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君の道にもし色があるのなら  作者: 緒花
祓い師の娘
18/34

拾漆 仔狼と少年

 少年が目を覚ましたのは翌日の昼過ぎだった。

 丁度仔狼が用意した昼食の粥を持って部屋に入ったと同時に少年は目を覚またようで、まだ頭が働いていないのかぼーっとくうを見上げていた。腰まで垂れた長く白い髪が窓から差し込む陽光に照らされてきらきらと煌めいている。少女のような華奢な体つきと中性的な顔つきに、初見で女子おなごと見紛いそうになる程であった。

 状況を上手く理解できていなさそうな少年に仔狼は優しく笑いかけた。


 「体の調子はどうだ?粥を作ってきた。食べられそうなら食べてくれ」


 仔狼はそう言いながら少年の元まで歩み寄った。


 「……だ、れ」


 少年から掠れた小さく高めの声が漏れた。


 「俺の名は仔狼。君が道端に倒れていた所を俺の仲間が見つけて手当てをしたんだ。君をあの場にそのままにしておけないから宿まで連れ帰ったんだ。無断で連れてきてしまったことはお詫びする」


 「………」


 「…?俺の顔に何か付いてるか?」


 少年にじっと顔を見つめられ、仔狼は不思議そうに首を傾げた。


 「…あ……いや。こちらこそ…助けて頂き感謝申し上げる。桐仁と…申します」


 見た目の割に大人びた話し方をする少年だと仔狼は思った。


 「その…わたしを助けてくれたお仲間は今はご不在なのだろうか…?」


 「あ、ああ。今街に出ているんだ。俺たちは旅人だから旅の物資の調達も兼ねてな」


 実際都子は向かいの部屋にいる。祓い師であろう少年…基、桐仁と都子を会わせる訳にはいかない。桐仁には悪いけれど仔狼は嘘を吐いた。


 「どこか痛いところや不調があれば教えてくれ。仲間から薬と包帯を預かっているから手当てなら任せてくれ!」


 仔狼は机の上に置かれている調合済みの薬や包帯を見せながらフンッと鼻息荒く得意気に笑った。


 「ありがとう、だが大…丈夫…、………?」


 桐仁は急に顔色を変えて胸元や小袖を漁るように寝着を弄った。何かを探しているかのような仕草に仔狼は首を傾げながら問うた。


 「どうした?何か探し物か?」


 「お、お守りを…椿の模様が刺繍されている赤いお守りがない…!」


 血の気が引いたその表情を見て、そのお守りが桐仁にとって相当大事な物であることが窺えた。

 幸いそのお守りに心当たりがあった仔狼は急いで押し入れの前に固めておいた桐仁の荷物の中から花の刺繍が施されたお守りを取り出した。首に掛けられるように長い紐がくくりつけられている。


 「これだろうか?」


 「…!!」


 桐仁は仔狼が持っているお守りを見て目を見開いた。狂乱した目で仔狼を睨みつけ、お守りを乱暴に奪い取った。お守りをぎゅっと胸に押し当てながら小さく震えている。

 その姿に呆気に取られていた仔狼はハッと我に帰り、桐仁に向き直って謝罪した。


 「す、すまない、それ程に大切な物とは知らず勝手に首から外してしまった。決して盗んだ訳ではないんだ」


 桐仁から返事はない。


 「…腹減ってるだろう?粥、ここに置いておくから冷めないうちに食べてくれ」


 今はそっとしておくべきだろうと判断した仔狼はそれだけ言い残して静かに部屋を後にした。


 「仔狼お帰り。あの子起きたの?」


 都子が作業する手を止めて仔狼を見上げた。継ぎ接ぎだらけの着物のほつれを直していたのか、手に針と糸が握られていた。着物の縫い目はお世辞にも上手いとは言えない出来栄えだった。


