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君の道にもし色があるのなら  作者: 緒花
祓い師の娘
12/34

拾壱 仔狼の生きる理由

 案の定、村を出て暫くすると雨が降り出してきた。今はまだ小雨程度だから気にはならないが、本降りになったら体探しは中断して雨宿りせざるを得なくなるだろう。


 「飛虎ー、良いのあったー?」


 このご時世、死体なんてそこら中に転がっている。そう思っていたが、いざ探すとなると思いの外見つからないもので、都子たちは中々良い体が見つけられず苦戦を強いられていた。

 村の死体はどれも仔狼が喰い荒さった残骸ばかりで使用不可能な状態のものばかりだったため、こうして村の外で探しているというわけだ。

 森や川辺りも辿りながら進む。偶に見つける死体はかなり腐敗が進んでいて使い物にならなそうなものばかりだった。


 「うーん………あっ!」


 飛虎は一体の死体の前で立ち止まる。

 比較的綺麗で腐敗も進んでいない理想的な死体だった。気になる点があるとすれば、少し身体が細いところだろうか。

 見た目は都子と同じ歳か、少し下くらいの少年だった。人里からも離れていることからこの少年は恐らく浮浪児だったのだろう。考えられる死因は餓死か。生きている間、必要な栄養も取れなかったはずだし、十分に成長できず、歳の割に身体つきが小さかった。


 「都子、仔狼!こっちきてー!」


 飛虎は死体をじっと観察した。

 まだ蛆も湧いておらず、状態がとても良い。亡くなってからそれ程時間は経っていないのかもしれない。腐っている部分も欠損している部位もなさそうだ。

 都子と仔狼は飛虎の元まで駆け寄る。

 都子は、飛虎の見つけた死体をじっと見下ろした。飛虎と仔狼が首を傾げて都子を見上げる。

 暫く黙って死体を見下ろしていた都子だったが突然口を開いた。


 「怖がらなくて大丈夫だから、出ておいで」


 「都子?そこにいるのか?」


 体がない仔狼は都子に頭部を抱えられた状態で目だけをきょろきょろと彷徨わせた。


 「仔狼、ちょっとごめんね」


 そう言って都子は仔狼の頭部を地面にそっと置いてしゃがみ込むと死体の腹に手をゆっくり乗せた。


 「私の名前は都子って言うの。あなたのお名前聞かせてくれる?」


 死体に向かって優しく語りかける都子の姿を飛虎も仔狼もただ黙って見ていた。

 ──突然ふわりと白く淡い光の玉が死体からゆっくり浮かび上がってきた。非常に弱々しく、息を吹きかければそのまま跡形もなく消え失せてしまいそうな程の小さな光だった。


 「…これは、まさかこの子の魂なのか?」


 「体を借りたいんだったらちゃんと持ち主にお願いしないとね」


 都子は魂の方に耳を傾け、小さな淡い光を見つめた。


 「勘次くんって言うんだね。よろしくね。勘次くん、私たちはあなたにお願いがあるの」


 魂が怯えないよう、優しく語りかける。


 「…なぁ、俺には全く聞こえないのだが飛虎には魂の声、聞こえているのか?」


 「うーんと、声っていうより意識の塊…?っていうのかな…。魂の持つ気持ちをそのまま感じ取ることで意思疎通が可能になるんだよ。僕もやったことはないから確証はないけど力のある地縛霊や怨霊なら少しは分かると思う。でも魂の状態によっては姿は見えても意思までは読み取れないことも多いらしい。ここまで弱い光だと尚更だね…。だからお祓い様は凄いんだよ」


 「………」


 神に凄いと言われるお祓い様という存在とその力に仔狼は改めて圧巻された。

 ただただその凄さに心を奪われていたが、直後、ふと我に返る。

 凄い…とは?

