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君の道にもし色があるのなら  作者: 緒花
祓い師の娘
10/34

玖 都子とお祓い様

「凄い!こんな静かにゆっくり眠れたのは久しぶりだ!!」


 朝になって近くを跋扈ばっこしていた妖怪達も姿を隠したようだ。

 昨夜は飛虎の神威のおかげで野良妖怪に襲われることもなく無事に朝を迎えることができた。お陰様で都子の体調も少しは良くなった。

 都子たちは退魔結界を張るため、家から出てなるべく開けた広い場所まで移動した。


 「都子、準備は良い?」


 「う、うん。まずは何したら良いの?」


 緊張の面持ちで尋ねると、飛虎は安心させるようににこりと笑った。


 「それじゃあ僕の真似をしてみてくれる?」


 「分かった」


 飛虎は地面に前足で六芒星を描いていく。肉球ですらすらと描いている姿を見て器用だなぁ、と都子は感心した。線の歪みも一切ない綺麗に整った六芒星を見ながら同じものを自分の足元に描いた。

 飛虎は六芒星を自分の周りに更に五つ描いていく。最後の一つを描き終えると、中央に立ち直り、ゆっくり目を閉じた。

 心を落ち着け、集中する。


 その時。

 ふわりと暖かな風が吹いたような気がした。その感覚は気のせいなどではなく、飛虎の足元をぐるりと囲むように描かれた六芒星が淡い黄金色こがねいろの輝きを放ち、飛虎を包み込んでいた。

 その光景を見て、都子は緊張の糸が解けていくのを感じていた。自分も同じことをしなければと分かっているのに目が晒せない。

 固まっている都子に気づいていないのか、飛虎は中断することなく続ける。


 「我ら迷える御魂と共に仏に示し給われば、人心、おのずから平安となって、願わくばその道に一条の光明があらんことを」


 言い終えると同時に飛虎の姿が小虎から一回りも二回りも大きな巨体に成長を遂げる。毛並みが白から黄金に変わり、瞳は水晶のように煌めいていた。

 淡い光の輝きがサァーッと波紋のように広がり、家屋が一軒すっぽりはまるくらいの大きな円ができた。その円が結界となって中に転がっている死体を浄化していった。心なしか、都子の身体も軽くなったような気がした。

 円の中にいた都子と男はただその光景に見惚れていた。


 「す、凄い…」


 男は感嘆の息を漏らした。初めて見る除霊に言葉が出てこないといった様子だった。


 「はぁ…僕の力ではここまでが限界みたい」


 光はスッと跡形もなく消えて、飛虎の体もいつもの小虎に戻ってしまった。


 「さぁ、都子やってみて。…あ、その前に」


 飛虎は自分の毛を数本引き抜いて男に手渡した。


 「これは?」


 「持っていて。多分、都子の張った結界の中で君は生きられないと思うから」


 退魔結界とは悪しき呪いを退散し、浄化させること。男は悍しい呪いを幾つも抱え込んでいて、己自身も呪いの権化である。男のような呪いの力が強い妖怪は力がほとんど残っていない飛虎の微力な結界では気分を少し悪くする程度で済むがお祓い様である都子の結界では姿形を保つことさえできないかもしれないという。

 飛虎の毛は実体する神の一部。どこかの神社で清められたお札やお守りよりずっと効果があり、確実に持ち主を護ってくれる。


 「本当は結界の外にいるのが一番安全なんだけれど、都子の結界がどれくらいの範囲まで広がるか僕にも分からないし、多分外に出たとしても近くにいたら結界内にいてもいなくてもあんまり変わらない気がするんだよね。だから、その毛を渡すから死にたくなければ肌身離さず持っていて」