 「ああ。体調の方は大丈夫そうだったぞ。一応粥を置いてきたから食欲があれば食べてくれるだろう」


 「そう、それなら良かった」


 都子はそう言うなり着物の手直しを再開させ始めた。仔狼は雑に縫われていく縫い目を目で追いながら声をかけた。


 「そういえば飛虎はどうしたんだ?」


 「足りない薬草があったから近くの林に採りに行ってもらってるの。私が行くって言ったんだけどまた倒れられたら困るからここにいろって言われちゃった」


 ささっと着物を縫い直すと、都子は針と糸を木製の道具箱に仕舞った。


 「でーきた」


 直った着物を広げて満足気な表情を浮かべる都子。継ぎ接ぎだらけで色もくすんでいて随分とくたびれている。


 「着物、買い直さないのか?」


 「今のところはね。小綺麗な格好してるとお金持ってそうに見られるみたいだし、こういうボロい着物を着てる方が目をつけられなくて楽なんだよ」


 確かに今は仔狼や飛虎がいるから良いが、それまでは都子は一人で旅をしてきた。女性の一人旅は危険だし、見た目を汚すことでその危険を回避できるならその方が良いに決まっている。

 都子は瞳も大きくそれなりに整った顔立ちをしていると思う。だが、ぼさぼさの髪に着古したヨレヨレの着物を着ている所為で、いやそのお陰なのかその綺麗な顔立ちはかすんでしまって目立っていないように、そう仔狼には思えた。都子にとってはそれが好都合のようではあるが。

 髪と服装で人の雰囲気とは随分と変わってしまうのだなぁと仔狼は内心感心した。


 「まぁ、何はともあれこの着物が大事だから捨てられないってのが一番の理由なんだけどね」


 そう言うと都子は立ち上がり夜着を脱ぎだした。


 「!!み、都子、何してるんだ!?」


 「何って着替えようかと…」


 「俺がまだ部屋にいるんだぞ!?」


 「だってあんた犬でしょ。犬に恥じらい持ってどうすんの」


 「……そ、そうなの…か??い、言われてみればそうかもしれない…?」


 「ちょっと!?納得しちゃ駄目だよ!都子もそんな屁理屈言わないで!」


 突然部屋に飛び込んできたのは薬草採りから帰ってきた飛虎だった。中に薬草がたんまり入っているのだろう大きく膨らんだ風呂敷を首に巻き付けている。

 慌てた様子の飛虎は都子と仔狼の間に割って入ると着替えを全力で止めた。

 都子と仔狼は顔を見合わせて目をぱちくりさせながらお互い苦笑いを浮かべた。


 「ほら仔狼、都子が着替え終わるまで部屋から出ていよう」


 「あ、ああ、分かった」


 「都子、採ってきた薬草はここに置いておくからね」


 「あ、ありがとう」


 飛虎は風呂敷を畳の上に置くと、ぼーっと突っ立っている仔狼の足に鼻を押し付けて早く部屋から出るよう急かす。

 飛虎の勢いに圧倒されながら仔狼はそそくさと部屋を出た。

 襖をトンッと閉めると、中から衣擦れの音が聞こえてきた。仔狼は何だかむず痒い心地になって頭を左右に振った。


 「あ、そういえば渡すの忘れてたな」


 小袖の中にしまっていた耳飾りに気づいてそっと触れた。


 「え?…ああ、耳飾りか。後で渡そう」


 「そうだな……、おっ!?」


 突然向かいの部屋の襖が開き、驚いてビクリと盛大に体が跳ね上がった。

 出てきたのは身支度を整えた桐仁だった。

 ぼさぼさだった髪は高い位置で一つにしっかりと纏められており、きっちりと旅装束を着込んだ姿に高価な装飾品の類を首や腕に引っ掛けている。


 「もう行くのか?もう少し休んでからの方が…」


 「先程は失礼した。恩人に対して礼儀を欠いた行いだった」


 「え?…あ、ああ。それは俺が悪かったんだから謝らないでくれ!」


 謝罪の件は恐らくお守りのことに対してだろう。あれは首にかかっていたお守りを勝手に外してしまったのが悪いのだ。とても使い古された物だったから大層大事にしていると見れば分かったはずなのに。その考えに至らなかった己の失態だと仔狼は思っている。


