせが届いた。

「亘が死んだ。」

 この知らせが届いてから僕はただ茫然としていた。部屋の中はレーザー銃の光でうるさかった。僕はこの事実を現実として受け止めきれなかった。

 三日後の葬式で真っ白になった亘の顔をみて「亘が死んだ」と気づいた。その時初めて目から涙がこぼれた。

 自殺だったらしいと高校の同級生に言われた。亘は一人暮らしの部屋のクローゼットの中で首吊り自殺をしていた。部屋には遺書も残されていて、それを読ませてもらった。

「みんなごめん。俺には音楽の才能がなかった。誰かに認められることも誰かの心を動かすことも俺にはできなかった。俺は天才じゃなかった。『天才は若くして死ぬ。神様が才能のある人間を自分の側に置いておきたいからだ。』っていう文章を昔何かの本で読んだことがある。俺もそう思った。俺の好きなフジファブリックの志村正彦も数々の名曲を生み出し若くして死んだ。俺は死ぬことが怖かった。みんなに忘れられて存在しなかったことにされるのが怖かった。だからみんなの心を動かす、心に刻む音楽を作りたいと思った。だけどできなかった。俺には才能がない。だから命を絶つ。お父さんお母さん先立つ不幸をお許しください。産んでくれてありがとう。ごめんなさい」と亘の言葉で書かれていた。

 亘の音楽は評価されていないわけではなかった。あまり知られてはないが有名なバンドも在籍しているレーベルに入り、ライブでは単独で二百人くらいの箱を埋められるくらいだった。これからだった。未来ある若者だった。二十歳でそこまでできるのは十分だろう。僕からしたら亘は生き急いでるなと思っていた。でも亘には信念があった。「生きていた証を残す」という。亘は死んだ。この先亘が生きていたという証はどこまで残るかはわからない。だけど、亘が命を削って生み出した音楽は永遠に残り続けるだろう。

 亘は天才になりたかった。だから死んだ。若くして死ぬということは決して良いことではない。天才は薄命だとよく言われている。確かに短い期間で才能を爆発させる。線香花火のようで儚く魅力的だ。しかし、天才達も死にたくて死んでいるわけではない。だから死に憧れを抱くのは良くないと僕は思う。人それぞれの考え方があるはずだ。ただ僕は死ななければ可能性は無限大にあると思う。もっと亘が作る音楽を聞き続けたかった。

 僕は亘を亡くしていろんな事を考えた。将来のことについても死についても。今はやりたいことが見つかっていない。僕も亘の考えに近かった。「自分が生きた証を残したい」

 僕の周りには肩書きで表せる人ばっかりだった。僕はなんにもない。だからこの先なんだってできると僕は思う。何もやってこなかったからこそ色んなことに挑戦したい。

 彼女と一緒に本格的なカメラで写真をとることだっていい、一度は楽器を諦めたけど音楽だっていいかもしれない、芸人だって良さそうだ。人を笑わせることは楽しい。料理人だって、漫画家だって、俳優だって、なんだっていいんだ。ただ人の心を動かしたい。僕がいるって知ってもらいたい。だから手始めにこうして僕の今までを書いている。まずは小説から挑戦だ。

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