"文"
文字を書く。
想いをしたためる。
想いを伝えるために。
この想いを届けるために。
この淡い気持ちを伝えるために。
この気持ちを初恋の人に伝えるために。
私は想いをこの手紙に想いを託す。
この宛名の無い手紙に。
朝早くに起きて、学校に行く前に、私は今日もポストに手紙を投函する。
宛先の無い手紙を。
行く宛もない手紙を。
「今日も、宛先の無い手紙、ですか?」
私がポストに手紙を投函するのを確認するように。
私の傍には郵便回収のお兄さんが立っていた。
「あはは……すみません……」
私は苦笑いしながらそう答える。
お兄さんは宛先の無い手紙を回収しては、私の家へとわざわざ届けてくれる。
私が、こんな無意味なことをしているのを咎めることもせずに。
ただ、黙って、私の行為に付き合ってくれている。
何故、私がこんな無意味な行為をしているのか、咎めずに見守ってくれている。
それが、私には、嬉しかった。
その事に、安らぎを覚えた。
「それでは、明日には、また、ご自宅にお届けします」
「……ありがとうございます。それじゃ、学校いってきますね」
私はそう告げて学校へと歩を進める。
私が宛先の無い手紙を書き始めたのは、いつの頃からだろう。
もうかれこれ、5年近く続けている行為だ。
私は宛先を書くのが怖かった。
その宛先の相手。
初恋のあの人に、想いを伝える事が怖かった。
けれど、溢れる想いは抑えることはできなくて。
だから、宛先を書かずに手紙を投函し続けていた。
宛先のない手紙に想いを綴る日々。
その行為に、郵便回収のお兄さんは付き合ってくれた。
初恋のあの人も……。
とても優しかったあの人も……。
変わらずにいてくれるなら、私の想いを受け止めてくれるだろうか。
そう想いながらも、宛先を書くことができない日々が続いた。
どうしても宛先を書くことができなかった。
そんな無意味な日々を、私、奏は続けている。
―――
ある時、封筒が届いた。
私の初恋の人からの封筒だった。
私はその封筒を開ける事が怖かった。
何が書かれているのか。
どんな内容が書かれているのか。
だから、私はその封筒を鞄の奥へとしまい込んでしまった。
―――
ある日のことだった。
どんな願いを叶えられる"魔法使い"の存在を知ったのは。
その"魔法使い"は願いの代わりに全ての<夢>を奪い去るという。
けれど人々は願いを叶えていった。
自分達の全ての<夢>を犠牲にして。
人々は願いを叶えていった。
それがどんな結果を招くのかも知らずに。
人々は始めは願いが叶ったことに歓喜した。
けれどそれも始めだけ。
全ての<夢>を失った人々は、ただ生きているだけの存在になった。
この世界からは<夢>が失われていった。
人々からは全ての<夢>が失われていった。
しかし人々は願いを叶え続ける。
自分達の全ての<夢>を犠牲にして。
―――
「奏ー、願い事、叶えに行かない?」
「紗枝、私はそんなのに興味ないから」
私は願いを叶えるつもりはない。
その願いを叶えてしまうのが怖かった。
何より私は自分の<夢>を失うのが怖かった。
自分の全ての<夢>を失ってしまっては何にもならないじゃない。
「紗枝は怖くないの?全ての<夢>を失うことが」
「んー……。私の<夢>なんて大したことないからね。願いが叶う方が良いかな」
「そう……なら止めないけど……」
私はそう告げて、家路に着く。
家に帰り着くと、郵便ポストにはいつも通り私が出した手紙が届いていた。
一筆のメッセージが添えられて。
私はそのメッセ―ジを読んで、心の底が少し暖かくなるのを感じる。
こんな無意味な行為に付き合ってくれてありがたかったのもある。
けれど。
私の言葉を読んでくれて。
その言葉に対して返事を返してくれて。
それがとても嬉しかった。
夕食後、私は寝る前に机に向かい。
再び言葉を、真っ白な手紙にしたためる。
想いを言葉にする。
この胸の高鳴りを言葉に変えて。
手紙を書き終えたら、ベッドに入り、連ねた言葉を思い出しながら。
深い深い夢の世界へと。
あの懐かしい日々の待つ夢の世界へと誘われる。
まだあどけない、雰囲気の初恋の人の待つ、夢の中へと。
夢の中で私は、その人を見つめているだけで。
その人が引っ越すという事を知って、私は勇気を振り絞って引っ越し先の住所を聞いた。
いつかお手紙を書くね、と言ってそれっきり。
私はお手紙を送る事が出来なかった。
けれど、その人から先に連絡がやって来た。
あれは5年も昔の事なのに。
何を今更、連絡してくることがあるのだろう。
5年も連絡を取っていなかった私に何を言うことがあるのだろう。
私は、机の奥にしまった、封筒の中の内容に想いを馳せる。
どうか、悪い知らせではありませんように、と。
私は夢の中で初恋の人を見つめながら、そう願い続けていた。
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