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君の道にもし色があるのなら  作者: 緒花
祓い師の娘
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陸 ありがとう

 「やはり、人がいた」


 そこにいたのは都子より少し歳上くらいの男性だった。手足は枯れ枝のように細く、痩せこけて骨が浮き彫りになった顔からは目が飛び出したように浮き出ている。

 恐らくこの村の生存者ではなかろうか。そしてもしかするとここは彼の家なのかもしれない。


 「お前達、この村の者ではないだろう?誰だ」


 「えっと……あの、旅の者です…」


 都子は己の服装を見下ろす。継ぎ接ぎだらけのくすんだ着物に、目が冴えるような鮮やかな赤色の襟巻きを首に引っ掛けている。旅装束姿ではない旅人なんて不自然だろうか。どちらかと言うと旅人というより浮浪児のようだった。いや、そんなこと今更か。


 「そうか」


 自分から聞いてきたくせに大して興味もないのか、男は淡々と返事を返してきた。

 見ず知らずの小娘が自分の家に勝手に上がり込んでいたという事実にも奇妙な程に驚きを感じさせない落ち着き振りだった。


 「あなたはこの家の人ですか」


 「違う」


 男は即座に否定し、続ける。


 「ただお前達を除いて生存している村人はいない。俺はこの村とは無関係の余所者だ。…いや、もう無関係とも言えないか…」


 苦虫を噛み潰したような表情で男は語る。


 …ん?


 都子はふと、男の言動に違和感を感じて眉を寄せた。

 はっきりとは分からないけれど何か引っかかった。


 「…それで?この家の人ではないなら一体私に何の用ですか」


 「礼を言いに来たんだ」


 「えっ、礼?」


 男は頷いて都子の足元に目線を落とした。

 そこで都子はやっと男に感じていた違和感に気づいた。

 この男、飛虎を認識している。

 都子は警戒心を強めて一歩後ろに下がった。


 「怖がらないでくれ。恩義を感じているお前達に危害を加えるつもりはない」


 「あの…私達初対面ですよね?何かしてあげた記憶とかないんですけど」


 思い返してみても、都子がこの村に入ってしたことといえば宿探しだけである。生きた人と出会ったのも今が初めてなのだ。誰か別の人と間違えているのではないか。


 「お前達がこの村に入って来た時に、退魔の力に当てられて正気を取り戻せた。あのまま我を忘れたままの状態でいたら隣村まで襲ってしまう所だった。本当にありがとう」


 飛虎にそんな力が残っていたなんて俄かに信じ難かったが、彼の言っていることは嘘ではないだろう。普通の人には都子一人しか見えないはずなのだが、この男は確実に都子の隣の存在に気付いている。全く迷いのない目で飛虎を見下ろしている。


 「この村にあった全ての死体、あれは全て俺が喰い殺した」


 都子の心臓の音が脈打つように強くなった。

 人間だけではなく妖怪や野犬も?そんな折れそうな細い腕で?それに喰い殺したという表現も引っかかる。普通、殺める時に喰うという表現を使うのは獣やその系統の妖怪の類だ。今目の前にいる人間にそんなことができるとは思えない。ただ、彼が人間ならばの話だが。

 恐らく、この男は人ではないのだろう。

 雰囲気というか、覇気というか、落ち着き方というか、具体的な説明は難しいけれど人として扱うには何故か違和感を感じてしまう。


 「今も君がここら一帯に結界を張ってこの子を護っているんだろう?」


 都子は足元で不貞腐れている飛虎を見下ろした。


 「君の力のお陰で辺りに跋扈する野良妖怪も近寄れないんだ。正直とても助かっている」


 「飛虎…」


 「都子の馬鹿…。考えなしはどっちだよ。こんな地獄みたいな村、何がいてもおかしくないんだからね!」


 その時、都子はこの村に来た時に瘴気に当てられて目に見えて体調を崩していたのに、この村に長時間滞在しても体調が悪化していないことに気がついた。こんな死体だらけの村、足を踏み入れた瞬間吐き気を抑えられず、終いには失神していたかもしれない。とてもじゃないけど本来であればこんな状況下で眠れるわけがないのだ。


 「飛虎…ごめん。私を護る為に貴重な力を使わせちゃってたんだね…」


 「僕、謝ってもらいたくて護ってたわけじゃないんだけど」


 そっぽを向く飛虎を見て都子はきょとんとした。


 「………もぉぉ!何でわかんないかなぁー!」


 「ありがとうって言って欲しいんじゃないか?」


 「えっ」


 都子はこれまで誰かに感謝したことは数えるほどしかなかった。ずっと感謝される側だった。村の人からは『貴方様が礼など仰る必要はないのですよ』と言われ、誰も感謝を伝える大切さを教えてくれなかった。故郷の村を出た後も、どんな時に『ありがとう』を使えば良いのか分からなくてどの地へ行っても感謝の言葉一つ言えない愛想のない娘と言われ続けた。

 ある日、自分の生涯の恩師と呼べる人物と出会い、感謝の意味を教えてくれた。

 それまで、自分は全能であると村人から教えて込まれてきた。それを疑うこともなかった。自分が他の人より優れていたのは事実だったから。でも、師から教わることは全て都子が知らないことばかりだった。都子が知っていることは他の人も知っていて、他の人が知っていることは都子には知らないことばかりだった。今まで知らなくても良いと言われてきたこと全て、知らないと恥ずかしいことだったのだということを知った。


 「都子…?」


 ありがとうはこういう時に使うべき言葉なのだろう。こちらは迷惑をかけたのだから謝るべきだと判断したがそれは少し違っていたらしい。

 ならば今はありがとうを伝えないと。相手がそう言っているのだからそれが正しいのだ。でも迷惑をかけたのにありがとうって本当に正しいのだろうか。


 (迷惑は感謝されることなんだっけ…)


 「あ、あり…ひぃ…」


 しゃくり上がって上手く言葉にならない。


 (…あ、あれ…?)


 「娘さん」


 枯れ枝のような細い腕が都子の頭に伸び、優しくぽんぽん叩いた。

 男はにこりと微笑み、もう片方の手で都子の手を取った。

 彼の手はとても骨張っていて硬く冷たかった。


 「感謝を伝えるのはそんなに難しいことじゃない。ありがとうと言われて嬉しくない奴なんていないさ。自分が言いたい時に、いつでも言って良いんだ。怖がることはない」


 不思議と喉につっかえていた何かが取れたような気がした。

 『ありがとう』は言いたい時に言って良い。そんな当たり前のこと、誰かに言われるまで気づかないなんて…。


 「飛虎…護ってくれてありがとう」


 「しょうがないからこの村を出るまでは護ってあげるよーだ。……ふふふ」


 飛虎はふにゃりと砕けた笑みを溢した。都子は涙が出そうになったが、ぐっと堪えた。感謝を伝えて喜んで貰うことを嬉しく思うのはいつになっても慣れない。昔の自分は中身のない空っぽな言葉ばかり発していたし、周りもそれに従っていたから違和感も感じていなかった。あの村を出て本当に良かったと今なら心の底からそう思える。あの村にずっと居続けたら気づかなかっただろう。中身のある言葉がこんなにも温かいのだということに。

都子と飛虎の絆が少し深まりました。

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