 お祓い様が凄いことなんて、そんなこと、村での除霊で十分過ぎるくらい目にしたではないか。

 自分は、お祓い様の力に見惚れている場合ではなかった。

 魂の声は聞こえないし、光も弱くて正直位置も分かり辛い。だが、魂や霊が意識の塊でお祓い様と会話をするのなら、都子がこうやって話しかけていることで魂と意思疎通ができているのなら、自分の意思を強く想うことで万が一にでも魂に届けることができるかもしれない。

 仔狼は都子の足元で声も聞こえぬ相手に話しかけた。


 「勘次…くんだったか?俺は仔狼という者だ。初めに伝えておきたい、これから俺は君に厚かましいお願いをする。気を悪くするかもしれないが聞いて欲しい。俺は犬神という妖で首から下は既に死んでいて手元にはない。だからこの先、生きるために君から身体を借りれたらとても有難い」


 「こ、仔狼…?」


 大きな声で魂に向かって話しかける仔狼に、都子はぎょっとして慌てて口を塞ごうとした。だが、仔狼は構わず話し続ける。


 「今までなら死体が近くになければそのまま野垂れ死んでしまってもそれで構わないと思っていた。既に一度死んでいる身。俺は死に損ないの犬っころなのだから」


 「仔狼、ち、ちょっと待って……飛虎?」


 飛虎が都子の手にそっと触れた。

 大丈夫だよ、と笑っていた。


 「だが」


 仔狼は一度眼を伏せ、そしてゆっくりと瞼を開く。

 傍にいる都子と飛虎を一瞥して、光に向き直った。

 強い意思のある目で光を見て、言った。


 「死ねない理由ができた」


 気のせいかもしれないけれど、光の玉が少しだけ揺れたような気がした。


 「俺は生きたいと思えた理由を、誰かと共にあることの楽しさを教えてくれたこの二人を、死なせたくない。都子は瘴気に当てられるとすぐに体調を崩すし、飛虎も神の力がほとんどなく、旅の途中でもし凶悪な妖怪に襲われたら二人はお互いを護ろうとして身を滅ぼすかもしれない。だから俺が二人を護りたい。二人を死なせない為に、二人の旅路が無事に終えるまで俺は死ねない」


 都子はお祓い様だが、人ならざる者との会話と飛虎が教えた退魔結界しか知らないようだった。退魔だってまだ一度しか使っていないし、完璧に会得するにはまだ時間がかかるだろう。

 飛虎も今は神威で都子を護っているが、恐らく、その神威が尽きるのも時間の問題だ。

 そうなると、頼れるのは都子の退魔結界のみとなる。まだ自分のものにできていない力に命を預けることは何の戦術もなく無防備に戦場に赴くのと同じくらい無謀なことだ。

 旅を続けていくなら厄介な敵にはいずれ必ず遭遇する。そうなった時、二人が命の危険に晒されることは必然である。


 「俺は、刀が扱える。体のこなしも身軽だし、戦力になる。二人を護れるだけの力がある。だから、二人を護るために君の体を俺に託して貰えないだろうか」

 

 「仔狼…」


 都子は、ぽかんと口を開けて仔狼を見た。仔狼がそんことを思っていたなんて知らなかった。正直、会って数日の我々に恩義を感じすぎているかもしれないが、そういう大袈裟なところが彼の良さなのかもしれない。例えば一をすると十で返してくれるような、そんな感じ。

 光の玉はゆらゆらと揺れながら仔狼の元まで浮遊した。

 光がほんのりと温かな熱を放ち、静かに消滅した。


 「た、魂が…」


 「役目を終えたと判断したから成仏したんだよ」


 飛虎は狼狽る仔狼にそう言った。

 現世に留まり続ける霊は、己が死んだことを理解できない者、何かに執着して現世から離れられない者、還り方が分からず迷子になっている者、様々だがどの霊もはじめは害がなくとも強い悪霊の近くにいるだけでそのまま飲まれて悪霊に成り果てる。そうなってしまったら最後、己の力で成仏することはできない。それらが等しく天へ還るために祓い師という存在がいるのだ。


