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ブロンドの外交官 アビィ


日が沈むまで暇を持て余した。

支給されたパンとバターそれに紅茶を友に夜まで待った。


彼に話しかけた役人はさっさと部屋を出ていき、一人取り残された。

部屋に何かこの時代と国の手がかりになるものを探したがさっぱり見当もつかない。

石造りの部屋、木の机と椅子、ランプ、羽ペン、インク入れ、羊皮紙らしきもの

ここは取調室ってところだろうか。


縄で縛られて連れてこられる際に見た景色を思い出す。

どこもかしこもレンガや石で作られたような建物

馬車、露天、パブ

どこにもスマホを持った人がいない。

信号もプリウスも自販機もない。


こじんまりとした港町、しかも中世期の。


つまりここは現代ではないし、かなり古い時代のようだ。

しかも言葉の通じない外国。おそらく英語圏。

彼は日本史専攻の大学生だが世界史も多少は学ぶ。

日本と関連性のあった外国は特に。

日本に関連の深い国は、中国・朝鮮半島

西洋ではオランダ・ポルトガル。近代に入って英国、米国。


英語圏で中世といえばイギリスの可能性がありそうだ。

アメリカの成立の過程を考えるとここは何となく違う気がする。


だとするとここはイギリスのどこなんだ。

次役人が来たら積極的に聞いてみるべきだな。


彼は考えを張り巡らせ待った。

やがて足音が聞こえ、部屋に一人の若者が入ってきた

金色の髪の毛、ボブカットとでもいうのか短すぎないヘアースタイル。

中背よりも少し高い背。

装飾のなされた服、武装はしていない。何か分厚い本を抱えている。

物腰穏やかを体現したような表情。


「こんにちは。僕はアビィ(Abbey)

