漁火
「あなたの願いを、叶えてあげるよ、夢海」
私の心を見透かしたように<小さな星>は呟く。
……いつから、この少女は気付いていたのだろうか?
よくよく見ると背中に生えていた羽が無くなっている。
<小さな星>は天使じゃなくなった?
いつの間に?
「私の事……どこまで知ってるっていうの?<小さな星>……」
「とりあえず、全部……かな。『始まりの"魔法使い"』さん……」
「そ……。そこまで分かってるなら、これはあなたに渡すべきだね」
そう呟くと私は机の引き出しの奥にしまっておいた奏の<夢>を、<小さな星>に投げて渡す。
「うん。ありがとう、夢海」
<小さな星>は奏の<夢>をうけとるとにっこりと微笑む。
この子は一体何を考えているのだろう?
私はこの<夢>の海に縛られている罪人だ。
その私の願いを叶えるという事は、つまり。
「もう、あなたはこの永遠に続く牢獄から、解放されてもいいんだよ」
そう……。
私の願いはこの無限に続く牢獄から解放される事だ。
しかしその願いを叶えるには理を書き換える位の対価が必要だ。
この世界の理を書き換える位の対価が。
私は始まりの"魔法使い"なのだから。
"魔法使い"の願いは"魔法使い"の願いを叶えられない。
その理を壊すだけの対価が必要だ。
それは一体何なのか。
その対価に、奏の<夢>だけではあまりにも小さすぎる。
私は諦めていた。
この<夢>の海から解放されることを。
この牢獄から解放されることを。
この無限に続く贖罪の日々が終わる日の事を。
何千年、何万年と続いていくこの終わることのない日々を。
だから私は、<夢>の海と書いて、『夢海』と名のるようになったのだ。
『夢海』という名前は、私の<罪>の証だった。
「この世界をあるべき姿に還そう、夢海」
この世界をあるべき姿に……。
それはつまり、この<夢>の海が存在しない世界。
人々の諦められた<夢>が自然と人々に還っていく世界。
でも、それは無理だ。
それが出来ているなら、今の世界はこんな<夢>の海を必要としていない。
「それを可能にするのが稀代の天才"魔法使い"の羽衣ちゃん、なんだよ」
<小さな星>はそう言って微笑む。
こんな十数年しか生きていないこの"魔法使い"に、そんな事が可能なのだろうか。
数万年生きている『始まりの"魔法使い"』にすら、不可能な事なのに。
「夢海、あなたの初めの願い、人々に<夢>が還りますようにと願った結果が、この<夢>の海」
「そう。そして私はこの<夢>の海に縛られ続けることになった…。何万年もの無限に思える時間の間……」
「じゃあ、その対価となったあなたの<夢>は何だろう?」
「それは……私の……」
答えることができなかった。
私は何を対価に願いを叶えたのだろう。
分からない……。
あまりにも長い年月は私の心を、私の記憶を奪い去ってしまったから。
「それはね……。あなたの<夢>は『願いを叶える"魔法使い"』であり続ける事。それを糧にあなたは願いを叶えた」
「何を言っているの……?私は"魔法使い"だよ……」
"魔法使い"でなければ何万年と続く時間の牢獄に肉体が耐えられない。
そう……耐えられるはずがない。
私は、"魔法使い"だ。
そのはずだ……。
「あなたの<夢>は諦められた<夢>となって、深淵の源になった。そして、その力を羽衣達は受け継いだ」
何をこの少女は言っているのだろう。
私には分からない……。
分からない……。
「羽衣や静空も幼い頃から"魔法"を使うことができた。それはきっと、このためだったんだと思う」
ゆっくりとゆっくりと<小さな星>は私に語りかける。
「深淵は、羽衣や静空の"魔法"の力の源になった。あなたからはもう願いを叶える"魔法"の力は失われている。だから、あなたは"魔法使い"であって、もう"魔法使い"じゃないんだよ」
<小さな星>はゆっくりと私に告げる。
「そう、あなたは『願いを叶える"魔法使い"』じゃない。だから、もう私に願っても良いんだよ」
私の願いが叶う……。
この<夢>の海を消し去ることができる。
私の<罪>を消し去ることができる。
その言葉はどんな言葉よりも蠱惑的で。
私は、<小さな星>の言葉のままに、願う。
この無限に続いていく牢獄から、私が解放されますようにと。
<小さな星>が私に、手をかざすと、私の体はうっすらと光に飲まれていき。
そして、私の意識はその光の中へと消え去っていった。
―――
光に包まれた夢海の体が消え去った後に残ったのは。
真っ白な夢海の<夢>の欠片。
夢海が一番に夢にみた、この無限に続く牢獄から抜け出して生きたいという<夢>。
羽衣はゆっくりとその<夢>を手にし。
ぽつり、と呟く。
「夢海。もうあなたの願いは叶ったから。これからは羽衣がその<罪>は羽衣が背負うよ……」
そして、羽衣は、クスリと微笑む。
「それが……『新しい"魔法使い"の世界』」
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