料理上手は床上手……?
「ポチ、お座り」
「ワン」
体育館の片隅、朝練を終えた私はポチに秘密の餌やりをしている。
「どう? 美味しい?」
「マズイ」
体育館の壁の下にある窓からお弁当を差し出すと、ポチはガツガツとお弁当を頬張り、いつもの一言を放つ。
「……えー……まだダメなの?」
「全体的に味が無い。焦げすぎ。て言うか一つ一つのおかずが何なのか分からないほどにグチャグチャしてる」
滅多打ちにされた私のお弁当。ポチのくせに無礼な発言だけど当たっているから悔しい……。
「じゃ、また明日」
空になったお弁当箱を綺麗に戻し、ポチは校舎の中へと消えていった。明日こそはと思い続け早三ヶ月。私の腕前は一向に上達しないままであった。
更衣室でレオタードから制服に着替え、予鈴と共に教室へと入る。ポチは何食わぬ顔で自分の席で寝ていた。
「おはよう美樹」
「おはよう」
いつも通り友達が挨拶をしてくれるが、私もいつも通り上の空。
勉強、部活、そして恋。青春はイベント三昧で息つく暇もありゃしない。そのどれか一つでも赤点を取ろうものなら容赦無く人生の奈落へと突き落とされるのが現代社会である。
「おはよう野郎共! 早速昨日の小テストを返すぞー」
(……ヤバっ)
私は返された53点の答案用紙を見てため息をついた。最近部活に力を入れすぎて真面に勉強してなかったツケが回ってきている。このままではお小遣いを減らされてしまうではないか!
「堀内ー! お前は相変わらず清々しい程に酷いなー」
名前を呼ばれたポチが照れながら答案用紙を受け取りに行く。クラスの男子に冷やかされながらも、ポチは悪びれること無く笑顔だ。
私の人生において、私のお弁当を食べる以外に役に立たないポチだから別に何点取ろうが構わないけど、ああはなりたくないと思う。
昼休み、母が作ったお弁当を味わいながら食べる。
(何が違うんだろう?)
素直に母に料理を教われば済む話しなのだが、何だが恥ずかしくて聞くに聞けない。今まで勉強も部活も自分1人で何とかしてきた私にとって、今更誰かに助けを求めるなんてありえない話なのだ。
そして苦痛な座学を終えると、私は一目散に体育館へと向かう。いつものレオタードに着替えマットを敷く。12m×12mの四角いマットの上が私の戦場だ。
三年生は少し前の大会を最後に引退。ようやく私達二年の時代が訪れたのだ。何も気兼ねする事無く自由に練習が出来ると思うととても清々しい気分だ。
──チラッ……
いつもの小窓へ目をやる。そこにはポチの姿は無い。食べ物の無い放課後はポチが現れることは無いのだ。代わりに嫌らしい男子達がジロジロと見てくるけど気にしない。私は大会で結果を出す為に一心不乱で練習に取り組むだけ!!
──ダッ
助走をつけ連続技を決め最後に華麗に着地する。我ながら満足のいく演技だ。これなら良い結果を残せそうだ。
(待ってて……先輩!!)
サッカーグラウンドで華々しい活躍をする憧れの仁先輩。顔良し頭良し体良しで学校の女子の殆どの人気をかっ攫うスーパーマンに、私の青春を捧げたい。女子達から沢山の差し入れを貰う先輩に、最高の手料理を贈るためにも早く料理の腕前を何とかしなければ―――!!
「……どう?」
「マズイ。今度は生焼けばっかり。コレじゃあ先輩腹壊すよ?」
体育館の片隅で、私は朝から精神的ダメージを受けていた。
(…………)
言葉にならないほど酷い言われように、為す術無し。
「じゃ、また明日……」
お弁当を綺麗に戻し、ポチが去って行く。
「小テスト返すぞー」
……48点。
──ダンッ!!
「先輩最近気合入ってますね!」
こうなれば唯一の望みである体操に全てをかけるしかない!!
私は鬼の気迫で演技に取り組んだ!!
「マズイ」
「小テスト返すぞー」
──パチパチパチ!!
「マズイ」
「小テスト返すぞー」
「先輩素敵です!!」
ヤケクソな程に部活に打ち込み、そしてついに大会の日を迎えた!!
「…………」
「マズイ」
その言葉を聞くのはもう何度目だろうか。日課だからついつい癖で作ってきたけれど、正直今日はそんな気分では無かった。
「じゃ、また明日……」
落ち込む私を察してか、ポチは何も言わずお弁当を綺麗に戻し、クルリと背を向けた。
「…………」
「……あの、さ」
「…………え?」
「三位……おめでとう」
「…………」
「今までで、一番……綺麗だった……」
──タタタタタ……
ポチが足早に校舎へと駆けていく。
(ポチのくせに…………)
ポチに慰められるなんてどうかしていると思いながら、私は教室へと向かった。友達に大会の結果を知らせつつポチの席を見ると、いつもと変わらず突っ伏して寝ていた。
「小テスト返すぞー」
……68点。
大会も一段落し、勉強する時間が戻ってきた私はテストの点数も少しずつ良くなっていた。
「……どう?」
「まあまあかな」
お弁当の方もようやく「マズイ」ゾーンを抜け出した。
「小テスト返すぞー」
……87点。良い感じ!