 「ありがとう、助かる」


 男は顔を硬らせ、飛虎の毛をぎゅっと握り締めた。


 「脱線しちゃってごめんね。じゃあ都子、始めてくれる?」


 「う、うん…」


 都子はサッと飛虎に背中を向けて小袖からこっそり一枚のお札を取り出した。


 「都子?」


 「ご、ごめん。始めるね」


 二人に気づかれないようにお札を隠し持ち、先程飛虎がやったことを思い出しながらそっと目を閉じた。


 …大丈夫。お札があるから全く力が出せない訳じゃない…と思う。


 今、都子は訳あってお祓い様の力を封印している。師から貰った数枚のお札にお祓い様の能力を憑依させ、常に身につけることで本来の力が出なくとも能力を引き出せるようにしていた。

 しかし、お祓い様の力といっても都子は霊や飛虎等との会話以上のことは今までやったことがなく、一体自分の力でどれ程の効果が期待できるのか全くの未知数で、正直期待してくれている二人を裏切る結界になってしまうのではないかと不安で堪らなかった。


 取り敢えず落ち着かなければ、と胸の前で手を組んで呼吸を整える。

 気を高めることに集中して余計な思考を払い捨てる。

 手の中のお札に熱がこもっていくのを感じた。六芒星に光が宿り、都子を包む。心なしか少し眩し過ぎる気がしたが気にせず続ける。


 「我ら迷える御魂と共に仏に示し給われば、人心、おのずから平安となって、願わくばその道に一条の光明があらんことを」


 ──その瞬間、自分でも目を疑うことが起きた。


 都子を包んでいた光が眩い程の巨大な光の玉に膨れ上がり、そのまま光の如く突風と共に辺り一面に光の絨毯が敷かれていくように地面が黄金色こがねいろに覆われていった。光の広がりは止まることなく村を一瞬で覆い、その遥か先に薄ら見える山脈一帯を丸々取り囲んでいった。


 「ど、どうやって止めるの!?」


 都子はあまりの出来事に困惑して思わず握り締めていたお札をぽろりと落としてしまう。

 お札が地面に着いたところで効力を失ったのか光の広がりがぴたりと止まった。


 「……」


 都子はぺたんと力なくその場に座り込んだ。

 辺りには腐乱死体が転がっているにも関わらず、空気が異様なほど澄んでいた。この村に来た時に肌でビリビリ感じていた瘴気も晴れ、昨日の不調が嘘のように力が漲ってくるようだった。


 「……」


 飛虎と男はあり得ないものを目の当たりにしたような、圧倒的な力の差を見せつけられたかのような、ただその場に立っているだけで精一杯だった。

 たった十数年生きただけの小さな少女が、お祓い様の力という不思議な力で神様にも劣らない、むしろそれを上回る力量を発揮した。あんなに細くて、あんなに弱々しいのに。

 これまで飛虎は都子のことをお祓い様の力はあれどそれでも普通の人間に変わりはないと、そう思っていた。だがそれは大きな間違いだった。彼女は、いや、お祓い様は人間という括りの中には最早存在しない。


 「ああ…そっか、だから…」


 かつて、ここ日雛の国において初代お祓い様が生きていた遥か昔、人々はあの力を実際に目の当たりにして、感動し、そして魅了された。その力は嘘偽りなく、多くの人の心を救った。人間たちはお祓い様の為に祭壇を建て、お祓い様を崇めた。彼女を神様の使いであると信じて。


