プロローグ
森の奥深くにひっそりとたたずむ少しばかり古ぼけた洋館と、それを覆い尽くすようにして生い茂っている…自然発生したとは考えづらい程の巨大ないばらの群生
並の生物では近寄ることすら叶わない魔力を帯びたそれに囲まれた洋館にはヒトが住んでいた
地面に引きずるほどの長さのある銀灰の髪に渋みのある赤紫の瞳、いまいち性別の計りづらい容姿のためどちらなのか…とは言いがたいが、それでも彼女はひときわ目を引く端麗さだと言える
ベッドから降りた彼女は長すぎる髪を鬱陶しげにまとめて結い上げると、ぐるりと辺りを見回した
見慣れた内装、変わらない部屋の中
射し込む日差しこそ変わらない気持ち良さではあるけれど、それでもこの暮らしに一抹の退屈さを感じずにはいられない
窓から見える範囲の景色の移り変わりに特別嫌気がさしたりなどはけしてないのだけれど、それでもここ以外の場所を見たことのない彼女にとってはこの幻想的な光景は退屈と言っても過言ではないのだろう
いくら考えても答えなど見つからないことは分かりきっていることかと思考をふり払い、朝食でもとキッチンへと向かう
昨日の残り物であるベーコンと目玉焼きを食パンの上に乗せ、トマトスープを温め直し、テーブルの上に置く
どうせ自分以外には誰も居ないのだからと祈りの言葉も放り投げて適当に食べ始める
食べさせる相手なんていないため料理の腕が上達しているのかはさっぱり分からないが、不味くはないから多分大丈夫だろうと思いなおして胃袋に納めきる
使った食器を片付けたら、次は庭の野菜たちの手入れをしなければとジョウロとカゴ、鋏とスコップを持って部屋を出た
もちろん、帽子をかぶる事も忘れない
ぶちぶちと目についた雑草を引っこ抜きながら端の方に一纏めにしておき、よく実って食べられそうな野菜を鋏で切り落としカゴに入れていく
町に行くことが出来ない彼女にとって、自給自足は生きていくためには必要不可欠なことだ
「!」
ズンっ、と腹の底に響くような重低音に「またか…」と何とも言えない表情を浮かべた彼女は、それでもどこか浮き足立ったような心持ちで音のした方へと足を運んだ
思ったとおり、そこには鳥が数羽転がっていた
屋敷を包囲するようにして群生しているいばらは、何を思ってか敵意を持つ生き物やたまたま通りがかった動物を仕留めることがある
屋敷を守ろうとしているのか自分を守ろうとしているのか、はたまた彼女をなのかはまったくもって分かってはいないが、一つだけ分かっていることがある
「…食材、ゲットだぜ」
いばらが仕留めた動物は高確率で食べられる物だということだ
おかげですっかり動物の解体にも慣れてしまった、と自虐めいたことを考えるが仕方のないことのようにも思えた
初めのうちは可哀想だと思えていたが、どうあれ生きていれば腹は減るし、食べなければ死んでしまうのは自分かもしれない
こんな生まれ育った家かどうかも分からない場所で死んでしまうことなど考えたくもなく、かといっていばらの外に出られた試しもない彼女は今日も庭の手入れをしながら一日が過ぎるのを待っている
この屋敷で暮らし始めてからもうどれ程の年数が経ったのかは分からない、覚えてもいない
生まれてからずっとだったようにも感じるし、そうではないようにも感じる
今さら誰かが助けに来るなんてことは考えない、そんな夢を見ても虚しいだけだ
寂しいとか悲しいとかを考えた頃もあったけれど、今ではすっかり諦めてこの生活を楽しむことにしている
「さて、半分は干し肉にしないと」