―――しかし、それは突然だった。
「美樹! 仁先輩が他校の女子と付き合ってるって!!」
その訃報に近い衝撃を受け止めるには……私の心は弱かった…………
「……今日で最後だから……」
「まあまあ……かな」
いつも通りお弁当箱を綺麗に戻すポチの姿に、何だか苛立ちを覚える。
「……あんまり落ち込むなよ」
去り際のポチの一言に、私の中で抑えていた何かが勢い良く溢れ出した!
「ポチのくせにウルサイわね!! 勉強も出来ない運動も出来ない料理も出来ない女子にモテない最低最悪男に何が解るって言うのよ!!!!」
「…………」
「……あ、ご、ごめ……」
ハッとして、思わず言い過ぎた事を謝ろうとしたが、ポチは無言で去って行ってしまった。俯きながら教室へと入ると、ポチはいつも通り寝ていた。
「美樹……クマ酷いよ?」
「えっ、ああ……うん」
ずっと片想いしていた先輩に彼女が出来て、昨日は一睡も出来なかった。部活も恋も惨敗した私は、残された勉強に全てを注ぐ決意をする。
「小テスト返すぞー」
……89点。
「小テスト返すぞー」
……90点。
「小テスト返すぞー」
……92点。
「小テスト返すぞー」
……91点。
「小テスト返すぞー」
……97点!
「最近、美樹成績良いよねー」
「部活もあまり行かなくなったし、勉強しないとヤバいからね」
友達と何気ない会話をしつつ、下校の準備に取り掛かる。
家でも勉強をし、家族に褒められる事が多くなったが私の心の中はポッカリと寂しい気分……。
「ワン」
夜の道路に犬の声。近所に飼い犬は居ないはず……。
「ワンワン」
野良犬かと思いながら窓を開けて外を見ると、そこにはポチが居た。
──シュッ!
「おわっ……!」
突如投げ込まれた包み。
「ワンワン」
「……何よコレ?」
訝しげに包みを開けると、それはお弁当箱だった。
──パカッ
「うわぁ……」
蓋を開けると、それは見事に可愛らしいお弁当だった。
「……まさかコレ、ポチが作ったの?」
「ワン♪」
親指を胸に押し当て自慢気な顔をするポチがちょっと憎たらしく見えた。
──バッ!
「!!」
なんとポチはいきなりバク宙を披露した!!…………が
──グギッ……!!
「うごぉっ!!」
遠く離れた私にも聞こえるくらいヤバい音が不時着したポチの頭から聞こえた。
「ちょっと大丈夫!?」
慌てて外へと行き、フラフラと立ち上がるポチを支える。
「……本当は上手くキメる筈だったんだけど……」
「バカなの!? 死んだらどうするつもり!?」
「望む結果は容易くは得られない。だから人は頑張るんだ。あの日偶然美樹の朝練を見たとき、女神は存在すると思ったんだ。俺はお前の為なら何だって熟してみせる! だから、逃げるなよ……!!」
ポチが涙目で私に訴えかける。
「恥ずかしいからそんな大声で言わないでよ…………」
ポチの大胆な告白に、私は思わず口元を押さえた。
「……ポチの、くせに…………!!」
「えっ、な、泣かないで……! ええっ! 俺どうしたら……!?」
そして、暫くして―――
「……先輩」
「なぁに?」
「また堀内先輩が小窓から先輩の事見つめてますよ?」
「ん、ああ。餌やりの時間だわ」
凍てつく寒さにも拘わらず、ポチは毎日放課後の練習にも姿を見せてくれた。
「はい。今日はサンドイッチよ。冷えても美味しい具だから安心して?」
「…………美味い」
「そう? 良かった。もう少しで終わるから待ってて。ウチでビシバシ勉強仕込んでやるわ」
「むー……ありがたいようなありがたくないような」
「因みに今日の晩ご飯はシチューよ?」
「行きます」
「♡」
ポチに手を振り練習へと戻る。ポチが観てると思うと何故か演技に身が入るのだ。賞状やメダルを超えた先、その先にポチがいる。ポチのためにより美しい演技をしたい。料理も誰かのためを思うとより美味しくなる。
「料理上手は床上手……ってね♪」
「……意味分かってる?」
「分かってるわよ……ばか♡」
ポチと私は照れくさそうに見つめ合った。
読んで頂きましてありがとうございました!
(*´д`*)