 「それにしてももう行ってしまうのか?体調は大丈夫か?」


 「あまり長居しすぎると屋敷の者も騒ぎ立てる恐れがあるし、何よりこれ以上世話をかけたくない」


 「俺は別に構わないが…。困っている時はお互い様だ」


 「……言い方を変える。これ以上其方の施しを受けるのは屈辱だと言っている」


 「……く、屈辱?」


 予想外の返答に仔狼は上擦った声をあげた。


 「申し訳ない。仕事柄、其方を心からの恩人として敬えないんだ」


 「それってどういう…」



 「──其方、物の怪であろう」



 その瞬間、あまりの空気の変わりように一瞬何が起きたのか理解するのに時間がかかった。ただ、理解した瞬間、とてつもない悪寒が背筋を伝った。

 桐仁の表情が明らかに敵意を持ったものに変わったからだ。子供にこんな表情ができるものだろうかと俄かに信じ難いことだが、確かにこれは目の前にいる少年から発せられているものだ。

 こちらに向けられる視線の冷たさに今にも腰が抜けそうになる。

 どこでバレたのか、どれだけ考えても分からない。都子の体調も悪くなさそうだったし瘴気は漏れていないはずだ。

 張り詰めた空気に身体が硬直し、呼吸が乱れる。

 今、先ほどまで死ぬ寸前だった少年に対して''命の危機''を感じている。

 だが、仔狼は何が何でも死ぬ訳にはいかない。

 何とかこの危機を回避せねばと頭を働かせまくる。


 「この髪の色を見てすでに気づいているとは思うが、わたしは祓い師だ。霊を祓う他に妖怪退治も担っている。助けてくれたからとて見逃すことはできない」


 「………」


 仔狼は腰に刺した刀にそっと触れる。


 「ただ、今回わたしはこの件に関して気付かぬ振りをするつもりだ」


 「……へ?」


 今にも刀を引き抜こうと構えていただけに、桐仁の発言に肩透かしを喰らう。

 桐仁の表情から敵意が抜けて、無表情に戻った。気配の違いに差がありすぎて頭が混乱しそうだった。


 「あ、ありがとう…?」


 「勘違いするな。わたしは妖怪を死ぬほど憎んでいる。次会った時は其方の命の保証は出来かねる」


 「ひぇっ!は、はい!」


 桐仁の脅しに肝が冷え思わず背筋を伸ばした。敵意は感じないのに冷や汗が止まらない。


 「では、失礼する」


 「あ、ま、待ってくれ」


 この場を去ろうとした桐仁を呼び止める。

 振り返った桐仁の眉間に若干皺が寄っている気がした。


 「…何か?」


 「ど、どうして俺が妖だと分かったんだ?瘴気は漏れてないと思うんだが…」


 「……」


 「あ、いや…敵にそんなこと教えられないよな。すまない、忘れてく…」


 「もしや…いや…でもそんなこと…。…まさかとは思うが其方妖気の隠し方を知らぬのか」


 「妖…気?」


 妖気のことは知っているがそれを隠すとは一体どういうことだろうか。


 「今のように妖気が漏れた状態で迂闊に都を出歩かない方が良い。一般人や下位の祓い師には妖気を察知する力はないが訓練を積んだ手練れの祓い師であれば妖気の一つくらい容易く察知できる。今まで気づかれなかったのは単に運が良かっただけで、妖気をどうにかできないのなら二度と都に足を踏み入れぬことだ。少しでも長く生きていたいのならせめて自分の身を守る術くらい覚えておいた方が良い」


 そう言って踵を返して歩き出した桐仁を仔狼は唇を噛みながら見送った。

 自分の身を守る術…。自分すら守れていなかった状態で都子と飛虎を守ることなど到底できやしない。

 今回は桐仁に見逃されたが、もし出会っていたのが桐仁ではなく別の祓い師だった場合、同じように見逃してくれるとは限らない。

 何も考えずに都を出歩いていたが、桐仁の言う通り、これまでは運が良かっただけで、万が一にでも街中で祓い師に遭遇してしまっていたと思うとゾッとする。肝が冷える思いだった。


