雨模様
雪が……。
雪がやまない。
物心ついたころからずっとそうだった。
名もなき少年は雪の中で凍えていた。
名もなき少年は願う。
この世界に再び太陽が射しますようにと。
「あなたの願い、叶えましょうか?」
紅いローブの少女が立っていた。
少年はその少女の言葉に誘われるように。
まるで操られたかのように。
名もなき少年は<小さな星>の元へとやって来ていた。
そして。
名もなき少年は願う。
名もなき少年の一番の<夢>を犠牲にして。
名もなき少年の一番の<夢>……。
それは。
―――
雪が……。
雪が止んでいた。
昨日までしんしんと降り積もっていた雪が止んでいた。
空にはさんさんと照り付けるような太陽。
その光景を見つめながら。
私はしまったと舌打ちをする。
<紅き黄昏>が狙っていた、この世界の願い主はニクスとソリスではなかったという事か。
それじゃ、いったい誰が……。
私は部屋から飛び起きてきたニクス達に、外に出る準備を促す。
私達は溶けだした雪に注意しながら街の中を駆け抜け。
街はずれの館へとやって来た。
「ニクス、ソリス。あなた達は危ないから、ここで待ってて」
「う、うん」
春の陽気に照らされているというのに、真っ青な顔をしたニクスをソリスに託して私は館の中を突き進む。
館を進むと一つの部屋の扉が開いていた。
私はその部屋へと駆けて行き、部屋の中を見回した。
同じだ。
周囲には星々のインテリア。
薄暗い、机の横にはクスクスと微笑む一人の少女。
「<小さな星>……」
私は薄暗く微笑む少女の名前を呼ぶ。
「……翼希か……。何しに来たの……?」
私の事にまるで興味が無いような口調で<小さな星>は返事をする。
「とりあえず、あなたの足元の少年邪魔だから、片付けてくれる?」
その言葉に促され、足元を見ると……そこには少年が倒れ込んでいた。
私は慌てて少年を抱き起す。
けれども、その少年は。
まるで、死んだように眠り込んでいた。
私はゆっくりと少年を寝かせ、庇うように立ちあがる。
「<小さな星>……あなたの本当の目的は何?」
そして、私は率直な問いかけを<小さな星>に投げかける。
「……私は、私の願いを叶える為にやっているんだよ」
この世界には春が訪れたというのに。
<小さな星>のその言葉には背筋がゾクリとする悪寒を感じる。
「その為には膨大なたくさんの人々の、一番の<夢>が必要だった……。ただそれだけ……」
<小さな星>の願いを叶えるため?
その為だけに、他人の一番の<夢>を奪って回っている?
そんなの……そんなの絶対に許される事じゃない。
例え、その人の願いを叶える事に必要な事なのだとしても。
他人の一番の<夢>を奪って自分の願いを叶えようだなんて。
許されるわけがない。
私は歩を生き返らせてくれて<小さな星>に感謝はしている。
けれども。
私達の平穏な日常という<夢>は奪われてしまった。
<小さな星>の手によって。
<夢>はその時々で移ろい変わりゆくものだけど。
一番の<夢>だって変わっていくものだけど。
けれど、その時の一番の<夢>が二度と叶わないという事は。
とても悲しい事だと思う。
だからっ。
「<小さな星>……あなたのやっていることは許される事じゃないよ……」
「……そうだね……そうかもしれない」
そう言いながらも少女はクスクスと笑みをこぼす。
「<小さな星>……あなたの。あなたの願いは一体何なの?」
私の言葉を受け<小さな星>は逡巡する。
手元の小瓶を見つめながら考え込む。
「私……?……私の願い……それは……」
そう言いながら<小さな星>は突然もだえる様に頭を抱える。
「……どうしたの?<小さな星>」
「私の……私の願いは……何?」
<小さな星>が、何を言っているのか一瞬分からなかった。
……<小さな星>は、自分の叶えたい願いが分からない?
それなのに。
人々の一番の<夢>を奪っている?
それって……。
それってすごく矛盾している。
私は頭を抱えている<小さな星>の手を取り、優しくこう告げる。
「もう、こんなこと、やめよう?<小さな星>」
「止める?私は願いを叶える"魔法使い"なのに?」
<小さな星>は私の顔を見つめながら。
まるで救いを求める様にそう応える。
しかし、その言葉をかき消すように。
「それは困るんだよ、翼希。<小さな星>には、もっともっとたくさんの<夢>を集めてもらわないと」
突然、館に響く声。
クスクスと嘲笑うかのような、暗い声。
「<紅き黄昏>……」
部屋の薄暗闇の奥から。
紅いローブを着た少女が冷めた視線で私達を見つめていた。
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