 「僕…いつの時代になっても、お祓い様が崇拝され続けている理由が分かったような気がする」


 今からおよそ五百年前、日雛の国は妖怪共が起こした戦の戦火にあった。その戦で多くの人間が妖怪によって惨殺され、命を落とした。その時代にいた祓い師は現在都の本家にいるとされる祓い師たちにすら雄に及ばない実力。祓い師とは名ばかりであったが当時は今程妖怪たちも霊も深刻な程厄介なものではなかったから祓い師もそれ程人間たちに頼りにされていた訳じゃなかった。妖怪も自分たちの集落から出てくることは滅多になく、地上を蔓延る霊は霊脈道姫れいみゃくどうひと呼ばれる神が全て対処していたからだ。しかしある日突然、霊脈道姫は神堕ちし、怨霊が大量に野放しになってしまう。瘴気が濃くなればそれだけ厄介な妖怪が寄り付き、妖怪は集落から出てこないから大丈夫だと何の根拠もなく胡座をかいていた祓い師たちは怨霊の除霊作業だけで手一杯で妖怪退治にまで手が回らなかった。これ見よがしに好機であるといって妖怪たちはどんどん力を蓄えていった。手がつけられなくなる程の大事に発展するまで何一つ対処しなかった祓い師たちは国を見捨てて国外へ逃亡。日雛の国は間違いなく滅びるだろうと、誰もがそう思っていた。そこに一縷の希望の光が差した。諦めと絶望の淵に立っていた人々の前に現れたのは体が大きな妖怪たちにとっては米粒のような外形、同い年で同性から見てもとても小柄で握れば折れてしまいそうな程細い手足、元服を漸く迎たばかりという頼りない程小さく、そして世にも珍しい星のように美しく煌めく白い髪を持つ少女の姿であった。その娘は後に''お祓い様''と呼ばれ、国中から崇拝される存在になるのだが、当時は誰も娘の名を知らず、祓い師の一族とは何の繋がりもないただの小さな少女だった。しかし、お祓い様の力は確かに彼女に宿っていたようで、娘は迫り来る数多の妖怪の群れをたった一人で鎮めたと言い伝えられている。

 今、日雛の国がこうして存在していられるのは紛れもなく彼女のお陰である。

 国の君主である帝すらお祓い様の前では頭を垂れるのだそうだ。


 お祓い様の力とは一体何なのだろうか。

 何故、そのような力が宿ったのか。


 お祓い様については分からないことだらけだ。

 ただ、少し引っかかるのは、都子の髪の色についてだった。歴代のお祓い様然り、その血族は例外なく皆髪が白い。しかし、都子の髪は光に照らすと薄ら紫に色づく黒髪だった。お祓い様の力が宿る者の中で都子と同じように髪の色が白以外だった者は存在しない。

 それと、都子の体質について。瘴気が濃い場所に行くと体調が悪くなるのは誰しも同じだが、都子はその比ではないくらい体調を崩すのだ。

 ある人が瘴気に当てられて頭痛に襲われたとする。同じだけの瘴気に当てられた都子は頭痛の他に吐き気、気を失いそうになる程の目眩、耳鳴りなど普通の人の何倍も強く身体に影響を及ぼす。まるで都子の身体が瘴気を吸い寄せているかのような不自然な現象。

 都子がお祓い様であることは間違いないのだが、何か違和感を感じる。飛虎は都子に問うてみたかったが、ぐっと堪えて心の中に押し留めた。

 何となくだけれど、都子にはお祓い様についての話はあまり聞いてはいけないような気がしたから。


 「ありがとう娘さん…っ。本当にありがとう!」


 男は力なく地面に座り込む都子の前に飛びつく。ひたすら礼を述べる声は掠れて裏返っていた。それを聞きながら都子は額に汗を滲ませ、小さく笑った。

 この力は自分自身には何も返してくれない。でも、この力を使う度に誰かから''ありがとう''と言われる。ただの言葉なのに、姿形がある訳じゃないのに、故郷の村でただの義務のように供えられていた供物よりも、崇め奉られ賞賛の言葉を浴びせられるよりもずっと嬉しくて温かさを感じる。自分が今この瞬間、ここに存在しているのだと実感できるような気がする。


 「これから彼らを埋葬してあげませんか?私も手伝うので一緒にみんなを安らかに眠らせてあげましょう」


 「ああ、もちろんだ!体力と穴を掘るのは得意なんだ!」


 男を先頭に都子と飛虎も穴を掘り始めた。

 その作業は三日間続き、無事に村人と野良妖怪、獣を全員土に埋めた頃には都子の掌にはたくさんのマメができていた。

遅くなってすみません…!

お読み頂きありがとうございます。そろそろ廃村編も終了です。

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