朝に願う。 ※挿絵有※
何故こんなことになってしまったのか。
願いを叶える館に入ると、既に先客がいた。
それは那直兄だった。
「刹花。お前に、願わせはしない」
那直兄は私に向かってそう告げる。
「そんな訳の分からないこと、那直兄に任せる事なんてできやしないよ!!」
私は那直兄の言葉に抗するように言葉を紡ぐ。
そうこんな自分の一番の<夢>を犠牲に、願いを叶えるなんて訳の分からん事、人に任せられるわけがない。
「……まぁ私はどっちの願いを叶えても良いんだけど……」
そう告げる<小さな星>と名乗った少女はボソリと呟く。
「いいや、俺の願いだけ、叶えてくれ、<小さな星>!」
「駄目だよ、私の願いだけを叶えて、<小さな星>!」
「面倒くさいからどっちの願いも叶えちゃうよ……」
私と那直兄と<小さな星>が言いあっていると、突然再び扉を開ける音が響き渡る。
「密閉!!!密集!!!密接っ!!!さ・ん・み・つ!!!よくもまぁ、こんなに揃えてくれたもんだなぁ、お前らぁぁ!!!」
何故か、いつものマスクのおっちゃんが突然闖入してきた。
「はいはいはいはいはい………」
私はマスクのおっちゃんに向けて半目で冷たい視線を送る。
人がマジになってる時に、空気を乱さないで欲しいんだけどなー。
このおっちゃんマジでKYじゃないだろうか。
「ていうか、密集はマスクのおっちゃんが来たことで更に発生したわけだが?」
那直兄は的確なツッコミをマスクのおっちゃんに入れる。
「シャラーーーーーープっ!!!」
いちいち五月蠅いおっちゃんだなぁ……。
ていうか、ここって秘密の場所じゃなかったの?
あの紅い洋服の少女はよっぽどお喋りが好きらしいね……。
「ソーーーーーシャルディスターーーーーーーーンスっっ!!!」
おっちゃんは私と那直兄の間に無理やり割って入ってくる。
「やかましいわっ!!!」
流石にその行動に業を煮やし。
私はその辺に転がってあった本を、おっちゃんに投げつけてやった。
「あうちっ……」
「もういいから、<小さな星>。さっさと私の願いを叶えてよ」
「いや、俺の願いを叶えろよ、<小さな星>」
「……めんどくさい。どっちの願いも叶えてあげる。それで満足?」
「駄目っ。那直兄は生きなきゃいけないんだからっ」
どうせこのシスコン那直兄の一番の<夢>なんて決まっている。
那直兄の一番の<夢>はきっと私と一緒に生きる事。
もし那直兄の願いが叶ってしまったら、那直兄は命を落とすかもしれない。
それは駄目だ。
絶対にそれだけは駄目だ。
だから、那直兄の願いは叶えさせるわけにはいかない。
「マスクのおっちゃん、那直兄を連れてって」
私は本の角を頭にぶつけて目を回してるおっちゃんに向かって、そう叫ぶ。
「お、おう。それで三密は防げてソーシャルディスタンスも確保できるんだな。わかった」
「放せっ!放せよっ!おい、刹花っ!!!」
私の言葉を聞いたマスクのおっちゃんは、那直兄を連れて部屋の外へと出て行った。
さてこれで三密も防げて、ソーシャルディスタンスも保てたわけだけど。
まぁ、あっちのソーシャルディスタンスは保ててないけどね。
てへぺろ。
「それじゃ、<小さな星>、私の願い、叶えてくれる?」
「……分かった」
そう<小さな星>が呟くと私は眩い光に包まれて。
気が付くと、いつのまにか、朝顔畑の中にいた。
蝶々が飛んでいる。
朝靄の中をひらりひらりと。
私の頭上を飛んでいく。
この青い朝顔の咲き誇るお花畑で。
辺り一面朝顔畑のこの場所で。
私はその光景を眺めながら。
あの日、見た、光景を見つめながら……。
「もう、この光景を見られることはないかな……」
私はそう呟く。
体から急に力が抜けてくる。
ああ、そうか。
もう限界か。
そう悟った。
ひらりひらりと散っていく。
朝顔たちが、私の目の前で散っていく。
私の<夢>はこの朝顔のお花畑をいつまでも見ることができますように。
その<夢>はもう二度と叶わない。
もともと私は体が弱い子供だった。
生きられてもせいぜい後一か月の命だと、お医者さんからも言われていた。
だから。
こんな私の命で、世界の流行り病が終息するなら安いものだ。
こんなちっぽけな私の命で世界が救えるのだから、安い勘定だと思う。
さようなら世界。
また、会えるその日まで。
―――
ガタゴトガタゴト……。
私は何かに揺られていた。
脇で誰かが、馬鹿みたいにわめいている。
私の手を力強く握る誰かの手。
「自分はめでたく綺麗に散れて、めでたしめでたしって思うなよっ!!」
その声の主は……。
その聞きなれた声の主は。
「俺はなぁっ。刹花、お前に生きてて欲しいんだっ!!だから世界なんて関係ねぇっ!!」
恥ずかしげもなくそう叫ぶ声の主は那直兄だ。
私はうっすらとした意識の中で馬鹿っと小声でささやく。
けれどその声は届かない。
届きはしない。
私の口には救命マスクが付けられていたからだ。
でも、それで良かったのかもしれない。
「だから俺は願ったんだよっ!!!お前が元気で過ごせますようにってな!!!」
本当に馬鹿なんだから……那直兄は。
シスコンが過ぎるんだよ、まったく……。
大好きだよ、那直兄……。
そうして私の意識は遠ざかっていった。
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