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君の道にもし色があるのなら  作者: 緒花
祓い師の娘
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柒 必然と役割

「それにしても、何で殺したりなんて…」


 あの村の惨状の主犯が今自分たちの目の前にいるのだと思い出して神妙な顔つきになる。


 「無責任な話なのだが、自分でも分からない…。俺の体内には数多の呪いが封じ込められているんだ。その呪いが暴走して自我を蝕んでいるのかもしれない」


 今までも似たようなことをしたことがあったらしい。以前は妖怪の集落を壊滅させてしまったのだという。少人数の妖怪の住処だったから一人でも簡単に潰せたというが、村一つをたった一人で落とせるという事実だけでもこの男がとんでもなく強いことが分かる。

 あの時は、集落の妖怪を全て喰い尽くした後に正気を取り戻した。その時にはもう荒れ果てた村と辺りに飛び散る血溜まりしか残っていなかったという。


 「申し訳ないことをしたと思っている。償い尽くせない大罪だ。だから、なるべく誰とも関わらず一人でいることにしたんだ。…もう、誰も殺したくない」


 しかし、意図せずに体の中の呪いは時々暴走して勝手に暴れる。それを制御することもできないし、暴走している間の記憶も飛んでいて何も思い出せない。ただこれは自分がやったことなんだという事実だけは絶望する程に痛感していた。ああ…またやってしまった、と。


 「今は大丈夫なの?」


 飛虎は都子の前に出て尋ねた。


 「ああ。神様の神威のおかげで驚く程落ち着いているんだ」


 「僕、力なんてほとんど残っていないと思うんだけど」


 「そうなのか?でも君の御心の傍はとても温かい。俺のような呪いの塊のような妖怪は神という大きな存在が近くにいるだけで邪悪な気が鎮められるのだと思う。その仕組みに恐らく力の大きさは関係ない」


 男の見解では神様である飛虎の傍にいる間は何があっても暴走することはないと言う。何の根拠もないが現に、飛虎の神の力…神威があったからこそ男は正常を取り戻せたのだ。


 「俺のせいで死ななくて良い命をたくさん奪ってしまった。神よ、俺はどのように償っていけば良いだろうか…」


 男はぐっと拳を握り、悔しそうに顔を歪めた。人を殺したことは男の意思ではない。だが、たとえそうであっても自分が殺したことに変わりはないし、その罪が消えることも見逃されることもない。

 自分の意思ではない、という事実があっても許される理由にはならない。

 その姿を見て飛虎は小さく息を吐くと男に歩み寄った。


 「謝って済む問題ではないよ。死んだ村人の魂は無念の念で怨霊となって永久にここに留まり続けるだろう。君は一生、死ぬまで償い続けるしかできない。君にも僕にも彼らを救う術は持ち合わせていない。神と言っても僕は力も神格も底辺だからね。でも、都子ならできるよ」


 「え…?」


 突然話を振られて都子は驚きに目を見開いた。


 「僕はまだ都子と出会って日は浅いし、これまで君に何があったかを知るには時間が足りないけれど、都子にはこの村の魂を救うだけの力を持っているはずだよ」


 「あ、え、何で…」


 狼狽える都子に飛虎は優しく笑いかけた。


 「都子は僕と話せるじゃない。人間が神と話せるのは"お祓い様''以外に存在しないよ。知ってるでしょ?」


 「お祓い様…?娘さん、君はお祓い様なのか!?」


 その呼ばれ方もその特別な力も全部、大嫌いだった。皆が羨むものだったし、これまでもこの力のお陰でたくさんの人を救うことができたのも事実だが、自分が助けを求めた時、この力で自分を救うことはできなかった。この力のせいでなりたくないものにされて、勝手に敬われて、勝手に利用された。


 「都子、嫌だったら使う必要はないよ。この力は君のものだ。使うも使わないも君が自由に決めて良い。だけどね、この魂等を救う力を持っているのは君だけなんだということも知っておいて欲しい。君の持つ特別な力は君自身には何も返してくれないかもしれない。でも君がこの力を授かったのはただ偶然ではないはずだよ」


 「…飛虎、でも…」


 「物事に偶然なんてものはない。起きたこと、これから起こることは全て必然なんだ。だから、都子がお祓い様になったことだって必然なんだと僕は思うよ」


 父親から蔑まれ続けたことも村から逃亡したことも必然で、呪いの村で老婆に出会ったことも、老婆の亡くなった息子の佐吉と出会ったことも、飛虎と出会ったことも、この廃村にやって来てこの男に巡り合ったことだって偶然などではなく、全て必然であったというのか。