初めまして、Heat君。東洋人は書物の中でしか知らなかったよ。初めて会う

実は僕興奮しているんだ。君の中の生きた知識に触れられる機会を得たんだから」

彼はにっこりとほほ笑んで、フレンドリーに彼の手を握った。


「さて、君には残念なことかもしれないが、

おそらくこの国に君の言葉を理解できる人はいないだろう。

僕に関して言えば東洋の知識は漢文を少し理解できる程度だ。

そして今僕が言っていることも君は理解できない。

ここに来るのが遅くなった理由だが、上司に許可を得ていたんだ。

君と意思の疎通ができるまでゆっくりと時間をかけても良いかどうかの。

東洋の知識を得られればイングランドに対抗できるかもしれない。

そんなわけでこれから君のお世話をできるようになったんだ。

その形式的な手続きに時間がかかった。すまない。

これも官吏の仕事なんだ。」


ゆっくりと話しかけたが、灯糸にはほぼ理解できなかった。

何が起こるのか、この官吏なら暴力的なことは起こらないだろうとは思った。


「さて先ほど対応した役人の情報によれば、多少の英単語は理解できるようだ。

全くの無知ではないという風に解釈している。そこでこの国の子供でもできるように

お話していきたい。というより紙に書いて読んでもらおうと思う。」


「名前は既に聞いたから、まずはどこから来たか、から始めるか」

彼は羊皮紙を渡された、そこに Where is your countryと書かれていたのを見て

これなら意思の疎通が取れそうだ。彼は迷った。Japanと書くべきか、Nipponと書くべきか

そもそも日本という国はこの時代で知られているのか。

迷った末彼は日本と漢字で書いた。


「ふむ、読めないな。英語で書いてほしいな」

How to readとアビィは書き、彼はNipponと書く。

今度は彼もWhere is this countryと書いた。

まずは国を知りたいという自然な感情からの質問だが

これが抜け目のない役人の興味を激しくかきたてた。


アビィは東洋の商船が沈んだか座礁して流された男と報告を受けていた。

ならば少なくともこの国がどこなのかはある程度わかるはずだ。

もし何も知らないとすれば、それは少々おかしなことだった。

そういった疑念をおくびにも出さずに、管理は答えた。

「ここはスコットランドのエディンバラだよ。」

そういいながら紙にも書いた。

Scotland Edinbourgh

「スコットランド!」

灯糸は思わず口に出した。

アビィは確信した。この男は何かを隠している。


灯糸からすれば未来から来た、気づいたらここにいたなどとは言えない。

言ったところで誰も信じたりはしないし、頭のおかしな男だと思われるだけ。

質問されたことにシンプルに答えていくのが良いと考えたのだ。


「とりあえず、僕の知りたいことを全て質問するから

そのあとは君の聞きたいことをなるべく答えよう。」


長い夜のように感じた。



灯糸は未来から来たなどとは言うまいと思った。

それ以外のことはなるべく正直に答えるようにした。


「どうして海で漂流していたんです?」

「記憶にございません。」

「我々に対してスパイ行為をするためにきたのですか?」

「ご指摘にはあたらない。」


こんなやり取りを繰り返したが、あまり参考にならないと考えたか

日本の文化などについて聞くことにした。

というより、アビィは仕事柄そういったことの方が楽しめるのだ。

(この男は記憶喪失なのだろうか)

アビィは思考を巡らせる。


灯糸にはまず今が何世紀かを知る必要があった。

日本史学科の灯糸にすれば、正確な年代さえわかれば

その当時の日本についていくらでも話せた。


だがなんて質問すればいいだろう

(今は何世紀でしょうか?)

と直球で聞くのも変だ。


「僕は大昔から現在までの日本の歴史を詳しくお話できます

何世紀ごろについてお知りになりたいか?」


と言いたかったのだが、残念なことにそれらを英語で組み立てることができなかった。

それができても発音がへたくそで伝わらない気もした。

めんどくさくなって羽ペンに手を伸ばしてアルファベットを書いた。

what the age is it today?


駆け引きをするだけの英語力ないうえに、相手もそれを理解しているだろうから

突飛な質問をしたって問題ないはずだ。この文章が正しいかどうかもわからなかった


対してアビィは頭を抱えた。

この男は何を質問しているのか。

今日の日付を言えばいいのか、それともなにかもっと重要なことを聞きたがっているのか。

正確な質問ができているのだろうか。


2時間かけても大したことを聞き出せていない。

問題なのはお互いに意思の疎通がほぼできないことだ。

ここを解決しなければ意味はない。


ブロンドの外交官は大きなため息をついた。

(仕方ありませんね)

「すでに長官には確認をとっていますが、あなたは今後僕の管理下におかれます。

意思の疎通が可能となった場合、わが国の利益となる可能性があるためです。

そのため、まずは英語の勉強からですね。教育させてもらいますよ」


彼の言ったことは灯糸には理解できなかった。

だが彼がこの取り調べを終わらせたことはわかった。



夜が遅くなり、灯糸は地下へと連れていかれた

どう見ても独房な小部屋に案内され面食らった。


「残念だが、今日はここで過ごしてくれ。

衛兵に掃除はさせたから、一晩ぐらいなら耐えられるはずだ。

犯罪者を一時的に留めておく場所だが。

清潔な服と、水、それに食事は用意した」


アビィの申し訳なさそうな顔から、これが本位でないということは読み取れた。

固いベッドに座り、アンモニアとカビの臭いのする独房を見まわした。

(はあー。英語もっと勉強すればよかったな。)

(殺されないだけありがたいのかもしれない。)


アビィの端正な、好奇心の強い顔を浮かべパンとチーズを頬張った。

この先どうなるやらわからない不安感を抱えてはいたが

どうせ元の日本に戻っても就職不安が待っているだけだろうと

憂鬱な気分になった。


人生で最も不可思議な1日を振り返った

(目が覚めたら海の上にいて、溺れたと思ったら浜辺にいて

体のごつい毛むくじゃらの漁師らしき人達に酒もらって

中年の役人、港町、金髪の若い端正なアビィ、そして独房。


灯糸は突然疲れを感じて、眠りについた。

もっとも奇妙な一日が終わった。

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