 「あ、そうだ」


 突然足を止めて桐仁はこちらを振り返った。


 「其方が用意してくれた粥だが、申し訳ないが一切手をつけていない。妖怪から出されたものは死んでも受け取れぬ。だが、好意だけは受け取った。感謝申し上げる」


 そう言い残し、桐仁は今度こそ振り返ることなくこの場を後にした。


 「………」


 ドサッと仔狼は力なく地面に尻餅をついた。ドッと汗が噴き出る。

 仔狼は自分の腕に自信があった。今までだって一人旅の道中数多の妖怪や山賊に遭遇したが全て返り討ちにしてきた。祓い師という存在に出会ったのは桐仁が初めてだったが、妖怪が人間に負けるはずはないと信じ切っていた。

 だが、あの時桐仁が放った殺気は仔狼の想像を遥かに凌駕した凄まじいものだった。気迫だけで殺されそうだと思った。あれを人間が、しかも十かそこそこの歳の子供が放ったとは俄かに信じ難いことだった。

 都子の力を目の当たりにした時も確かに驚いたし、度肝を抜かれた。ただ、都子の力は神々しくてきらきらしていたし、力を使うのが不慣れだった分、脅威を感じたというよりはただ純粋に感動したという感覚の方が圧倒的に強かった。

 しかし、彼は違う。普段から祓い師として力を使っていて、その力の使い方を知り尽くしている人間だ。

 彼が特別なのかどうなのかは分からないが、今現在、祓い師たちの中にあれ程の強者がたくさんいるのだとしたら…。


 (俺は…ちゃんと二人を守れるのか……?)


 「仔狼!!!」


 「!?」


 飛虎の呼びかけに驚いてビクリと身体が飛び跳ねる。


 「不安になる気持ちは分かるけど、あまり思い詰めちゃ駄目だよ。あの子が教えてくれたでしょ?身を守る方法を。僕や都子も力をつけなくちゃいけないんだから、これから一緒に頑張ろうよ。妖気が溢れていたことは危険なことに違いなかったかもしれないけれど過ぎたことをくよくよ悩んでても何もならないよ」


 「飛虎…しかし…っ」


 「運良く祓い師に見つからなかったなんて僕たちついてるよ!!やったね!!…時には振り返って反省しなきゃいけない時もあるだろうけれどそれでも後ろ向きな気持ちばかりじゃきっと苦しいよ。前向きに行こう!ね?」


 「……ああ、そうだな」


 「仲間は助け合う為にいるんだよ!」


 「…頼ってもいいのか?」


 「もっちろん、当たり前でしょ!」


 胸を張って意気込む飛虎に思わず顔を綻ばせた。傍に誰かがいてくれることの心強さを改めて感じた。

 頼ることを申し訳ないことだと思っていた。己の力が及ばず、仲間に迷惑をかけることが嫌だった。だが、飛虎は迷惑をかけられることが当然のように言っていた。仲間の為ならどんなことがあっても助けるし、力になる。助けてあげたいし、力になってあげたい。そう思い合えるのが仲間なんだと。


 (ああ…こんなに幸せで良いのだろうか…)


 「さぁ、あの子の部屋を片付けてしまおう!今日中に出発できたらいいね」


 「ああ、そうだな!」


 仔狼は立ち上がって向かいの部屋の襖を開けた。

 夜着と布団はきっちりと畳まれていた。机の上には冷めた粥と包帯、そして置き手紙と装飾品が一つ置かれていた。

ひと月ぶりの更新です…。

次のお話も書き始めてるので早めに更新できたら良いなぁ…。

因みに桐仁は裏主人公みたいな扱いです。

まあ、もう一人の主人公だと思って頂ければ。

まだしばらくは出番少なめですが後々活躍してくるので彼もこれからよろしくお願いします♪

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