 「よし!それじゃあ、始めようか。仔狼、僕たちは何をしたらいい?」


 飛虎は気持ちを切り替えて仔狼に向き直った。

 仔狼は都子と飛虎を見回し、何やら考え込むような表情をした。


 「えっと、まず首を胴体から切り離す。そして俺の中にある呪いを溢さずに新しい身体に移し替える。やることはそれだけ、なんだが」


 「ま、待って。それだけって…首を切り離すって一体それ誰がやるの?」


 仔狼は身体がない状態だし、飛虎も首と胴体を手で引きちぎるような器用な真似ができるとは思えない。


 「都子にやって貰うのが手っ取り早いのだが、流石にこれは頼まないから安心してくれ」


 仔狼の言葉に酷く安堵して都子は胸を撫で下ろした。


 「いつも通り首は俺が喰い千切る。その後に呪いの転移を行うのだが、膨大な瘴気が溢れるから都子はここから離れた方が良い」


 犬神は体の中に数多の呪いを宿している。その呪いを放出させるのだから尋常じゃないくらいの瘴気が辺りに立ち込めることになるのは確実だ。どれくらいなのか予想ができないから、離れておくことに越したことはないだろう。


 「良ければ僕の神威を使おうか?」


 「ううん、大丈夫。飛虎の力は貴重なんだし、そう何度も使わせられないから。少し移動するね」


 そう言って都子は遠くに見える大木を目指して走った。

 思ったよりも距離があったせいで少し息が上がってしまったが、仔狼からはだいぶ離れることができたようだ。都子は小さく見える仔狼と飛虎に大きく手を振って合図を送った。向こうが合図に気がついたかはここからでは分からないが、まぁ、暫くしたら始めるだろうと、都はドサッとその場に胡座をかいて座り込み、荷物から干し肉を出してかぶり付いた。


 「そういえばどんな風に身体を交換するんだろう」


 首を千切って、自分の首を代わりに繋げるのだろうけれど、どうやって繋げるのか方法が都子には見当もつかない。

 興味がないといえば嘘になる。


 「ああー…でも瘴気がなぁ」


 少しだけ近づこうかどうしようか悩んでいると、妙に冷んやりとした乾いた風が頬を掠めた気がした。


 「…何だ?」


 風が吹く方を見る。

 森から一斉に鳥の群れが羽ばたくのが見えた。


 「……っ」


 ──突然、ぞわりと寒気が全身に走り、鳥肌が立った。かと思えば、視界がぐにゃっと歪み、立っていられないほどの目眩を起こす。割れそうな程の強烈な頭痛に襲われた。


 「……っ……!!」


 痛みで声が出ず、咥えていた干し肉を地面に落としてしまう。両手で頭を抱えて蹲り、奥歯を思い切り噛み締めた。あまりの痛みに耳鳴りと手の痙攣が止まらない。


 (痛い痛い痛い痛い…っっっ!!?!)


 何が起きているのか理解できず、酷い痛みで考えることが出来ない。今にも意識が飛んでしまいそうだった。都子はただひたすら痛みにもがいた。


 (む、無理無理無理無理無理…っ!!!)


 「は、離れ…もっと…は、はな…」


 脳から警鐘が鳴り響く。一刻も早くここから離れなければならないと、本能で感じた。

 口が震えていて声が上手く出せずヒューヒューと小刻みに掠れた息が漏れる。

 ずるずるとうつ伏せの状態で何とか遠くに移動しようと試みるが頭痛が全身に巡り考える力を奪っていく。

 目の前が暗闇に霞んでいく。自分がどこに向かって進んでいるのかも分からなくなってきた。 


 (あ……限、か、……)


 ………ぷつん。


 都子はパタリと顔を地面に伏した。事切れたかのようにぴくりとも動かなくなり、そのまま意識を手放した。

一ヶ月ぶりです…。拾壱話でございます。

もう一年も終わりですね。

来年はきっともっといい年になると信じて…。

今年中にあと2回くらいは更新したい…うん…できるかな…。

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