 彷徨える魂とそれを天に導く力を持つ都子が居合わせたのも偶然ではなく必然である、と。都子がここで力を使わず魂を放置した後でその魂が悪霊となってこの村を永遠に彷徨い続けるのも、力を使って成仏させてあげることもどちらも起こり得る未来であり、そのどちらの未来も偶然の産物などでは決してないと、そう言いたいのか。


 「どちらの道も選べる立場にいるのは生きている者だけなんだよ。死んでしまったら従うしか術はない。彼らに残されている道は二つ。一つはこの現世に留まり続け怨霊になって永久に祟り続けること。二つ目は祓い師が迷える彼らを成仏させ、天に返してあげること」


 都子は飛虎の言葉を聞きながらある人が話していた言葉を思い出していた。


 ''人は必ず何かの役割を持って生まれてくる"。

 

 恩師の言葉だ。


 ''自分の人生を無意味だと思わないでおくれ。生きている限り、楽しいことばかりではなく時に死にたくなるほど辛いこともあるだろう。でも、そんな時に立ち上がる勇気をくれるのは必ずしも自分の力だけではないよ。都子も覚えがあるんじゃないのかい?みんながみんな都子をお祓い様として敬う対象に見ていたかい?自分自身を見てくれた人はいなかったかい?この力でお前はこの先たくさんの人の助けになることができるよ。そして都子にもそういう人がきっと現れる。人はね、誰かの『お陰』なくして生きられないのだからね''


 どうすれば良いのか。そんなの普通に考えて除霊するの一択だ。それしか彼らを救う術がないのだから。

 この大嫌いな力に頼ることしかできない。こんな力、なければよかったのに。他の誰かに宿ればよかったのに。都子が故郷を追われたのはこの力があったせいだというのに。

 これまで沢山の言い訳を言ってきた。これから先も同じように言い訳を並べるだろう。

 この力がどうして自分に宿ったのか都子には分からないし、これが本当に自分の役割なのかも分からない。

 それでも、この大嫌いな力がいつか好きになれる日がくるかもしれない。


 (大丈夫、まだ旅は始まったばかりなんだから)


 これが自分を知るきっかけになれば良い。この力に向き合う為に、なりたい自分になれるように。


 「でも、私除霊の仕方わからない…」


 「祓い師なら退魔結界が使えるんだけど、習得するのに時間がかかるんだよね。都子はお祓い様だからすぐに覚えられるんじゃないかな?力の制御は問題ないと思うし」


 「制御…?」


 力のある祓い師は普通の人より気が多過ぎる為か体から気が漏れてしまうのだという。気を制御するには訓練が必要になる。気を垂れ流した状態のまま放置すると、免疫も下がり、力も出ず病気にも罹りやすくなる。最悪の場合、若いうちから寝たきりの状態になり、制御ができるようにならない限りどのような治療を施しても回復する見込みは望めない。

 気は祓い師でなくとも潜在的に秘めているものではあるがそれを放出し、能力に変えられるのは祓い師だけである。本来、人間に気を能力に変える力はない。しかし、祓い師はお祓い様が生まれる一族だからなのか、気を扱うことが可能であった。だから稀に気が多く制御も出来ず、知識も持たない一般人がいくら医者にかかっても治らないことから不治の病だと勘違いされたりすることもあるらしい。

 

 「だから祓い師の家系では除霊より先に一番に教え込まれるのは気の制御なんだよ」


 都子は教えを受けた記憶はないが、制御ができているということは父に教えて貰ったということだろうか。あの人が教えてくれた記憶はないけれど。


 「ふーん…。飛虎そんなことよく知ってるね。魚釣りはしたことないくせに」


 「き、聞いたんだよ!ずっと昔にね!」


 ぷいっとそっぽを向く飛虎を横目に都子は小さく頷いた。


 「…分かった。やるよ」


 「娘さん…ありがとう」


 「あなたの為じゃなくて村の人たちの為だから」


 「分かっている」


 都子は襟巻きを結び直し、服の乱れを整える。

 草履を履き、心を落ち着けながら引き戸に手を掛けた。

ちょっと小難しい話になりました。

次話も近いうちに投稿します。

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